2055

TAKE3(その1)

「‥‥ ケース8472、これも例の人物が仕業ですか?」
B.A.B.E.L現場運用主任会議。配布された資料に目を通した皆本は隣に座った谷崎に確認を求めた。

 態とらしいところはあっても『ナイス中年』を矜持とする谷崎としては珍しく嫌悪を露わに
「ああ”NG”だ。こんな不愉快な犯行をするのは奴しかいない!」と吐き捨てる。



”NG”−その現場に殴り書きで『NG』のサインを残す存在が認められるようになったのは四ヶ月ほど前。
 その後、これまでに十件ほどの事件を引き起こしているのだが、中身は基本的に同じ、特定の個人にその社会的生命を失わせるほどの私的制裁を加えるというもの。

被害者が三流マスコミ的な表現を使えば『法で裁けない悪人』という事で、同じく三流マスコミ的表現を使えば現在に甦る”必殺仕事人”ということになるのだが、その全員エスパーという点に歪んだ意志が感じ取れる。
 ちなみに、その点にもって反エスパー系メディアは”NG”をヒーローとして報道する傾向にあり、ネット界隈ではサインの『NG』とはノーマルガーディアン−普通の守護者−の頭文字だという説がもっともらしく流布されている。



「上層部もそろそろ何とかしないと拙いと考えてはいるようだが、果たしてどうなることやら‥‥ 捜査能力を持った特務エスパーチームが複数投入されているが、はかばかしくないらしい」

「何らかのECMを使っているって話でしたね?」
資料が示すところ被害者であるエスパーは異口同音に襲われる前に”力”が働かなくなったと訴えている。

「効率から見て軍用級のそれらしい。B.A.B.E.Lの要請で自衛隊の装備のチェックも行われていると聞いているが、そちらも成果は出ていないそうだ」

ごほん! 態とらしい咳払いが運用課の課長から聞こえる。

私語を咎められた生徒よろしく苦笑で話を切り上げる皆本と谷崎、意識を会議に集中させた。




TAKE3(その1)

 10月 10日 14:20 PM TAKE3 

呼集をかけられブリーフィング・ルームに入った<ザ・チルドレン>三人とその現場運用主任である皆本は、そこにいた桐壺と柏木に軽く緊張する。

 もちろん、あくまでも現場担当の特務エスパー(及びその現場運用主任)から見れば雲の上であるトップとその”懐刀”が待っているなら緊張も不思議ではないが、局長直属のチームという位置づけの四人にとってはこの方が当たり前。
気になったのは二人が揃って険しい顔をしているという事。とりわけチルドレンに対しては過剰なスキンシップを求めて止まない局長が何らそれらしいアクションを見せないのはこれからの話がタダ事でないと確信させるに十分だ。



なお、険しいままの局長に代わり柏木が口火を切る。
 適当に座るように告げ、ほとんど前置きなしに壁に埋め込まれた大型ディスプレイに一人の姿を映し出す。
「まず、これを見てください」

映ったのはやや横幅にごつい感じの中年男性。映像だけで語るのは避けたいがその暗く濁った目つきにはある種の変質性と凶暴性が漂っている。

それがヒントとなり皆本の意識に男性の正体が浮かび上がる。
「少し前にニュースで見た気が‥‥ そうだ! この男、少し前に未成年誘拐で逮捕された男じゃありませんか」

「あっ、そうだ! アタシも思い出した! なんか、運良く通りがかった大学生が誘拐に気づいて未遂に終わったってヤツだろ」

薫の言葉に刺激され、さらに幾つかの記憶が浮かび上がる。

殺害を目的に少女を誘拐したが、薫の言う大学生がたまたまそれに気づき格闘の末に取り押さえたとか。その際、大学生は刺され重傷、いったんは危篤状態になったが命は取り留めたという話も聞いた気がする。

ちらりと犯人がエスパーだったりすると厄介だなと思う。

 超能力と犯罪者の異常性を安易に結びつける報道が多く、(さすがに直接的にはないが)超能力が犯罪の原因であるとか、エスパーは犯罪予備軍であるという与太話をしたり顔でするコメンテーターがいたりしてエスパーの反感とノーマルの偏見を助長している。
だいたい、マスコミ等でノーマルが犯罪を犯してもそれをノーマルだからという論調になる事はないのに、エスパーが犯罪を犯すとエスパーだからという論調がまかり通るのがおかしい。

‘B.A.B.E.Lもそうした啓蒙活動にもっと力を入れるべき‥‥’
 そこで思案が逸れた事に気づき、意識をディスプレイに戻す。

「ちなみに犯人はノーマル、エスパーではありません」
 とテレパスばりに心を察したのか柏木はまず皆本の懸念に答える。
「彼については現在取り調べ中なのですが、どうやら殺人癖、それも子供に対してのそれを持っているようで、検察からサイコメトラーよる精神鑑定が申請されています」

「それ、私にやらせてくれないかなぁ 早く死刑になりたいって泣き叫ぶまで追い詰めてやるのに」
と聞こえるようにつぶやく紫穂。

わずかに口元が引きつった柏木はそれをスルーし
「そういう彼なので少女の他にも犯行を計画していたようなのです。そしてこれが次のターゲットになる予定だった子どもたちになります」

今度は二人の少年少女の姿が映し出される。一人はおっとりとした印象の少年、もう一人は‥‥

「これってウチやないか!」驚きの声を上げる葵。
写った青いベレー帽を被った少女は、やや硬い表情だが紛れもなく自分だ。




「なんや別人かいな! 世の中、似た人が三人おるちゅー話やけど、本当にいるとは思わんかったわ。それにしても、この子もテレポーターで名前がアオイっていうんやから偶然もバカにできへんな」
つくづく感心したと葵は何度もうなずく。

説明によればディスプレイの少女は『上野蒼(あおい)』という名前の別人。純正のテレポーターだが超度は3、空間転位には超度4以上が必要なため実生活的にはノーマルとほとんど変わらない。

「君たちに来てもらったのは、この少女の事なのだヨ」
ここでようやく桐壺が話に加わる。
「彼女がターゲットになったについては、どうやら”普通の人々”が絡んでいるらしいのだ」

 ”普通の人々”の単語にチルドレンと皆本はこもごも顔を見合わせる。

 反エスパー団体中でも最過激派。エスパーを怪物と見なし関係するノーマルの命すら塵芥と同じにしか見ない連中でチルドレン・皆本とも幾つかの因縁がある。

「”普通の人々”が彼女の存在を(犯人に)伝え未遂に終わったとはいえ誘拐のお膳立てもしてやっていたようなのだヨ」

「けっ! まったく懲りねぇ連中だな」と拳を作り指の音を鳴らす仕草の薫。
目の前に”普通の人々”がいれば即座にサイキックパワー込みで殴り倒しているところだろう。

「エスパーを一人でも減らすために変質者とでも手を組む。ほんと”普通”にやることが汚いわね」
対称的に淡々と吐き捨てる紫穂。
 言葉が静かな分だけ怒りの大きさが周囲に伝わる。”普通の人々”の立場であれば薫の前に立つ方がまだマシかもしれない。

「でも犯人は捕まったわけやろ。めでたしめでたしちゃうんか?」

「それが”普通の人々”は諦めてないようなんです。予知課から引き続きこの少女が狙われる可能性を78%と算定しています」
柏木がPADの表示されたデーターを確認する。

「‥‥かなり高いですね」皆本はどこか上の空に応える。

桐壺はそれにかまわず
「そこで少女を助けるために君たちに一働きしてもらうつもりなんだが、どうかね?」

「聞くまでもねぇだろ! いたいけな少女の命が掛かっているんだ嫌も応もねぇ」
「ウチに似ているのもそやけど、やっぱりエスパーは相身互い! ウチらには他の人を守れる”力”があるんや、やらしてもらうで」
「今から楽しみ! ”普通の人々”が普通じゃないことをみんなに教えられるんだから」

三者三様だが即決で賛成を示す。

うぉぉぉおお! 
 その決意表明に成長を感じたと桐壺は感涙を絞り両腕でチルドレンを抱きしめる。

当然のように迷惑そうなチルドレンであるが、認められて嬉しくないはずはなく、しばしそれに任せる。
ふと、自分たちの主任がまだ何の反応も示していないことに気づいた葵はテレポートで桐壺を引き剥がすと
「皆本はん、どうしたんや? 難しい顔をして」

「いや、危険な任務だなって考えていたんだ。特に葵、君のことが心配だ」

「えっ? 何でウチだけ。危険なのはみんな一緒やろ」

首を傾げる眼鏡少女に皆本は直接答えず。
「局長、この子を守るだけなら別な特務エスパーチームを投入すれば済むはずでしょ。それなのに<ザ・チルドレン>を使うのはこの少女と葵が似ているところを利用するつもりなんじゃないですか?! つまり、葵を囮にして”普通の人々”の首根っこを押さえようとするつもりでは?!」

「そ、それは‥‥ 」図星なのか言葉を詰まらせる桐壺。

 皆本はたたみ掛けるように
「奴らはエスパーを人間とは思っていません! 機会があればこの子たちだって平気で殺そうとする連中、そんな奴らの相手に、護衛をするという事ならまだしも、こちらから危険を招く作戦には賛成できません!」

「別にいいんじゃねぇか、囮でも」薫は抗議の主任を尻目にあっさりと同意する。
「あたしたちは<ザ・チルドレン>だぜ、”普通の連中”に負けるわけねぇって」

「薫ちゃん、『普通の連中』じゃなくて”普通の人々”よ」

「どっちだっていいだろ! 言ったって一山幾らのモブキャラ扱いなんだからさ」
と紫穂のツッ込みを一蹴する薫。

「何をバカな事を言っているんだ! 半年前の件、ECMで超能力が使えなくなったのを忘れたのか?!」

「忘れてへん。でもECCMがあれば大丈夫やろ。今度もそれを用意しておけば大丈夫ちゃうんか」

冷静な状況認識を見せる親友に励まされた薫は
「だいたい、そっちこそ忘れているんじゃねぇか! あたしが最新式のECMでもぶっち切れる事をさ。いや、あたしだけじゃねぇ 葵や紫穂だって、あん時は最新型って事で怯んじまったが、本気の本気を出しゃあ、あたしと同じ。あんなもの物の数じゃないぜ」

「けれど、子どもの君たち‥‥」で言葉が途切れる皆本。
 宙に浮いた体はそのまま壁へ、壁面を凹ませるほどの衝撃でぶつかる。

「何かあると『子ども、子ども』! 子ども扱いすんじゃねぇって何遍言わせるんだよ!」

「し、しかし‥‥ ぐぎゃぎゃぎゃぁぁああ
強められた”力”に言葉が悲鳴になる皆本。

「やめようよ〜 薫ちゃん」と態とらしいまでに棒読みの紫穂。

 それでも効き目があったのか意外に早く圧力から解放される皆本。抗議を再開しようとするが薫の一睨みに沈黙する。
脅しに屈したというより、チルドレンのモチベーションが自分たちに似た少女の安否に係わるためだと気づいたから。

 彼女たち、とりわけ薫が見せる他のエスパーへのシンパシーは自分の安全を二の次にするほど。それがベースにある限り彼女たちの意志に揺るぎはないに違いない。




 10月 10日 16:05PM

「すまない、みんな」
 ブリーフィングが終了し散会となった時、皆本がそうチルドレンに告げる。
「作戦に使う機材について局長と細かい話があるんだ。専門的で長くなるかもしれないから、先に帰るか待機室で待っててくれ」

『どうする』と顔を見合わせるチルドレン。
 専門的な話を聞かされたところで退屈だし、これまでのブリーフィングにそれなりの疲れも感じている。

「じゃ みんな待機室に行きましょう。チルチルの新作が届いてますよ」と柏木。
 欠かさず見るようにしている番組の新作が見られるという事で待機室に行く事が即決。促されるままにオペレーションルームを後にする三人と一人。

 望む展開に誘導してくれた女性の背中に感謝を送る皆本。表情を一段厳しいものに改め
「局長、この子、影チルでしょう」

「やはり、見抜いたようだネ さすがだよ、皆本クン。写真の少女はシャドウ・オブ・ザ・チルドレンの試作機・A01だ」
 桐壺は予想していた質問だったのかあっさりと肯定する。

『影チル』計画とは少し前まで極秘で進められてきた計画で、チルドレンが学校に通い始める事で派生する様々な負担を軽減する事を目的にしている。
具体的には、当人たちに似せたアニマトロニクスを使い彼女たちの替え玉にしようというもの。
 もちろん、現行の技術で長い時間に渡って人間の目を誤魔化せるようなアニマトロニクスの制作は不可能だが、そこは超能力を援用する事でカバーすることになっている‥‥ いや、いた。
表現が過去形なのは現状、プロジェクトは凍結中。運用の要となるべき”人形つかい”こと九具津が内通者と判明、逮捕され(そして逃げられ)たためだ。

「A01は影チルが当人の身代わりが務まるか以前に人として生活にとけ込めるかを確認するために運用を始めていてネ。さっき見せたプロフィールはそのために用意したものだヨ」
そこで桐壺は声を潜めると
「そのプロフィールがどうしたものかチルドレンの一人のデーターとして”普通の人々”の手に渡ったようでネ。奴らとしては、A01を誘拐、害する事ができればB.A.B.E.Lに大きな打撃を与える事になると考えたのだろう」

「こちらはそれに便乗し”普通の人々”にダメージを与える。A01なら例え殺され‥‥ この場合は壊されるか、壊されたってB.A.B.E.Lの実質的な被害はないも同じですから」
決定に至るプロセスを言葉にしてみせる皆本。

「その通りなのだヨ。A01が害された時点でマスコミにその情報が流され世論の流れを一気にこちらに引き寄せる手はずになっていたのだヨ」

「狐と狸の化かし合いですか‥‥ まさか、情報は流出したんじゃなくてリークしたんじゃないでしょうね?! ”普通の人々”を叩くために」
コトの背景に思い至った皆本は強い怒りを込めて
「いくら相手が無差別テロを引き起こす連中だといっても囮捜査、まして偽情報のリークはないでしょう! B.A.B.E.Lは何時からそんな悪辣な組織になったんですか?! まして十歳の子どもをそれに巻き込むなんて許せません。任務は断固拒否します。あの子たちだって、今の話をすれば僕の判断を正しいと言ってくれるはずです!!」

「あの子たち、ここにきて良い指揮官に恵まれたようだ」

そう言って厳つい顔いっぱいに広がる満足そうな笑みに皆本は
「嵌めましたね! 僕が信用できるかのテストですか?!」

「それほど深刻ではないが、私の言うことを鵜呑みにせず、チルドレンの正義と安全について自分で考え判断してくれたことは嬉しいヨ」

‥‥
 試された不愉快さあるが、国の宝の保護者を任ずる身では、直接接するコトになる運用主任の資質は常にチェックしたいというところなのだろう思っておく。
今はそのことよりも、なお裏がありそうな作戦の核心を問い糾す事の方が先決だ。
「それで、本当のところはどうなのですか? そもそも『影チル』が中断された時点で中止になっているはずの作戦でしょう」

「君は”NG”の話は聞いているネ?」

「もちろん、先日の運営主任会議でも議題になってました」
話が急にジャンプしたのに面食らう皆本。
 会議の記憶を手繰り情報を引き出す。そこで思い当たったのは
「あっ! 確か”NG”に”普通の人々”が関与している可能性が高いとか?」

「そうなのだヨ 極秘レベル情報だが捜査課の”構成”能力者によれば”NG”は”普通の人々”の実働部隊である可能性が高く、超度7のエスパーが関わる本件に乗り出してくる可能性が高いそうだ」

 ”構成”能力とは能力強化系の合成能力で、少ない証拠を元に起こった出来事の全体像を再構成すると同時にそれに基づき高い精度で未来に起こる事を予測(予知ではない)する能力である。

「だから彼女たちなんですか?」
皆本はチルドレンに白羽の矢が立った本当のところを悟る。

「そういうことだ。ECMに対してECCMがあるといっても、所詮はイタチごっこだからネ。その点、あの子たちなら実力でその影響を排除する事が期待できる」

「そこは確実とは言えません!! 第一、そうなるとすれば能力の暴走が起こった場合で、決してあっていい話じゃないでしょう」

「では、奴を放置しておいて良いというのかね?!」

‥‥ 言葉に詰まる皆本。

「私だって”国の宝”可愛いチルドレンを危険な目に遭わせたくはない!! しかし、これ以上奴らの跳梁を許せばエスパーたちに自分たちが社会から守られていないという不信感を生み出しかねん。その不信感に兵部が付け入りでもしたらどうなると思う?!」

‘兵部か‥‥’
 最近、自分(というよりチルドレン)の周囲に出没するエスパー犯罪史上最悪の事件を引き起こした人物の名前を心で繰り返す。

その人物は何か良からぬ事を企みエスパーを集めているとのコト。彼からすればこの件はエスパーを自分の方に引き込む絶好の宣伝材料。その視点に立てば、未だ事件としては小さいが囮捜査や情報操作にゴーサインを出したのも理解できる。

「解りました」と説得された事を認める。
 であれば、主任として、いや大人としてできるのは一つだけ。チルドレン、特に囮を引き受ける葵の安全に万全の対策を図る事。

 その決意を胸に皆本は詳細な情報と作戦の提示を桐壺に求めた。
 ここまでお読みいただいた通り、タイム スリッピング ビューティー((有)椎名大百貨店掲載)=TSBとのクロスになっております。
 もちろんTSBは絶チル世界の話ではありませんが、そこは二次創作という事で御許容いただければと。
ちなみに時系列としてはTSB直後、チルドレンは1年目の秋(まだまだ悪ガキが抜けていないあたり)を想定しています。

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]