「てことは、マジで、アシュタロスのやつ……。南極でくたばってたのか!!!やった…!!」
「ヨコシマ………!!よかった!!本当によかった!!」
まさにむぎゅーっ、という勢いでルシオラが俺に飛びついてくる。
あ、あったかい…、そしてやーらかい…。うう、綺麗な髪から、いい香りがっ!!
サラサラと肩の長さの髪が流れ、大きな両の瞳には歓喜の涙が浮かんでいる。
そのまま、俺の肩に小さな頭を押し付け、嬉しさのあまりに彼女が叫ぶ。
「私たち、もう――――、なんの心配もなくなったのね………!」
彼女の頬を、涙が流れる。こいつ、震えてる…。
思いっきり、強く抱きしめる…。ルシオラは…、俺の為に、俺の為だけに…。
力を込める。彼女の折れそうなほど細い腰、華奢な体。
そう、ルシオラは俺の為だけに、姉妹、親を敵にまわして南極で戦った。こんなに細い体で…。
こんなにも、こんなにも震えて…。言葉が出ない…。
でも、これで、コイツと何度でも、心置きなく夕日を見ることができる。
いや、それだけじゃない。もっともっと世界は広く…、もっとコイツと楽しい思い出を作る事ができるっ!!
「愛してる…」
俺の頬を涙が流れていく。そう、これでなんの心配もないっ。
今はただ、彼女を強く抱きしめる…。
・文珠の男 ネガフィルム 前編
作 サカナ
終わった後、熱い体を冷ますように、ルシオラの髪を右手でゆっくりと撫でる。
俺の指から、真っ黒い髪が、流れるようにこぼれ、彼女の白い肌へ落ちる。
安っぽいホテルの一室。だが、ルシオラと二人きりのこの時は、何よりも変えがたい。
窓の外、夜の街に走る車の音が、ガラス越しに甘い空気の残る部屋に響く。
「ヨコシマ…、腕…、重くない?」
俺の左手を腕枕に、ちょこんとシーツから顔を出すルシオラが小さな声で尋ねる。
乱れた後の余韻が残っている為なのか、その頬はほんのりと赤く、瞳が潤んでいる。
肌を見せるのが恥ずかしいのか、両手でシーツをしっかりと握りしめ、俺をひたむきに見つめる。
ううう、可愛すぎるぞっ!こんちくしょー!
「きゃっ!ちょ、ちょっと……。ん…」
何度キスをしても、全然足りない。ぎゅっ、と彼女を胸に強く抱きしめる。
何度抱いても、どれだけ一緒にいても全然足りない。
俺は、もっともっとコイツと幸せになる…。
「ルシオラ、今度の休み…、さ…。コスモスを見に行かないか?公園の中を、見渡す限り、コスモスが色とりどりに広がっててさ。二人でのんびり…、って。どうした?」
突然、ルシオラが俺の体にしがみ付いてくる、その小さな手。震えている…。まるで、何かに怯えるように。
「ヨコシマ…、もしも、もしもだよ?チャンネルが回復した後、神族が私達を離れ離れにしようとしたら、どうしよう…。もう、もうヨコシマと会えなくなっちゃったら、どうしよう……」
肩が震えている。俺はゆっくりと、その小さく壊れそうなほど細い肩を、あやすように、リズム良くトントンとたたく。
「大丈夫さ。アシュタロスは南極でくたばったんだし、美神さんや隊長だって協力してくれる。それにヒャクメだって味方してくれる、ハズ…さ。それにだっ!俺の煩悩パワーを、まだ信じられないのかっ!」
明るく叫びながら、白い首筋に唇を這わせる。強引に…。彼女の泣きそうな顔は見たくない…。
「ちょっ、きゃ、痕が…、パピリオに…、皆に、見られちゃう…よ…、ちょっ、ん…、あっ」
思い切り吸う。シルシをつける。俺達は確かにここにいて、これからもずっと二人で一緒だというシルシ。
怖い、そりゃ俺も怖い。アシュタロスが南極でくたばって、2ヶ月…。
今日の昼にヒャクメが目を覚ました。まだ他の神族は確認されていないし、チャンネルも開いてないらしいが、それも時間の問題だろう。
もし、ルシオラが人界から隔離されたら?もしくは、最悪どこかに幽閉なんかされたら…。
でも、きっと、きっと大丈夫だ…。コイツは何もかも捨てて、俺の為に戦ったんだ。そんなコイツが幸せになれないなんて許せないし、許さない。
「美神さんもさ、なんか渋々って感じだったけど、応援してくれそうだったしさ…。あの人が味方なら、絶対、大丈夫…。俺も…、頑張るし、さ。約束したじゃんか…」
昼に、ヒャクメを見舞った後、別れ際の美神さんを思い出す。き、機嫌悪そうだったけど、大丈夫…、うん、きっと大丈夫…。
「美神さん…かぁ。ね、ヨコシマ。今日、美神さん…、夕方から何処に行ったの?見なかったけど…」
「ん?なんつったっけ?あの気に食わない芦ってヤツと船上デートだと…、くっそー、これだからブルジョアってヤツはっ!!」
思い出すと胸の奥がムカムカする。ううう、やっぱ美形は人類の敵やっ!!
そりゃ、俺にはルシオラがいる…。でも、でも、うううう。あのチチ、シリ、フトモモがっ!!
くっそー、あの美形面で財閥の御曹司で、若社長だとっ!!人生なめていやがるっ!
「そう…、ねえヨコシマ…。怒らないで聞いてね…。あの、さ…。もしかして…、美神さんの事…、って、なっ!!!この気配っ!!!まさかっ!!」
ガバッっと裸体にシーツを巻きながら、ルシオラがベッドから飛び降りる。
わかる…。俺も感じる…。胸一杯に広がるこの嫌な感じ…。まさかっ!!
全身から冷や汗が流れる。甘い時を過ごした余韻など一瞬で消し飛ぶ。恐ろしいほど、くっきりした予感…。そう、破滅の予感…。
「これはっ!アシュタロス…、まさか。くたばったはずだろっ?!」
耳元で風が轟々と唸りを立てる。遥か足元には、街の明かりが遥か向こうまで続いている。
あの後、急いで安ホテルを飛び出した俺達は、とにかく、大急ぎで美神さんのいるであろうカジノ船に向かうべく飛ぶ。
しっかりとルシオラの腰につかまったまま、凄まじいスピードで夜の東京湾を目指す。
ジリジリとした焦燥感だけが募っていく。風が容赦なく体の熱を奪うはずなのだが、さっきから嫌な汗が止まらない。
「きゃっ!!なっ、なんなの…。今度は、いきなり、アシュ様の気配が…。消えた…」
轟音の中、かろうじてルシオラの呟きが耳に届く。ルシオラの体が、ぶるぶると震えている。
加速度的に嫌な予感が膨れ上がっていく。額に冷や汗が流れる。
「これはっ、どういうことなの…。この感じ…。そんな…。まさか…、タマゴ?そんな…」
ルシオラっ!!
まずい…。何が原因か解らないが、ルシオラが凄まじく動揺している。
くっ、飛行が不安定になってきている。このままでは危険だ。
船に着く前に、二人して落下しかねない。
「ルシオラ!一旦下に降りるぞ!そこの港だ!」
空中で腰にしがみ付いたまま、ガクガクと彼女を揺さぶりつつ叫ぶ。
彼女の瞳は虚ろに光り、ブツブツと何かを呟いている。
ちっ!足で、しがみ付いたまま、両手を離し、彼女の頭を抱くように胸に押し当てる。
抱く。俺を信じろ!絶対にお前を助ける…。
「ヨコシマ…、わかった…わ。降りる…。そんな…、そんな、まさか夢…」
泣いている。彼女がボロボロと大粒の涙をこぼし、嗚咽を堪えきれずに泣いている。
その状態のまま、フラフラと墜落寸前のような状態で、寂れた港に降り立つ。
直後、全身の糸を切られた人形のように、彼女が倒れこみそうになる。
「ルシオラっ!!」
その体をしっかりと受けとめ、あらん限りの力で抱きしめる。
冷たい…。体が冷え切っている。まるで、そう、まるで本当に人形のように…。
「ヨコシマ…、夢だったの…。全部、全部、夢だったの…。なんて、なんてっ、酷い…」
子供のように泣きじゃくるルシオラ。抱きしめる…。
許せない。何が原因か解らないが、俺の女をこんなに苦しめるヤツは絶対に許せない。
キスをする。小さな頬を何度も何度も、あやすように撫でる。
少しずつ、少しずつルシオラが、落ち着いていくのが解る。
「ヨコシマ…、ありがとう…。落ち着いて聞いて…。わかったの」
ポツリと彼女が言葉を紡ぐ。
「ここは、宇宙のタマゴの中なの…。きっとアシュ様が作った世界…」
また、彼女の声が涙で震えそうになる。泣くな…、そんな事、どうだっていいから泣くな…。
「たぶん、美神さんの中にある結晶が狙いだったんだわ。それでね、私達、私達はっ…」
ルシオラの頬を涙が伝っていく。止まらない。どうして俺は止めてやれないっ!!
「私達…、アシュ様の作り出した偽物…。ただの現実のコピー!全部…、夢だった。私達、ただの幻だったのよ!!」
暗闇が支配する港、轟きながら打ち寄せる波の音よりも大きく、ルシオラの叫びが辺りに響き渡った…。
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