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TAKE3−プロローグ−

TAKE3−プロローグ−

 TAKE2 10月 17日 8:00 AM TAKE2

「準備は万全だろうな?」
黒いサングラスに黒いスーツ、同じ姿をした十数名を前に、これも同じ姿の男が重々しく確認する。

「はい、完全にできております」
緊張のためか、それとも”表”の顔が属する世界がそうなのか、まだ若いの一人が軍人口調で答える。

「よろしい!」その意気で十分と切り出した男はリーダーとしての権威を込めて応じる。
「この作戦が成功すればB.A.B.E.Lは超度7の化け物を失う。我々”普通の人々”に取っては空前の快挙になるだろう」
 
「それにしても、我々はツイています。アクシデントにより作戦の延期を余儀なくされましたが、おかげでB.A.B.E.Lの罠に気づく事ができたのですから」

「その通りだな。奴らが影武者を用意しているとは思ってもいなかった」
リーダーの男は情報担当に男に注意を向け
「その影武者、今回の障害になる可能性はないのか?」

「心配ありません。内通者からの情報では要となるエスパーに支障が出たらしく影武者は使用できないとのコト。間違いなく我々が狙う者たちが出てきます」

「まさに運が味方したという事だな! ダミーを失ったのはいささか拙いが、我が方には切り札がある。化け物どもの”力”恐れずに足りずということだ!」
男はそう言って自分自身をも鼓舞すると部下たちに最後のムチを呉れるように
「では、決行しよう! どこにでもいる我々、普通の人々が安心して暮らせる世界を守るために」




 TAKE2 10月 17日 4:03 PM

「薫!! やめるんだ!! それ以上は‥‥」咽が裂けるほどの皆本の絶叫。
 しかしその声はサイキックエネルギーが固体化したかと思えるほどの圧力で放出する少女には届かない。
 絶望を込め掌中のリミッター解除装置に目を落とす。逆流するエネルギーにより焦げた金属塊と化したソレは何の役には立たない。

その間、普段でも主力戦車を真っ二つにするに足る”力”を有する少女は、その限界以上に放出する”力”を一点に集中させると
「サイキックゥゥゥ‥‥」




 TAKE2 10月 26日 10:22 AM

「これはもう決定事項なのだヨ」
憔悴のため日頃の億分の一ほどの勢いもない桐壺は目の前に喰いつかんばかりに身を乗り出す皆本に重苦しい声で言い渡す。

「しかし‥‥ しかし、本当に‥‥ 本当に薫の超能力を除去するしか方法はないんですか?!」
 反問する皆本の声にも力はない。こちらも疲労と憔悴が極点を遙かに超している。

「転落炎上したバスには遠足の幼稚園児とその家族が‥‥ 死者十三名‥‥ 重軽傷者三十二名‥‥」

「そ‥‥ それは判っています」
 皆本は桐壺の読み上げる数字に潰え去ろうとしている意志を振り絞り
「でも、あれは事故です! 犯人を追っての不可抗力‥‥」

「本局のメインコンピュータにはリミッター解除装置経由でもたらされた情報−君が暴走を制止しようとしたがまったく効果がなかった事、リミッターを作動させても止まらなかった事がはっきりと記録されている。とても不可抗力だったとは言えんのだヨ」

「それも葵が‥‥ 局長は彼女たちの絆は誰よりもご存じでしょ!! ああなった時、薫があんな風になるのは当然じゃないですか!!」

「だからといって結果が変わるというのかネ!!」桐壺は絞るような声で言い切る。
「職務として私は制御できない”大量破壊兵器”を放置するわけにはいかんのだヨ!!」

「た‥‥ 大量破壊兵器!!」
政府で反エスパーの立場を取る連中が好んでチルドレンを形容する時に使う単語を使った事でもはや絶望しかない事を思い知らされる。

「そもそもこの私が唯々諾々と決定を受け入れたとでも思っているのかネ!! もし、この決定が本人の望まない事であれば職を賭してでも、いや、政府がひっくり返しても阻止する! しかし、これは本人が、本人が一番強く望むコトなのだヨ! 私たちは起こってしまった事を受け入れ、現在を現実として受け入れるしかないんだ!!」




 TAKE2 11月 22日 8:00 AM

部屋のステータスを示す豪華な調度と集中治療室をそのままに移行したような最新鋭医療機器群。その均衡を欠いた光景にあって何十本ものチューブやコードで拘束されたような形で男がベッドに体を横たえている。
短く整えられたプラチナブロンドの髪が似合う端正な顔は生気を感じさせないほど白く良くできた蝋人形のようにも見える。
 もちろん人形ではない。注意深く見ればわずかな呼吸が見て取れるし接続された医療機器も最低レベルであっても生命活動があることを示している。

その傍らのスツールには硬質でクセのある髪を腰に届くまで伸ばした男が腕を組んだまま身じろぎもせずにいる。



ひゅ ぱっ! 
 空気が押しやられる音と共にモデルを思わせるスレンダーな女性が姿を現す。

「少佐の様子はどう?」

「見ての通り同じだ。良くも悪くも変化はない」
 長髪の男性は女性の問いに素っ気なく応える。ちらりと時計に目をやり
「交代までまだ少し時間はあるな。何かあったのか?」

「今日は明石薫の超能力除去手術の日、救出作戦はどうするつもり? 現状、決定権はあなたにあるのよ」

「中止だ。少佐の指示があればともかく、組織を預かった身としては立ち上がったばかりで脆弱な組織を危険に曝すようなマネはできない」

「そう‥‥ けれどそれって拙くない? 少佐があの娘(こ)にご執心なのは承知でしょ」

「だから何だ?!」男の語気に持って行きどころのない怒りがこもる。

 元々、自分たちが『少佐』と呼ぶベッドの男性−自分たちのリーダーでありその人のためなら命を捧げても悔いはない−がいくら超度7とはいえ十歳の少女に拘泥する事には批判的だったし、この昏睡が暴走した少女を押さえ込むためとなれば憎しみを抱きこそすれ手を差し伸べようとする気持ちなど起こりようはない。

「別に」女性もそこは同意見と言外に表す。少しだけ気になるという表情を作り
「だとして未来の方は? あの娘(こ)、私たちの救世主‥‥」

「と、少佐から聞かされているだけだ!」長髪の男は不機嫌そうに遮る。
「だいたい、その未来にあって”クィーン”とやらを支えるはずの”ゴッデス”はすでに亡い。未来は変わった、そこに議論の余地はない!」
そう吐き捨てると皮肉っぽい声で
「まあ拘るというのなら決定権は譲る。責任は俺が取るから決めてくれればいい」

「いいわ! 私だって強いてやりたいわけじゃなし。まっ、一応確かめておきたかっただけよ」

その後、申し合わせたように二人はベッドの方を心配げに見る。

今後、目が覚めた時、自分たちの判断が大いに咎められる(場合によって死をもって粛正される)事は間違いない。
しかし、それはそれで甘んじて受ける覚悟はある。肝心なのはこれで自分たちのリーダーにかかる”縛り”が消えるというコト。
未来と造るのは人の自由な意思、決して予知などといった戯言ではない。




 TAKE2 11月 22日 11:00 PM

晩秋、冴え冴えとした満月の光の下
 事故現場を見下ろせる位置に皆本は佇んでいた。
超能力除去手術は無事終了した。手術の副次作用か当人の無意識レベルの精神作用か記憶のかなりの部分に欠落が生じている。

 ある意味、別人として生まれ変わったわけで当人に取っては幸せな結末。少なくとも愛する人に撃たれるという結末だけは避けられ‥‥

そんな事はどうでもいい!
 例え”あの”未来がなくなったとしても、同時にそれ以外の無限の可能性が失われたという現実、自分が託された少女たち未来を守れなかったという現実に変わりはない。



「やれやれ、世界中の悲劇を一人で背負っているって顔だね」と背後からの声。

振り返ると品の良い和服が身に付いた女性が立っている。
その外見は高齢であることを示しているが、真っ直ぐに伸びた背筋と凛とした佇まいは年齢を感じさせない。

「あ‥‥ あなたは?」皆本は当たり前の疑問を口にする。
心の片隅で今回の件の関係者ではと思う。被害者が子供や孫なら計算に合う。

「なに、ただの通りすがりのババアだよ」
老女は近親者に悲劇が訪れたとは思えない張りのある声で推測を否定する。
「あんたこそ何だい? こんな時刻にこんな場所で、死神にでも取り憑かれた‥‥ と言いたいところだが、死神すらうんざりしそうな悲愴な顔をしてさ」

「そんな顔をしてましたか」言いながらも皆本はそんな顔をしていたのだと思う。
虚ろなモノにしかならないだろう微笑みを作り
「自分は先月ここであった事件で関係者で大切なモノを無くしてしまったんです。今更、いくら悔いても始まらない、現実は変わらないんだって理屈では判っているんですが未だ気持ちの整理できなくて、この様です」

「やれやれ、そんな風に自分の事が判っているんだったら、これみよがしな不幸面(ズラ)をぶら下げているんじゃないよ!」

「何ですか、いきなり! その言い方はないでしょう!!」
 見知らぬ人物から投げつけられた中傷に皆本は(ここまでの憔悴もあって)怒りを顕わにする。

「おや、怒ったのかい? 怒るのは勝手だけど、悲しむのと同じでそれで何か変わるってわけじゃだろ」

「そうですが、変わらないからこそ人はこうして苦しむんでしょう!」

「言えるね」老女は気軽に前言を翻す。皆本の瞳をまっすぐ見据え
「けど、人間、悔いを残さない日はないんだ。どこかで折り合いをつけて前向きに生きなきゃなんないってのもあるんじゃないかい」

‥‥ 沈黙で皆本は納得を示す。
 それはありふれた台詞に対して納得したのではなく、視線に込められた老女の”強さ”−今の自分が感じているほどの後悔を何度も経験し、なおかつそれを克服してきた者だけが持つだろう人としての強さ−を感じ取ったからに他ならない。

あははは 老女はそんな認識を買いかぶりと笑いとばす。
「とにかく、ここで嘆いてたって現実は何も変わりゃしない。こういう場合は嘘でも気合いを入れてできる事をするコトだね。そうすりゃ神様が微笑むこともあるってモンさ」

「神‥‥ 神様ですか」突然の飛躍に皆本は呆気にとられる。

「そう、神様だよ! 気まぐれでぐーたらでケチくさくて面倒な事は人任せにするなロクデナシだけど、たまは真面目に人間に報いてくれることはあるんだよ」

まるで神様が腐れ縁の知り合いでもあるような悪態に皆本は忘れていたユーモアを思い出す。自然、浮かぶさっきよりはよほど真っ当な微笑み。

「どうやら少しばかり持ち直したようだね」と老女も応える。

「ええ、ほんの少しだけですが」皆本は素直に変わった自分を認める。
なお、こんな場所、こんな時間、この遭遇を不審に思わないではない。しかしそれこそ苦しむ自分を見かねた神様の配剤だろうと思う事にする。

軽くだが感謝を込めて頭を下げると車へと向かう。
 考えてみれば今の自分でもできるコトは幾らでもある。例え現在は変えられなくとも未来は変えられるはずだ。



「どうでした?」老女が歩いた先で待っていた中年男性が尋ねる

「下りてったよ。自分にはしなきゃなんないコトが山積みだって思い出したようだからね」

「それは何よりです。場所を変えるとなると色々と仕込みを変えなければならないところでしたから」

「ああ、きっとあたしたちには神様が憑いているんだろうよ」
 老女はそう応えると中年男性から隣の女子高生らしい年格好の少女に目を移す。どちらかといえば素っ気ないトーンで
「コヨミ、というコトで準備は良いかい?」

「はい、お祖母ちゃん」とコヨミと呼ばれた少女も同じ感じで応える。

しかしこの場にいる三人ともが知っている、これだけのやりとりにも万感が込められている事を。

 なぜなら、これまでがそうでありこれからもそうであり続けるように自分の行動にかけがえのない人の命が懸かっているから。

そう、自分たちの一族は、数え切れない悔いを残しながらもほんなわずかマシな現在を創るため、こうして月が満ちる度に‥‥
 ここんとこ短編続きだったのですが、今回は長編です。前回の長編(全7・8話を予定)ほどには長くならないと思いますので、皆様方にはご贔屓をお願いします。

追伸、導入部についてUG様から今回もアドバイスをいただき感謝しております。

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