定番っちゃ定番の屋上。そこに長い黒髪をなびかせ、たたずんでいる女の子が一人。
「皆本ハンのアホ!」
小さな声でそれなりに怒気のこもった口調でつぶやいていた。
「薫も紫穂もやけど、皆本ハンも皆本ハンや・・・。」
誰も来ない。一人事を言うたびに虚しさが増してくる。なぜ逃げてここにきたのかはわからない。ほとんど無意識のうちに飛び出してしまったから。
そんなとき、屋上の出入り口が開く音がした。
「皆本ハン?」
葵は期待をこめた瞳で振り向いた。
新たなる敵 第7幕
「ごめんね、皆本クンじゃなくて。」
現れたのは花井ちさとだった。苦笑ぎみにいわれ、若干葵も気まずくなる。
「あ、いや・・・。」
「とりあえず教室戻ろう。みんな心配してるよ。」
やわらかい口調と笑顔で、ちさとは言ってくれた。さっきまでの心のもやもやがとれたわけでもないけど、これ以上我儘はいってられないと思った。
「心配かけてゴメンな。ほなそろそろ戻ろうかな?」
できる限り明るくいって笑顔をつくったようだったが、ちさとには丸わかりである。いや、ちさとでなくてもわかるだろう。しかし
「うん、早く行こっ!」
ちさとの温かい手は、ぎこちない笑顔を浮かべている葵に差し出された。
「まったく皆本は・・・乙女心がわからないんだから。」
「ホントその通りだわ、薫ちゃん。あそこは率先してフォローに入るのが紳士の務めってものよ。」
「・・・お前らはどこか根本的なところで間違っている気がするよ・・・。」
理不尽な物言いをする約二名の女子に、皆本は若干肩を落とすしかなかった。結局、どこを探しても見つからなかったので、薫、紫穂、皆本の三人は一度教室に戻ることにしたのであった。その途中、皆本は2人から言葉攻めにあっていた。しかし、適当に相槌を打ちながらも皆本は別のことを考えていた。
なぜ、葵は消えたのだろう?
確かに胸の大きさについては葵は極度に気にしていたし、怒るのも無理もないだろう。しかし、だからといって唐突にいなくなるものだろうか。そこがどうしても腑に落ちないのである。そして何よりも疑問なのはこの状況そのものだ。あの変なロボットの光線を浴びてこんな異世界に飛ばされている、それはいい。ただ
何故異世界に飛ばされなくてはならなかったのか?
もし、例の強盗集団がやったのだとしたら何のために?最初は殺してしまえば良いと考えていたが超度7が予想以上に強く、消すしかなくなった。そう考えれば一応辻褄が合う気がするが、一つ気になることがでてくる。本当に殺す気があったのだろうか?一般市民を操ったりするなど、どうしても本気でかかってきているようには見えなかった。まるで時間を稼いでいるように。
「皆本さんってば!!聞いてるの!?」
ふっと思考の合間に声が聞こえてきた。紫穂が腕をクイッ、クイッっとひっぱってくる。どうやら相槌すらもしていなかったらしい。
「いや、悪い悪い。ついボォーっとして・・・?」
(この世界の中にバグが紛れ込んでいるわ)
日本語が理解できない、こういうときに使うのだろう。紫穂から送られてきた思考は唐突すぎてよくわからない。しかし頭の出来の違う皆本は、数瞬後に皆本は全てを把握した。
(・・そういうことか。薫と葵も含めてお前らは最初から・・)
(まぁ、私が最初に気付いたんだけどね。薫ちゃんと葵ちゃんにはそのとき思考を送って教えたの。)
(それなら、なんでそのとき僕にも教えてくれなかったんだ?)
(だってよく言うじゃない?敵を欺くにはまずなんとやらって・・)
がっくりと肩を落とすしかない皆本であった。そこに、しびれを切らしたように
「紫穂。何気に皆本に腕からませてないかな?」
若干不機嫌気味に待ち構えていると思ったら、なんか笑顔だ。赤い髪で顔の上半分に影つくっているのは気のせいだと思いたい。すると
「じゃあもう片方はあたしが。」
薫も皆本の腕に絡みついてきた。といっても小学生のときのように強くギュッとではなく、そっと儚げに優しく腕をからませてくる。今の皆本の状態は全男子を敵にまわす格好と言えよう。なんせ、右腕には紫穂、左腕には薫とまさに両手に花なのだから。
「・・・・」
現実世界と違い皆本は中学生になっているので、いつもと違い紫穂や薫の体が広くあたっているように感じる。それで皆本は沈黙・・というわけではないのだ。皆本は紫穂のいっていた“バグ”についてずっと思考をめぐらしていた。そんな皆本の表情を薫は不思議そうに見つめていた。しかし、紫穂が察して薫に目配せをすると、ハッとした感じで薫は理解したようだった。皆本はまた紫穂に思考を送る。
(紫穂、この世界に送りこんだ能力者はお前たちが通っている中学校のことなんて知らないよな?それにクラスメイトのことだって・・)
(たぶん、私たちの記憶を透視したんだと思うわ。)
(それだと今こうして思考を交換しているのもバレテいるんじゃないか?)
(いや、それはないわ。たぶん精神感応能力を持っているんだろうけれど、そんなに大したレベルじゃないもの。この中学校、大体のつくりは現実世界と同じだけど、ところどころ違うところがあるわ。それにクラスメイトに関しては頭の中に焼き付いている人のイメージだけを抜き出せばいいだけだから。)
(それを聞いてほっとしたよ。)
真剣な表情をしたり、不安そうになったり、ほっとしたり・・思考のやりとりを知らない薫はそんな皆本の変化をマジマジと見つめていた。と、そうこうしているうちに3人は教室に着いた。
ドアを開けると、数メートル先には何事もなかったかのように、ちさとや悠里と楽しげに話している葵がいた。
「葵ちゃん♪」
「葵〜、心配したんだよ。」
「全くだ。」
3人一斉に声をかけると、葵はパッと明るい表情で振り向いたが、すぐに笑みに怒りが垣間見え始めた。
「いやぁ、心配かけて悪かったわ。ホンマに迷惑かけてゴメンな。ところでなんで2人してまた皆本ハンと腕くんどるん?」
ジト目で皆本の両脇に腕を絡めている親友を見ながら、こめかみあたりを若干ピクピクさせている。そんな葵の様子を見ていると余計にからかいたくなってくるのだが、そうすると本気で怒りかねない。しかし、紫穂はそんなことおかまいなしに
「じゃあ葵ちゃんもこっちくればいいじゃない♪」
からかうような目つきで葵を見つめながら、腕を組む力を強くする。自分の急成長中の胸を押しつけるようにして。
「葵も素直に皆本に抱きついちゃえばいいじゃん♪」
薫も同様に腕に体をより密着させて、皆本の肩に頭を乗っける。どうしたものか、抱きつけばいいと勧められると逆に行きづらいものである。葵はその場で顔を赤く染め、もじもじするしかなかった。
「あんたらな〜、そんな意地悪いわんといて。」
そんな葵のかわいい態度を見て、紫穂は皆本から離れると葵に近寄ってった。
「まったく葵ちゃんったら、かわいいんだから。」
急に抱きつかれて、ちょっと反応に困る。傍から見れば百合が咲いているように見えるだろう。周りの男子のテンションがやたらハイになる。しかし
(で、どうだった?)
(ああ、上手くひっかかってくれたで)
こんな会話が行われているとは知るよしもなかった。
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