前回までのあらすじ
2010年秋。B.A.B.E.Lは”普通の人々”によると思われる犯罪を解決すべく皆本と葵を囮とした作戦を発動。
そして狙われる可能性が一番高いとされる日、B.A.B.E.Lに時輪コヨミを名乗る少女が現れる。
皆本はその正体を探るため少女の同行を認める。一方、コヨミは時間移動能力を有する存在−破時鬼虫−により時間を遡り”修正”を行う事を使命としており、現れたのもこの日の午後に起こる悲劇を回避するため。
双方の思惑が交差する中、事態は”その時”に近づいていく。
「お祖母ちゃん、これ、どこで手に入れたの?!」
無造作に渡されたファイルに目を通したコヨミは驚きの声を上げる。そこには得られないと思っていた今回の事件のあれこれが記されている。
「奈津子、常磐奈津子って覚えてないかい?」
「奈津子お姉さん? 最後に会ったのは”跡目”を継いで少してからだっけ」
「あの娘、B.A.B.E.Lの特務エスパーさ。仕事上、知っているのは家族を含め数人なんだが、あの娘が超能力に目覚めた時に相談に乗った縁で教えてもらったのを思い出してね」
明かされた秘話を『あるだろう』と納得するコヨミ。半世紀を越える(時間修正の)経験からくる知恵と判断は親戚全部から大いに頼りにされている。
「で、今回の件がB.A.B.E.L絡みだろ。ダメ元で探りを入れたのが大当たり、色々と聞き出す事ができたんだよ」
「よく話してくれましたね。こうした事件は守秘義務の対象でしょう」
常に堅実にサポート役を果たすコヨミの父が口を挟む。
「もちろん、普段ならそんな口が軽い事をする娘(こ)じゃないさ。けど、この件には特務エスパーとして現場にいたんだと。亡くなたエスパーとも知り合いで、人に話す事でショックを吐き出したかったんだろうよ」
‥‥ コヨミは淡々と語る祖母の表情に走った険しさに気づく。
沈着にして冷静、なおかつ剛胆な祖母をしてそのような表情をさせるというのは、よほど話し手の様子を見るのが辛かったに違いない。
一方、祖母は口調を変えないままで
「これがあったって、とうてい十分とは言えないからね。特に、今回みたいな”反則”ばかり計画じゃなおさらだ。コヨミ、代えるのなら代えてもいいんだよ。他に修正すべき事件はいくらでもあるんだし」
「このままやるわ! この事件、知れば誰だって私と同じ決断を下すはずだもの」
TAKE3(その4)
10月 17日 13:45AM TAKE3
運転中という事情が許す範囲で皆本は助手席のコヨミに注意を払い続けるが、特に怪しい素振りは見いだせない。また、やり取りから尻尾が掴めるかもとも考え色々と話しかけてもみるが、こちらもこれといった成果はない。
ちなみに、『怪しい』と言えば、今はロビーでの怪しい風体からGパンに単色のシャツ、上着としてのGジャンと、動きやすさを優先したありきたりな服に着替えている。
最初からこの姿でなかったのは、やはりわざと注意を引き展開を主導しようという”計算”があったに違いない。
「それじゃ、今日の事は家の人には内緒なんですか?」
「まあ」皆本の問いにコヨミは年齢に見合った笑みを作りうなずく。
「ウチを仕切っているお祖母ちゃんってけっこう、古風なんですよね。『お前にはお前の果たすべき役目がある! アルバイトなんて余計な事に首を突っ込むヒマはない!』って。だから今日も友達と遊びに行くって嘘をついて出てきたんです」
「『嘘』って、コヨミはん、けっこう手荒いなぁ」
後部シートから葵が口を挟む。ここまでたびたび会話に割り込むのだが、それが皆本が他の女性と親しげに会話する事に対する反発があるとは当人の意識するところではない。
「でも、私の人生。自分の未来は自分のもの、お祖母ちゃんのものじゃないでしょ」
「それはそうやけど、そんな風に未来を自分のものって言えるコヨミはんはうらやましいわ。ウチらこのまま特‥‥」
「そんなコトはない!」『特務エスパー』と続きそうな事に皆本はあわてて言葉を遮る。
「今はアイドルとしての経験を積んではいるが、それが決められた未来ってわけじゃない。言っただろ『君たちは何にでもなれるし、どこにでも行ける』って!」
マネージャーとしての役割上の台詞だが中身は心からのもの。
超度7の”力”を素晴らしいものだと実感するために特務エスパーという立ち位置は必要、しかしそれはあくまでも多感な年頃を健全に成長するための方便。彼女たちが一人の人間として自覚を持ち”力”を使いこなせるようになれば、自分の人生は自分で選べばいいと思っている、例えそれが(ある意味、政府の期待を裏切る)平凡な人生であっても。
「そやな! 忘れとった」と微笑む葵。
秘密を漏らしかけた照れ隠しもあるが、未来への後ろ向きな物言いに活を入れてくれた事が嬉しい。どんな時でも自分たちの未来を前向きに創ろうとしてくれる事が(半年前には未来を捨てようとしていた)自分たちにどれだけ励みになっているか。
あらたまって言う気はないが、感謝の気持ちに偽りはない。そしてそれは親友の二人も同じはずだ。
「しかし、そんだけするちゅーコトは、将来は役者はんとかそっちの方へ進むのが夢か?」
「格好をつけてたのをひっくり返す形だけど。そこまではまだ。正直なところ『今は』って感じ。本当に自分がやりたい事は何か、それを色々と試している最中ってところかな」
と答えるコヨミ。心に苦いものが滲む。
果たして自分に『やりたい事』ができる日は来るのか。少なくとも”呪い”を背負ったままで『やりたい事』をする図太さは今の自分にはない。
「そうか。まっ、コヨミはんも若いんやし、探す時間は十分にあるわ。それに皆本(水元)はんが今、言うた通り『人はどこにでも行けるし、何にでもなれる!』 ドン!と構えて取り組むこっちゃ」
その上から目線の物言いにコヨミは『そうですね』と微苦笑で応える。
資料によれば、この少女、つい半年ほど前までは強大すぎる超能力のせいでずいぶんと荒み、大人を困惑させる行動を繰り返していたとのコト。それが、こうして他の人の未来を思いやれるまでになったのは、ひとえに今運転している青年の揺るがぬ熱意と献身があったからとか。
話半分に聞いていたが、ここまでを見る限りその情報は青年の本質を十分の一も語っていなかった事が判る。そして、それゆえに今日の午後、この人物も大きな苦しみを負う事に‥‥
見えないほど小さく頭を振るコヨミ。そうしないよう自分はここにいる。
「それはそうと、蒼さんって、テレポーターって聞いているんですが、テレポーターってエスパーの中でも特別なんですか?」
「どうかなぁ ウチ自身がそやからそんな風に考えた事はないけど。どうなんや水元(皆本)はん?」
「テレポートの場合、空間を認識するESPと空間を操るPKを同時に使っているって事で最も進化したエスパーという人もいますが、個人的にはどんな超能力であれ、特別視するのは感心しませんね。超能力も一つの個性、違いは認めても特別視するものじゃないと思います」
良くも悪くも教科書的な答えが気に入らないのか軽く失望を浮かべるコヨミだが、何か気づいたという感じに
「テレポーターって空間を操るんですか?」
「現象としてのテレポートについては幾つか異なる原理があるんですが、一般に言われるテレポーターの多くはそれですね」
「蒼さんもですか?」
「まぁ」怪訝な顔で答える皆本。なぜ拘るのか、話が見えない。
「それが何か、大切な事なんですか?」
「超能力があるんだったらテレポートがいいかなって。だからどんな風に”跳ぶ”のか興味があったんです」
コヨミは軽くいなすと悪戯っぽく
「それより、水元さんって超能力に詳しいですね。どこかで勉強なされたんですか?」
「いや、別に‥‥ 蒼(葵)がテレポーターなんで知っておいた方がいいかなって。耳学問です」
思わぬ逆襲に皆本は一瞬言葉を詰まらせる。他意はないのかもしれないが、こちらの正体を知った上での仄めかしに思えてならない。
一方、コヨミはその隙に視線を自分の肩に移す。
テレポーターについて尋ねたのは、そこにいる(もちろん、自分以外に見えない)破時鬼虫のいつない動き−ロビーでの顔を合わせからこちら、テレポーター少女が何か反応を示すたびに、それに合わせもぞもぞ動く−が気になったから。
思い当たのは少女が高超度テレポーターという事くらい。
聞けばテレポーターは空間を操れるというコト。
『時空間』とまとめられるくらいだから時間と空間には相応のつながりがあるのだろう、時間を操る破時鬼虫にとってそこに他と違うものが感じられるのかもしれない。
TAKE3 10月 17日(日) 2:12PM
高速道を降り山道に入る皆本たちの車。三、四時間前(あるいは二時間ほど後)なら行楽に向かう車でそれなりの交通量なのだろうが、この時間帯、閑散としたものだ。
‘危ない?!’
続く山道の曲がり端、皆本は手を振り車を止めようとする二人に気づき、あわて気味にブレーキを踏む。
同乗者二人をつんのめさせて止まる車。それをさせた二人は申し訳なさそうに何度も頭を下げながら近づく。
軽い山歩きに適した服装の中年男二人。後ろに路肩から車線にはみ出した車が見えるところからドライブ中に車が故障、助けを求めにきたという状況だが‥‥
‘来たな!’皆本は胃に来る痛みを抑えるとできるだけ自然な笑顔で
「どうしたんですか?」とサイドのウィンドを降ろす。
「すみません」
馴れ馴れしく切り出した男は慣れた動きで取り出した銃を突きつける。
「抵抗するなよ。ここで”終わり”にしたくないが、おかしなマネをすれば遠慮なく撃つ」
脅し文句の最初のフレーズで葵は迷うことなく超能力を発動。
が、何も起こらない。本来なら銃を構えた命知らずは路面に埋め込まれているはずだが。
「どうだ! B.A.B.E.Lの怪物と飼い犬、超能力は使えんぞ」と男は勝ち誇る。
空いた手を上げると、左右の雑木林から(ある意味おなじみの)黒いコートとサングラスの男が四人五人と現れ、こちらも銃を出したもう一人と共に車を囲む。
‘やはり!’と皆本。
『B.A.B.E.L』の単語と手際から皆本は作戦が見透かされているのに気づく。いつもながら”普通の人々”の情報収集能力は地味に凄い。
抵抗の意志がない事を示すために両手を上げる。
男の横合いから後から来た一人が上着に手を入れ突っ込み携帯と銃を抜き取る。
「これだけか?」
「そうだ」皆本は努めて平静に答える。
実際、無用の挑発を避けるため持ってきた装備はこれだけ。最初の男がリーダーのようなので
「おまえが”NG”なのか?!」
「この茶番の目的はそれか。よほどB.A.B.E.Lは”怪物”に正義の制裁を加えるのが気に入らないと見える」
「気に入らないとか以前に、私刑を正義として”酔って”いる奴を野放しにできるはずはない!」
怒らせる愚は判っているが怒りがつい口をつく。
「私刑か! 法が”怪物”を人としているからそう見えるだけ。 昔なら”怪物”というだけで十分に死刑の理由だ」
「いつの時代の話だ?! 今は21世紀、魔女狩りの時代と同じにするな!」
近代以前、どの世界でも、エスパーたちはその”力”により人にあらざるモノとして、マスヒステリーの犠牲になった歴史を持つ。
「その時代の方がマシだろ。こまめに”始末”できたんで”怪物”の数は増えなかったんだから」
‥‥ 惜しそうに言い放つ相手に皆本は改めて議論の余地がないことを確信する。
このような人間が、当時、先頭に立って狂気と惨劇を振りまいたに違いない。
「そうそう、ご執心の”NG”だが、目的地で合流する事になっている。奴もお前たちと会いたがっていたから楽しみに待っていろ」
「”NG”が会いたがってる? どういう意味だ?!」
一部には”NG”とは使っているECMシステムのコードという説もあったが、やはり特定の人間を指すらしい。たぶんECMを扱うチームリーダーあたりのそれだろう。
その当人が『会いたがっている』のは願ったりだが、これまで”NG”が被害者の前に姿を見せた例はない。それが向こうから来るというのは今回が特別という事。
それにどんな意味があるかは不明だが注意すべきだと考える。
一方、男はこれが答えとばかりに銃口を押しつけ
「それは会った時のお楽しみだ! とにかくここでの時間稼ぎにつき合うつもりはない」
「解った」と応えるしかない皆本。ちらりと注意を助手席のコヨミに移す。
こちら(や葵)と同じように銃を向けられた少女は体を強ばらせたままじっとしている。わずかに動いたのは無遠慮にボディチェックされた時だけ。
目を伏せ唇を噛む様子は恐怖によるパニックを”芯”の強さだけで踏みとどまっているという感じ。
普通の女子高生であれば健気に頑張っているというところだが、ここまでの経緯もあり、その振る舞いが演技に見えて仕方がない。
同じ頃、B.A.B.E.Lの大深度地下、NORAD司令センターあたりを連想させるB.A.B.E.L中央司令室。
緊急コールサインを示すアラートがメインモニターに踊る。同時に中空に形成されるサブモニターが二面。それぞれに奈津子と柏木が映る。
「こちらサポートチーム・ブラボー! ほたるがテレパシーが使えなくなり二人の思念波をロスト。私のクレヤボヤンスも働きません!」
「サポートチーム・アルファ! 薫ちゃん、紫穂ちゃん、超能力喪失。追走を中断、待機します」
畳みかけるように
「対象追尾中の<ロプロス>制御系、ウィルスによりアクセス不能!」
「B.A.B.E.Lの通信系へのサイバーテロ確認! メインネットーワーク、ダウン! サブネットワークの通信効率も70%しか確保できません!」
「発信器の周波数帯のジャミング確認、M&Nの位置、確認不能!」
と各オペレーターからの報告が続く。
作戦を見透かされていた事を示す凶報にも泰然と立つ桐壺。緊張はあっても落ち着いた態度を崩さない。大きくうなずく事で指示を発する。
それを脇で受けるのは背筋を真っ直ぐに伸ばした姿が凛と映える女性、末永春香(すえなが・はるか)准尉。
中央司令室付きオペレーターチーム−非公式に<絶対可憐オペレーターズ>と呼ばれる−の主任であり、今回は現場に出た柏木の代行として局長の補佐(実質、指揮)を任されている。
ふっ! 緊迫感とそれを楽しむ不敵さを感じさせる笑みを漏らすと
「ここからが本番! 私たちにコトの成否がかかっています! みんな、すべき事は判っているわね?!」
「「「「「はい!」」」」とオペレーターズの声が揃う。
各自、指示を待たずそれぞれのオペレーションにかかっている。機密保持のため、ついさっき作戦の本当の部分が明らかにされたというハンディがあっても、その流れるような仕事ぶりに一切の迷いはない。
「<ロプロス>制御システムにワクチンプログラム起動! ウィルスを分離後、直ちに再起動シークエンスに入ります!」
「各サーバーに”防壁”構築! 併せて”トレーサー”で妨害ポイントの割り出しに入ります!」
「各チームに非常コード、NCC−1864を通達! 以後、本作戦の通信は同コードに基づく集束・細砕方式に切り替えます!」
そして1分を数えない内に
「妨害ポイント確認、ただちに保安チームを派遣します!」
「全通信系切り替え確認! 以後、48時間は外部からの干渉に安全となりました!」
「<ロプロス>の再起動完了! コントロール回復、全ての機能を使用できます」
能力を証明したオペレーターズに末永は軽く微笑むと
「中村一曹! プログラムコードSE000をロード、直ちにECM反応の位置を割り出して」
「了解!」指名されたオペレーターはコンマ秒のロスもなく指示を実行に移す。
今回の”切り札”はECMの逆探知。超能力を無効化するECMは強力なデジタル念波を生み出すわけだが、それはしかるべき探知システムにとり絶好の標的、電波源の少ない山中なら数分で発信源を特定できるはず。
「ECM反応複数確認、<ロプロス>順次、情報収集に入ります!」
と待つほどもなく結果がもたらされる。
時間にすれば数秒。集められたデーターはB.A.B.E.Lメインコンピューターが解析、対象の特徴を明らかにする。そしてそれぞれの情報は特A級の重要度で監視システムを持つあらゆる機関へ。
こうなれば、<ロプロス>を振り切ったところで逃げるのは不可能。どこにでもある監視カメラの一台一台が追跡者の役を果たすのだから。
ここまで、期待以上の働きを見せている部下達に満足げな桐壺。当然、同じ気分であろう末永の引き締まった面持ちに気づく。
「何か気になる事でもあるのかネ?」
「いえ、何も」と否定する末永だが、思い返すと
「気になるというほどではありませんが、いくら超度7とはいえ人一人に大がかりな事をするものだと。それほどエスパーが憎いんでしょうか?」
「違うネ、彼らがエスパーに感じるのは憎しみではなく恐怖だ。だからこそ、なりふり構わない手段に出るんだヨ」
桐壺は冷ややかに訂正する。
「それにこれくらいのコト、奴らには大したことじゃないだろうしネ」
「これが? あらかじめ準備をしていたので一瞬で済みましたが、それでも本部機能が麻痺したんですよ。想定としては国家レベルの奇襲に相当します」
「形としてはネ。しかし見たまえ、仕掛けられた妨害の一つ一つを。どれも嫌がらせに近い些細ものばかり。麻痺したのは、それが同時多発的にそれも我々があり得ないと思うポジションからの奇襲だからだ」
桐壺の言葉に苦みが籠もる。
”普通の人々”が厄介で恐ろしいのはまさにその点、彼らの好んで使うキャッチフレーズ『我々はどこにでもいる』の通り、無から有が生じ牙をむくというところ。
ある意味”普通の人々”とは反エスパー感情により集まった巨大な群体生物。一撃で全てを止める急所はなく潰しても潰しても失われた部分はすぐに埋められてしまう。
‥‥ その言いたい事を察した末永は背中に冷たいモノを感じる。
「各目標、移動を始めました。目標A、移動方位121、速度‥‥」
監視担当のオペレーターの声で意識にリセットがかかる。今は目の前の案件に集中すべき時。軽くシュシュで束ねた髪を揺らすと
「各チームに連絡! 距離を保ったまま追跡。落ち着き先を確認次第、作戦は最終段階に入ります」
TAKE3 10月 17日(日) 2:45PM
後頭部に銃を当てられてのドライブ。指示されるまま脇道に入り山間を進むこと5分、車は産廃が積み上げられた未認可らしい処分場に着く。放置された産廃の山からここの持ち主は、最初から処分するつもりなどなく、集められるだけ集めた上で夜逃げを決め込んだのだろう。
そこで降ろされる皆本、葵、コヨミ。危険物を入れておく為か結構頑丈そうに作られたコンクリート製の小屋に追いやられる。
埃と錆びたロッカー、置いてあったのだろう化学薬品(劇物?)の刺激臭だけの六畳くらいのスペース。窓はなく壁の上と下に一定間隔で換気用のスリット−小学生の葵でも通り抜けられない大きさ−が作られているだけ。鉄製の(これも頑丈そうな)ドアが閉ざされている以上、逃げ出すのは問題外としか言い様がない。
隙間からの光だけの暗さに目が慣れ、刺激臭も気にならなくなった頃。
‥‥ 打ちっ放しのコンクリートの床に座る皆本。
体を預けている葵の事もあり、わずかに首を動かし部屋の隅でうずくまり下を向いたままのコヨミを窺う。
ここまで促されるままに動くだけ。
その無抵抗というかあきらめきった様子から、”普通の人々”は彼女を無能なサポート要員か何かと思っているようだ。
この状況下、もはや監視とかは言ってられない。その目的・真意を質すべき時と判断する。
近づこうと体を動かした時、それに反応し葵の体が大きく震える。
「どうしたんだ?」と納まらない震えに尋ねる。
しばし躊躇うものの葵は不安を表に出すと
「もうすぐ薫たちが助けに来てくれるはず‥‥ そうやろ、皆本はん?」
「大丈夫! 今頃はここを見つけ、救出の準備をしているはずさ」
「ウチも自分にそう言いきかせとるんやけど、どうにも不安が消えへん。前に超能力が使えん時はこんな風には思わんかったのにな」
「あ、葵‥‥」皆本はすぐ側の少女の不安をなおざりにしていたのに気づく。
日頃の不敵さも超能力と心強い仲間二人があっての事。その両方を欠く今、不安は当然、今に至るまで気づかないのは怠慢も甚だしい。
「心配するな! 薫や紫穂ほどの力はないが、僕だって盾くらいにはなれる。いざとなっても君だけは絶対に守るから安心しろ」
「そやな。いくら頼りない皆本はんでもそれくらいはできるわな。主任としてしっかりウチを守ってや!」
「ああ、約束する」あっさりと盾にすると宣言された事に皆本は苦笑する。
主任に成り立ての頃ならそれは本音だろうが、今はそれが照れ隠しである事は判っている。
”空気”が和らぐ中、安心した葵と入れ替わるように自分の中で不安が蠢くのに気づく。
意識を内に見いだしたのは(非論理的ではあるが)作戦が順調過ぎる事への不安。
こんな場合、運命の女神が大盤振る舞いをしているか、この状況自体が敵の掌の上のどちらか。もちろん前者であって欲しいのだが。
‘そういえば‥‥’順調すぎて不自然な点の一つに思い至る。
ここまで高超度エスパーである葵の超能力を直接封じようとしないのがおかしい。いくらECMに自信があるにせよ、ECCMの存在も知っているはずで不用心過ぎる。
せっかくの”流れ”を変える事にもなりかねないが”保険”を使う事にする。聞こえるぎりぎりの声で
「葵、ECCMだ」
何であれ待つだけから解放された事に葵は小さく微笑むとマニュアルでECCMを作動させる。
ちなみに、作動させたのはリミッターに内蔵−厳密には内蔵しているのはその制御部で本体は分散・目立たないようにして体に装着している−したもので、超度7にも有効な新型ECMの登場を受け開発したもの。
そのまま正式装備となる予定だったが、コンパクト化のため当人のサイキックエネルギーをパワーセルとした結果、超度7の負荷がシステム及び装着者に悪影響を及ぼす事が判明”お蔵入り”に。
今もその欠陥は改善されていないが、秒単位の使用なら問題ない。ECCMが有効かを確かめられれば良いのだ。
作動による微妙な振動のためか少し顔をしかめるが、すぐにより深い不安に塗り替えられる。確認するまでもなく超能力が戻っていないのだ。
‘実験中の可変長式のECMでも葵の”力”とECCMの組み合わせなら一定の超能力が発揮できるはず。という事は今のECMとまったく異なる理論に基づくECM‥‥ あり得ん!’
思いつきをすぐさま否定する皆本。
B.A.B.E.Lに属し最新の理論や技術に接している関係で現行のECMに代わる実用的な超能力抑圧システムが存在しない事は知っている。
考えられる可能性は‥‥ 一つの、そしてまったく想定していなかった可能性に気づき愕然とする。
「まさか‥‥ アンチエスパー?!」
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