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彼岸花

 お墓参りは毎年のならいになっていた。秋も深まると決まって、新幹線で氷室の家に赴く。山肌が高いお日様を得て燃えるように色づいて、足下に彼岸花の咲く頃。夕焼けの時刻、清流のほど近く。私たちは、揃ってあの人に挨拶をする。



−彼岸花−



「あ、いけね。軍手、車に忘れてきた」

「もう、しっかりしてくださいよ」

「俺、取りに戻るわ。先に周りの掃除してて」

「はぁい」


 ばつが悪そうに、夫はそそくさ来た道を戻っていく。私は坂を登る後ろ姿をちらと見送って、絨毯みたいに敷き詰められた落ち葉を掃き始める。いくら氷室の家が様子を見てくれているとはいえ、歩く度にぱりぱり音がするほどの葉が散って舞うのは、もうどうしようもない。
 このあたりに何百年もいた割にはそんな当たり前の事が理解出来ていなくて、実際目の当たりにしてから初めてありありと実感したのは、いささか間抜けに過ぎたのだろう。さすがにあの時は夫も呆れた目をしていた。


「外柵の周りを掃くだけでも大変だなあ」


 普段から様子を見てもらっていてこうなのだ。日頃の、特にこの時期出向いてくれる姉や両親の苦労を思うと、感謝を捧げずにはいられない。この様子だと、区画内の雑草取りや、お墓自体の埃落としまでには少し時間がかかるかもしれない。


「ん?」


 きちちちちち……。最近は随分と冷えてきているのに、遠くに秋蝉の鳴き声がした。長くなり始めた影に誘われてきたのか、かげり始めたお日様に待ってとでも言いたいのか、聞いてくれる相手もいるか分からない、あきらめにも似た鳴き声を響かせていた。しばらく耳を澄ませていると


「わーるい! 今度はばっちりだからさ」


 大きな声に振り返る。夫が道具を手に戻ってきていた。ごめんと顔前にチョップを作りながら、私の足下にしゃがみ込む。


「これ、とりあえず寄せてビニール袋に入れとくな」

「お願いします」


 箒を握り直して、あたりを綺麗にしていく。軍手をはめた夫は黙々とたまった落ち葉を袋に詰め整理し、徐々にお墓の周囲に玉砂利が見え始めた。すると私は残った紅葉の中に、落ち蝉を見つけた。さっきの蝉の仲間だったのだろうか、この子はちゃんと声を届けることが出来たのだろうか。たわいないことを考えながら、もう動かない蝉を指先でつまんで草陰にそっと置いた。


「さて、と。じゃ、次は草取りと埃取りすっか」

「ですね」


 夏とは違って、秋のお墓は大概立ち枯れた雑草や根が乾いた土を撫でている。姉達の手を逃れたそれを、二人でやっつければ、たいした時間もかからない。ビニールに取った草を詰め、香炉や拝石のあたりのゴミをとり、軽く布で埃を払う。二度三度、やっぱり大して時間もかからない。


「忠夫さん、お水ください」

「はいよ」


 夫が柄杓で花立てに水をいれ、私は持ってきた彼岸花を飾る。彼女が好きだった夕日に色が似ているからと、いつだったか夫が買ってきたものだ。私はそれを見て、秋ならこれでもいいですけれど、夏ならひまわりでも買ってきたらどうですかと言ったのを覚えている。
 言葉の刺に気づかない夫はそうだなあと答えたきりで、それ以来、半ば習慣のようにこの花を持参している。


「毎度、冷たくて悪いな」


 私にか、彼女にか、竿石に水を滴らせながら夫が呟いた。なんとなし、その声を私は秋蝉の鳴き声に似ていると思った。初風ほどではない秋の風が、あたりを通り抜けた。


「と、線香に火付くかな」


 火を手元で守り、白い煙が立つと、夫は墓前に供えた。彼女が唯一好んだ、砂糖水と一緒に。


「じゃ、手を合わせよう」



「ええ」


 私は後ろで夫を背を眺め、少し待つ。夫はいつも長く手を合わせる。顔を上げ、前を向き、ゆっくり手を離し、下ろしてから、私に場所を譲る。決まってありがと、と返事をしてから、私もまたゆっくり手を合わせ、彼女に語りかける。 
 私と彼女の関係性を考えた場合、一般的には仲良くなりようもなかったろう。好いた男を巡って勝った女と負けた女。それだけで表現できる間であったし、ごくわずかな期間同じ屋根の下で過ごしたとはいえ、他に言いようがあるような深い仲でも無かった。
 彼女は私たちの前に文字通り突然現れて、突然去っていった。残ったのは、ただそれだけの大きさの現実だけだった。
 私が彼女を考え始めたのは、むしろその死後かもしれない。嫌いだったのだろうか、恐かったのだろうか、驚いていたのだろうか。それとも同じ男を好きになった同士、憎からず思っていたのだろうか。好きだったのだろうか。
 どれも、しっくりとはこない。ただ私の胸の中に、感情は確かに残っている。彼女と過ごした現実から感じたものは、忘れず覚えている。無理に言葉にしなくてもいいのかもしれない。ただ、覚えていることが出来れば。悲しいだけではない、あの思い出を。
 だから私はいつも最後に、こう語りかけるのだ。


「また会う日を楽しみにしてる」


 と。立ち上がった私に、夫はいつも、じゃあ行こうかと言うだけで、特段笑顔を見せる訳でなく、かと言って苦しい表情をする訳でもない。ただガチャガチャ、バケツや柄杓、掃除道具を抱えて、来たときと同じ足取りで戻っていくだけだ。
 それで構わない。覚えていてくれればそれで、と。そう思えるからだ。空を見上げた。もうすぐ夕日の時間だ。きっとまばゆい夕日が、一瞬のきらめいて、あたりを茜色に染め上げるのだろう。

 帰り道、私は夫と一緒にその夕日を見る。






こんにちは、とーりです。
世に言うクリスマスなるものを撃退せんが為のしねしね団でございますが、意外と中身は真面目にしみじみでございましたという。
タイトルを見ただけで寒々しくなるであろう&しねしね団という語感からslapstickであると思わせておいてしみじみ、という二段落ちでございました。
もちろん、もししねしね団で書いてくださる方がいらっしゃいましたら、私を見習う必要は一切ございませんのであしからず。


ま、真面目に言うと、おキヌとルシオラってほとんど接点無かったとは思うのです。
なので彼女の死後、残された側のおキヌがどう思うのか……てな点を描写した次第でございますよ、ええ。

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