前回までのあらすじ
2010年秋。B.A.B.E.Lは”普通の人々”によると思われるエスパーを狙った事件を解決すべく皆本と葵を囮にした作戦を発動する。
そこに現れる謎の少女、時輪コヨミ。少女は破時鬼虫の”力”により時間を遡り起こった悲劇を”修正”する事を使命としていた。
コヨミを加えた皆本と葵の前に現れる”普通の人々”。
彼らに捕らえられる事を含め順調に進んでいるかに見える作戦だが、大きな誤算が‥‥ 事件の際に見られる超能力喪失現象がECMによるものではない事が明らかになる。
「だからぁ 下心なんかないって! この前がこの前だっただろ。その時の誤解を解いときたいだけなんだから、そこは誓ったっていい」
賢木は、傍目、込めた熱意の分だけ白々しく見える誠意で訴える。
「あ‥‥ あの、ここでそんな事を言われても」と困惑を見せるのは木下亜由美三曹。
<絶対可憐オペレーターズ>こと中央司令室付きオペレーターの一人で、跳ね上がった髪の毛で覚えられる事が多い。
コンビを組む金子蘭子と同じくエスパーで超度3のテレパシーとクレヤボヤンスを併せ持つ複合能力者。今回は前線部隊後方に配置された移動司令車のオペレーターを務めている。
で、賢木がこの場にいるのは万一に備えての医療スタッフとして。
幾つかの偶然と相応の作為により司令室にいるのは自分たち二人、先日の失態を取り戻すチャンスとばかりに果敢なアタックを試みている。
ちなみに『失態』とはちょっとした体調不良を訴え医務室を訪ねた目の前の女性にビンタを張られたコト。いつもの策(て)でモーションを掛けたところに親友が来合わせてしまいネタバレしてしまったのだ。
「今ンとこ作戦は順調、仕事っても通信状況をモニタするだけだろ。少しくらいプライベートな話をしたっていいじゃないか。それにここで長話をしようってわけでもナシ。ただ前の事を謝罪のための招待を受けてくれないかって話だ。『ウン』と言ってくれりゃそれで終わる」
さりげなく選択肢を限定する賢木。経験上、こういう場面では押しの一手と畳みかけようとした時、緊急を意味するコールサインが車内に響く。
‘ちっ! 『ここぞって時に限って連絡が入る』”法則”が働きやがったか!’
任務モードに戻った亜由美の顔に賢木は心の内で嘆く。
こういう場合、その連絡が碌でもないという”法則”もあるが、それも働いてしまう予感がする。
そして、モニターに結ばれる引きつった桐壺の顔。後段も的中したコトを確信する。
TAKE3(その5)
10月 17日 2:47PM TAKE3
路肩に止まった4WD−HUMMER・H2−、その脇で佇むのは柏木朧。困惑の先に不安の影を纏った二人の少女がいた。
「どうしたんだ?! 他の連中はとうに追いかけているぜ」
そこにバイク−KATANA−で乗り付けた賢木は開口一番、そう咎める。
チーム・アルファ=<ザ・チルドレン>が動かない事に半ばパニックを起こした局長の直命で駆り出されたのだ。
「それが‥‥」柏木は言葉を切り自分で説明するよう薫と紫穂に求める。
それを受けて紫穂「薫ちゃんなんだけど、動きたくないって」
「そうなんだ。すごっく嫌な予感がするんだ、ここを動いちゃダメだって」
自分でもおかしな事を言っているのが解っているのか薫はいつにない気弱さで応える。
「それじゃ、話にならん! ここからがお前たちの出番だろうが!!」
作戦としてECMの破壊はAチームの仕事だが、それ以降はエスパーが主役。チルドレンはその中でも主力に位置づけられている。
‥‥ いつもなら『かっ!』とする言われようにも二人は目で言葉を交わすだけ。
その反応に賢木もようやく少女達が憂いが深刻である事に気づく。
「九具津の時に皆本の危険を感じ取ったんだよな。ひょっとして、何かの超感覚が働いたとか。ここはECMの影響圏外だから、ESPが働いてもおかしくはないんだが‥‥」
「ちょ、ちょっと待って、センセイ! 私たち、超能力が使えるの?!」
「ECMは遠ざかる形で移動中、とうに圏外だよ」と賢木は軽く光を放つ掌をかざす。
「そんなはずない! だって私たちはまだ超能力が使えないもの」
紫穂は跪くと掌を路面に当てる。普段なら走る車の情報などが流れ込むが、何も入ってこない。
「おい! ちょっと頭を! 透視(み)せてみろ!!」
思ってもいない展開に賢木は紫穂の頭に掌を乗せる。
「超能力中枢が麻痺‥‥ こんな芸当ができるECMは‥‥ 待てよ‥‥ ひょっとして‥‥ ”アンチ”か? アンチエスパーがいるのか?!」
「”アンチ”? アンチエスパーって?!」
「”アンチ”っていうのは超能力を無効にする超能力のこった! で、その能力を持つエスパーがアンチエスパー、かなりレアだが例はある」
「”普通の人々”って反エスパー団体なんだろ! 何でエスパーがそいつらのために働いているんだよ?!」
「知るか、そんなコト!」語気荒く返す賢木の顔から血の気が引く。
「待てよ! そいつが超能力喪失の原因だとすると、今追いかけているECMは何だ?! くそっ! 裏の裏をかかれたか!!」
「それってどういうコト?!」
「ECMは陽動、俺達の目を逸らす囮だ! たぶん皆本と葵ちゃんは別なところに違ぇねぇ!!」
「クソっ! させるかっ!」感情を激発させる薫。
いつもなら、急加速で宙に舞い上がるのだろうが何も生じない。あらためて感じる絶望感、すがるように賢木を見る。
その賢木も首を振るしかない。”普通の人々”が超能力を使うなど想定外、思考回路もショートする。
そんな中、さすがというべきか柏木が
「とにかく情報が要ります! 先生、できるだけ急いで詳しく透視(み)て下さい!」
意識してるのかしていないのか、相反する要求に苦笑する事で気持ちを立て直す賢木。
再び掌を紫穂の頭に載せ目を閉じ”力”を限界まで投入する。
「‥‥ 相当に厄介な”力”だな、こいつは! 超能力を阻害する”場”を作れるだけじゃなく、”場”に入ったエスパーの超能力中枢を麻痺させてしまう。一度、止められると”場”に関係なく効果が続く‥‥ こいつは下手すると超度7級かもしれねぇぜ」
「超度7!!」出された”診断”に柏木も絶句する。
今のが正しいとすれば国内において見つかった四人目の超度7ということに。もっともその能力が”アンチ”で反エスパーの行動に荷担しているのは極めつけに悪い冗談だが。
そんな話はどうでもいいと薫「それってどれくらい続くんだ?!」
「正確な時間は何とも言えんが‥‥」掌を載せたままで応える賢木、やや表情を明るくし
「さすがこっちも超度7だぜ! もう回復は始まっている。追っつけ元に戻るずだ」
「よっしゃ! とりあえずは自分の足だけど行くぜ、紫穂!!」「分かったわ!!」
「おい! どこへ行こうって言うんだ! 今のままじゃ右へ行くのか左へ行くのかさえも判らないだろうが。ここは闇雲に動くんじゃなくて本部と連絡を取って対策を‥‥」
「そんな悠長なコトを言ってるヒマはないわ! もし、この間に葵ちゃんや皆本さんに何かあったら責任はとってもらうわよ!」
限定された状況においては、大人以上の判断力を示す少女の八つ当たりに面食らう賢木。隣でじっと感情を押し殺す薫の様子と併せて二人が精神の限界まで追い詰められているのを悟る。
大人として、そして親友の安全を心配する身としては何とかしてやりたい。しかしこの作戦に配置された広域探査能力を持ったエスパーは(たぶん)”アンチ”により能力的に全滅状態、どこを探すかのとっかかりすら見いだせない。
‘‥‥って、待てよ! その策(て)が使えるか!’とアイディアがひらめく。
携帯を取り出すとあらかじめ手に入れてあった番号を打ち込む。
相手が出ると同時に矢継ぎ早に必要な指示を出す。数度のやり取りを経て
「たぶんだが、皆本はあっちだ! ただし、確証があってのコトじゃないから外れても文句は言うな!」
「どんなとっかかりでもないよりはマシだけど‥‥ まさか、それ、『男の勘!』とかじゃないでしょうね?!」
疑わしげな紫穂が確認を求める。
「一応の根拠はある。後方にクレヤボヤンスが一人いるんだが、その娘(こ)に全周索敵をしてもらったんだ。で、見通せない方向があっちってわけさ」
「そこにアンチエスパーがいる、つまり皆本さんがいるかも、って! でもよく使えるクレヤボヤンスが残っていたわね」
「移動司令車に出張ってきていたのがたまたまな。木下亜由美嬢、知っているだろ?」
「『木下』‥‥ 『亜由美』 ああ、あのアホ毛の」思い出したと紫穂。
司令部要員とはさほど接点はないが、同じエスパーである事と<ダブルフェイス>が現場に出る際にその代役を務める事があるので記憶に残っている。
そこに賢木の携帯から呼び出しの音楽が
「‥‥ ああ、判った。伝えておく」と通話を切る。
「何? 新しい情報?」
「いや、亜由美ちゃんから。『あほ毛っていうなー』だそうだ」
「何それ?!」意味が掴めず紫穂は目をぱちくりさせる。
「まぁ、聞いた話なんだが、当人、その髪型をすごく気にしていて、さっきの単語、自分に向けられたものなら地球の裏側からでも気づけるんだとさ」
実際、『地球の裏側』はオーバーにしても、B.A.B.E.Lから親友の出身地である都市くらいの距離はカバーできるとか、有効範囲でいえば超度5超、6でも7に近い数値。
合成能力の場合、特定の条件下、本来の超度を大きく上回る力を発揮する事はままあるわけだが、これほど、当人以外に役の立たない(当人の役に立っているかも疑問だが)”力”の現れ方は他に例を見ない。
そこは深入りするネタでも状況でもないという事で
「とりあえず、俺と柏木さんで先行する。お前たちは引き返して来るチームに拾ってもらえ」
「どうしておいてけぼりなんだ?! 超能力は回復しかけているって言ったよな。あたちたちがいれば”普通の人々”が出たって怖くないだろ」
「お前、説明を聞いていないだろ?! 例えこの後すぐに超能力が回復しても、”場”に入っちまえば同じ! 十歳のガキがいていても足手まといだ」
状況を理解させるために賢木はあえて禁句を口にする
きっ! 投げつけられた挑発に薫は怒りを現す。
一瞬、数センチほど賢木の体が浮くがそれだけ。
『そういうことだ』とうなずこうとした賢木の動きが止まる。
それは身長的な関係で特に意味はないとないと思うが下半身某所に(当人曰く子供用の)拳銃が突きつけられたから。
突き付けた紫穂は冷淡な口調で
「こちゃごちゃ言ってないで連れてって! 後ろで大人しく待っている私たちじゃないってコトくらい判っているでしょ! それと言っておくけど、サイコメトリーができないから的をワザと外すって器用なマネはできないから、そのつもりでね」
「柏木さん!」と賢木は助けを求める。
「仕方がありません! 先生、二人を連れて先に行ってください」
「じ、冗談‥‥ 本気ですか、どうなっても知りませんよ」
秘書官の揺るがない表情に賢木は判断を投げる。確かにこの場でチルドレンを説得している時間はない。それよりも気になったのは
「『先に』って柏木さんはどうするつもりですか?」
フェミニストを自認する身としてはどうかと思うが、最悪、”普通の人々”のアジトへ突っ込もうかという展開。その立場にもかかわらず運用主任張りの実戦訓練を受け成績も優秀と聞く女性にはついてきて欲しい。
「私はいったん指揮車に。この情報を伝えなければなりませんから」
「了解です」と賢木。端折られた説明を察する。
連絡だけなら手持ちの通信機で間に合うが、それだと聞いた桐壺がどんな無茶な(そして誤った)判断を下すか判ったものではない。その点、指揮車からなら司令室の末永にだけ通信を送れる。
今後に冷静で適切な対応を期待するのならその方がベターだ。
「では、気をつけて。増援はすぐに出しますから無理はしないでください」
「判ってます。危ないと思えばさっさと逃げますよ。別段、こっちは特務エスパーってわけじゃありませんからね」
チルドレンを同行させる関係で乗り物を代えた賢木は運転席からことさら気楽そうに応える。もちろん、双方とも、それが口だけだとはよく分かっている。
これから起こるだろう不安をを押さえ込むようにアクセルを踏み込む。
急発進するHUMMER。それを見送る間も惜しいという感じで柏木もKATANAにまたがり指揮車へとって返した。
10月 17日 3:10PM
「ビンゴだな!」車を止めた賢木は忌々しそうに心を言葉にする。
本来通ったはずコースから示された方角に向かう脇道に入ったのところ、すぐに超能力が働かなくなる。
つまりは”アンチ”圏内に入ったという事。アンチエスパーの所在と皆本たちの所在はイコールではないが、近くだと直感が断言する。
付け加えればB.A.B.E.LのメインコンピュータとリンクしたGPSによるとこの先は捨てられた産廃処理場、悪巧みが行われるのにはもってこいだ。
‘さて、ここからどうするか? ガキどもを待たせて俺が一人で忍び寄るってのが一番なんだが‥‥’
ちらりと監視と称して助手席に座った少女を見る。
それに応えにっこりと微笑む少女−紫穂、考えている事は拒否するとの意思表示だ。
とりあえず幾つかのプランを思い浮かべるが、情報が皆無に近い今、『出たトコ勝負』しかない。半ば破れかぶれに覚悟を決めた時、脇の雑木林から工員風のつなぎとヘルメットをかぶった男が現れる。
状況的に”普通の人々”の見張りである可能性は十分。それを踏まえどうこの場を切り抜けるかを思案しようとした矢先、軽くアクセルに乗せていた足を踏まれる。
当然の成り行きとして急発進するHUMMER。
「な、何を‥‥」『しやがる』と続く言葉を賢木は飲み込む。
横っ飛びに避けた工員風の男がつなぎの下からサブマシンガンを取り出すのが見えたから。
ズダダダダ! カンカンカン!
連射音と続く命中音。B.A.B.E.L特別仕様のおかげでとりあえずの被害はない。
急展開の元凶はしれっと
「いきなり撃ってくるなんて”普通の人々”って本当に怖いわねぇ」
「って、お前の方がよっぽど怖いわ!! 結果オーライとはいえ、関係のない人間を轢くコトになった可能性だってあったんだぞ」
「その時はその時! 相手に運がなかったって思うだけよ」
‥‥ さらりと言い放たれた台詞に含まれた”本気”に賢木は絶句する。
この少女にとって葵(と皆本)の危機はそれ以外の命と交換する価値が十分にあるという事。この苛烈な意志を考えた時、将来、この少女の傍らに立つ男にはよほどの覚悟が要る‥‥
逸れかけた思考が現実に引き戻される。
幾らも進まない内に、ばらばらとサブマシンガンを携え現れた連中の一斉射に煽られて急ハンドル。
サイコメトリーがなくとも相応のテクニックを持っていたおかげで横転は免れるが雑木林に突っ込む。
すぐに飛び出すとHUMMERを盾に柏木から預かったのと自分のを併せて二丁拳銃で撃ち返す。
反撃は予想外だったのか追いかけてきた連中はこもごもに立木に身を隠し撃ち返す。
こちらの一発に十数発の弾が戻ってくる撃ち合いの中、賢木の側に紫穂がにじり寄る。
「センセイ、か弱くて可憐なヒロイン二人の望みを叶えるのが漢の甲斐性ってもんでしょ! ちゃちゃと雑魚共を撃ち殺して! こんなところで手こずっているヒマはないのよ」
『か弱くて可憐なヒロイン』が『撃ち殺して』なんて物騒な台詞を口走るのはどうなんだと内心でつっこむ賢木。
「俺は医者だ! 勇者じゃない!!」と言い返す。
サブマシンガンを持った十人からの相手に超能力なしのハンドガン二挺、これで勝てるとすれば東南アジア某国にいるという女ガンマンくらいだ。
「しょうがないわねぇ」
無茶は解っているのか紫穂は軽く肩をすくめる。薫と目で言葉を交わすと身を低くして(これも身を低くして)下がり始めた薫に続く。
「お、おい!」それを見て賢木は焦る。
このまま廻れ右をする殊勝な”タマ”でないコトは知っている。こちらに牽制を任せ迂回しようというのに違いない。
止めるべきなのは解っているが、加えられる”圧力”にそれどころではない。
「こうなりゃ、ヤケだ! 皆本、ガキどもは任せたぜ!」と開き直りを口にする。
これまで挑発を避けるために最低限の反撃だったが、そんな事は言ってられない。少しでもこちらに注意を向けさせるよう盛大に弾をばらまいた。
10月 17日 3:12PM
がちゃ! 鍵の外れる音。きしむ耳障りな音と共にドアが開くと男が二人。
一人は黒いサングラスに同色のコートという”普通の人々”ルック。
もう一人は二十代後半ほど。中肉中背、平凡を絵に描いたような容姿と服装で人混みであれば五分でその中にとけ込んでしまいそうな感じ。
そういう意味では正に『普通』だが、黒服・サングラスでない事でかえって異質さが際だって感じられる。
黒服が構えた銃で奥に下がり座るよう指示する。
反発しかける葵を制する皆本。葵とコヨミをかばう形で前に、一緒に反対の壁際まで行き座り込む。
『それでいいと』口元が歪む黒服。
「ECCM以外におかしな機能はなさそうなので返してやる」
と取り上げていた携帯を皆本へ放り投げる。
「ECCMは問題外‥‥ やはりアンチエスパーがいるんだな」
「ようやく気づいたようだな。もっとも少し手遅れのようだが」
「まさか”普通の人々”がエスパーを使うとは思っても見なかったからな。僕の判断ミスだ!」
つい後悔が愚痴に出てしまう皆本だが気力を奮い起こすと黒服の背後に目を向け
「彼がそのアンチエスパー、”NG”か?」
「その通り! 超能力で法の網を潜る悪いエスパーに鉄槌を下す『正義の味方』さ!」
男−”NG”は芝居がかった仕草で黒服を押しのけ前に出る。
「それで警察に突き出すちゅーのならともかく、痛めつけたり、家族まで手ぇ出すちゅーのはどうなんや?! そんなんは『正義の味方』のやるコトやあらへんやろ!」
教育上の配慮と言うことで具体的な例は見せられてはいないがそうした事があると聞かされている葵が怒りを投げつける。
「そもそも、あんた、ウチらと同じエスパーやんか! 何で”普通の人々”に手を貸すねん?! あいつらエスパーを『怪物』ちゅーて、殺すんも平気なんやで」
「それがおかしいか? エスパーはたまたま人の姿を取っただけの怪物! 人として退治するのは当然だろう」
”NG”は聞く者をぞっとさせる冷たさで応える。
「ひょっとして、君は最近までノーマル?! 何かの切っ掛けでエスパーになったんじゃないか?!」
皆本の問いに”NG”は口元を歪め
「その通り。俺は半年前まではどこにでもいるノーマルで”普通の人々”のメンバーだった。それがそのガキと仲間のせいで晴れて怪物の仲間入りさ」
「ウチらのせい?」葵はまるで心当たりはないと首を傾げる。
「もちろん、知らないだろうさ。だからわざわざ教えに来てやったんだ!」
「それは、まぁ親切なこっちゃ!」
葵の精一杯の皮肉も”NG”は意に返さず
「俺は元々超高周波工学系の技師でね。半年前そこを見込まれ手に入れた軍用ECMの操作を任されたんだ」
「『半年前』? 『軍用ECM』? あの事件か!」
キーワードらしき単語から皆本はチルドレンと出会ってしばらくのに思い至る。
「ああ。ECMでお前とガキどもを捕まえたは良いが、サイコキノの暴走で(ECMが)ドカン!! その爆発をモロに食らってね。その時の怪我で超能力中枢が目覚めたってわけだ。それが”アンチ”なのは偶然かそれまで放出され続けた妨害用デジタル念波のせいかは知らないがな」
‥‥ あり得るだろうと皆本は考える。
極限状態が超能力発動(及び強化)の引き金になる事は知られた話。最近知り合ったコメリカ情報部の高超度テレパスも生死に関わる怪我が元で超能力に目覚めたとか。
「自分の身に起こったコトに気づいた時にはそりゃあ驚いたもんだ! 何たって側に来ただけで殺してやると思ってた怪物に自分が成り下がったんだからな」
と自嘲気味に嗤う”NG”。自己紹介を除くとここまで抑揚に乏しかった口調が調子の狂った甲高いものにに変わると
「これで使える”力”がありふれたものだったら首をくくるか仲間に殺されるかのどちらかってところだが、能力が能力だろ。これこそが怪物どもに天誅を下す神の配剤だろうという事になってな。正義のヒーロー俺、”NG”が創り出されたってわけだ」
そこで長くなったと一息をつく。
「そうそうこのコードネームだが、広報戦略上『ノーマル・ガーデアン』てな小恥ずかしい説を流しちゃいるが、決めた俺は『失敗』とか『できそこない』って意味で選んだものでね。だってそうだろ! 怪物になったのに怪物が一番の嫌う”力”を持っているんだからな」
「君が”力”を得た経緯や立場には同情する。しかし、だからといって君が”NG”としてやった事は許される事じゃない。万歩譲って僕やチルドレンへの復讐は認めても他のエスパーは関係はないはずだ」
「もちろん関係はない。復讐のために”NG”を引き受けたわけじゃない」
「なら、どういう理由で”普通の人々”に手を貸すんだ? やっている事は態の良いリンチなんだぞ!」
「なに単純な話さ。俺の”力”を必要としているが”普通の人々”だから。誰だって自分の能力が必要とされていると感じるのは楽しいことだろ。お前んとこのガキだってそうじゃないのか?」
「いくら認めてくれるっていうても、ウチは悪い事には手ぇ貸さんで」
『一緒にするな!』と葵は憤然とする。
「そこは趣味が入っているかなぁ ノーマルにない”力”を持ってノーマルを見下すエスパーが突然”力”を失ったらどうなると思う?! 驚き、狼狽、恐怖‥‥ けっこう見物なんだよな、これが! こういう楽しみはB.A.B.E.Lに居たって味わえないだろ」
‥‥ 唇を噛む皆本
軽薄にそうに言ってはいるが心そのままに”NG”が語っている事に気づく。
超能力を発現した直後、その高揚感で心の箍が外れる例は珍しくない。しかし目の前の人物はそれまでのエスパー観と能力の特性により、極めつけに悪い方向で高揚感が根付いてしまったようだ。
「その意味じゃ、今も十分に楽しませてもらっているよ。自分の無力さが判っているのに虚勢を張り続ける顔をこうして拝めるんだから。この後、その顔がさらにどうにもならない絶望で彩られていくのを想像すると、よくECMを爆発させてくれたと思うくらいだ」
「変質者!!」思わず罵る葵。
「良いねぇ その調子でせいぜい囀ってもらいたいものだ」と嗤う”NG”。
それまで半ば無視していた形のコヨミに注意を向け
「そういえば、そちらの特務エスパーお嬢さん、ずいぶんと大人しいが、もうあきらめたの境地なのかい?」
「ちょっと待ってくれ! この娘はたまたま乗り合わせただけのノーマルで特務エスパーじゃないしB.A.B.E.Lにもまったく関係ない」
「おい! 嘘をつくならもう少しマシなのにしろ!」脇役になっていた黒服がそう嘲る。
「関係のない人間が行動を一緒にするなんてバカ話を信じろというのか! それにB.A.B.E.Lの特務エスパーにこの年頃の女サイコキノがいるってネタは上がっているんだ。見た目の可愛さで、油断させようという魂胆なんだろうがそうはいくか!」
「それは‥‥」反論しかける皆本だが口をつぐむ。
黒服の言い分に筋が通っている事もあるが、それよりもコヨミが無念そうに目を逸らせたから。
まるで自分が言った通りの人物だと告げているようなものだ。
「ガキと野郎じゃどうにも物足りないが、こういう可愛いのがいるとやる気が出るな。覚えているか、三件目? 怪物の娘が”そこそこ”だったんでけっこう盛り上がったっけ。この女ならその時の五割り増しで盛り上がれそうだ」
調子づいて『フツー』じゃない発想を自慢げに語る黒服。
聞くに、そして子供に聞かせるに耐えない言いぐさに皆本は反射的に激発しかけるがかろうじてそれを押さえ込む。
状況的に自分の命以外に葵(とコヨミ)を守る”武器”はないが、一つしかソレがない以上、軽々しくは動けない。もちろんこの忍耐も”NG”や”普通の人々”を楽しませる事にはなるのだが、今は機会が来る事を信じるしかない。
Please don't use this texts&images without permission of よりみち.