タッタッタッタッタッ…
早朝の街中を、少女は軽快に走って行く。
とあるアパートの前に到着すると、息を整えて階段へと歩いて行く。
カンカンカンカン…
「♪〜〜」
鼻歌を歌いながら階段を上がっていく少女。
目的地である部屋の前で立ち止まると、クンクンと鼻を鳴らし始める。
「む、この匂いは『どん太』でござるな。
おはようでござるよ先生!
朝っぱらからインスタント食品は不健康でござるよ!」
勝手知ったる師匠の家…などとドアを開け、玄関と居間の間のガラス戸をパァン!と開くシロ。
「………」
「………(ちゅるんっ)」
しかし、部屋の中で片膝を立ててカップうどんをすすっていたのは目付きの悪い男であった。
「く…くせものぉぉぉぉ!!」
「うぉぉぉっ!?」
霊波刀を出して男へ斬りかかるシロ。
男はカップうどんの汁を撒き散らしつつ、華麗(?)に避ける。
「いきなりなにしやがるっ!」
「そこになおれ泥棒め!
先生の家に侵入するとはいい度胸でござる!
一番弟子である拙者が成敗してやるでござるよ!!」
どこぞの時代劇のような台詞を吐きながら、シロは男へ霊波刀を構える。
「…先生…?
…一番弟子…?」
「そうでござる!
拙者は横島先生の一番弟子、犬塚シロでござるよ!!」
ばばんっ!と名乗りを上げるシロ。
「…弟子…あいつに弟子…」
シロの言葉を聞いて驚愕の表情を浮かべる男。
「隙ありっ!覚悟ぉぉぉぉぉ!!」
固まる男に容赦なく斬りかかるシロ。
「くぉら、何してんだシロ」
ひょいっと、斬りかかったシロは背後から首根っこを掴まれ、ぶらん…と空中に浮かんだ。
「せ、先生!?
拙者は今、先生の家に忍び込んで居た泥棒を叩きのめそうと…」
首根っこを掴まれ、空中に浮いた状態でじたじたと暴れるシロ。
「泥棒って…。
こいつは泥棒じゃなくて俺のダチだよ。
まぁ俺の保存食を大量に平らげたってのは泥棒かも知れんが…。
悪いな雪之丞、こいつが早とちりしちまって」
シロを床へ下ろしながら、横島は目付きの悪い男…雪之丞へと言った。
「…あ、ああ…。
…そいつ人狼か?」
「ああ、こいつはシロ。
うちの事務所に居候してるんだよ。
シロ、雪之丞に謝れ」
「…すまなかったでござる…」
「い、いや別にいい…。
悪かったな、朝っぱらから押しかけちまって」
コートと帽子を身に纏い、玄関へと向かう雪之丞。
「もう行くのか?」
「ああ。
邪魔したな」
「今日食った分はちゃんと返せよ」
「…また今度な」
遠い目をしつつ、雪之丞は去って行った。
「ったく、またタダ食いしに来る気だなあいつ…」
「先生!
客人が帰ったのならサンポに行こうでござるよ!」
苦笑しながら言う横島にシロが尻尾を振り回しつつせがんで来る。
ポンッ
ガシッ…!
シロの頭に手が置かれ、がしりと掴まれる。
「その前に、お前が暴れてぐちゃぐちゃになった家の中を片付けないとな」
笑顔で、しかし目は笑わずに言う横島。
冷たい笑顔に冷や汗をかきつつ、シロは顔が固定されている為に目だけを動かして部屋の中を見渡すと、
シロの霊波刀によって斬られた畳やぶちまけられたうどん汁、踏み潰されたビデオテープなどが視界に入って来た。
「あ…そう言えば拙者、おキヌ殿に買い物を頼まれ…」
「そんな言い訳が通るかぁぁぁぁ!!」
ぐりぐりぐりぐり…と、こめかみをコブシで攻める横島。
「あうあうあうあうあう〜〜〜」
「あのビデオはお気に入りだったのにぃぃ!!」
どうやら大事な『秘蔵』のビデオだったらしい。
「……弟子…か…」
横島のアパートを見上げながら呟く雪之丞。
その耳には、横島とシロの楽しそう(?)な会話が聞こえていた。
「………丞…」
「………」
「……之丞っ……!」「………」
「雪之丞っ!!」「うぉっ!?」
虚ろな瞳で窓の外を見ていた雪之丞は、弓の声によって現実へと意識を引き戻された。
「あなたね、久々のデートだってのに何してるのよ」
怒気を隠さず、雪之丞を睨みつけながら言う弓。
「わ、悪い…」
「ったく…。
で?何かあったの?
周囲を気にしてるならともかく、ただ単にボーっとしているなんて雪之丞らしくない」
「……弓、お前シロって奴知ってるか?」
「シロって…人狼の?」
「ああ、そのシロだ」
「知ってるわよ。
この間の臨海学校にも来てたし。
おねーさまの事務所に妖弧と一緒に居候してる子でしょ?
…まさかあなた…あの子に…」
「ち、違うっ!
そう言う意味じゃなくて!!」
あらぬ誤解を受けそうになり、焦りながら否定する雪之丞。
「あのシロっての…横島の弟子なんだって?」
「そうみたいね。
…あなた、もしかしてそんなことで凹んでたの?」
下らない…と、言った視線で雪之丞を見る弓。
「わ、悪いかよ…」
バツが悪そうに雪之丞は言う。
「男って馬鹿ね…」
「う、うるさいっ」
「まったく…。
先に向こうが弟子を取ったからって、あなたの実力が下ってわけじゃないでしょうに」
「そ、それでも悔しいもんは悔しいんだよ。
いつもあいつは俺の先を行ってるからな…」
「本当に男ってのは馬鹿なんだから…。
それで?あなたはどうしたいの?弟子が欲しいの?」
「そ、それは…」
「それは?」
「…いつかは欲しい…」
視線をそらしつつ言う雪之丞。
「ま、そうでしょうね。
その答えは正しいと思うわ」
そう言って、弓はすっかり冷えてしまったコーヒーに口を付ける。
「でも、あなたの場合それすらも難しいんじゃない?
あなたの魔装術は悪魔と契約した者だけが使えるって言われているのよ」
「…確かに。
実力の無い奴が下手に使うと魔物と化しちまうからな…」
同じく魔装術を会得するも、実力が足らず魔物と化してしまった陰念を思い出しながら雪之丞は言う。
「そうでしょう?
シロって子は人狼で、元々霊波刀を使えてたから同じ霊波刀を使う横島さんに出会って弟子入りしたんでしょ。
あなたもそう言った出会いでもない限りは弟子を取るなんて無理じゃない」
「そ、そうだな…」
がくりと肩を落とす雪之丞。
「でも、心当たりはあるわ」
「ほ、本当か!?」
「ええ。
雪之丞、あなた弓式除霊術は知ってるわよね?」
「あ、ああ。
宝珠を強化服に変化させる奴だろう」
雪之丞は弓の水晶観音を思い出しつつ言う。
「あの術、あなたの魔装術に似てると思わない?」
「…確かに似ているな」
霊力を物質化して身体に纏う魔装術と、宝珠を強化服に変化させて纏う弓式除霊術。
お互いに自身の身体に力を纏う点では同じである。
「考えたんだけど、うちの弓式除霊術ってあなたが使う魔装術が基になってるんじゃないかと思うの」
「…どう言うことだ?」
「私の考えはこうよ。
弓式除霊術を考案した私の祖先は、魔装術を知っていたけども会得出来なかった人間だった。
でも、その強力さは知っていたからなんとかして自分でもその力を扱いたかった。
そう考えた結果、自身の霊力ではなく、霊力を持った宝珠を身に纏うことによって魔装術に匹敵する力を手にすることに成功したんじゃないかって」
教師のように雪之丞へ説明する弓。
「なるほど、一理あるな」
「と言うことはよ?
魔装術の極意を極めたあなたがうちに来てうちの門下生に教えれば、全身は無いまでも身体の一部を霊力で纏うことは出来るかも知れない。
もしかしたら、その中には純粋に魔装術を扱える人間が居るかも知れないじゃない」
「おぉっ」
希望が見えて来て明るくなる雪之丞。
「とは言え、弟子のスカウトの為だけにうちに出入りするなんてことは許さないからね」
「わ、わかってるよ」
「よろしい。
で、この話はこれで終わりでいい?
将来の話は大事だけど、今は今の時間を楽しむべきでしょう?」
「ああ、悪かったな」
「それじゃ、このあとは全て雪之丞持ちね。
ちょうど買いたい冬物があったのよ。
とりあえずここの代金よろしくね」
「…へいへい、わかったよ…」
肩をすくめながら伝票を持ってレジへと向かう雪之丞。
そんな雪之丞を眺めつつ、弓はその後ろを着いて行く。
「自分の子供だったら親の霊力を受け継ぐから、魔装術も扱えるはずだけどね」
「ん?
なんか言ったか?」
「何も言ってないわよ?」
今の言葉はこの馬鹿が気付くときまで忘れよう。
そう心に誓う弓であった。
(終)
Please don't use this texts&images without permission of 烏羽.