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刻々



このドラマつまんない、他なんかやってへんの?、紫穂、透視してみてよ、とTVの前で3人で姦しく騒ぐ子供達を苦笑しながら見ていた皆本は、ふと思いついて話しかけた。

「お前、髪伸びてきたな」
「んー?あたし?」

ふと、皆本がソファに座る薫を見やって言った。
肩から少し零れるようになった髪。
以前は首を隠す程度に肩にかかるぐらいだった赤毛はいつの間にか背中に近づいている。

「だって伸ばしてるもん」
「そうなのか?」
「結構前からだよ?」
「そうだったかな」
「そうだよ」
「皆本はん、知らんかったん?」
「ああ」

出会って1年以上過ぎ、彼女達は先日6年生になった。
入るまでに色々と苦労もあった小学校も、もう卒業という文字が見え隠れし始めた。
身長も会った時よりも随分伸びてきているし、より女の子らしくなった。
改めてみれば変化なんて沢山あるのに、毎日見ているから気づかない。
(誰だって毎日別人に変わっていくんだよ。)とキャリーに告げた言葉をふと思い出す。

「まー、どーせそうだとは思ってたけどさー」

でも顔をそむけ、拗ねる。こういう顔はまだまだ子供だ。
苦笑いで「ごめん」と言うと、「いーけど」と不機嫌そうに薫は呟く。

「インパラヘンでエクステンションつけてからよね?薫ちゃん」
「うん、まーそうだけど。紫穂も葵も褒めてくれたし、伸ばすのもいいかなって。でもさー、伸ばしてみると結構邪魔なんだよね。葵程長くないからくくれないし。紫穂みたいにまとまったらいいんだけど」
「まぁでもそこで我慢せな伸ばせへんで?」
「わかってるけどさー」

髪の毛を弄りながら、薫は物憂げに唸る。
ふと、顔をこちらに向け、首を傾げて尋ねてきた。

「皆本はどう?伸ばしてるほうが可愛い?」
「え」

こういう問いには未だに思わず固まる。
研究やバベルでの仕事。そういった事では当たり前に回転する頭は、女の子の扱い、という面ではあまり優秀ではないのは自覚している。この子達ぐらいの年齢の女の子というのは色々と難しい、というのはある種常識に近いし、特にこの子達はレベル7のエスパーでもあるせいか妙に勘もいい。他の子供に比べるとませていて、付き合いも長く適当な言葉では誤魔化されてはくれない。
薫は、どこか期待するような目で皆本を見つめてくるし、その横では葵も笑ってこっちを見ているし、紫穂に至っては、これから言うだろう自分の発言に嘘がないか、本心は何か探ろうと見つめているし…というか、下手なことを言うと本当に透視してくるだろう。
インパラヘン王国の時に、薫はエクステンションと呼ばれるつけ毛をつけてロングヘアにしていて、似たような問いかけをしてきたものだ。その時は「女の子にしか見えなくてびっくりした」と言ってしまい、薫には壁にめり込まされ、管理官には顰蹙を買い、葵や紫穂の二人にも若干呆れられていた。冷静に考えると確かにあの時の発言は流石に悪いことを言ったと皆本自身思う。壁にめり込ますことはやり過ぎにしても。
とりあえず似合っていたということに嘘はないし、沈黙しているわけにもいかず、皆本は頬をかきながら言う。

「…えーっと、まぁ、可愛いんじゃないか?」
「まぁ、って何だよ!まぁ、って!気持ちこもってないよ!?」
「…皆本はん、もうちょっと言い方あるやん?」
「薫ちゃんかわいそー」
「ちゃんと可愛いって言っただろーがっ!」
「だって全然気持ちこもってないじゃんっ!何そのどっちでもいーみたいな態度っ!?」
「お前っ、揺らすなっ!首が…っ」

ソファーから飛んできてこちらの首根っこを掴んでガクガクと揺すりながら怒る薫と、ソファに座りながら呆れ顔でこっちを眺める葵と紫穂。

「薫ー、気持ちはわかるけど、それぐらいにしときや」
「ちぇっ!」
「うぐっ」

葵の声に乱暴に襟から手を離し、どすっとソファに戻る薫。
皆本は頭をシェイクされて、ぐらつく視界に思わず額に手をやった。
その様子を見ていた薫はふーっと溜息をついて、伸びかけの髪に手をやりながら呟いた。

「やっぱ切っちゃおうかなー」
「「えー!」」

不満げな二人の叫び。

「どうしてそうなるんだ。僕は似合ってないなんて言ってないだろ?」
「だってさぁ、前だって女の子にしか見えなくてびっくりした、とかしか言ってくれなかったし、どーせあたしの髪なんて皆本にとってはどーでもいいんだろ」

唇を尖らして、ぷいっと顔を逸らす薫。
視線を外してむくれている薫の横からはじっとりとした視線が痛い。
ちらり、とそちらを見ると、それはもう不満そうに「どうにかしろ」と如実に語っている葵と紫穂の顔がある。
抜け駆けだとか何だかんだといって張り合うこともあるが、こういう時、この3人の絆というものが、自分を遥かに凌駕するものであるということがわかる。
どうにかしないと、かなり厄介なことになる。
薫は頑固な所があるし、もし勢いで髪を切ってしまったら、その後の葵と紫穂の反応が恐ろしい。
皆本自身、鈍いという自覚はあっても、それぐらいはわかる。
だが、何と言えば彼女達の機嫌が治るのか、という問題に対する答えを直に導けるほどこの手のことに聡くはないのだ。こういう時、賢木の様にすらすらと褒め言葉が出る能力が欲しい、と思う。ああはなりたくないにしても。

「その、悪かった。別に、どうでもいいってわけじゃなくて、どっちも薫には違いないだろう?でも折角伸ばしてるなら、勿体無いだろうし」
「でもそれ結局皆本はどっちでもいいんじゃん」

視線はこちらに戻してくれたものの、まだ不満げな薫。
どうしたものか、と困っていると、紫穂がやや呆れたような声で助け舟を出した。

「皆本さん、薫ちゃんは皆本さんがどっちが好きかっていうのを聞きたいのよ?」
「そうやで、女はたまにはバシッと言って欲しいもんやねん」

葵も賛同する。
どっちが好きか、という答えを真剣に返さない限り、機嫌は治らないらしい。
苦手な類の質問だが、真剣に考えてみようと頭を抑える。

「どっちが…か。うーん…」

どちらも薫だ、そう思ったことは決して嘘ではない。
勿論長い髪だって女の子らしく見えて驚いたのは事実だが、短い髪だって彼女の闊達な性格を表している様で決して似合っていないわけではない。
ただ。
ふっと過ぎるのは、自分と同世代ぐらいの女性の面影だった。
顔立ちに薫の面影を残しながら、それに似つかわしくない儚い微笑で、自分を待つように立っていた。

「そう、だな…」

あの予知での薫の髪は短かった。
爆音の響く青空の下で、短く切られた赤毛が舞う光景を思い出して、皆本は眉を顰めた。
もし、このまま薫が髪を伸ばしたとしたら、あの予知から少しでも遠ざかることになるのだろうか。

「僕は―――」

あの涙も。悲しい微笑みも。あの悲痛な告白も。
引き金を引くあの寒々しい感触も、味わわずにすむのなら。
勿論、そんなものに予知を動かす力なんてないと冷静な部分では皆本もわかってはいる。けれど気休めだったとしても、長い髪で幸せそうに笑うあの女性の姿を思い浮かべると、ほんの少しだけ信じてみたくなった。

「長いほうが、好きだよ」

じっと目をみていた薫は、しばらく黙っていた。
ただ、やがて何かを悟ったのかにっこりと、無邪気な顔で笑う。

「そっか。じゃあ、切るのやめるね!」
「現金やなぁ」
「だって皆本が『好きだよv』な〜んて言ってくれるなんて貴重じゃんっ!?あんな下心バリバリの視線でさぁっ!」
「薫ちゃんずるーい」
「いやぁっ!皆本はん、不潔!」
「待て!僕がいつそんな視線で見た!?」

睨むが、効果はない。
葵は若干引き気味にこっちを伺ってくるし、薫は一人興奮してにやにやしている。

「お前らがどっちが好きかって聞いてきたからそー言っただけだろ!僕には断じてそーいう気持ちはないっ!」
「断じてってことはねーだろっ!?」
「ないっつってるだろっ!」
「なんだよそれーっ!結局やっぱいい加減なのかよさっきの答えッ!」

ぎゃんぎゃんと口論していると、薫の機嫌も急降下していく。
また先程の二の舞か、と皆本は危惧したが、そうではなかった。
傍観するように微笑んでいた紫穂が薫の腕をひっぱり、耳元に口を寄せる。

「大丈夫よ、薫ちゃん。…って思ってる」
「!」

小さく呟かれ、皆本には聞こえない程の声だったが、薫の表情がにやっとした笑みに変わったのを見て、激しく嫌な予感がした。

「待て、今何を言った?」
「別に?」

笑顔の紫穂は、さらっとそう答え、教える様子はない。
薫に視線を移す。
薫はへへーっと言いながらにやにやしていたが、目が合うとウインクし、言った。

「秘密!でも、髪伸ばしてとびっきりイイ女になるからさっ!皆本が妄想したみたいに、押し倒したくなるぐらい!!」
「僕がいつそんな妄想をしたーっ!?」
「あら、照れなくても男の人なら自然なことじゃない?」
「いい加減なことを言うな紫穂ーっ!」
「きゃーっ!皆本はんサイッテーッ!」

ヒートアップする薫に、皆本が憤慨して抗議すると、紫穂は相変らず水を差し、葵はさらに引く。
いつも通りの姦しい少女達の声と焦った男の声は、夕食の時間が近づくまで続いたのだった。




はじめまして、初投稿になります。
私は中学生編の長い髪の薫も好きだけど、小学生時代の短い髪の薫も好きだ。じゃあその中間の薫ってどうだろう、可愛いに違いない、と考えはじめたら、いつの間にか書けていました。
いや、勿論チルドレン全員大好きですけれど、薫の髪の長さは、幸せの積み重ねの結果のような気がして、余計に祈るような気持ちで見てしまいます。こんな些細な日常の積み重ねであの未来が回避出来たらどんなにいいだろうか…。

[mente]

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