11673

Buddy & The Children


「この……どうしようもない大ボケがーーーっ!」
 いつも以上の力――当然に霊力も――が込められた美神の神通棍によるしばきが横島を血まみれにしていく。
 いつもならば「まあまあ、美神さん」と、ある程度のところで止めてくれるキヌも、今回はふくれっ面で傍観を決め込んでいた。
「だって、しょうがないじゃないっスか。乙姫様はめっちゃ美人だし、俺は若さあふれる少年で――」
 横島の言い訳は二人の視線を冷たくするばかり。
「あんた――今度こそ首」
 とりあえず横島を完全に沈黙させた美神が、苦々しい口調でつぶやく。「速攻で帰らないとまずいって言っといたのに……」
 横島への怒りが発散されたことで、当面の問題に頭が回り始めたのだ。
「ホテルはもう駄目なんでしょうねえ」
 キヌもこれからどうしましょうかと困った顔を浮かべる。なにせ三人は海水浴場で除霊作業をしていた時の格好のまま、つまりは素肌に水着を着ているだけなのだから。
「季節が同じだけ助かったとはいえるのかしらね」
 最悪の状況下だけれど少しでも前向きに、といった感じで美神が肩をすくめる。
 「とにかく、誰か知り合いに連絡して――」迎えを頼もうと言いかけた美神の言葉を、興奮した叫び声が遮った。「美神さん! 本当に美神さんなんですね!」
 砂浜を転がるように彼らのところへ駆け寄ってきたのは、見慣れた変わらぬ顔。しかしその服装は、彼が着ているところは初めて見る、オカルトGメンの制服だった。



Buddy & The Children



 全員がピートの車、オカルトGメンの公用車に乗り込んでいく。
「とりあえず、服はどこかで買うことにしましょう。
 それにしても、こうしてちょうど会えるなんて運が良かったですね。出張が入ったので、僕はいつもより一日早くここへ来たんですよ」
 「折角ですから見に行きますか?」と、ピートがわずかにその頭が見えている海岸の先にある美神たちのための慰霊碑を指し示すが、全員がやめておくと首を振った。誰も生きているうちに自分の墓――のようなもの――を見たいとは思わない。
「まったく、そんなことになってるとはね」
「美神さんたちが行方不明になってすぐに、さっきも言った大きなオカルト事件が起きましたからね。当時の混乱の中でなんとかここの依頼のことは突き止めたんですが、所在が分からないなら死亡扱いの方がいいという意見がありまして」
 「でも、心のどこかで、みなさんがいつかひょっこり戻ってくるんじゃないかって思っていた人は、たぶん僕だけじゃないと思います」そう言ってピートが笑う。
 例えばエミは、「令子の奴、上手いこと逃げやがったワケ」などと苦笑していたものだ。
「美神さんの強運も半端じゃないスね。因縁の相手と顔合わせしないですんじゃったなんて。
 それで、これ俺のおかげでもあるでしょう? 俺、役に立ちましたよね? ね?
 ――だから首だけは勘弁してくださいっ! こんな状況で放り出されたら、ほんとに生きていけないっスよ!」
 「それはそれ、これはこれよ」美神が泣きついてくる横島を邪魔臭そうに突き放す。
「あの、僕のというわけじゃないんで、あんまり車の中で暴れないでくださいね。
 それと横島さんに関しては、死亡扱いではありますけど、正式にGSになってもいますよ」
「はぁ?」
「え、どういうことですか?」
 美神除霊事務所のメンバーの失踪は折りもあって大きな騒ぎになり、結局は事務所に西条や唐巣たちと共に政府による調査の手が入ったのだ。
 その際に後は横島が署名するだけになっていたGSの本免許申請書類が発見され、いわゆる粋な計らいで横島にGS免許が発行される運びとなっていたのである。
「美神さん、ほんとは俺のことを……」
「な、何よ。勘違いしないでよね。税金問題でそっちの方が有利になりそうだったから準備しといただけなんだから」
 それも嘘ではないのだろうが、美神はそのまま顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。
「あれ? それじゃ、いま事務所はどうなってるんですか?」
「……人工幽霊壱号には霊能者の居住が必要なので、今は隣ですしGメンの所有に名義変更されてます」
 ピートが冷や汗を浮かべてそう説明する。
 美神は何を勝手な、とわずかに青筋を浮かべたが、仕方がない処置だったことは分かっており、なんとか怒りを押し殺した。
 しかし、「その調査の際に、美神さんが裏でやっていた色々なことも白日の下に……」というピートの言い難そうな言葉を聞いて、結局はそれを爆発させることになる。
 とりあえず、ピートは車のことは諦めた。


「なんだって局内から志願者が出ないんだ!」
 一向に好転しない状況にいらだった桐壺が、誰もサインしようとしなかった移動願をぐしゃぐしゃに丸めて投げ捨てる。「どいつもこいつも局長命令を無視しおって」
「そうは言っても相手はあの『ザ・チルドレン』ですからね。もう局内で知らない人はいませんから」
 桐壺の秘書官、柏木朧が入院を余儀なくされた前任者たちの写真を机に並べてため息をつく。
「だが、うちの調査によると今度教育省から来るという奴は、相当きつい性格のようじゃないか。ワシの可愛いチルドレンが苛められるようなことにでもなったらどうするんだね」
「でも、もう局内から志願者を見出すことは難しいかと」
 柏木は現状をシビアに評価してそう告げる。
 桐壺も頭ではそれを理解しているのか、渋い顔で考え込んでしまう。だが、彼はすぐにぱーっと顔をほころばせた。
「――閃いた! ワシ、閃いたよ。なら局外から、子供に優しくて能力のある人間を呼んでくればいいんじゃないか」
 いいアイディアだと狂喜する桐壺に、「しかし、教育省側が」と柏木がやんわりと難色を示す。
 それでも桐壺は自信満々である。「なに、別の重要組織から志願者がいるとなれば、向こうも引っ込むだろうさ。
 後は交渉次第だよ」


「え、俺も一緒に? ほんとにいいのかよ。
 ありがとう、ピート。お前は心の友だ!」
 当然に帰れる部屋はなくなっていたので、横島がピートの住むGメンの独身寮に転がり込んで数日。美神が国やGS協会始めあらゆる機関とやり合っている最中で、免許こそあるものの自分の先の展望が見えなかった横島にとって、ピートの申し出は渡りに船だった。
「それで横島さん、B.A.B.E.L.のことはどの程度知ってますか?」
「B.A.B.E.L.って、たしかオカルトGメンの超能力版みたいなやつなんじゃなかったっけ」
 B.A.B.E.L.発足は横島たちの失踪後だし、知っていただけでも御の字かなとピートはさらに詳しい説明を始める。
「B.A.B.E.L.は略称で、正式にはBAse of Backing Esp. Laboratory――日本語では内務省特務機関・超能力支援研究局というんです。これは日本の組織ですから、オカルトGメンとは少し異なりますが、理念などは近い部分がありますね。
 それでは、超能力者、エスパーのことはどうですか?」
 「なんかすごい力を持ってる奴ら」横島はピートの質問にそんな適当な答えを返す。
「まあ、一般の認識もそれに近いものがあるんですが、アシュタロス事変の時から顕在化し始めた霊能とは違う力を持っている人間のことです。その力は魂からではなく脳から生み出されています」
「新人類の登場。SFって奴だな」
「どちらかというと古いタイプのそれですけどね。実際に次々と誕生している今ならともかく、一昔前のSFで新人類がエスパーとか書いたら、なにを今時と笑われていたのではないでしょうか。むしろ新しい世代には、遺伝子段階で手を加えるのが当たり前になっている世界といった辺りがよくあるタイプのものだった気がします」
「よくわかんねえけど、その遺伝子操作でエスパーにできたりもしないのか?」
 横島の問いに、ピートは少し時間をかけて考えをまとめる。
「……少なくとも現時点では不可能ですね。
 たしかに超能力はかなりの確立で遺伝しますし、そういった研究は行われているそうです。魂が問題になる霊能力よりは可能性が大きいだろうというのも恐らく事実でしょう。ただ、原因自体が未だにはっきりと特定されていませんから、すぐに実用化段階にとはいかないだろうと、オカルトGメンでは――たぶんB.A.B.E.L.も同じく――評価しているんです」
 エスパー誕生のきっかけがアシュタロス絡みであるということさえ、偶然の時期的一致だという人々もいる。
 少数ではあるが、それ以前にも超能力者は存在していたことが確認されているし、原因が特定されていない以上、それがあり得ないとは言い切れないのだ。
 それでも有力な説として根強い人気を保っているものには、「アシュタロスが冥界チャンネルを一時的に閉じたことで、それまで循環していた神界・魔界とのエネルギー循環が止まり、自然界のバランスが崩れたことが変化を引き起こした」というものや、「アシュタロスが使用したネオ・クリア爆弾の放射能が原因」というものがある。
 後者に関しては、ネオ・クリア放射能は人間を含め生物には全く無害という政府や科学者の主張があるが――実際に食べてみるパフォーマンスさえ某国のエネルギー担当官が行っている。この時の食事は史上最も高価なランチかもしれない――、未だに信じていない人間の方が多い。
「でも、オカルト関係にはエスパーってあんまり関わってきてないんだろ」
「そうですね。さっきも言ったように、あくまで脳が生み出す物理的なエネルギーであって、あまり霊波と干渉しないんですよ。こと除霊に関しては、最高位の超度(レベル)7のエスパーより、六道の一年生の方が有利です」
 もちろん、これはどちらが強いなどという話ではない。あくまで対霊に関しての評価だ。相手の肉体的な存在度が上がるので、より強力な妖怪や魔族との戦いならば逆にエスパーにも分が出てきたりするのだから。
「ま、GSの基本は悪霊相手だからな。
 ていうか、そんな状況なのになんでわざわざオカGから呼ぶんだろうな。特務エスパーの指揮官て、けっこう重要な役職なんじゃねえか?」
「霊能力者と超能力者は違うものですけど、協力し合うことはできますし、これからの未来に向けてということなんじゃないでしょうか。日本ではオカルト組織と超能力組織の間に協力関係があまりできていませんでしたし、これまでほとんど繋がりがなかったB.A.B.E.L.と僕たちオカルトGメンにパイプを作ろうというのは重要なことだと思います。
 まあ、さすがにいきなり重要な役職を振ってきたのには驚きましたけど」
 まさかB.A.B.E.L.内の誰もが投げた仕事だとは、想像のしようもない二人である。
「んで、ほんとに俺も一緒でいいのか。オカルトGメンとGS協会ってあんまり……」
 言いよどむ横島に、だからこそなんですよ、とピートが力説する。
「僕だけとなるといろいろと苦情が出るかもしれませんが、オカルトGメンの僕だけでなく、GS協会若手ホープの文珠使いである横島さんが一緒となれば、GS協会も文句はつけられないですから」
 実際にそういう思惑もあってピートや上司らに調整されたものなのだが、GS免許の実感さえまだ感じていない横島だけに、いろいろ言っているがこれはピートの好意なのだろうと解釈した。
 友情って素晴らしいな、と横島は素直に愛子のような感慨を抱くのだった。


「はじめまして。今日から君たちの指揮を執ることになったピエトロ・ド・ブラドーです。オカルトGメンから出向して来ました。よろしくお願いします」
「そのおまけみたいなもんの横島忠夫だ。GSで一応GS協会側の人間てことになってるらしい。よろしくな」
 やや緊張気味のピートと、相手が10歳の子供たちと知ってからは気楽に構えている横島が、これから指揮を取ることになる特務エスパーの少女チーム「ザ・チルドレン」の三人に簡単に自己紹介をする。
 ザ・チルドレンたちには先にピートがバンパイア・ハーフであることは教えられていたので、少し彼を怖がってもいたのだが、整った顔立ちと穏やかな雰囲気にすぐに恐怖は消える。
 自分たちが能力のせいで恐れられることもままある彼女たちだけに、そういった偏見を持たないようにという心がけをしていたこともあるのだろう。
「一月もたへん方に2万」
「いいんだな? きちんと払ってもらうぞ」
 こちらはこちらで精神年齢の問題か、すぐに馴染んでいる横島。
 早速、ザ・チルドレンの一人、テレポーター(瞬間移動能力者)の野上葵とくだらない賭けを始めている。
「横島さん、駄目ですよ」
 それを諌めるピートだが、「だってこの子たち、俺よりずっと給料高いんだろ」と横島は情けない事実を理由に反論する。
「まず、子供にたからないでくださいと言ってるんです!」
 美神も娑婆鬼とのミニ四駆対決の時には子供たちに高額チケットを売っていたし、こういうところはある意味で師弟といえようか。
 ちなみに横島の給料はそれほど低いわけではない――むしろ高給な方――のだが、事務所員の貸し出しということで、首を宣言したはずの誰かさんが間に入っていたりする。
 そんなやり取りをしながら、改めてザ・チルドレンたちと握手をしていくピートに、「私、サイコメトラー(接触感応能力者)で超度7よ?」と、三宮紫穂は差し出された手を見て馬鹿にしたように告げる。
 超度7のサイコメトラー。それは相手の表面的な思考どころか、その気になれば相手が心の奥底に隠している秘密でさえ読み取ってしまえるということだ。
 それでもピートは、「ええ、聞いています。よろしく」と気にせずにその手を取った。
「あ……」
 「なんだ、ピートの邪念でも伝わってきたか」顔を赤らめる紫穂を見て、横島がからかう。
「誰がですか! 
 でも、そうですね。横島さんは紫穂さんと接触しない方がいいかもしれません」
 それを聞いて表情を暗くしかけた紫穂だが、すぐにピートが続けた「教育に悪そうですから」という言葉を聞いて苦笑に転じる。
「さっきも言ったけど、私は最高超度のサイコメトラーよ。人間の黒い部分くらい知ってるわ」
 「黒いというよりピンクといいましょうか」と呟いているピートは一旦無視して、試すかのように紫穂は横島に右手を差し出す。
 きっと躊躇い困ったようにはねつけられるに違いないと紫穂は思っていたが、横島も気にすることなくあっさりとその手を握った。
「よろしくな」
「……なるほど。もう受付で散々覗かれてたのね」
 流れ込んできた横島の思考を読んで呆れたように紫穂が呟く。
 B.A.B.E.L.の受付は「ザ・ダブルフェイス」というコードネームの二人の超能力者が担当しており、その一人、野分ほたるは超度5のテレパス(精神感応能力者)なのだ。そして彼女も、もう一人の超度5のクレヤボヤンス(透視能力者)である常磐奈津子も、横島の大好きな美人のお姉さんなので、当然のようにナンパを敢行し、結果として赤裸々に欲望を読み取られてからかわれていたのだ。
 それでも横島は、ほたるたちにちっとも悪感情を抱いていない。
 紫穂はそんな横島とピートに大きな興味を覚え出した。
「二人とも、どうして心を覗かれることにそんなに寛容なの? 正直、気持ち悪いわ」
「お、そういう性癖か? いじめて欲しいならあたしも協力するぞ」
「違うわ! そうだとしても、お前らみたいなガキじゃ――うびゃっ」
「あん、誰がガキだって?」
 横島をサイコキネシス(念動能力)で壁に叩きつけ、「最近育ってきてるっつーの」と明石薫がうそぶく。
 「まあまあ、薫さんも落ち着いてください」そう言いながら、特に叩きつけられている横島を助け出そうとするでもなく、ピートは話はじめる。
「社会の一員として働いているわけですし、大人として扱って欲しいという気持ちはわかりますが、僕たちから見たらやっぱりみなさんは子供なんです――というか、みなさんには子供でいて欲しいんですよ。大人には、そのうち嫌でもなってしまうわけですし。
 それに横島さんの欲望の対象になりたいわけじゃないでしょう?」
 ピートの穏やかな言葉に、薫はわずかにむくれながらも「ちぇっ」とサイコキネシスを止めた。
 薫もピートのことは事前に桐壺から聞いている。
 種族的には若年とはいえ、700歳を越えている存在からしたら、誰だって子供みたいなものだろう。
「いててて……さっきの賭け、やっぱり一万にしよう」
「だから賭け自体が駄目なんですってば」
「なんや、もう自信喪失かいな」
 葵は「根性なしやな」といった顔をしているが、横島からすれば「だって、最悪病院送りにされる可能性ありだろ、これ」ということである。
「そやなあ、この職場に帰ってきたらOKいうことにしとこか」
「だからって、やっていいってことじゃねえからな」
 一応、薫にそう釘を刺しておく横島。しかしそこまで薫に怒っているわけではない。冥子の暴走や美神の折檻で、理不尽な――といいつつ、横島が原因のことも多いが――暴力には慣れているし、物理攻撃プラス霊力な式神たちや神通棍での殴打よりは、物理的ダメージだけですむ分マシかもしれないくらいに考えてるのだ。
 紫穂もそんな横島が気にしないので、ある程度じっくりとその内面を読んでみて、そもそも横島が隠し事ができる環境にいなかったのだと納得した。ようは無理やり喋らされるか、勝手に読まれるかの違いである。
 それに横島本人もお世辞にも隠し事が上手いとはいえない。
「ほなら、ピートはんはなんでなん?」
「うーん、そうですね……正直、これから一緒にチームでやっていくのに、壁を作ってはいけないという思いがあるのも事実ですね。あとは僕の場合は、アシュタロス事変の時にずっとヒャクメ様と一緒に行動していましたから、それで慣れたという部分もあるかと思います」
「ヒャクメ様と!」
 そのピートの言葉に勢いよく食いついたのは紫穂だ。
 ヒャクメといえば、知らぬもののないアシュタロス事変の際に活躍した救世の女神。
 彼女が魔族たちのペットに身をやつしてまで敵艦に潜入して持ち帰った種々の情報がなければ、人類側の勝利はなかっただろう。
 いまや世界中で敬愛されているヒャクメだが、その能力のこともあって、特にサイコメトラーやテレパスたちからは非常に崇められているのだ。
 せがまれたピートが当時のことをかいつまんで話し、紫穂を筆頭にザ・チルドレンたちはそれに聞き入っていく。
 一方、その当時を知らない横島は「あいつ、なんか情報操作してねえか?」と、ヒャクメの英雄譚を話半分に聞き流しながら、今度妙神山に行く機会があったら小竜姫に裏話を聞いてやろうと考えていた。


 そして、横島たちがザ・チルドレンの指揮官になってから二日と経たないうちに、早くも彼らの最初の出番がやってくる。
「つまり、あのビルに強盗が立てこもってるから、それをなんとかしろと」
 既に警察車両に取り巻かれたビルの近くまでやってきた横島たちは、十数階上の問題のフロアを見上げている。
「この子たちにやらせんのか? こういうのは大人というか、警察の仕事だと思うんだが」
「僕もそう思わないでもないですが、自分たちの仕事を根本から否定するのはやめましょうよ」
 エスパーたちの居場所を作るためには有用性をアピールする必要がある。そんな現状を理解しているピートが、消極的に横島を窘める。
 長い歴史を通じて公に存在してきた霊能力者と違い、多くが現れ始めてそれほど時が経っていない超能力者には、一般人からの不信の目も強いのだ。それを使った犯罪行為などは対処する側にもノウハウが少ないし、さらに超能力者の全体に対する比率や、まだまだ今後増え続けていくと予想されていることも、超能力者たちへの風当たりを強くしている。
「うーん、しょうがねえのかなあ」
「心配すんなって。こんなのあたしたちなら楽勝さ」
「そうそう。ウチらに任しとき」
 こういった仕事が初めてではない彼女たちは軽くそう言うが、悪霊を相手どるのには慣れていても勝手の違う現場にピートたちは慎重になっている。
「警察の話を聞く限り、恐らく犯人は高超度のテレポーターですね」
 「この、ESP錠だっけ? これもってお前が行きゃいいんじゃねえの?」横島が支給品の超能力を抑え込む手錠をくるくると人差し指で回しながらピートをけしかける。
 危険を考えると横島の提案に素直に頷いてしまいたくもなるピートだったが、そういうわけにもいかないのが現場運用主任の辛いところだ。
「僕たちはあくまで特務エスパーチーム『ザ・チルドレン』の指揮官で、彼女たちを運用することを求められているんですよ」
 彼らはとりあえずザ・チルドレンも交え、五人で作戦を立てることにした。


「変わってるよな、あいつら」
「ウチらにまで意見訊きよるとは思わんかったわ」
「な、指揮官のくせに」
 その超能力を解禁されたザ・チルドレンたちがビルへ向かう。
 これまでのザ・チルドレンの指揮官たちは、基本的に頭ごなしに彼女たちに命令してくることがほとんどだった。まあ、彼女たちが普段からわがままな態度や、やる気のなさを見せることが多かったのもこの原因の一つなのであるが。
「でも、右も左もわからないってわけじゃないわ。ピートさんはオカルトGメンでの、横島さんは除霊事務所での経験があるし、二人とも除霊との勝手の違いから作戦にミスがないかってことだったでしょ」
 そんな雑談をしながら、三人はあっさりと立てこもっていた強盗犯を拘束した。葵のテレポートで三人がビル内に入り、即座に薫がサイコキネシスで犯人を叩き伏せ、その間に葵が再度犯人近くにテレポートしてESP錠で拘束。仕上げに紫穂が思考を読んで不確定要素がないかの確認である。
「お、お願いだ。見逃してくれ。同じエスパーじゃないか」
 使う前に拘束されたので全くその超能力を見せられていないが、犯人の男は推測通り超度5のテレポーターだったのだ。
「お前らなら分かるだろ? 強力なエスパーは普通の連中には邪魔者だ。俺たちの居場所は少ない。たまたま俺を拾ってくれたのがヤクザで、お前たちを拾ったのがバベルってだけじゃねえか」
「――オカルト犯罪者にも似たようなことを言う人がいますけどね」
「ピートはん!」
「俺もいるぞー」
 やっほー、と手を振る横島。ビルの下で待っているだけというのは不安だったので、飛べるピートが横島を抱えてビルの外へ飛んできていたのだ。
「おっと、ありがとう」
 紫穂に窓を開けてもらい、二人もビルの中に入る。
「お、お前らも超能力者か。なら俺のいうことが分かるだろ?」
 犯人がピートたちにも同情を求める弁解を始める。
 霊能力者は普段から悪霊などの霊波を探ることに慣れているため、超能力者と霊能力者の違いを見分けられることも多いのだが、逆は意外と難しいのである。
「……はぁ。ヤクザなんてのは、利用されるんじゃなくて利用するもんだって美神さんが言ってたな」
「それはそれでどうなんでしょう」
「ともかく、ヤクザの使いっ走りなんかが、高給取りの安定した公務員を選んだこの子たちを誘惑したって無駄だぜ」
「なんで“高給取りの安定した公務員”のところで僕を睨むんですか。オカルトGメンの職員はB.A.B.E.L.の超能力者と比べたら薄給ですよ。
 それにもう横島さんは高給取りの代名詞でもあるGSじゃないですか」
「事務所も自力で開業する資金もない俺に依頼なんか来るかーっ!」
 「ぐあっ!」紫穂に注意を促され、このくだらない言い争いの間にこっそり逃げ出そうとしていた犯人を薫がもう一度サイコキネシスで叩きつけて気絶させた。
 なんとなく気まずそうに顔を見合わせるピートと横島。
「仕事すっか」
「そうですね」
 ピートが身体チェックをしてから犯人を肩に担ぎ、特にすることのない横島が良くやったなと三人の頭を撫でる。
「な、なんだよ。子ども扱いすんなって言っただろ。これくらい、あたしたちなら楽勝なんだから」
「そう言えんのがすげーんだよ。俺なんか未だに除霊現場怖いし」
「それは、あかんのとちゃうか」
 むやみに自信満々でいるよりは、霊への恐れを持っていた方がGSの生存率は上がるだろうが、除霊現場の雰囲気自体が苦手というのは少し改善されてもいいところかもしれない。
「そうだ、忘れてた。
 ……ええと、これどう操作するんだっけ?」
「ウチにそれを訊くんかい。知ってるわけあらへんやんか」
 不慣れな様子で携帯電話に組み込まれたザ・チルドレンたちのESPリミッター(超能力制御装置)の制御機構を操る横島の手元を、やれやれといった様子で葵が覗き込む。
「説明は受けたんだけど、携帯電話自体が初めてなもんでな。それにお前らだって、操作方法を覚えとかないといざって時に困るだろ」
 「説明書、分厚いからって部屋に置いてくるんじゃなかったな」などと横島がぼやくのを聞きながら、ザ・チルドレンたちは呆気にとられて横島を見つめていた。
 実は桐壺の説明のせいもあって、横島はこのESPリミッターを、超能力が暴走するなど本人にも制御できなくなった時のためや、成長期の身体に普段は必要以上の負担をかけないためのものだと思っている。
 これまでの指揮官たちのように、これをザ・チルドレンを御するための道具だとは、まったく考えていないのだ。
 ESPリミッターは、彼女たちを守るためのもの。その思考に触れて、紫穂はそっと横島の腰に抱きついた。
「……ありがとう」
「何が?」
 そんな分かっていない横島と嬉しそうな紫穂を、多少は事情を理解しているピートが優しく見つめていた。


 仕事を終えて本部に戻った後は、念のために三人の念波解析が行われる。
 いくつもの吸盤電極を主に彼女たちの頭部を中心にくっつけて、検査を進めていくのはピート。今は手順を研究職の職員から教わりながらだが、慣れれば非常事態の時には一人でもこなせるようになるだろう。オカルトGメンに入ってから、ピートもかなり電子機器には強くなっているのだ。
「それに比べて横島はんは……」
「はっ! ち、違うんだ。俺は本当にこういうことをやめさせようとしてたんやー!」
 薫が持ち込んで検査中にもかかわらず読んでいたアダルトな本。それに一緒になって見入っていた横島が、情けない声を上げる。
「仕方ないわよ。横島さんも男だもの」
「その、十歳の娘にされる『わかってるから』って顔は余計につらいーっ」
 そんなドタバタはあったものの、数十分で問題なく検査も終わる。
「よし、おしまい。全員、脳に異常なしです。
 今日はこれで解散ですかね」
「――あっ、ウチらはなんや作文書けて言われとったわ」
「あー、そーいや、あったなそんなの」
 B.A.B.E.L.の心理調査部から出された宿題のようなそれは、「私の将来の夢」という題だった。
「横島さんの将来の夢って、やっぱりGSになることだったの?」
 原稿用紙を前にふと紫穂がそう訊ね、訊かれた横島はうーんと考え込む。
「いや、GSになったのは完全な成り行きだな。ていうか、GS試験受けた時は半ば無理やりだったし、それに俺が受かるなんて俺を含めて誰一人思ってなかったくらい運が良かっただけだから」
 「懐かしいですね」ピートも当時を思い出して恥ずかしそうに笑う。その実力から周囲には確実視されていたのに、ピート本人は横島と同じくらい不安を抱えていたものだ。
「ほな、横島はんの今の夢は?」
「……やっぱり、美人の嫁さんを手に入れて退廃的に暮らすことだな」
「その発言も懐かしい――というか少しは成長してくださいよ、横島さん」
「お前と違って、俺は前に同じこといった時からそんなに時間が経ってないんだよ。大体お前だって、Gメンに入ろうって決めたのはそこまで昔じゃないだろが」
 そんな話を笑って聞きながら、ザ・チルドレンの三人はちゃちゃっと作文を仕上げて提出した。


「明石薫」
 将来の夢は世界征服――
 
 ――って書こうと思ったんだけど、ピートに泣いて止められてしまいました。
 とりあえず、夢は美女・美少女に囲まれたハーレムにしときます。


「野上葵」
 十歳の時に考える夢なんて、どうせ現実的なもんやないし、
 将来の夢は700年くらいかけてじっくり考えたいと思います。


「三宮紫穂」
 二人がこんな調子なのに、私だけ真面目に書くのも馬鹿らし――
 
 ええと、身近なところでお父さんは警察庁長官だし、B.A.B.E.L.局長にでもなろっかな。




 絶チル一巻の「あしたのチルドレン」は「明日の子供たち(ポール・アンダースン ミュータント・テーマのSF短編)」のもじりじゃないかなぁ。
 マイナー過ぎる気もするけど、椎名百貨店の四コマでもボブ・ショウのをもじってたりするくらいだから、椎名先生はけっこうなSF好きだと思う。

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]