追悼の鐘が鳴っている。
それを聞きながら不二子はため息をついていた。
どれくらいこの音を聞いただろう。
どれくらい仲間を見送った?
かーん、かーんと鳴っている。
そういえば異教の教えでも鐘を鳴らすという。
小さな鐘をもって鳴らしているのは、一人の壮年の男性。
鐘を手にそれを鳴らす。
小さな鐘が鳴る。
ドラを鳴らす地域もあるらしいが、この地方ではこれが風習となって残っているのだ。
「不二子さん?」
隣にいる少年の声に、不二子は眉ねをよせて彼をにらみつける。
「……京介、ちょっと黙ってなさい」
かーん、かーんと鐘が鳴る。
不二子さん、ちょっとあっちにいこうよ。と京介が声をかけてくる。
「……顔色が悪いよすごく」
「あたくしは元気よ。貴方こそ顔色が悪いわ」
泣いてるんだよね? と小さい声で聞いてくる京介。
泣けばいいよ。悲しいのなら、と彼は小さく囁く。
「悲しいわ。でも泣いてはだめなの。そう決めたの」
「え?」
「泣くと彼らの死が無駄になるの」
泣くというのは特別なこと。
特別なことは特別な時にしないとだめ。
お国のために生命を人が散らすということは、これからもずっとあることだから泣いては駄目。と不二子は言う。
「泣いて、いいんだよ」
「泣いてはだめなの。あたくしは誓ったの。あの時から」
死んでしまった祖父、とても大切な人だった。
彼がよく言っていた。泣くということはとても大切なこと。
だから……。と不二子は思う。
どこか悲しい瞳でそんな不二子を京介は見ている。
切なさが混じった色で。
「あたくしは泣かないわ。そう決めたの」
泣いてもいいんだよ。と囁く京介が横にいる。
でも泣いてはだめだと不二子は思う。
周りには涙があふれていた。しかし不二子は一人泣かないでいた。
鐘を叩く音が聞こえる。
そして棺が運ばれてくる。
何個も何個も、何個も。
でも泣いてはだめだと思う。
そんな不二子を悲しげに京介は見つめる。
そして彼は棺に向かって小さく頭を下げた。
何個も何個も、何個も運ばれていく黒い棺に向かって。
「……京介、あたくしは……」
「泣いてもいいんだよ。不二子さん」
「あたくしは……」
銃を手に不二子は京介の前にいる。
あの頃とちっとも変わってない貴方は、と不二子は思う。
かーん、かーん、という小さな鐘の音が、不二子の耳に聞こえてくる。
「まただれか人が死んだんだね」
「そうね」
今からあたくしが貴方を殺すわ。人が死ぬということは悲しいことだけど、でもこれも仕方ないことなの。と不二子は小さい声で囁く。
「泣いてるよ。特別なことなの、これはキミにとっては?」
「わからないわ……」
聞こえてくるのは鎮魂の鐘の音。
そして不二子は頬に感じる涙を振り払うため何度も頭を振った。
「特別なんかじゃないわ」
「……どうぞ不二子さん、キミの特別になれるんならそれもいいね」
二人は向かい合っている。不二子は泣きながら銃の引き金をひこうとしていた。
大事な人が死ぬのはとても悲しい。
それは多分特別なことなんだろう、と不二子は思う。
空は銅色に染まっていた。
暗く重たいそれは鉛色に近い。
「覚えてる?」
「何を?」
「……ほらここで見送ったたくさんの人たちのことを」
「……ええ」
「彼らの墓の前で殺されるなんて、これも結構いいもんだよね」
「……抵抗してよ!」
何故そんな全てを受け入れた目であたくしを見るの? と不二子は泣きながら問う。
柔らかく優しく京介は笑っていた。
ただ笑っていた。
「……愛してるよ。不二子さん」
「あたくしもよ」
「だから殺してほしいのかもね」
「え?」
「……キミの特別になりたいから」
笑いながら両手を広げる京介、まるで無防備な彼を前に戸惑う不二子。
しかし不二子は頭を何度も振った。
そして不二子は手にもった銃の引き金を……。
「……京介」
涙が頬を伝っていた。
どうしても殺せなかった。
だから閉じ込めた。それなのに……。
不二子は追憶をやめる。そして頭を何度も振った。
不二子は寝台から起き上がる。そうか夢だったのかやっぱりと思いながら。
殺せなかった。と後悔とともに不二子は思う。だから閉じ込めた。
でも彼を閉じ込めることなんてできなかったのにと。
「うふふふふふふふふ……」
不二子は狂ったように笑う。それは自嘲の微笑み。
彼女は泣きながらただ笑う。
「今度は必ず貴方を殺すわ」
今度は絶対に殺す。あの子達の未来のために。
そして……絶対に幸せの未来を呼び寄せてみせる。
強い決意を胸に秘めながらも、彼女は泣き続ける。
泣きながら笑う。
「あたくしは京介、絶対に……」
狂ったように笑いながら不二子は泣き続ける。
遠い遠い遠いところで鐘が鳴っていた。
かーんかーんとただ鳴っていた。
それは遠い昔聞いた鐘の音に似ている。と不二子は思う。
何度も聞いたあの鐘の音をまた聞くことになるのかと彼女は思う。
するととても胸が痛くなるのを感じた。
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