3813

文珠怨 前編

36巻 フォクシー・ガール(その2)からの再構成です。




『位置についてーーーー!!』

 オリンピックの会場、室内プール場にアナウンスが響き渡る。
館内にいる数万人の、世界各国から訪れた観衆が静まり返り、カメラのフラッシュがたかれる。
 200M自由形…。最後の決勝戦、私の胸が張り裂けんばかりに高鳴る。
私が泳ぐわけじゃない。でも、きっとこの会場の誰よりも、私の心臓は激しく鼓動を刻んでいる。
 だって、日本代表として今から泳ぐのは、私の大切な、誰よりも大切なあの人だから……。

「横島ガンバレーーーー!!」

 アナウンサーという立場を忘れ、私は思わず叫んでしまう。
横島さんが、パーカーを脱ぎ去り、飛び込み台の上で構える。
 筋肉ムキムキの他の国の選手と比べたら、横島さんの体は細い感じがする。
だけど、何度も死線を潜り抜けてきたヒーローだって、私を、ううん皆を何度も助けてくれたヒーローだって、私は知っている。
 きっと、横島さんは勝つ!!

『ドンッ!!』

 青い水を湛えたプールを、横島さんが美しいフォームで泳いでいる。
誰にも負けてない……。綺麗……。思わず、涙がこぼれそうになる。

「横島ガンバレ!!横島ガンバレ!!」

 マイクに向かい、私は絶叫してしまう。
ああ、アナウンサー失格だ……。だって、こんなに、横島さんしか目に入らない……。

「日本の横島、すばらしい泳ぎですっ!!」

 誰より正直で、優しくって、真っ直ぐなあの人。
辛いことがあったけど、それを乗り越え、今あんなに一生懸命にあの人は泳いでる。
 私は、叫ぶことしか出来ない。応援しか出来ない。だから、叫ぶ。
ほんのわずかでも、横島さんを支えられたらって想いながら……。

「横島ガンバレ!!横島ガンバレ!!横島ガンバレーーーーー!!!!」

 泳いでる。真剣な顔で、必死な表情で。
体格差をものともせず、どんな時でも諦めない光を眼にやどらせて、横島さんが泳いでる。
 胸が熱くなる。涙がとめどなく流れる。叫びすぎた喉がヒリヒリする。でも、声を止めない。
彼が頑張っているから……。大好きな横島さんが、必死で頑張っているから!!
 たとえ私の喉がつぶれたって、応援する声は止めないっ!!
 ああ、今、横島さんの手が、あの右手が、栄光を掴まんとタッチする……。
涙がボロボロ、ボロボロと溢れて嗚咽がこみ上げてきて、私、何も言えなくなる。

『一位!!タダオ ヨコシマ!!ジャパン!!』

 割れんばかりの歓声が、館内を揺らす。
カメラのフラッシュが、いつまでも収まらず、彼の水に濡れた体がそれを反射して、まるで光り輝いているみたい。
 誰よりも早く、早く、あの人に…。
アナウンサー席を飛び出し、横島さんの胸に飛び込む。
 ギュッって抱きしめる。彼の体は冷え切ってる。でも、そんな事は関係ない。
私が温めてあげたい。抱きしめた両手に力がこもる。あとから、あとから涙が溢れてくる。

「横島さん……、おめでとうっ!!横島さんっ、大好きっ!!、大好きっ!!、大好きっ!!」

「お、おキヌ……ちゃん……」

 大歓声の中……、思わず胸の中に秘めた想いが溢れていく。とまらない……。

「私じゃ、私なんかじゃ!!、ルシオラさんみたいに支えられないかもしれないけどっ……、でも、でも、ずっと、ずっと好きだったの」

 彼の腕に抱かれて、彼の匂いに包まれて、私の顔は涙でぐちゃぐちゃで、きっとすごく真っ赤になってる。
 自分が何を叫んでいるのかも、よくわからない。でも……。

「あ、ありがとう……」

 横島さんの腕の中、冷えた彼の体を少しでも温めたくて、離れたくなくて、大歓声が私の背中を押してくれて……。

「ずっと、ずっと、大好き……だったの……」

 私は、そっと、キスをする……。





 文珠怨 前編





「へーっくし!!あんの…クソ狐めーーっ!!」

「み…みごとに化かされましたねーーーー」

 鼻をかみながら、私は答える。は、恥ずかしい。
横島さんの家の中、小さなコタツに、私達はちょっと不自然なくらい離れて座ってる。
 恥ずかしくって、横島さんの顔が見れない。お互い、顔が真っ赤なのは、きっと風邪だけのせいじゃない。
 みかんを剥いたけど、全然食べる気にならない。
 沈黙が、昨夜を思い出させる。
私の告白を横島さんが受け入れてくれて、まだ化かされたままの私達は、金メダルを取った余韻と興奮が残っていて……。
 冷えた体を温めてあげたくて……。
ずっと大好きだった横島さんと二人きりで…。キスだけじゃ、全然鼓動が止まらなくて……。
 すごく、すっごく痛かったけど……、信じられないくらい幸せで……。
 また鼓動が早くなる。
横島さんに聞こえるんじゃないかってくらい、私の胸はドキドキと高鳴ってる。昨夜を思い出し、喉がカラカラになる……。
 それを誤魔化したくて、私は口を開く。

「ま、まぁ…、すぐに仲良くなろうたってムリですね…!」

 ピンポーンとチャイムが鳴る。
 も、もしかして…、美神さん…。昨夜はここに泊まったから、心配して。
ううん、まさか女の勘で……私と横島さんが…。
 どうしよう……。胸が痛い。美神さんに、横島さんと私が、あの、その……、シちゃった……って、ばれたら……。

「あれ?」

 玄関から戻ってきた横島さんが、葉っぱで包まれた草の束をもっている。

「お、おキヌちゃん……。き、きっと、これキツネからだ……」

 微妙に目線を逸らしながら、横島さんがトンとコタツの上にそれを置く。

「そ、そ、そうなんですか…。な、なんでしょうね……」

 また、私の対角線上、離れた所に座る横島さん。やっぱり恥ずかしい…。
草の束を手に取り、中身を確認する。
 なつかしい……。昔からある薬草ばっかり。

「わ、私、お、お湯沸かして、きますっ!!」

 立ち上がり、台所に向かおうとする。
とにかく二人でいると、嬉しいのに恥ずかしくて、幸せなのに胸がドキドキして、気がつまる。

「ちょ、俺がするよっ、おキヌちゃんは、座ってて…」

「きゃっ!!」

 急に立ち上がった横島さん。コタツ布団が私の足にからまって、風邪でちょっとフラフラしちゃってた私は……。

「危ないっ!!」

 ぎゅうっ!!って気付けば横島さんに力一杯抱きしめられてた。
ドキドキ、ドキドキって心臓が破れそう。唇がお互いあと5センチもないほど近くって、目が離せない。
 お互いの体温が、抱きしめた腕越しに伝わる。恥ずかしくて、嬉しすぎて、また抱きしめてしまう。
 言葉が、ひとりでに唇からこぼれる。言いたかった言い訳。少しでも一緒にいたくて…。

「え、えと……、横島さん…、お薬……、飲んだら、もう一泊しても……、い、いいでしょうか……、あの薬、眠くなるし……あ、危ないですし……」

「う、うん…。も、もちろん……」

 彼の腕に抱かれ、熱に浮かされた頭で、熱いキスをされながら、私は思う。
ああ、今度、タマモちゃんに会ったら、いっぱい、いっぱい油揚げご馳走しちゃおう……。

「おキヌちゃん……、大好きだよ……」

 狭い部屋の中、男女の甘い囁き声が、響く……。
 
サカナです。
超難産でした。
後半はここから、ホラーにします。
アップは、、、、、頑張って今月中の予定です。 (*゚∀゚)ノ

前作、多くのコメント頂きましてありがとうございます。
のんびり頑張らせていただきます。
では、後編で。

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]