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恋は異なもの味なもの

唐突だが横島忠夫は泣いていた。
自宅のちゃぶ台の上でむせび泣いていた。
周囲にはカップラーメンの残骸やら開きっぱなしの雑誌、その他もろもろのゴミやらなんやらが散乱しており、その隙間から黒光る不法同居人が顔をのぞかせるが、そんなことはお構いなしにしくしくと鳴いていた。
空は雲ひとつない快晴であるが、今の彼にとっては晴れ渡る空さえもが自分の悲しみを後押ししているとばかりに絶望のどん底でたゆたっていた。
彼がなぜたまの休みに外に出かけるでもなくこうしているかといえば、それには対して広くも深くもない事情があった。
あえて説明する必要もないほどに中身のない事情ではあり、語るとしても一行もあれば事足りるようなくだらないものではあったが、それではあまりに短すぎるため、ここはあえて事の次第を詳細にお伝えしようと思う。



   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇



横島忠夫は健全な男子高校生であり、世間一般の男子高校生がそうであるように思春期の有り余る情熱を持て余す学生であった。
他と比べ少々その情熱が有り余りすぎるきらいもなくはなかったが、それでも普通の学生の持つそれを逸脱するほどではなく普通に異性に興味を持ち、普通に異性に対してアプローチをするごく普通の生活を送っていた。
その日も朝早くから日課であるナンパをするべく街へと繰り出し、美しい女性を見つけては話しかけ携帯の番号やメールの交換をすべく熱烈な猛攻を加えていた。
とはいえ追うものがいれば逃げるものがいるのは世の常であり、ご多分にもれずその日もあまり良い成果ではなかった。
季節が夏に入りかけというのも悪かったのだろう。指すような日差しがアスファルトに照り返し昨日降った雨のせいで街全体が蒸し変えるような暑さに見舞われていた。日本のこの時期に特有のじめじめとした空気により、街ゆく人々の不快指数も気温に比例するように上がっていた。
それを考えれば成果無しという結果にもまあこんなものかと納得はいく。だがそれで諦める横島なわけがなく、次なる獲物を探すべく人通りの多い商店街を闊歩していた。

さて、話は変わるが横島には友人が多い。
もともとの明るい性格や誰とでも境なく付き合う大雑把な性格がうけるせいか、クラス内でもムードメーカーとして人気を博している。
また、努めているバイトの特殊性も合わせて人間から妖怪、果ては紙や悪魔とその交友関係は学内にとどまらず多岐にわたる。
女友達も少なくはないのだが、残念なことに友達以上の関係へと発展した例はこれまでなく、イケメンの友人の引き立て役くらいでしかないのだろうと横島は認識していた。
その友人の一人に伊達雪之丞という男がいる。彼はバイト先での知人であり自称ライバル(強敵と書いて友と呼ぶ)を公言してはばからないバトルジャンキーである。彼はフリーのGSをやっていることもありそ予定が合わないことも多いが、仕事先だ顔を合わせたりようもなく家に訪れたりとかなり親しい関係にある。
横島が街を歩いているとたまたまこの雪之丞がいるのを見つけた。
おちゃらけた遊びなどに興味のない硬派な彼を街で見かけるとは珍しいと声をかけようと駆け出した横島だったが、人込みを抜けて近づいたところで雪之丞の傍らにいる女性の存在に気づき歩みを止めた。
美しく長い黒髪を持ったその女性には見覚えがあった。
以前おキヌの親友として紹介された弓かおり嬢である。
あまり面識はないが、横島はこれまであった女性はすべて覚えておりそのなあでも上位に食い込む美女であったためすぐに気づいた。
二人は以前おキヌ主催のクリスマスパーティを装った合コンで知り合い、それ以来仲の良い付き合いを続けている。
本人達は認めてはいないが、周囲は二人が付き合っていることとして見ており、横島の同僚のおキヌちゃんからも学校で語られるかおりののろけ話は聞いていた。
すわデートかと思い至った横島はここで会ったが百年目とばかりに二人の邪魔を画策すべく、そばの電柱の陰へと身を潜める。
時計を見ればまだ時間は早く、おそらく二人が待ち合わせたのもつい先刻のことだろう。ならばこれからいくらでも水を差す機会はあるというものだ。機を見つけてこの幸せ空間を壊滅させてやろうと横島はほくそ笑んだのだった。

二人を追跡してからしばらく。横島は奇妙な光景に首をかしげていた。
視線は変わらず一組のカップルに向けられている。だがこの男女を見て恋仲と分かる者がこの場に何人いることだろう。
遠目から見える二人の様子は一見仲が良いようには見えない。
二人は始終意見を違えて口論をしたり、互いを小突いたりとデートそっちのけでけんかばかりしているのだ。
ある時はウィンドウショッピングに興じるかおりに雪之丞が苛立ったり、またある時は格闘技のPVにうつつを抜かす雪之丞をかおりが責めたてたりと口論の種が尽きることがない。
各地を飛び回って仕事をする雪之丞はかおりと顔を合わせる機会があまりなく、下手をすると何週間も連絡なしということもざらである。
せめてデートの時は二人の時間を楽しむかと思いきやこのありさま。お前らほんとに付き合ってんのかと横島が思うのも無理ない話だ。
横島が電柱の陰であきれるのをよそに二人はどんどんと先へ進んでいく。
と、その時横島はふと違和感を感じた。
雪之丞は同世代の友人たちと比べてあまり背の高い方ではない。本人もそれを気にしており慎重についての話題になるとあからさまに不機嫌になるほどだ。
対してかおりの方はといえばモデル顔負けの背の高さを持っている。
この二人が並んで立てばその差は歴然としており、実年齢とは逆にかおりの方が年上のように見える。
背が高いということは足の長さもそれなりであり自然と歩幅も大きくなるわけで、コンパスの長さに差のある二人が歩けばふつうはどちらかが小走りになるかあるいは遅めに歩こうとして無理が出てきそうなものなのだが、そうした様子が二人からは感じられなかったのだ。
思い返してみると口論している時もそうだった。相手が別のことに夢中になっていることに怒りはするがそれで愛想を尽かしてどこかへ行ってしまうでもなくそばにいる。
いつだか雪之丞が横島の部屋に来た時も恋人の勝手な行動に愚痴を言いながら「かおりにああいう服を送ったら喜ぶか?」と時折こぼす言葉にはどこか温かな気配を感じた。
「あれ?横島さんじゃないですか。」
はた目からは分からないようなカップルの通じ合っている様子を憎々しげに思っていると、人込みの中から聞き覚えのある声で呼びかけられた。
振り返って見てみるとそこには日本人離れした整った容姿をした金髪の青年がこちらの方を見ている。
「なんだ、ピートじゃねえか。」
「なんだってことはないじゃないですか。」
クラスメイトのバンパイヤハーフはぞんざいな横島の言葉に苦笑いを浮かべながら横島のいる電柱のそばへと駆け寄った。
「こんな休日に町中で会うなんて珍しいな。いつもみたく教会で神父と一緒に除霊なり修業なりしてるもんだとばっかり思ってたけど。」
「ええ、これから教会のほうに行こうとしてたんですよ。ちょっと人と待ち合わせをしてたもので。」
「とか言って、てめえナンパでもしてたんじゃねえだろうな。」
わずかに怒気を言葉に含ませながら横島はピートに詰め寄る。先ほどから街ゆく女性がちらちらとピートの顔を見て顔を赤らめているのもその怒りに拍車をかけている。
「ち、違いますよ!本当に待ち合わせで、この前の仕事で協力してもらったからそのお礼にというかなんというか・・・」
詰め寄られたピートは少し大げさに見えるほどに動揺してしどろもどろに弁解する。
この真面目な友人は少しいじっただけで分かりやすくあわてるので、ついついからかってしまう。
「ところで横島さんこそこんなところで何してるんですか?かなり怪しかったんですけど。」
「ああ、実は向こうに雪之・・・」
「あぁん、ピートったらこんなところにいたワケ?ちょっと目を離したすきにすぐにいなくなっちゃうんだから。」
猫なで声とともに現れたあざ黒い肌の美しい女性は駆け寄ってくるやピートの腕を取って自分の手に絡ませた。
「ちょ!?エミさん!?」
「ピート、てめえ町中で美女とイチャイチャしやがって!そんなにイケメンがいいのか!?もてない男はそれを見て羨ましがれと!?」
「よ、横島さん、違いますって!エミさんもちょっと離れて!耳に息を吹きかけないで!」
「やーん、ピートったらそんなこと言って恥ずかしがっちゃって。」
「金髪か!?金髪の外人だからか!?お前らはいつもそうやって俺達貧しい人間から搾取するというんか!?ここに富の偏在が!マルクス主義は死んだー!!」
突然の騒ぎに周囲の人々はすわ事件か?とざわめくが、すぐにまたいつものことかと止めた歩みを進めるのだった。



   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇



「へえ、雪之丞とかおりさんが二人で」
とりあえずひと悶着を終えた三人はピートの先導で教会へとたどり着いた。
その道中も笑みがピートにすり寄ったり、横島がわら人形と五寸釘を出したり、それを見たエミが呪いを返したり、横島がエミに飛びかかったりと騒がしく、出迎えた神父も呆然としていた。
教会の中に入ってもそれは続いたのだが、さすがに我に返った神父がその場をとりなし、今は横島が町中で見たことを語ったところだ。
ちなみに今日ピートとエミが待ち合わせてたのは先日教会で請け負った依頼でエミに協力してもらったので、そのお礼としてエミに誘われたとのこと。
「それもまた一つの愛の形なんだろうね。他人からはそう見えなかったとしても互いに心が通じ合っていれば当人にとってはそれが幸せというものさ。」
横島の話を聞いて、自らも知る若者の恋愛に何か思うところがあったのだろうか。神父はどこか遠くを見るような眼でにこやかにそう言った。
知り合いに型破りな性格をした人物が多いせいだろうか。そんな神父の台詞には説得力があった。
「つってもたまにしか会えないんだから、ちょっとは仲良くしたらいいもんっすけどね。おキヌちゃんも弓さんが雪之丞とめったに会えなくてさみしそうって言ってたし。あ、いや、カップルはすべて分かれてしまえばいい。」
はは、まあほどほどにね。と神父は言うのを聞きながらピートが何か考えながら言った。
「でも、確かに一緒にいる時間が短いとさみしいでしょうね。今日は二人ともたまたま都合がついたんでしょうけど、確か雪之条また遠くの方へ仕事へ行くとか言ってましたし。」
「けっ、そのうち弓さんに愛想尽かされて捨てられるんじゃねーの?は。そしたら俺にもチャンスが!?」
「おたくはそういうところを直さない限り一生無理なワケ。」
教会内ではイチャイチャ禁止令を出されてピートの向かいに座るエミは不機嫌そうに横島を切って捨てる。
エミがピートと近いと横島も暴れ、横島が恵美と近いとこれまた横島が暴れるため、横島とピートは隣り合って座る格好になっている。
それでもあきらめない横島はここぞとばかりにエミにアプローチをかけようとするので神父も気を緩められない。
そんな風ににぎやかな三人とは違いピートは思い悩んだ風に神父に尋ねる。
「先生。思う人のそばにいられなくてもその人は幸せでいられるんでしょうか。」
純粋なバンパイヤではないとはいえ、その血をひくピートは人間の寿命をはるかに超える時を生きている。数世紀にわたる人生を経て自分よりはるかに短命な人間に溶け込もうとするピートにとってその疑問は根が深いものなのだろう。
尋ねられた神父は少し考えてからピートと横島の姿をとらえて自分の考えを述べた。
「そうだね。人によって違うとはいえ、思いを寄せる人との時間を長く共有したいと願うのは誰もが同じだと思うよ。でも限られた時間、少ない時間であっても愛を育むのにはそれで十分だ。長い時間一緒にいるからと言ってわずかな時間しか一緒にいられない人よりも幸せであるかといえば、そうではないんじゃないかな。実際私はそんな人を何人か知っているしね。」
そういえば隊長もそうだっけか、と横島は自分の上司の母親のことを思い浮かべた。
神父は穏やかに微笑みながらピートと横島に向かって続ける。
「だから大切なのは限りある時間の中で自分がどうするかなんじゃないかな。時の短さに思い悩むよりも自分の心に素直になることの方が大切なのだと私はある人に教えられたよ。」
「神父もたまにはいいこと言うワケ。命短し恋せよ乙女なんて言葉もあるわ。恋なんて考えてもはじまらないんだから自分の欲望に身を任せて突っ走るくらいでちょうどいいワケ。まあ横島のは行き過ぎだと思うけれどね。」
「そんな!俺は自分の心に素直になっているだけっす!人の命はとても短くその中でも光輝ける時間はさらに短い!だから限られた時間を真剣に恋に生きるために俺は常に全力!だからエミさはーん!俺と燃えるような恋をぶぎゃ」
教会の床に沈められる横島にうらやましさを感じながらピートは神父の言った事を考える。
師の言ったことは何となくだが理解できる。たまにあった時の雪之条から恋人の話を聞く時のうれしそうな表情を思い返せばわかる気がする。
それに自分の横にいる横島も普段でこそあれではあるが、かつて短い時間ではあったがそれこそ燃えるような恋に命を賭けたという経緯があったことを自分は知っている。先ほどの言葉も冗談のようなノリではあったが、その中身は冗談ではない真剣な思いが込められたセリフでもあるのだ。
「まあ、すぐに答えの出るような話ではないからね。いろいろと悩むことも必要だよ。時間は有限だけれど人生は一度しかないんだ。考えて考えすぎということもないだろう。」
「私としてはピートは少しくらい横島を見習ってもいいと思うけどね。人生が一度しかないなら恋にためらってる時間がもったいないワケ。」
エミの言葉に込められた思いに気づきつつもそれでもきちんと答えを出せずにいる自分に、ピートは一層悩むのであった。



   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇



「ったく、結局ピートの野郎エミさんといい雰囲気になりやがって。」
あの後いろいろと世間話をしてから、また街でナンパをすべく教会を出た横島はエミに迫られるピートを思い返して怨嗟の言葉をつぶやいた。
「あのヤロー絶対に後でいじめちゃる。イケメンはすべて敵じゃ。」
同じモテない組のクラスメイト達を思い浮かべながら、学校であった時にどうしてくれようと暗い笑みを浮かべる横島を、すれ違った親子連れがそそくさと立ち去って行くのに横島は気付かない。
今日行き会った二組のカップルの空気にあてられた横島は、雪之丞達を尾行していた時と比べ嫉妬オーラは倍増だ。
さすがにこれ以上ラブラブな空気を見るのはうんざりなので、横島はカップルないなさそうなしかし女性は多そうな場所へとシマを変えることにした。
だが、二度あることは三度あるという言葉もあるように、横島は思いがけず不本意な出会いを果たす。
「・・・」
「なんですかノー、そのあからさまに嫌そうな顔は。」
横島の把握するポイントの中であまりカップルがいないような場所となると自然と人のあまり来ない場所がピックアップされる。
そうなればナンパする相手も少なくなってしまうが、背に腹はかえられんと思い量よりも質で勝負とポジティブに考えながらあまり人気のないさびれた公園へ来た横島。
案外こういうところを好んで来る活動的な女の子もいるだろうと考えていたのだが、生憎そこにいたのは活動的な美女と野獣だけだった。
「一体なんだって言うんじゃーー!今日は厄日か!?どこもかしこもイチャイチャイチャイチャ!!なんだ!?付き合ってない奴には市民権もないんか!?もてないヤロー国にでも行けと!?」
「い、いきなりそんな事を言われても、何がなんだかさっぱりわからんですケン・・・」
出会いがしらに突然魂の叫びを聞かされてあたふたとするタイガーであるが、それも仕方のない話だ。
「なあ、タイガー。この人って。」
「あ、ああ、魔理さん。わしのクラスメイトの横島さんジャー。クリスマスの時にもいましたノー。」
「あ、やっぱり。おキヌちゃんのとこの人だよな。」
横島の錯乱に驚きつつも、その混乱の度合いはタイガーほどではなかったらしくその女性は横島が見知った顔であることに気づいた様子だ。
「久しぶり!確か一文字さんだったよね。僕はおキヌちゃんの同僚の横島忠夫。もしよければメールアドレスか携帯の番号を・・・」
「横島さん。突然人の彼女を口説かんでくれんかノー。」
「うるせー、タイガー!だいたいてめーは俺と同じモテない組だったはずじゃねーのか!?それなのに職場の上司は美人のエミさんで私生活でもこんなかわいい女の子と付き合いやがって!!それなんてエロゲー!?」
「横島さんにだけは言われたくないですケン・・・」
タイガー以上に美人に囲まれた職場で働く横島に理不尽さを感じながら、タイガーは額に井桁を浮かべて言った。
タイガーが連れ添っている女性は香りやおキヌちゃんのクラスメイトの一文字魔理だった。お嬢様育ちのかおりやほのぼのとしたおキヌちゃんに比べてかなり気合の入った感じの少女ではあるが、それが悪い方向には働かずむしろより美しさを引き立てているように思える。
こぎれいな服装をしていたかおりたちとは対照的に、動きやすく健康的な格好の魔理は年頃の少女の持つこんこんと湧き出る泉のようなエネルギーをその身にまとっていて、清楚な美女然としたかおりとはまた違った魅力を感じさせた。
「大体なんでわざわざこんなところにいるんだよ。どーせタイガーもデートなんだろ。だったらほかによさそうな所なんかいくらでもありそうなもんじゃねーか。」
「わっしもと言われてもわからんがノー。わっし達は別にデートではないですケン。今日は魔理さんの霊能力の訓練をするためにわっしもつきあってるんジャー。学校のほうで実力試験が近いらしいですケン、かおりさんやおキヌちゃんたちに負けないよう自主トレというわけですじゃー。」
「ああ、あたしは二人ほど霊能力が強いわけでも霊力の流れを読むこともできないからな。二人においてかれないようにこうやって地道に自分の体を鍛えてかないと。」
「そういやおキヌちゃんもそんなこと言ってた気がすんなー。」
魔理達の通う学校は六道女学院という他校にはない霊能科が存在する。彼女達はそこに籍を置いておりGSの卵として日々知識と力を身につけている。
未来のGSを育てるため霊能科はカリキュラムも他とは異なり試験においても霊能力の技術を試す実技試験が課せられているのだ。
またこの試験の成績によって、クラス対抗の選抜に反映されたりもするので生徒たちが必死になるのも当然だ。
「それにしたって総合運動場なり場所はありそうなもんだろ。」
「いや・・・それはそうなんですがノー・・・」
「えっと、前に人の多い場所で練習してたら私が襲われているって勘違いする人がいて・・・」
「危うく前科者になるところだったんジャー・・・」
「・・・タイガー、お前って奴は。」
110番通報されたのか。と、先ほどまでの怒りはどこかへすっ飛んで、むしろ哀れみさえ覚える。
だが、確かに遠目から見れば二人が一緒に練習をしている様子は大柄の不審者に女の子が襲われているようにしか見えない。
二人の仲を知っている友人達は美女と野獣と揶揄する者も多いが、当人たちにとっては冗談と笑って済ませることも出来ない問題だ。
実際の力関係で言えばまったくの逆だというのに。
「タイガー、見かけはこんなだけど中身は女性恐怖症の無害な奴なのに、難儀なやっちゃなー。」
「うう、前ほどではないんですがノー、未だに女性の多いところは長くいられないですケン。」
「暴走したらほんとにお尋ね者になりかねんしなー」
出会った頃のタイガーは極度の女性恐怖症で、クラスの女子に話しかけられるたびに逃げ出していたほどだ。
今はそれにも慣れて普通に接することもできるようになったが、それでも苦手意識は消えてないらしい。
体は大きくとも心はガラスのハートなのだ。
「でも、横島さん。タイガー結構頼もしいんだ。この前も私がたちの悪いチンピラに絡まれてることろにタイガーが間に入ってくれたし。」
「あれは思わず体が動いたですケン。それにあのままほっといたら魔理さん相手の男を半殺しにしてたんジャー。」
「でも助けてくれたのは本当だろ?」
「それは、魔理さんはわっしの彼女ですケン。」
「そういうところが男らしいよなー。」
「は、恥ずかしいですノー。横島さんが見てる前で。」
「照れんなって。顔に似合わず恥ずかしがりってとこも可愛い・・・って、横島さんどうした?」
褒め語らされて顔を真っ赤にさせるタイガーをからかっていると、魔理は横島がぶるぶると肩を震わせているのに気づいて声をかけた。
魔理の言葉にタイガーも横島を見て、学校でよく見る横島の行動に身を震わせた。
他人ののろけをそばで聞いて嫉妬しない男がいないのと同じように、二人がいちゃいちゃしてるのを見ておとなしくしている横島のわけがない。
この後に控えるのはわら人形か霊波刀か、はたまた文珠によってもたらされる想像もできないような攻撃か。(不)(能)とか使われた日には、男としての人生をあきらめなければならなくなる。
ここはどうにかして目の前の不幸を回避せねばとわたわたと手を上下させて横島に声をかけようとタイガーは口を開いた。
「よ、横島さん。お、落ち着くんジャー。」
「・・・」
「よ、横島さんにもきっと、恋人になってくれる人がいるですケン!」
「!!!」
こともあろうに、タイガーは独り身の男が言われてもっとも傷つく言葉を選んでしまった。
言ってしまってからとどめを刺してしまった事に気づいたのか、タイガーは顔を青ざめさせて次に来る衝撃に身をすくませた。
「・・・こ」
「「こ?」」
「コンチキショーーーーー!!!!!カップルなんて嫌いじゃーーーーーー!!!!!!!」
そう叫びながら、横島は涙と鼻水をまき散らしながら脱兎の如くその場を駆け出してしまった。
途中公園の入口の階段で足を踏み外してポールに頭をしたたかに打ちつけたが、すぐに起き上がって再びものすごい勢いで遠くへ走りさっ行った。
「あああ・・・わっしは横島さんになんてことを言ってしまったんジャー。」
まさか横島がタイガーに危害も加えずに逃げ去るとは思っていなかったタイガーは、それほどまでにショックだったのかとその場でへたり込んだ。
「いや、でも、案外間違ったことは言ってないと思うんだけどな。」
少なくとも横島に思いを寄せる少女っを一人知っている魔理は、うなだれるタイガーに苦笑いを浮かべながらそう呟いた。



   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇



とまあ、逃げ去った勢いで傷心のまま自宅に走り帰り、ちゃぶ台に突っ伏してさめざめと泣いているというわけである。
いつものようにナンパをしようと街に繰り出して、トリプルパンチを時間差で食らった横島のライフはすでに0に近かった。
むしろあのタイガーい慰められたというのでマイナスに食い込んでいるかもしれない。
「くそう、どーせ、どーせ俺はよぅ。」
漏れ聞こえてくる声は、どうしようもない情けない音色の言葉にならない単語ばかり。
酒も飲んでないのにべろんべろんに酔っぱらった飲み屋の親父のようだ。
そばに誰かがいたら見境なく絡み出してもおかしくはない。
コンチキショー、バッキャーローめとくだを巻いてる横島だったが、そこへアパートの古びた階段を勢いよく駆け上がる足音が響いた。
と同時に横島の自宅の扉が勢いよく開き、少女が飛び込んできた。
「センセー!不肖の弟子シロちゃんでござるよー!夕方の散歩のお誘いに来たでござる!!」
今日は依頼もなく横島門司事務所に顔を出さずにいたので、我慢ができずに飛び出してきたのだろう。
飼い主の帰還に飛び跳ねる飼い犬の如くハイテンションで横島に飛びかかるシロ。
勢いあまって横島がちゃぶ台に盛大に頭をぶつけてしまい、いつもなら盛大な怒声とともにゲンコツがくるものと思ってしまったという顔をするが、予想していたそれが一向に来る気配がなく不思議に思って横島の顔をのぞいてみる。
横島は額に大きめのたんこぶを作っておりかなり痛そうに見えるのだが、横島は痛み事態を感じていないのかまったくの無表情でこちらを見つめている。その眼には光がさしておらず台風の前の静けさのようである。
「・・・シロ」
「な、なんでござるか、せんせー。」
今まで見たこともない横島の表情に、シロは少しおびえながら答える。
散歩1週間禁止とか言われたらやだなー、と少し思いながら横島の次に来る言葉を待っていたが、帰ってきたのは想像の斜め上をはるかに超えたものだった。
「俺は・・・俺には、もうお前しかいない!一生そばにいてくれ!!!」
そう突然叫んだかと思うと、横島はすがりつくようにシロを抱きしめた。
「え、な、そんな突然、なんでござるか!?なんでござるか!?」
何の前触れもなく憧れの師に告白も同然の言葉を言われ、何が何だか分からずになんでござるか?夢でござるか?と疑問視を連呼するシロ。
そのまま事態が理解できない状態がしばらく続き、二人が落ち着いたのは日が完全に暮れた後のことだった。
おま愛の筆が止まったため、息抜きにと思い書いた代物です。
そういや雪之丞やタイガーって彼女とどんなふうに過ごしてるんだろうかと思い、妄想を膨らませた次第。
ほかの要素はおまけ程度でしかないのです。
目の前でいちゃいちゃするカップルはうっとおしいけれど、想像の中だとにやにやが止まらないのはなぜだろう。

最後はシロが棚から牡丹餅のような終わり方をしてますが、本当ならタマモとかタマモとかタマモとかも出したかった。
でもなかなかタマモのキャラがつかみにくく、出す必要もなかったのであえなく断念。

おま愛の方は大まかな展開は決まっているものの、細かいところでもう少し詰める必要があるため更新には間が開くことになりそうです。

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