「へいらっしゃい!
今日は何にしますか奥さんっ!」
「そうね、今日はお鍋にするからタラにしようかしら」
「ちょっと熊八さん、もうちょっと安くしてよ」
「かぁ〜っ、奥さんにはかなわないなぁ〜。
えぇい、持ってけ泥棒!!」
夕方の商店街。
そこでは各家庭の主婦たちが夕食の買い出しにやって来ていた。
「こんにちは」
「こんちは〜」
「やぁ、いらっしゃい明くん、初音ちゃん。
今日は何にする?」
でっぷりと太った肉屋の店主が、やって来た明と初音を笑顔で迎えた。
「そうですね、豚こまを500gと豚バラを500g下さい」
「あいよ〜」
並べられたトレイの中から、注文された豚こまと豚バラを取り出す店主。
電子量りの上に1つずつ乗せ、丁寧に包んでビニール袋へ入れる。
「1260円ね。
ちょっとサービスしといたよ」
「あ、ありがとうございます」
お礼を言って代金を支払う明。
「いやいや、気にしないでいいよ。
その代わりと言っちゃ何だけど、頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと?なんです?」
「実はさ…」
girl meats girl!!
「はい、それじゃ本番いきま〜すっ!」
スタート!と言う掛け声がカメラマンから発せられ、撮影が開始される。
「お肉を食べて健康美人っ!」
「よく食べて、よく動こうでござるっ!」
「「お肉のことなら石塚ミート!
恵み野商店街で待ってるよ!(でござる!)」」
2人の少女が、カメラに向かって手を繋ぎながらセリフを言う。
「はいカットォ!
じゃあ次はもう少しくっついて撮ってみようか〜」
「は〜い」
「了解でござるよ」
カメラマンの言葉に従い、先ほどよりも密着した体勢でスタートの掛け声を待つ2人。
「はい、よぉ〜い…スタート!」
「…何を頼まれるのかと思ったら、CMの出演とは…」
店の前で撮影している一団を遠巻きに眺めつつ、苦笑している明。
石塚ミートの店主から頼み事をされてから数日後の日曜日、明と初音は石塚ミートの店の前にやって来ていた。
店主の頼み事とは、最近客足の落ちて来た店に客を呼び寄せる為、ローカルテレビ向けのCM作りに参加してくれないか…と言う内容であった。
最初は渋った2人であったが、店主からの謝礼お肉券1万円分(+出来高)に釣られ、参加することとなったのである。
「まったく、美神さんも食費を浮かす為とは言えOK出すなんて…」
その隣で同様に苦笑しているのは、初音と共演しているシロと言う少女について来た横島と名乗る少年であった。
どうやらこちらも明たちと同じように釣られたらしい。
「すいません、うちもそれに釣られました…」
「…すまん」
「…結構お肉券1万円分って大きいんですよね。
うちはあいつの食費が一番かかってるんで…」
「同世代の女の子と2人暮らし…って聞いて羨ましいと思ったけど、結構苦労してんだなぁ…」
ため息をつく明を見つつ、苦笑する横島。
「学校でもよく言われますけど、そんなにいいもんじゃないですよ…。
横島さんこそ、あの子に先生先生って懐かれてるって話じゃないですか」
「俺の方もいいもんじゃないぞ。
毎朝散歩しに行こうって誘いに来るからな。
行ったら行ったで県境まで突っ走るし。
あのバカ犬は止まれと言っても止まらないんだよ…」
苦虫を噛み潰したような顔で言う横島。
「シロさんって人狼なんでしたっけ」
「ああ」
「うちの初音も人狼の末裔って言われてるんですよ」
「へー…」
「案外遠い親戚なのかも知れませんね」
「そうかもな」
奇妙な連帯感が生まれたのか、仲良く談笑する2人。
「人狼…だって…?」
2人の会話を聞いて、撮影スタッフの1人が声をかけてくる。
「え?
ええ、そうですけど…」
「そ、それはイヌミミとか生やすことが出来るのかな?」
何故か血走った目をしながら2人に詰め寄ってくるスタッフ。
確か初めにディレクターと紹介された人だ。
「た、たぶん…」
「は、初音は出来ますよ…」
自信なさげに言う横島と、昔から見慣れている為に確証を持って言う明。
「プロデューサー!」
「ああ、話は聞いた!!
お嬢ちゃんたち、イヌミミを生やした状態でさっきのをもう一度!!
出来ることなら尻尾も望ましいっ!!
おいてめぇら!気合い入れていくぞっ!」
「「おぉっ!!」」
一気にテンションがあがるプロデューサーとスタッフたち。
先ほどまでの動きと違い、きびきびとした動きをし始める。
「い、いったい何が…」
あまりの変貌ぶりに動揺する横島。
「あ、あの…これは…」
わけがわからず、ディレクターへ明は問いかける。
「いいかい、動物っ娘と言うのは萌えなんだよっ!」
「も、萌え…?」
「そう、萌えだっ!
しかも偽物の付け耳ではなく本物のイヌミミ!
本物のイヌミミはステータスだよ!希少価値だよっ!
赤毛の混じった子の尻尾はさっきから見えてたけど、まさか本物だったなんて!
俺は今猛烈に感動しているっ!!」
だぱぁんっ!と荒波を背景に泣き叫ぶディレクター。
「は、はぁ…」
「さ、さいですか…」
そんなディレクターのノリに着いて行けない2人。
「おい小野D!サボってんじゃねぇ!
今から最高のCMを撮るんだ、泣くなら終わってからにしろ!!」
「了解ですっ!!」
プロデューサーの言葉に涙を拭きながら一団へ合流するディレクター。
「よっしゃぁ!
本番行くぞぉ!2人ともよろしくぅっ!!
〜〜〜スタァット!!!」
声がかれんばかりの声量で、プロデューサーは撮影を再開させる。
「…わけわからんな…」
「…ですね…」
イヌミミ萌えをまったくもって理解出来ない2人。
そんな2人はその後のCM撮影を、ただぼーっと眺める
しかないのであった。
その後、ローカルテレビでのみ放映されたこのCMだったが、すぐさま某動画サイトにアップロードされることになる。
コメントには「イヌミミ萌え〜」や「ケモナーの聖地ktkr」と言った文面が大量に書かれ、一躍人気動画となった。
それに伴って恵み野商店街を聖地と崇めてやってくる漢(おとこ)たちが出現し、商店街全体の売り上げが一気に上がった。
これで全てが良い方向に向かい、全員が幸せになるかと思えたのだが…
「ちわ〜、石塚ミートで〜す」
「は〜い」
がらがらと、玄関を開けて店主を迎える明。
「1週間分のお肉と、野菜、お魚ね」
どさどさと、食材の詰め込まれた段ボールを置く店主。
「すいません…」
「いやいや、ああなっちゃったのはうちが原因だしさ」
頬を掻きながら、申し訳なさそうに店主が言う。
「…今はどうです?」
「まだいっぱいいるねぇ…。
毎日毎日、どこからわいてくるのかって感じだよ…。
一応お総菜とか買ってってくれるから、売り上げにはなるんだけどさ…。
本当、あの手の趣味の人の行動力ってすごいなって思うよ…」
CM放送から数週間後、突如として商店街に現れた漢たち。
初めは素直に客足が増えたことに喜んだ商店街の人たち。
しかし、彼らの目的は店そのものではなかった…。
「店に来て一言目が
『あのイヌミミの子はどこですか?』
だもんなぁ…。
警察呼ぼうかと思ったよ…」
「本当危なかったですよ…。
何人かに追われましたからね…」
何も知らずに買い物に行ったら観光(巡礼?)客たちに見つかってしまい、大量の漢たちに囲まれてしまうというちょっとした騒ぎになってしまった2人。
ばしゃばしゃとデジカメで撮影する彼らに初音が怒り、危うく暴走しかけるというアクシデントもあった。
商店街の人たちの助けもあってなんとかその場から脱出するも、しばらくは買い物に行けそうにない状況となってしまった。
「すまないなぁ。
あの勢いが落ち着くまでしばらく我慢してくれ。
その間はうちが食材を届けるからさ」
「ありがとうございます。
そう言えば、横島さんの方にも持って行ってるんですか?」
「ああ、あっちはうちのカミさんが持って行ってるよ。
なんでも、散歩する場所が減ったって嘆いてたらしいけど」
「あ〜…。
でもそれだと横島さんは得してるのかも。
散歩に振り回されて大変だって言ってましたし」
「はははは、なるほどね。
おっと、もう店に戻らないと。
とりあえず何か聞かれたら、『アレはCGです』って答えることに決めたよ…。
もうCMはこりごりだよ…」
苦笑しながら立ち上がる店主。
「そうですね…。
初音には人前で変身しないように言っときます」
「うん、その方がいいね。
それじゃ、また来週来るから」
「はい、ありがとうございました」
そう言って店主を見送る明。
「…人の行動力って恐ろしいな…」
同僚2人も時折見せる妙な行動力を思い出しつつ、明はため息をつくのであった。
(終われ)
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