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TAKE3(その6)

前回までのあらすじ
2010年秋。B.A.B.E.Lは”普通の人々”によると思われるエスパーを狙った事件を解決すべく皆本と葵を囮にした作戦を発動する。
 そこに現れる謎の少女、時輪コヨミ。少女は破時鬼虫の”力”により時間を遡り起こった悲劇を”修正”する事を使命としていた。

 コヨミを加えた皆本と葵の前に現れる”普通の人々”。
 そして元”普通の人々”にしてアンチエスパー”NG”。全ての超能力を無効にする”アンチ”能力は皆本(引いてはB.A.B.E.L)の作戦を大きく狂わせる。

一方、別な糸口から皆本と葵の危機を知った薫と紫穂は二人の元に行こうとする。しかし、それはコヨミが阻止しようとする破局への道でもあった。




雑木林、身を潜める薫の表情は険しく苛立ちを隠せない。

目の前にはそれ自体が産業廃棄物といった外観の施設‥‥ とそこにうろつく黒服・黒サングラスの男たち。
まず、この先に親友と”保護者”が捕まっているのは間違いなさそうだが、これ以上見つからずに進めそうにない。

脇で同じように前を見つめる紫穂が
「これからどうする? 今なら、まだ引き返すとか隠れているって選択肢はあるんだけど」

「それは判ってる! でも、葵、それに皆本が危ない目にあっているんだ、そのままにしておけるか!」

「でも、超能力は消えたまま。これじゃ二人を助けるどころか足手まといになるのがオチよ」

「そこも判ってる! でも、何かしなきゃって気持ちが抑えきれないんだ」
 薫はこの衝動はどうにもならないと応える。
「だから、紫穂には引き返してもらいたいんだけど‥‥ バカをするのはは一人で十分だろ」

「そうねぇ 危険が判っているのにそこへ頭から突っ込もうってバカは一人で十分だと思うわ。でも、そんなバカにつき合うバカが別に一人くらいいても良いんじゃない」

「ごめん、つきあわせて」揺るがぬ仲間に感謝する薫。
「ってコトで、後はどうやって二人の所に行くかだけど‥‥」

「あら、そんなの簡単よ」とにやりする紫穂。立ち上げると何事もないように
「”普通の人々”のみなさん、エスパーがここにいるわよ」



TAKE3(その6)

 10月 17日 3:44PM TAKE3 

「何!! エスパーだというガキを二人捕まえたって?!」
携帯が鳴った黒服はそれを耳にして驚きの声を上げる。

『まさか!』と顔を見合わせる皆本と葵。漏れるやり取りからそれが本当だと解る。

 二人がここに来たという事はB.A.B.E.Lもある程度、状況は掴んだという事。それはそれで朗報だが、人質がさらに増えたという事実に変わりはない。

その点を葵が
「超能力が使われへんのにノコノコ来おって、その上、あっさり捕まるって何ちゅーうアホや!」
とこの場にいればハリセンの一発も入れようかという感じでツッコむ。

言う通りバカげた成り行きだと皆本も思うが動機と行動は理解できる。

仲間が危険に只中にあって、自分たちが安全なところにいるのが耐えられないのに違いない。そして簡単に捕まったのは、超能力が使えない中でこちらに至る最短コースを選んだという事。褒めるわけにはいかないが、彼女たちに絆はかけがいのないものだと思う。

二人の為にそこは弁護しようとするが、葵のどこか嬉しげな様子に必要無い事を悟る。

この聡明な少女は最初からそこに気づいており、先も一言も信じ合った仲間がいる事への照れ隠しなのだろう。

そうした心の動きを察したのか”NG”は
「なるほど、麗しきかな友情、生きるも死ぬも一緒ってわけか! 怪物同士、よほど気が合うと見えるな!」

「フン! 正直、羨ましいって言うたらどうや?! せっかく人にはない”力”をもろ(もらっ)たのに、それを人を困らせる事にしかつかわん(使わない)ヤツには絶対に手に入らないもんやからな」
向けられた嘲笑に葵はそれ以上の嘲笑で報復する。

「知った風な口をきくな!」”NG”は大股に葵に近づく。
間に入ろうとする皆本に一発殴りつけて排除すると葵の胸ぐらを掴み引き上げる。

結果的に”NG”と顔をつきあわす形の葵だが、1ミリグラムも恐れを見せず
「図星を突かれたゆうて子供に八つ当たりか?! こんな事されてもいっこも怖ない! すぐに薫が来るんやろ、薫が本気を出せばあんたの”力”なんかイチコロや」

「そうだったな」”NG”は葵から手を離すと黒服に振り返る。
「いつかは試そうとは思っていたが、ちょうど良い機会かもしれん」

「何を試そうっていうんだ?」
 とうてい微笑みとは言い難い口元の歪みに気づいた黒服は疑り深げに問い返す。

「俺の”力”が超度7の暴走に通用するかどうかどうかさ」

「暴走だと?!」

「このガキをぶち殺しその死体を連れてこられた二人に見せてやるのさ。こいつらの仲間意識からすりゃ、それで暴走間違いなし。そうなってもも超能力が使えなければ俺が最強って事。今後、どんな怪物相手だって恐れなくて済む」

「何をバカなコトを! 暴走した薫の”力”がどういうものか、お前が一番良く判っているはずだろう!!」
耳を疑う暴挙に皆本は立場を忘れ食ってかかる。

「だから試す価値があるんだよ」”NG”はそう一蹴する。躊躇いを見せる黒服に
「おい、早く銃をよこせ! 手を汚すのは好きじゃないが、こいつは別格!俺の手でやらせてもらう」

「本当にやる気か? ECMの時も大丈夫なはずが、ドカンだ。今回もそうならないって保障はどこにある?」

「ここにある! 俺だって超度7、同じ超度7に引けはとらないはずだ」
”NG”は蔑むように言い返す。
「それに、前は上回った分でシステムダウン。妨害効率が一気にゼロになったもんで惨事になったが、エスパーの超能力中枢は構造上、そうした壊れ方はしない。例え暴走時に俺を上回ったところで発揮されるのは差し引いた分だけ、大したことにならん! だろ、現場運用主任?」

「判断する材料が少なすぎる! 超度7は測定不能、超度7内でどれだけの”力”差があるかは誰にも判らなん! 言えるのは、お前の予想が外れた時、ここ全体が原子の塵になるという事だけだ」

‥‥ 黒服は困惑の態でにらみ合う皆本と”NG”をこもごもに見る。

それに気づいた”NG”は敵に対するような挑発的な言葉遣いで
「おいおい、言いくるめられるなよ! だいたい、俺の”力”を貸す時の約束で、ガキ共の処分は俺に一任って事だったはず。それをここに来て破ろうって言うのか?!」

「そんなつもりはない! が、この作戦のリーダーとして‥‥」

「臆病者が!」”NG”はそう吐き捨てると黒服の銃を強引に取ろうとする。

 それがかえって黒服の拒絶反応につながりもみ合う形に。

‘今しかない!’眼前の仲間割れ(?)に動く皆本。
後の展開に目処はないが、薫と紫穂が来るまでにこれ以上の機会が訪れるとは思えない。

 全身をバネに立ち上がると突進。体当たりで”NG”を押しやり黒服から銃をもぎ取ろうとするが激しい抵抗に遭う。

「皆本はん!」「来るな!」少しでも助けになるかと動く葵を制する皆本。
銃を巡っての争い、暴発の危険は少なくない。

代わりにというわけではないが、体勢を立て直した”NG”が割り込んでくる。

二対一を覚悟するが”NG”も銃を奪おうとした事で、それぞれが二人を敵にする三つ巴戦に。

 当事者にとっては長くとも時間としては二十秒もたたないところで
銃を奪った”NG”の手を打つ皆本。取り落とした銃に手を伸ばすが”NG”に組み付かれる。

結果、漁夫の利になったのは元の持ち主。飛び込むようにして銃を取るともみ合う二人に銃を向けトリガーを‥‥

「あかん!!」
 その危機に先の制止を忘れ射線に割ってはいる葵‥‥の動き端を押さえたコヨミ。
 あらかじめ狙っていたとしか思えない瞬発力で飛び出すや手にしたトンファーを鋭く振り切る。
その回転により間合いを伸ばした先端はトリガーを引く寸前の黒服の顎をクリーンヒット。脳を揺らされた黒服は一瞬で意識を失いぶっ倒れる。

ここまで無力に震えるだけの少女が放った強烈かつ精確な攻撃に呆然とする残る三人。

 その隙を突く形でコヨミは大きくジャンプすると勢いそのままに体をひねり込み、言うところの跳び後ろ回し蹴りを”NG”に放つ。

 その十分に体重が乗った一発で半メートルは吹き飛ぶ”NG”。意識こそ手放さなかったが朦朧としたまま床に転がる。

相当な修練と相応な実戦で裏打ちされたらしい攻撃の餌食となった相手に同情めいた気持を抱く皆本だが、やろうとした事を思い出しそれを抑える。
 その間、何事もなかったようにコヨミは落ちた銃を拾い皆本に渡す。

 受け取った皆本は肩の荷が下りたという観のコヨミに
「そのトンファー、どこにあったんですか?」

「ああ、これ?! そこの隅っこに。誰かが忘れていったんでしょうけど、運が良かったわ」

「冗談を聞く気分じゃないんです、こちらは!」あからさまな嘘に『かっ!』とする皆本。
「あらかじめ隠してあったんでしょう、自分がここに捕らえられる事を予知して!」

「まあね。実際は別の場所になる可能性もあったんでここで人を閉じこめておけそうな場所全部にだけど」
 とコヨミ。予知という点で間違っているが、誤解されたままの方がいい。

「だとして、どうして、その予知を教えてくれなかったんです?! アンチエスパーがいるってだけでも聞いていれば、もっと違った、より危ない目に遭わずに済む策(て)があたのに」
不安な時を過ごした葵を思い皆本の言葉は厳しくなる。

「そうかも。でも、起こった‥‥ いえ、起ころうとする事を変えるってけっこう難しくてね。安易な修正じゃ別な形で事件が起こるだけ、本当の意味での解決にはならないわ」

‥‥ コヨミの言葉に皆本は自分の耳を疑う。
それはB.A.B.E.Lでもまだ数人しか知らない予知出動に関する極秘事項−未来の”重さ”についてさらりと口にしたから。

とある天才が完成させた統合型未来予知システム−プレコグ・シグマ−により予知の件数と精度が飛躍的に向上。それに応じ予知出動を重ねる中、未来(及びその修正)についての重大な事が判明してきた。

それは未来に”重さ”もしくは”慣性”があるという事。
 そして”重い”未来の場合、修正は困難であり、仮に表層的な修正はできても、代わりに何か−変えられた未来を埋めるような何か−が起こり似た結末に終わってしまう。

未だ仮説段階とはいえ、それを聞かされた時、慄然とした事は良く覚えている。
もし本当にそうなら、超度7の予知という極めつけの”重さ”を持ったあの未来は変えられない事になる。
 もちろん、細部を変える事は観測者効果により可能だろうが、本質−ノーマル対エスパーの最終戦争とそれに関してのクィーン・オブ・カタストロフィ、いや十年後の薫の死を変える事はできない‥‥

もっとも、同時に救いも見つかってはいる。同じく予知出動を繰り返す中、未来の修正は困難ではあっても絶対でない事も判明してきたから。

修正ポイントや修正方法を注意深く選定すれば未来を(好ましい方に)変えることは可能。特に、物理法則をも曲げる超能力はそれを変える十分な”力”を秘めている。

現在、B.A.B.E.Lでは(自分も関わり)仮説の検証と未来の”重さ”、そしてそれを変える”力”の大きさを割り出す数式(たぶん『有効変動超度』と呼ばれる事になる)を作り出そうとしている。



 この少女、口ぶりからしてその予知修正、あるいは時間の本質とでも言うべきものを理解している。

ここまで彼女が大人しかったのも、時期尚早な修正により未来の復元力が働くのを、それと観測者効果による”ゆらぎ”により修正ポイントをロストする事を嫌ったからに違いない。

‘本当にそこまで考えての行動だとしたら、これまで何度も未来を変えてきた事があるという事になるんだが‥‥ あり得ないな!!’
と浮かんだ考えを妄想と否定する。

 B.A.B.E.Lという巨大組織が高精度予知システムを持って初めて導き出された仮説。例え、彼女の側に優れたプレコグがいて未来を変えた経験があったとしても、数回という数字ではとうていそこに考えが及ぶはずはない。最低でも、百回を越えるオーダーがなければならない。



諸々の疑問が一つの問いに集約される。
「いったいキミは何者なんだ?」

「さしあたり、私の詮索より、この場をどう切り抜けるかが問題じゃない。まだ安全は確保されたわけじゃないわ」

‥‥ 突き返された言葉をもっともと思う皆本。
確かに、直接的な危機は回避されたが、未だ敵のまっただ中で孤立。ましてもうすぐ捕まった薫と紫穂もここに来る。

コヨミから渡された銃をうめく程度に意識を戻した”NG”に向け
「すぐに能力を消せ! これは脅しじゃない」

「無理だな」半身を起こした”NG”は暗く嗤い拒絶する。
「俺がコントロールできるのは範囲くらいでね、出したり引っ込めたりはできん! それができれば怪物ともとのつきあい方もあったんだろうが‥‥ とにかく、止めたいのなら俺を殺せ。もっとも、俺の”アンチ”には超能力中枢を麻痺させる”力”もあるそうだから、殺したって状況はすぐには変わらんがな」

ピクリ と動く引き金に掛かる皆本の指。しかし絞られる事はない。

 それを冷ややかに確認した”NG”は立ち上がろうとするが、膝に力が入らないとよろめき、未だ意識を失ったままの黒服の上に倒れ込む。

「大丈夫か?!」打ち所が悪かったかとあわてる皆本。

駆け寄ろうとしたその時、体を半回転させる”NG”。手には黒服の内ポケットから出した銃が納まっている。

‘くそっ! 戦利品にでもするのつもりだったか?!’
 皆本は銃が自分のものらしい事に未来の”重さ”の痛烈な皮肉を感じる。

 憎しみが形になったような素早さと正確さで狙いを定めた”NG”は
「死ね! 怪物!!」の叫びと共に引き金を引く。

ずだーーん! 銃声と共に崩れ落ちる‥‥
約1週間での再見。残り最終話と長目のエピローグ。同時投稿予定ですが時期は未定ということで、最後のご贔屓をよろしくお願いします。

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