「美神さん、とっても綺麗です」
控え室でウェディング・ドレスを着終えた私を見て、付添い人のおキヌちゃんが感動したように言葉をかけてくれる。屈託のない心からの祝福だ。
自分も横島君のことが好きだったっていうのに、おキヌちゃんたら本当にいい娘なんだから。
優しく、家庭的で、可愛い。男の理想そのものみたいな娘なのに、最後まで横島君が彼女に浮気しなかったのが不思議でしょうがないくらい。
やっぱり引っ込み思案な性格のせいかな。それに昼ドラ好きなくせに、本人は古風な考え方を残してるのよね、おキヌちゃんは。
それでも、その時になれば、横島君を彼女が支えることになるんだろうと思うけど。
それとも……
私はそっとお腹に手をあてる。
まだ何も感じられはしないけど、横島君と私の赤ちゃんがここにいる。
九ヶ月と十七日後に生まれてくる私たちの赤ちゃんが。
結局この娘がルシオラなのかは分からなかったけど、その後に覚醒しないとも限らない。
奪い合いになったら、押しの強いのはこの娘だと思うわよ。
もしルシオラだったら、実の娘だとか年齢なんて障害は楽々と乗り越えちゃうかも知れないんだから。
――あるいは、彼女たちが関わってくることもあるのかしら?
私は事務所の居候たちの顔を思い浮かべる。
押しの強さ、というか厚かましさでは負けそうにないけど、横島君への愛情なんてものはそんなにないだろうなっていうのが、さっき豪奢なドレスで挨拶に来た狐娘。
私がお金を出してあげるって言った途端、「そう? なら、花嫁より目立ってみせるわ」なんて言いだして、ほんとにそういうドレスを買ってきたところは褒めて上げてもいいくらいだ。それでも、請求書を回してきた多くのアクセサリー代については、後々話し合う必要があるけれど。
逆に横島君への愛情――どちらかというと親愛に近くても――は強くても、義理堅くて気持ちをしっかりと整理してしまったようなのがシロだ。私たちの結婚のことを教えたときは泣き叫んで爆走してたけど、さっきタマモと一緒に挨拶に来た時も落ち着いた和服姿で祝福してくれたしね。
結婚する私が言うのもなんだけど、なんであんな奴がそんなにもてるのかしらっていうくらい、横島君の周りには彼に気を持ってる女性がたくさんいる。
フリーになった横島君をめぐる争いはとても面白くなりそうだ。仕方のないこととはいえ、私がそれを見られないのはやっぱり残念。
「美神さん、あの……」
いつの間にか控え室に来ていたピートと話していたおキヌちゃんが、私のところに戻ってきて言葉を濁す。
「大丈夫、ちゃんと会うわよ」
何のことかはもう分かってる。片方には招待状さえ出さなかったし、ほんとは顔を合わせたくないんだけど、今日、曲がりなりにも親子仲を修復するということになってるんだからしょうがない。
絶対に仮面を外させはしないけどね。
そして案の定、親父はママと一緒にやって来た。
根性なしとも思うけど、ぎくしゃくは絶対にするんだから、ママがいてくれて助かるのも事実かな。
結局、あまり踏み込んだ話はしなかったけど、和やかに和解は出来たんじゃないかと思う。これまではろくに会話もしなかった父娘なんだから、大きな進歩といえるわよね。
そのせいか、「あなた変わったわね。横島君のおかげかしら」なんてことをママに言われてしまった。
横島君のおかげ、ねえ。
まあ、正解だけど真実でもないってところかしら。
ママはその後も結婚生活についていろいろとアドバイスをしてくれたけど――お生憎様ね。私と横島君はママたちとは違って、素晴らしく濃厚な時間を仲睦まじく一緒に過ごすんだから。ていうか、あんな生活してたママたちに結婚生活を説かれても、説得力ないわよ?
もうすぐ式が始まる。
緊張してるわけじゃないけど、ちょっと一人にしてもらっていたところへ、こちらはガチガチになった横島君がやってきた。
ふふ、まだまだこういう正装は似合わないわね。
私や冥子と比べたら小指の先くらいのものとはいえ、一般人から見たら大金持ちになったっていうのに、相変わらず普段は以前と大して変わらない服装をしてるし。
今までが今までだったから、まだ贅沢の仕方がよくわかってないせいもあるんだろうけど。
とにかく服に着られてる感じがありありだ。
でも、そんなことは大して問題にならない。「今日の主役は私で、横島君なんか引き立て役で傍にちょろっといるだけでいいんだから」
「ひどいっスよ、美神さん。これは俺たち二人の結婚式じゃないスか」
「あら、口に出てたかしら」
もちろん、横島君の天然とは違って私のはわざとだ。
拗ねるような横島君をからかうのはすごく楽しい。
「だって、ぽかーんとアホ面で私のこと見つめてるんだもの。うふふ……」
「あー、いやその、なんていうか……こうしてても、まだ美神さんが俺のものになったなんて信じられなくて……」
そう言って、横島君はアハハと頭をかいている。
とりあえず、私が横島君のものになったんじゃなくて、横島君が完全に私のものになったんだっていうことを理解させるために、式が終わったら神通棍で思い切りしばこう。そうだ、車の後ろにつける空き缶と一緒に引きずるというの楽しいかもしれない。
「ひぃっ! すんません。俺、調子乗ってました!」
「あら、また声に出てたかしら」
やっぱり、こうして平身低頭する横島君を見てるのはとっても楽しい。
まあ、いつまで経ってもこんなだから、最後の最後まで「多少は頼りになるようになった」以上になれないのよね、横島君は。
落ち着きと冷静さに欠けるから、私が妖毒で倒れるとパニックを起こして、時間移動が神魔のお偉いさんたちに禁止されてるのも忘れて文珠でなんとかしようと無茶苦茶したりするわけだ。
それだけ最後まで愛され続けていたってことで、悪い気はしないんだけどね。
横島君と二人でバージンロードを歩きながら――親父が嫌というより、この期に及んで横島君が馬鹿なことをしでかさないようにだ――軽く周りの顔を見渡してみる。
人間、幽霊、その他もろもろ。みんなが私たちを祝福してくれているのが、ちょっと照れくさい。
視線を前に戻せば、新郎新婦を差し置いて唐巣先生が早くも涙まで浮かべてる。散々迷惑もかけたし、気持ちは分からないでもないんだけど。
貧乏神騒動の最中にこの教会で偽の結婚式を挙げたときは、「神への冒涜だーっ」って、ショックで寝込ませてしまったのを思い出す。
ふふ、今回は大丈夫。
「誓います」と、私は本当に心からの神への誓いを口にする。私はクリスチャンじゃないけど、神を信じていないわけじゃない。ただ、神父みたいにその力を借してもらえるほどには親しくしていないだけだ。
「誓います」って、こちらは上ずった声で宣言してる横島君は、神というよりも私と神父に向けて誓ってるみたいね。
――まったく。
ベールを上げてキスする時も、横島君の顔にはまだ夢の中にいるみたいな非現実感が浮かんでいた。
つき合うことになった時も、それからすぐに結婚が決まってからも、何度横島君の口から、いや周りのみんなからも「信じられない」という言葉を聞いたことか。
……まあ、正直に言ってしまえば、私自身が一番信じられなかったんだけどさ。
まさか、私が横島君と――人の人生を50億で売り飛ばすような奴と、結婚することになるなんてね。
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