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V作戦 〜女の戦い〜

 20XX年2月13日土曜日。
 バレンタインと言う一大イベントを目の前に控えたこの日、街はバレンタインフェアーなる物で埋め尽くされていた。

「う〜ん…」

 『パティシエ・クリーム』。
 商店街の一角にあるケーキ屋であるこの店も例外ではなく、バレンタインに向けたチョコレートを使った商品を販売していた。

「むぅ〜…」

 ディスプレイの前でうなっている初音。
 クセのある髪を後ろになびかせ、しゃがみ込んで商品を睨み付けている様は獲物を狙う肉食獣を思い立たせていた。

「…いっぱいありすぎて選べない…。
 うぅ〜…どれにしよう…」

 ハート型の、文字を入れられるチョコ。
 6個、9個、12個入りトリュフ。
 最近流行の生チョコを使った石畳チョコ。
 ガトーショコラなどなど。
 もちろんケーキ屋なので、チョコレートケーキなども販売している。
 種類が多く、目移りしてしまうのは仕方がないであろう。


「こんにちは〜」


 カラララン…と、ドアベルを鳴らしながら客が入ってくる。

「いらっしゃいませ〜。
 チョコレートフォンデュセットのレンタルでしたよね、準備出来てますよ〜」

 店員が店の奥へ行き、すぐに戻って来る。
 その手には何も書かれていない、無地のダンボールが抱えられていた。

「一緒にチョコレートと固形燃料が入ってますので」

「ありがとうございます」

「明日はチョコレートフォンデュでパーティですか?」

「はい。
 明日は日曜日ですし、事務所のみんなでおやつ代わりにやろうかなと。
 フォンデュだったら好きな物を選んで食べれますし」

「いいですね〜」

 にこやかに話す少女と店員。

「…ちょこれーとふぉんでゅ?」

 聞き慣れぬ単語と、選んで食べると言う言葉が気になり、初音はその言葉を口にした。

「チョコレートフォンデュと言うのは、お鍋に溶かしたチョコレートに切った果物などを付けて食べるやり方です。
 そんなにチョコレートの量も要りませんし、具材も切るだけなので比較的簡単ですよ」

 初音のほうを向いて店員が説明する。

「うちは私を含めて5人なのでみんなでやったほうがいいんですよ。
 …争いとか、抜け駆けとか無くなりますし…」

 ぼそりと、意味深な言葉を付け加える少女。

「ふ〜ん…。
 チョコレートを溶かすだけでいいの?」

「チョコレートを直にお鍋に入れて火をかけると焦げちゃうので、温めた生クリームか牛乳にチョコレートを入れて作るんです。
 その後チョコレートが固まらないように、煮詰まらないように温めつつ具材にチョコレートを付けて食べるんですよ」

 丁寧に説明する店員。

「具材はイチゴやバナナなどの果物もいいですけど、マシュマロとか食パンを切ったのでも美味しいですよ」

「へぇ〜…。
 普通の鍋でも出来るの?」

「出来ますよ。
 ただ、カセットコンロが必要になりますが。
 フォンデュセットには固形燃料も付いてるんですが、あいにく全部貸し出されてしまっているので…」

「そっか…。
 じゃあそれにしようかな、初音も喰べれるし」

「わかりました、ではチョコレートを準備しますね。
 それと詳しい作り方のレシピを用意しますから少々お待ち下さい」

 そう言って店の奥へ引っ込む店員。

「…一緒に食べられるいうことは、相手の方とはお付き合いしてるんですか?」

 さらりと、少女が初音に問う。

「えっ…あ…お、幼馴染…」

 少女の問いに、動揺しながらも返答する初音。

「幼馴染ですか、いいですねぇ…」

 『幼馴染』と言う言葉の中に含まれる意味に気付きながら少女が言う。

「…他の女の子からチョコレートを貰いにくくする方法があるんですけど、知りたいですか?」

 こっそりと、少女が意味深に初音へと囁いた。

「………うん」

 数瞬悩み、こくりと頷く初音。

「それはですね…」

 店員が戻ってくるまでの間、初音はその少女と語り合っていた…。




―――日付は変わって2月15日月曜日


「おはよう〜…」

 ガラガラとドアを開けて教室へ入ってくる明。

「うぃっす。
 どうした、顔色が青いぞ」

 隣の席のクラスメイトが話し掛けてくる。

「ちょっと胸焼けがしてな…」

「胸焼けって…。
 一体何があったんだよ」

「…初音にチョコを喰わされた…」

「…なんだ、自慢か」

 はっ…リア充め…などと呟きつつ、横を向くクラスメイト。

「…鍋いっぱいのチョコフォンデュなんだよ…」

「………鍋いっぱいって………」

「…片手鍋だから2kgくらい…」

「…チョコフォンデュってアレだろ、果物とかをチョコに付けて食べる奴。
 それを2kgって…」

 イチゴなどにたっぷりチョコレートソースを絡めたとしても、たかが知れている。
 ただのチョコレート2kgと考えてもかなりの量だ。

「ああ…。
 初音も喰ったから全部喰いきったけど、家の中がまだチョコ臭でいっぱいで…うぷ…」

 昨日を思い出したのか、ますます顔色が悪くなる明。

「…しばらくチョコは見たくない…」


「っ!」

「!!」

「……」


 明の言葉と同じタイミングで体が固まる女生徒たち。

「…あ〜……ご愁傷様…」

 固まっている彼女らに気付いているのかいないのか、苦笑しながら言うクラスメイトであった。





―――時を同じくして都内某高校


「…なんだ、今年は大人しいな」

 メガネをかけたクラスメイトが、バンダナをした少年へと声を掛けた。

「…何が?」

 気分でも悪いのか、虚ろな瞳で聞き返す少年。

「何がって…。
 毎年バレンタインだったら『バレンタインなんぞ滅びろー!』とか騒いでるじゃないか」

「あ〜…。
 チョコはしばらくいいわ…」

 窓の外を眺めつつ言う少年。

「なんだよ、なにかあったのか?」

「…昨日事務所で大量のチョコフォンデュを…」



(終われ)
おばんでございます。
一週間遅れでバレンタインネタです。
はっかいさんの絵に合うネタにしようと思いましたがうまくいかず、こんな話になりました。
今年のバレンタインデーは日曜日ということで思いついたネタでしたがいかがでしょう。
…世の中の女性陣はここまでしないとは思いますが…。
完全に時期を外してしまいましたが楽しんで頂ければ幸いです。
それでは〜。

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