「再生怪人は弱いってのが、お約束なんだよ、メドーサ!!」
あたしの顔の前で、くそ忌々しい『滅』の文珠が発動する。
ま、まずい…。文珠を中心に恐ろしいほどの波動が溢れ、あたしの体を粉々に『滅』していく…。
「ま…また、こいつに…!!」
た、たかが人間に、竜神のあたしが…。だ、駄目だ、圧倒的な波動に抗うことすらできない…。
こんな、こんなアホに…、このあたしがっ……。
いや…、と段々と薄れる意識の中で思う…。
気に食わない。気に食わないヤツだが…、大した男だ、横島忠夫、か…。
あーあ、冴えないねぇ。せっかく蘇ったってのに、もう終わりかい…。
くそっ…、あの裏切り者の女…、抱きしめられて、幸せそうに…。あたしも次があれば、あんな、あんな顔で笑えたら…。
「うらやましい、ねぇ…」
あ…?なんだい…、なかなか『滅』びないねえ。それどころか、意識が、だんだんとはっきりしてくる。
耳元で風が唸り声を上げている。潮の匂い、打ち寄せる波の音まで、はっきりとわかる…。
足がしっかりと固い大地の上で、立っている感触まで伝わってくる。
何だ?あたしは、完全に『滅』びたハズじゃなかったのかい?
目を開く…。ここは、港かい…?なんでいきなりこんな所に?体も治っているようだし…。
辺りをキョロキョロと見回す。竜神の、魔族の視力が闇を越え、遠く離れた場所にいる男女を見つける。
あれは…、さっきの裏切り者の女と、横島っ!?
なんなんだい?また、蘇った…、ような感じでは無いみたいだしねぇ。
ワケわかんないねぇ…。少し話でもしてみるかい。
ま、殺したくなるのを抑え切れれば、だけどさ…。
・文珠の男 ネガフィルム 後編
作 サカナ
「そ、それじゃあこの世界全てが、宇宙のタマゴの中で、作り物ってわけかい!?私達みんな、いやこの世界そのものが!?」
俺の目の前に立つメドーサが、驚愕の表情で叫ぶ。
ルシオラを落ち着かせる為、彼女を強く抱きしめていた俺の前に、突然現れたコギャル状態のメドーサ。
意外な事に、俺達を襲う雰囲気がなく、それどころか今どういう状況なのかと聞いてきた。
全てを諦めたように、ルシオラがポツポツと言葉を紡ぐ。
「きっとあなたはタマゴの可能性から、向こうというか…、現実の世界にアシュ様の手によって産み出されたのね。でも、それが『あっち』で滅びてしまって、『こっち』に還ってきたんだわ。たぶん、あなたと縁があるヨコシマにひかれて…」
殺気の篭った視線で俺を睨むメドーサ。
何でも、ついさっき『あっち』の世界で、俺に滅ぼされたらしい。背中に冷や汗が流れる…。
ふ、復讐なら、『あっち』の俺にしてほしいなぁ…。
「ちっ、気に食わないねぇ。まあ、あんた達も気に食わないけど、好き勝手に復活させられて、さ…。ふんっ、で、『こっち』の世界はあとどれ位持つんだい?あたしら皆、タマゴの可能性とやらに還るのかい?」
憤懣やるかたないといった仕草で、メドーサが頭を掻く。
「アシュ様の目的しだいだけど…、まず『あっち』でタマゴが壊れたらアウト。それに『あっち』でアシュ様がタマゴの機能を100%の出力で使っても、たぶんアウトね。今は辛うじて保たれているみただけど…」
「ふん…。『こっち』から『あっち』には行けないのかい?」
ルシオラが顎に指をあてながら応える。
「それは無理ね…。『あっち』にタマゴから産み出された存在は、滅べば『こっち』に還るだろうけど、こちらからあちらへの移動は、たぶん不可能だわ」
「ちっ!打つ手なしって訳かい。このまま、無になるのを待つだけ。冴えないねぇ、気に食わない、気に食わないよっ!」
真っ暗な港に、気まずい沈黙が漂う…。どうしようもないのか?この日々は、全て嘘だったのか…。
いや、ちょっとまてよ!?
「ル、ルシオラっ!この2ヶ月が全部嘘だって言ったよな」
「ヨコシマ…、え、ええ、そうよ…」
「ってことはナニか!?お前と過ごした、爛れた愛欲の日々も全部っ、嘘だってのかっ!?お、俺は、現実にはチェリーのままだってのかぁああ!!!」
がくりと膝をコンクリの上に落とす。うう、涙、血の涙がっ!ガンガンとコンクリを叩く。
ううう、あの日々は…、ルシオラと俺のアパートでの初体験の思い出も!二人で行った東京タワーも!週末に散歩しながら、二人で飲んだ砂糖水の味も!全部っ、全部っ!嘘だっていうのかっ!
「違う…」
違う。コンクリートを叩く手を止める。立ち上がり、ルシオラの両肩を掴む。
正面から、顔を見つめる。俺の愛した人。俺の何よりも大切な女を見据える。
「違うっ!違うだろっ!俺達は確かに此処にいて、何度も…、そう、いつだってお互いを想い合い、愛し合っただろっ!『こっち』とか『あっち』とか関係ないっ!見ろっ!!ルシオラッ!!」
そのままルシオラを抱きしめ、さっきベッドで付けたばかりの、首筋に赤く残るシルシを指で触る。
「見ろ!ルシオラっ!此処にある。確かにシルシは此処にある!俺は諦めねえ。例え、何もかも造られた影であったとしても、お前を愛した気持ちは影なんかじゃない!!世界を、世界を造りかえてでも、俺が本当にしてやるっ!!」
「ヨコシマ…、でも、そんな、世界を保存するほどの、莫大なエネルギーは、文珠でも全然足りないわ…」
また、泣こうとしている。また、ルシオラが涙を流そうと…。
「俺の煩悩パワーを信じなさい!!こんな幸せな日々をっ、絶対嘘にはしないっ!!」
むぎゅーっと抱きしめる。震える体を、壊れそうな心を抱きしめる。よ、よし、このままキスだ…。
「ふんっ、人の目の前で、いちゃつくのはいいけどさ…。具体的にはどうすんだい?」
メドーサが見事なタイミングで野次を入れる。く、くそっ。
「それは…、智恵と度胸で…」
「ヨ、ヨコシマ…、それは流石に無理じゃないかしら…って、きゃあ!!くっ!!!こっ、この記憶……、『あっち』の私の記憶なの?突然…、想いが…、これは…」
ルシオラが突然頭を抱える。
「コ、コスモプロセッサ…。そう…、魂の結晶を逆利用すれば…、そのエネルギーを宇宙の創造に…」
「だ、大丈夫か、ルシオラっ!」
「ヨコシマッ!!」
ルシオラが毅然と顔を上げる。神に刃向かうかの如く。希望をしっかりともって、天空を睨みつける。
「美神さんのアパートに行くわよっ!ここが現実の影なら、きっと、きっとあるわっ!希望が、ほんの僅かだけどあるわっ!」
俺に彼女が微笑む。先程までの涙は微塵も感じない…。俺の胸にようやく暖かな想いが広がる。
「ふんっ、面白そうだねぇ、あたしもついて行ってやるよ」
状況の変化に戸惑う。戸惑うが、やっぱり、ルシオラには涙は似合わない。そう、いつだって笑顔でいて欲しい。
「よしっ!行こうぜ!」
ルシオラの腰にしがみつく…。うう、なんか、美女二人は空が飛べるのに…、俺ってヤツは俺ってヤツは…。
「くっ、すげぇ悪霊の数だっ!!うおおおお!!!」
『爆』の文珠を発動する。俺達の周りにいる悪霊を轟音とともに吹き飛ばす。
くっ、だが…、焼け石に水か…。進めない、マンションまでの後100メートル足らずが進めない。
「ちぃ、こいつら!!雑魚のクセに数が凄いねぇ。ああ、もうっ!!」
メドーサも戦っている。サスマタを振りかざし、周りの悪霊を片っ端から、無に還していく。
凄まじいスピード。まるで台風のような暴力。圧倒的、圧倒的なのだが、それでも数が多すぎる!
「ヨコシマっ!貴方は霊力を温存してっ!くっ、たああああ!!」
ルシオラの両手から閃光が迸る。解ってる。俺はあそこに着いてからが本番だとっ!
しかし、これは…。どうしようもない、のか…。
「ルシオラちゃん!!。ヨコシマっ!!ふせるでちゅ!!」
この声…、咄嗟に体を伏せるっ!考える間もなく、強烈なエネルギーが霊団を破壊していく。
あ、あぶなかった…。パ、パピリオか、異変を察知して来てくれたのかっ!
「横島さんっ!美神さんは?これは一体どうなってるんですか、きゃあ」
「おキヌ君、危ない。主よっ!!」
神父の声…、そして、響き渡るネクロマンサーの笛の音。マリアのミサイルの音。雪之丞の無駄に暑苦しい叫び声…。
みんな、みんな、来てくれたんだな…。
エネルギーの奔流が終わる。もうもうとした土煙の向こうに、皆の姿が見える。ち、西条まで居やがるっ!
「パピリオっ!!皆さんっ!!ここはお願いしますっ!時間が、時間がないのっ!!」
「良し、道が開いたっ!!行くよっ!!あたしに捕まりなっ!!ほらっ、横島っ、さっさとこっちにきなっ!!」
むにゅっとメドーサに抱きしめられる。ちょ、いきなりっ、おお、胸…、もしかしてルシオラより…。
「ヨコシマ…、何か余計な事を考えてないわよねっ!?先行くわっ!!」
う、ル、ルシオラが怖い、怖いよっ!ルシオラが先陣をきるために、全速力でマンションへ向かい飛ぶ。
「ああ、痴話喧嘩はあとにしとくれっ!!こっちも行くよっ!超加速っ!!」
うおおお、強烈なGに体がバラバラになりそうになる。しかし、メドーサが守ってくれているのか、なんとかなりそうだっ!
「たああああっ!!」
ルシオラの光線で、美神さんの住んでいたマンションが壊れ、中から何かが見える。
デカイ…。南極で見たモノとはケタ違いのサイズ。あれか、あれが、『あっち』の宇宙のタマゴの影…。
そして、
「ほら、ついたよ。って、ちっコイツっ!!」
ガギンッ!!と横から飛んできたミサイルをメドーサがなぎ払う。
間髪入れずに、レーザー!!反応したメドーサのエネルギー波と相殺し、周辺に焦げ臭い匂い、そして熱と光が乱舞する。
「こっちはまかせなっ!!あんたらはさっさと、くっ、やるべき事をやりなっ!!」
連戦の疲れか、それとも超加速の疲労なのか、明らかに鈍い動きのメドーサ。
しかし、それでも彼女はテレサを捌きながら、こちらを見て笑う。
「助かるわっ!ヨコシマっ!」
ルシオラの伸ばした手を掴む。そのまま、しっかりと抱き合う。宇宙のタマゴの正面で。
「ヨコシマ!!、今から、霊波を打ち込んでお前の意識にダイブするわっ。私を通じて、タイミングを合わせて!」
ルシオラの触覚が輝きを増す。ドンッ!!と俺の中に、ルシオラが入ってくる感覚…。こ、これは…。
「いい、失敗は許されないわ。何を見ても、何を知っても、意識をしっかり保ってね…」
ルシオラの声が響く…。これは、でも、これはっ!!
うおおおっ!!『あっち』のルシオラの記憶が一気に、俺に流れ込んでくる。
東京タワーで、独りで死んだ彼女の記憶…。それが、タマゴの中に還って、状況を教えてくれた。
そして、今も『あっち』の俺の中でゆっくりと死んでいく彼女が、現在の状況を教えてくれる。繋がっている。
高級マンションに出来た神殿。その空間が、ギシギシと音を立てそうなほどの緊張に包まれている。
俺、そう、『あっち』の世界の俺が立っている。アシュタロスを睨みながら、ガタガタと体を震わせて。
左手に『破』の文殊、そして、右手には『魂の結晶』を持ったまま、睨み合いを続けている。
世界が滅ぶ。全ての人々の生活や、大いなる自然、文明、芸術、歴史。それら全てが今、まさに滅ぶか否かの瀬戸際に立っている。
だが、『あっち』の俺は解っている。それを防ぐ為に、結晶を壊せばルシオラを殺してしまう事になると…。
(ルシオラッ!?お前っ、あっちでは死んで…)
(ええ、そうみたい、ね…。本当の私は…)
(そんなっ、俺は、俺はっ、お前を見殺しに世界を救うなんて、そんな、出来ねえっ、出来っこない…)
(大丈夫…、ヨコシマだもの…。私の愛した…、大好きなヨコシマよ…。きっと、きっと…)
「「うおおおお!アシュタロスッ!!!!」」
『俺』が叫ぶ。いや、どっちの『俺』なのか…、胸が張り裂けそうな痛み…。このまま死んでしまいそうな程の苦しみ…。
「「これしかねえ……。どうせ後悔するならっ!てめえをっっ…!!」」
絶叫する。血を吐くほどの絶叫…。
脳裏に蘇る…。初めて一緒に見た夕日。握った手が、小さくて柔らかかった事。車でのキス…。別荘での思い出…。共に過ごした、輝ける日々…。
心が壊れる。ギシギシと軋む音を立てて心が壊れていく…。
(ヨコシマっ!今!、今よっ!!お願い…、ヨコシマッ!)
「おおおっ!!!!」
『こっち』に戻る。解る。俺の苦しみが、彼女の嘆きが…。『あっち』の世界での慟哭が俺に伝わる。
だが、
『創』
発動する。『あっち』の俺が『破』壊したエネルギーを流用し、『こっち』の俺が『創』造するっ!!!
がはっ!!吐血、俺の口から、血が溢れる。体の中の血管が、骨がグシャグシャになるような激痛。凄まじい耳鳴りが襲う。
「ヨコシマっ!!頑張って!!!これが駄目なら、皆、無に還るわ!!お願い…」
ルシオラ、なのか…、誰かが俺の体を揺さぶって叫んでいる。。
莫大な、そう、宇宙を創り変えるほどの『魂の結晶』のエネルギーを利用し、『こっち』の世界を独立させようと足掻く…。
激痛っ!!があああっ、体が、砕ける。無理なのか…、所詮、人間には、無理、か…。
「ヨコシマッ!ヨコシマッ!お願い!しっかりして、お願い…」
意識が、無くなる…。
「横島クンッ!しっかりしなさい!男の子でしょっ!!」
ぼんやりとした意識が一瞬で覚醒する。こ、この声…。何度も聞いた、この声は…。美、美神さん?どうして…。
「もう、まったく無茶しちゃって、アンタって女の事になるといっつもそうね」
フワフワとした、白い空間の中、俺と美神さんが二人きりで向かい合っている。
上も下もなく、ただお互いを見詰め合ったまま、ぐるぐると回っている。
「私は『こっち』の世界の私ね。ま、アシュタロスに『あっち』の私ごと壊されちゃったけどさ、ははは」
深刻な内容を頭を掻きながら、なんでも無い様に話す美神さん…。こ、この人は…。
「でも、『あっち』では横島クンのおかげで、復活できたわ。ほんと、いつの間にそんなに強くなっちゃったんだか…」
頬を染める彼女。
俺の喉は、ぴくりとも動かない。俺は、死んでしまったのか?いや、無に還ったのか?
「違うわ…。まだ、大丈夫。横島クンが必死に留めてるわ。それでね、お礼に来たの…」
「今まで、ずっと助けてもらったお礼…。『こっち』の私はもう駄目みたい。だから、全部あげる…」
美神さんがゆっくりと俺に手を伸ばす。彼女の白い手が、俺の頬に置かれる。
「大好きよ…。ルシオラを、幸せにしてあげてね…。今まで我儘を聞いてくれて、ありがとう…、いつも守ってくれて。ありがとう…、私に愛を教えてくれて…、ありがとう…。愛してる…」
美神さんの髪が、はらはらと俺の顔に被さる。その赤い唇がゆっくり、ゆっくりと俺の唇に重なっていく…。
その唇から、なにか温かな力が俺に伝わってくる。そう、俺と交じり合い、まるで、俺を支えるように…。
意識が…、白い空間の中、意識がゆっくりと覚醒していく…。
「ヨコシマっ!やったっ!やったわ!ヨコシマっ!起きてっ!お願いっ!!!」
ルシオラの声が…、聞こえる…。
・エピローグ・
あれから、2年…。俺は美神除霊事務所の正社員になり、かなり高給を貰えるようになった。同僚はおキヌちゃん、パピオラ、ヒャクメ、シロ、タマモだ。
神界と魔界はさすがのアシュタロスも、タマゴの中へコピーを造れなかったようで、神族や魔族は『こっち』では非常に少ない。
神族はヒャクメだけ。そのヒャクメも覗きをしまくったおかげで、ルシオラの逆鱗に触れ、心眼を使えなくする装置を付けられてしまっている。その為、主な仕事はお茶入れ、コピーとり、料理、家事全般だ。だが、
「お茶が入ったのねー」
なんて言いながら、それでも楽しそうに暮らしている。本人も気に入っているようだ。まあ、心眼が無くとも、「家政婦は見たのねー」と言いながら、普通の眼で色々覗き見しているようだが…。
隊長は、なんと二人存在している。そう、時間移動能力そのものがコピーされなかったようで、結局、二人存在してしまっているのだ。
ひのめちゃんを出産したオカルトGメンの美神ママと、我等が所長の美神隊長だ。まあ、最初はゴタゴタがあったものの、なんとか今の形に落ち着いた。美神公彦氏は大変そうだが…。
そう、面白い所で言えばメドーサは妙神山の管理人をしている。
「まあ、暇つぶししながら、いい男でも捜すさ。どうせ『こっち』にはデタントなんてないんだから、のんびりやらせて貰うよ」
なんて言いながら、時折修行にくる俺や雪之丞たちとたまに酒を飲む。なんだか、おだやかな顔つきになってきているようで、案外、管理人は向いているのかも知れない。
ときどき稽古をつけて貰っている。まあ、俺も雪之丞もズタボロにされてしまうのだが…。
そして、俺とルシオラは…。
「きゃあ、ヨコシマっ!触って、今動いたっ、動いたわっ!」
そう、あの後、結婚した俺達は2年目で子供を授かった。愛するルシオラと温かな家庭を作る。それが、目標…。ささやかだが、俺はコイツと平凡な幸せを造っていく。
郊外の外れに小さな家を建て、ベランダには色とりどりの花が咲いている。
「ヨコシマ…、そういえばこの前…、おかしな夢をみたわ」
夕焼け雲の下、ベランダに並んで座り、庭いっぱいのコスモスを眺めながらルシオラが微笑む…。
「うん?どんな夢?」
肩を寄せ合いながら、彼女の大きなお腹を撫でる。ときおり振動を感じる、おお、俺がパパだぞ…。わかるか…?
「美神さんがね…、私達の娘として生まれ変わるって夢…、不思議でしょ?ふふっ」
微笑む彼女…。赤い夕日に照らされる微笑。美しい…。いつでも、コイツは綺麗だ…。
ははっと俺も微笑む…。そりゃさぞかし賑やかな家庭になる。
「なあ、『あっち』の俺、お前をさ…、亡くしてしまって、大丈夫なのかな…」
呟く…。俺は幸せだ。これ以上も無く…。だが、『あっち』の俺は今、幸せだろうか?
考えても仕方が無いと分かってはいる。もう『こっち』は完全に独立し、違う平行世界みたいなモノになっている。
『あっち』を知る術は無い。
「大丈夫よ…、『あっち』には美神さんがいるでしょ?きっとドタバタやってるわ…。ヨコシマもきっと明るくやってるわよ。だって、あの決断が無かったら、『あっち』のヨコシマが『破』壊してくれなかったら、私達存在しなかった。きっと、この感謝の気持ちが伝わってるわ…」
消え去る夕日を見ながら、ルシオラが囁くように喋る。
「ルシオラ…」
彼女の手を握る。それは、いつかのあの日のように、小さくて、やわらかくて…。
「幸せになろうな…」
肩を抱く。ルシオラの髪が揺れ、優しい香りする。
赤い夕日が、最後の光を放ちながら沈む…。そして、また、日が昇るのだろう。
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