10月 17日 3:50PM TAKE2
ずだーーん! 反射的に目を閉じる皆本。
撃たれた実感のないままに目を開くとそこにはよろめく葵の後ろ姿。
頭が状況を理解するより前に(というより理解を拒絶する中で)少女を抱き留める。その胸元は赤に染まり全身から生気が失われていく。
うっすらと目を開く葵。どうやら痛みは感じていない様子、どこか遠くを見るように
「これって言いつけを守らなんかった罰やろか‥‥」
「そうだ! だけど、これで済んだって思うな! 戻ったらたっぷりと絞ってやるから覚悟しておけ!!」
皆本はそれが消え去ろうとする意識をつなぎ止める呪文のように叱責する。
「しゃーないか‥‥ お手柔らかに‥‥
がくり 一瞬、微笑みかけた直後、力が抜ける葵の体。
「バカ! 行くんじゃない! 戻れ!! 戻るんだ、葵!!」
振り絞る声で揺さぶるが答えは返ってこない。まだ暖かい体を一度抱きしめるとゆっくり床に寝かせ立ち上がる。
‥‥ 一歩、また一歩、近づく皆本に気圧される黒服。
追いつめられた反動でトリガーを引こうとしたその時、まるで計ったようなタイミングで扉が開く。
「おい、ガキども連れてきたぜ!」と新しい黒服の気楽な声。
その前には少女が‥‥
「あ‥‥葵ちゃん?!」とかすれる声。そして「あ‥‥ 葵ぃぃぃいい!!」と絶叫。
次の瞬間
「ぐぎゃぁぁぁああ!!」と断末魔の叫び。
そこに巨大ハンマーの一振りを喰らったように”NG”は頭を押さえぶっ倒れる。
さらに、それぞれ何が起こったのかを把握する間もなく、生じた強烈な衝撃波により全員が投げ出される。
「俺の‥‥ 俺の”力”が効かな‥‥」
鼻、口、目元、耳、こめかみ、顔中の血管が切れたかのように血を流し”NG”はもがきのたうつ。
「黙れ」静かな、静かすぎる声で応える少女−薫。
軽く掌を向けると”NG”は床を彩るどす黒い絵の具と化す。
ズダン! ズダン! ダン! ダン!とそこに続けざまの銃声。
跳ばされた黒服が撃った弾の全ては薫の30cmは手前で静止、ばらばらと地面に転がる。
‥‥ 虚ろ瞳で薫は黒服を一瞥。
「ぎゃあああ!」と振り絞られる黒服の絶叫。
持っていた銃が深海に置かれたように手もろともに圧壊したから。その”水圧”は全身に及び‥‥
「もういい、薫!! やめるんだ!」
立て続けの地獄図にようやく自分を取り戻す皆本。
その声にぴくりと反応する薫。箍の外れた微笑みを浮かべ
「いいだろ、皆本‥‥ すぐに終わらせるからさ」と言い残し空へと舞い上がる。
「待て! 待ってくれ!」
皆本は遅ればせながらリミッターを作動させようと携帯を出すが、それはとうに逆流したエネルギーにより焦げた金属塊と化していた。
「お願い皆本さん! 薫ちゃんを‥‥薫ちゃんを止めて!! 今の薫ちゃん、心は空っぽ、このままじゃ自分が飲み込まれてしまうわ」
「紫穂?! お前は大丈夫なのか?! それに超能力が‥‥ テレパシーが使えるのか?」
「私は大丈夫! 薫ちゃんが危ないのにトチ狂っているヒマはないから!」
暴走してもおかしくないほどに心は揺れているが、残された親友への思いがそれをくい止めている。
「情報はサイコメトリー、空気越しに透視(よ)んでいるだけ! 薫ちゃんの暴走の余波で超能力が使えるようになっただけじゃなく、普段以上に”力”が出るみたい」
「判った、何とかする!」さらなる惨劇の予感、というより確信に突き動かされる皆本。
しかし、自分がまったくの無力である事は誰よりもよく知っていた。
「サイキックゥゥゥ‥‥」薫はその限界以上に放出する”力”を掌に導く。
無造作すぎて効率的には最低だが、沸き上がってくる”力”の量はそれを補って余りある。
狙うは全速で逃走する大型車。たまたま空に上がった時に目に入ったからでそれ以上の理由はない。
心の隅に無益な事−どれほどの報復をしても葵は戻ってこない−をしようとしているという認識はあるが、それだけ。
糸で動かされる人形のような感情のないモーションでエネルギー波を放つ薫。その一瞬前、対向車に現れた観光バスに気づきはするもののもはや止めようがなかった。
TAKE3(最終話)
10月 17日 3:50M TAKE3
ずだーーん! 反射的に目を閉じる葵。
撃たれた実感のないままに目を開くとそこにはへたり込んだ皆本の後ろ姿。
頭が状況を理解するより前(というより理解を拒絶する中)倒れようとする皆本を支える。『すまない』と振り返った顔から生気が失われていく。
「このーっ!!」コヨミは自分でも訳の分からない叫びを上げて突進。
手にしたトンファーに爆発する感情を込め”NG”こめかみ辺りへ叩き込む。
文字通り吹き飛ばされる”NG”。打ちどころ的に死んだかもしれないが今はそれをどうこう思う余裕はない。
それを横目にとりあえずの安全を確認した皆本はともすれば薄れる意識を葵へ向ける。
「『いざとなっても君だけは絶対に守るから』 そう言っただろ」
「いくらゆう(言っ)たからって本当にせんで(しなくて)もええやんか! そんなんでウチらが喜ぶとでも思ってるんかっ!!」
「悪い‥‥ こんな形しか取れなくて。薫と紫穂にも謝っておいてくれ」
「いやや! 謝るのは自分の口でしぃ ウチはそんな代弁、金輪際するつもりはないで!」
「仕方ないか‥‥ しかし薫が本気で怒るとキツいから‥‥」
「心配あらへん、薫はあれでも手加減は判っているし! それに皆本はんも体力はあるほうやから‥‥ だからこんな一発の弾で死ぬような根性のない事をしたらあかん!!」
「そうだな‥‥」最後の力を振り絞るように顔を上げる皆本。
宙を見る視線の先にはクィーン・オブ・カタストロフィ。寂しげに笑う先にいるはずの自分はもういなくなる。
‘これで未来が変わったのなら悪くない‥‥
がくり 皆本の全身の力が抜けると同時に葵の”糸”も切れる。流れた血の上にへたり込み
「いやぁぁぁーー!!」
と泣き声‥‥ いや、声が一枯れんばかりの絶叫を上げる。
血を吐くような絶叫を上げ続ける葵をコヨミは引き寄せ抱きしめる。
少女と青年の絆の深さをゆえの悲劇と別な悲劇しか呼び込めなかった自分にできる事はそれしか‥‥
?! と急激に辺りに広がる”何か”に気づく。
それがまず形で見えたのは倒れたまま”NG”。体がまるでCG処理を施されたかのように不気味に歪み脈動する。
テレポート能力とは空間を歪ませる”力”、だとすれば今、テレポーター少女の爆発する感情が超能力中枢にかかった”呪縛”を破ったのかも。
さらに‥‥
肩に乗った破時鬼虫に生じる異変。
満月の日が近づき成虫への変態が始まる感じ‥‥ いや、瞬く間に変態を終え、時間跳躍が始める寸前のように羽が大きく伸びる。
暴走する超心理エネルギーの放出を受け時間跳躍能力が誤作動(?)を引き起こしたのだろう‥‥
とは後日に思いついたところ。今は何も浮かばず、呆然と立ちすくむ。そして視界の端に輝きを放つ羽。それを見た瞬間、時間転移が発動した。
はっ! とするコヨミ。
周囲の様子が変わっている。撃たれたはずの青年はよろめく”NG”を注視し、少女は青年の側で同じ光景を見ている。
‘‥‥ このシーン、次は?!’頭で状況を理解するより前に体が動く。
踏み込むと同時に繰り出したトンファーはまさに”NG”が抜き出した銃の狙いを葵に向けようとした瞬間の手首を捉える。
ずだーーん! 銃声。
しかし銃口があさっての方に向いたせいで、弾は葵も皆本も傷つけることなく済む。
折れた手首を押さえる”NG”にさらにコヨミは記憶を振り払うように渾身の一撃が決まり、文字通り吹き飛ばされる。
自分に向けられた銃に固まった葵は、コヨミの一欠片の慈悲も感じられない一撃に別な意味で固まる。
一方、身を挺して葵を守ろうとした皆本はそれが空振りに済んだ事に大きく安堵の息をはく。
‘それにしても際どいタイミングだったな’
全身に流れる冷や汗を意識しつつ、起こった出来事を反芻する。
黒服が別に銃を持っているという可能性は意識の対象外で、もう少しコヨミの動きが遅ければ最低でも自分が撃たれた可能性は十分にある。
‘待てよ『タイミング』って言えば‥‥’と気になる点が浮かぶ。
タイミング的にコヨミは”NG”の行動を見るよりも早く動いたようにも見える。
特務エスパー<ザ・ハウンド>の少女には、限定された形ながらも数秒未来を見通すプレコグニッションがあり、その結果を本能レベルでフィードバックすることであたかも獲物を襲う肉食獣並の反射神経があるような運動能力を発揮できる。
この少女にも似た”力”が備わっているのかもしれない。予知の件といい、やはりこの少女は特異なエスパーなのかも‥‥
ばかん! と衝撃を食らったように吹き飛ぶ扉。
そこには
「騎兵隊、参上‥‥ って、こういう場合に言うんだろ!」と得意げな薫の姿。
「普通に扉を開ければいいのに。あとで持ち主に謝るのは皆本さんなのよ」
少し遅れて姿を見せる紫穂。
「かまやしないって! 連中にここを使わせたって事は持ち主だって”普通の人々”に関係してんだろ。建物ごと潰したって自業自得さ」
その”未来”を思わせる過激な発言に普段ならまず窘める皆本だが、今は呆然としたまま。
それに代わり葵が
「えっ! 超能力が使えるんや」と驚く。
すぐに自分の能力も使えるようになっている事を確認する。
「いつ超能力が戻ったんだ?!」
「一分‥‥ いや、二・三分‥‥ あれっ? 五分前かな‥‥」
考えるほど判らなくなるという感じの薫。
「とにかく、”力”が戻った事に気づいてさ! 『なら』って事で”普通の人々”ぶっ飛ばしてきたんだ! 皆本だろ、アンチエスパーを何とかしてくれたのは」
「いや、僕は何もしていない」としか答えようのない皆本。
考えられるのは”NG”が意識を失ったからという理由。彼の話では意識が途切れても効果は継続すると言っていたが間違いだったのだろう。
「そうなんだ」まぁ超能力が使えればどちらでもいいと薫。険しい横目をコヨミに向け
「で、皆本! 色々あったようだけど、こいつの正体は解ったのか?」
『怪しい人じゃない』と答えかける皆本だが、未だ正体不明という点で怪しい人物である事を思い出す。
詰まる皆本に対して葵は彼女らしい素直さで
「誰でもエエ(いい)やないか。コヨミはんはウチと皆本はんの命の恩人、それだけで十分や」
「命の恩人?! それって命が危ないほど目に遭ったて事なのか?!」
「いや、大したことじゃない」
怒りを露わにする薫に気づきあわてて否定する皆本。
仲間を思う気持ちが人一倍強いのは基本的には良いことだが、彼女の場合、それが制御できない超能力の暴走につながる可能性が高い。超度7が暴走すれば(当人の望む望まざるにかかわらず)それがけで大惨事を生み出しかねない。
薫も皆本の心配を悟ったのか昇りかけた感情をあわてて押さえる。
‘このあたりは少しは大人になったな’と少しうれしく思う皆本。
一方、自分には自分の役目があると話の外で掌を地面に当て周囲を探っていた紫穂は
「連中、逃げるわ! 私たちが超能力を使えた事とB.A.B.E.Lの部隊が近づいているって事で」
「よっしゃ! 任せろ! 皆本と葵を危ない目に遭わせたんだからたっぷりとヤキを入れてやるぜ!」
止める間もなくすっ飛ぶ薫。
「水元さん!」とあわてるコヨミ。パニックに近い狼狽を見せ
「薫さんを止めて! あの勢い、拙いんです!」
その焦りを訝る皆本だが調子に乗った薫の視野がやたら狭くなる事は十分に心得ている。
「解ってます! 葵、紫穂、後を追うぞ!」
10月 17日 4:03PM
高揚した気持からか普段の三割り増しのスピードで空へ昇った薫は全速で本線に向かおうとする大型車を視野に捉える。
「へっ、逃がすかよ!」薫はちょうど良い獲物と後を追いかける。
サイコキネシスで車を持ち上げればそれでケリだが、まだ続く怒り(エスパーたちを苦しめた一味という点もあって)のままに少し過激な手に出る事を決める。
掌に集められるサイキックエネルギー、それは車どころか戦車でも粉々に粉砕できる密度と量。
ちらりと直撃を考えるが、さすがに拙いと思い直す。
狙いは路面。煽られた車はハンドルを切り損ねて止まるに違いない。少しは怪我をするだろうが自業自得、それ以上の結果になりそうなら、そこで止めればいい。
「サイキックゥゥゥ‥‥」とタメに入る。
目標は本線に出て急カーブを回り込もうとするところ。特に気にすることもなく撃とうとしたその瞬間、
「やめろ!」という叫び。
それに自分を抱きしめる力強い腕と包み込む様に背中に感じられる体温。
それが皆本のものだと−自分が皆本に抱きしめられている事に気づき、それまでと全く異なる意味で頭に血が上る薫。
掌のサイキックエネルギー弾もどこかに‥‥ それどころか浮揚すらおろそかになってしまう。
一瞬、自由落下状態になる二人だが、そこで消失。次の瞬間、地表に尻餅をつく。
「何なんだよ、皆本?!」薫は自分の動揺を隠すように手荒く問い質す。
「何やはないで!!」と皆本より先に応じる葵。
ひゅ ぱっ! 未だ後ろから抱きしめる形の皆本をテレポートで引き離すと
「見てへんかったんか?! あんたが衝撃波をかまそうとした先に観光バスが現れたんや。撃っとたらどないな事になっていたか? シャレでは済まへんで!!」
何気にケンカ腰なのは、薫の軽率な行動への非難があるわけだが、同時に皆本に抱擁されたコトへの腹立ちも含まれている。
「へっ? 本当なのか」
「私が透視(よ)んだところじゃ、タイミング的にも狙った場所的にもドンピシャ! 薫ちゃん、調子に乗って呼んでも聞こえない風だったでしょ。だから葵ちゃんに言って皆本さんを届けてもらったの」
紫穂が、これも言葉に刺を交えて解説する。
「ふん! 心配しすぎだって。幾ら頭に来ても関係のない人を巻き込むようなバカはじゃねぇよ」
と嘯く薫だが、あさっての方を向けた顔が引きつっている。
それが反省である事は承知している皆本だが、持ち前の”教師根性”から
「だとしてもその可能性があった事を忘れるな! 君の”力”は君の心に比べまだまだ、大きすぎるんだ! ”力”があるからと言って、その使う人間の心がそれに応えられないようでは使う人、向けられる人、どちらにも迷惑を生むだけ。そして、何を考えていたにせよ、結果に対する責任は当人にしか取れない! それはいつも言っているはずだ。そもそも超能力が働かないところに自分たちだけで来るってどういうつもりだ?! いくら心配でも、そうした幼い判断がどれだけ‥‥」
「うるせぇ!」 ばこっ! 「ぐはっ!」
長くなりそうな皆本に薫は(いつものように)サイコキネシスで路面に押しつける。
「やめなよ〜 薫ちゃん〜」
といつもながらの棒読みの紫穂。そして『やれやれ』と両の手を上に広げ首を振る葵。
そのいつもの光景こそが事件の終了を如実に物語っていた。
じゃれ合う四人を少し離れたところで注視する二人。
「ちっ、出番ナシか! ボンクラ君が出なきゃ”美味しい”ところをいただけたのに! 今回もヤツの総取りってわけか」
二人の内の一人、銀髪、学ランの青年が腰に手を当て悔しげに、そしてどこか楽しげに吐き捨てる。軽く顔を隣の少女に向け
「これで憂うべき未来が完全に覆ったんだな?」
「ええ。さすがにこの状況からの”揺り戻し”はないでしょう」
「けっこうだ。助けてもらったあの子たちに代わり礼を言っておく」
「気にしないでください。私は私ができる事をしたに過ぎませんから。それに、ここまで犠牲のない形に修正できたのはあの子たち自身の”力”、それにそれをまとめる”水元”さんあっての事。私だけではこうはいかなかったでしょう」
「ボンクラ君の存在か‥‥」
そこだけは気に入らないという感じの青年だが否定はしない。少し彼方を見るように顔を上げ
「あの娘(コ)たちはこれからも色々苦労をする事になるんだが、イザという時、今回みたいに助けてもらえるかな?」
「保証はできませんが、それが多くの人を救う事になるのなら、たぶん」
「ありがとう、未来にとって幸いだ」
青年は−青年を知る誰もが意外に思うほど−心からといった感じの感謝を向ける。
「さて、行こうか、時間が迫っているんだろ」
「ええ、お願いします。体が二つ欲しいほど忙しい身の上なもので」
『それじゃ』と青年はうなずく。
次の瞬間、そこにいた二人の姿はなかった。
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