タマモの機嫌が直ったのは、仕事に出発する寸前のことであった。直ったということは、当然それ以前は機嫌が悪かったということである。
なぜ悪かったのかというと、自分は仕事、そして相棒たるシロはパーティという差であった。
元々仕事が入っていてGS協会のパーティなど無視するつもりであったが、美智恵のごり押しにより顔だけでも見せなければいけなくなってしまったのだ。
仕事の方は、リゾートということで日程をズラすワケにはいかない。悪霊が出たということで、すでにキャンセルもでているほどなのである。最盛期にこれ以上のキャンセルは死活問題になりかねない。
低級霊の団体であり、おキヌさえいればすぐに終る仕事なのだが、まさかおキヌ一人を行かせるワケにはいかない。かといってパーティに横島だけを出すワケにもいかない。当然、パーティーには令子、仕事にはおキヌ・横島となる。
仕事は簡単。そしてお泊りはリゾートホテル……若い男女が間違いを起こさないことがあろうか? いや絶対にない。最近流行りの草食男子、作者に言わせりゃ玉無しだとそうはならないかもしれないが、GSの時代はそうではないのだ。ましてや横島である。詳しく書かなくとも、想像に容易いであろう。妨害があっても無くてもとにかく危ないのである。ある意味健康的ともいえるが、人類が繁栄したのはコイツのせいではなかろうか? と思える男なのである。
当然、シロタマも仕事の方についていくことになったのだが、パーティである。食い物である。色気より食い気の獣娘たちが放っておくワケがない。
だがシロはともかくタマモは、身内の場ならともかく公の場に連れていくわけにはいかないのだ。本来は退治されたはずの存在なのであるから。
ということで、結局パーティにはシロが行くことになり、ご馳走を食べ損なったタマモの機嫌は最悪だったのである。
だが出掛ける寸前にその機嫌が直り、皆諦めたのだろうと思っていた……
下調べ通りに、仕事は簡単に終った。
おキヌはタマモと同じ部屋で過ごし、横島は別の部屋に泊まった。何事もなく、静かな夜であった。
そして翌日、昼過ぎに令子とシロがリゾートに姿を見せた。
「あれ? 横島君とタマモは?」
貸切状態のビーチで、パラソルの下、二人を待っていたのは、おキヌだけであった。
「タマモちゃんは、先に遊んでます。横島さんは……そのぉ」
言い辛そうに苦笑しながら、木陰の方を指差した。足だけがこちらに向いていた。
「あ〜、寝ちゃってんのね。無理させちゃったからしょうがないか」
令子はばつの悪そうな顔をすると、苦笑した。
「とりあえず着替えてくるか。シロ、一度ホテルに行くわよ」
そういいながら踵を返すが、シロは海に向かいながら着ていた服を脱いでいた。
「準備万端ね……下に着ていたみたいね」
令子の言葉に振り向くと、おキヌはパラソルの下で横になると目を閉じた。
ニ、三十分ほどで令子が再び、ビーチに現れた。
仕事をこなしたおキヌへの気遣いであろうか、後ろにはホテルのボーイが冷たいものと軽食を手にしていた。
ボーイはパラソルをつけたテーブルを設置すると、飲み物と軽食を置いた。そして一礼すると、林を通りホテルへ戻っていった。
「おキヌちゃん、冷たいものでも飲まない?」
パーカーを羽織った令子が、眠っていたおキヌに声をかけた。
「あ、はい」
目を覚まし体を起こした。何か食べ物の匂いを察したのか、シロとタマモも海から上がってきた。
かなり大きなグラスに入ったジュースを海から上がったシロに手渡そうとしたおキヌの動きが止まった。
「シ、シロちゃん?」
「どうしたでござるか?」
おキヌと令子が目を丸くして、自分を凝視している。そのおかしな視線にシロは首を傾げた。
「跡が……」
「跡?」
何かに気づいたように、おキヌは令子の方を見た。いつもと何か違った。爪先から頭の天辺まで舐めるように見渡した。
「え?……まさか」
令子は慌てて立ち上がると、パーカーを脱ぎ捨てた。
「う、うそぉ!」
二人の体には、くっきりと先ほどまで着ていた服の跡が残っていた。しかもただ残っているのではない、日焼けとしてくっきりと残っているのである。
「そ、そんなバカな……日焼け止め塗ったのに」
自分の体に残された跡を見ると、がっくりと首を項垂れた。
「こ、これはかなり情けないでござるな……」
ようやく気づいたシロは、令子よりも色濃く残る自分の跡をみて呟いた。
「でも、おかしいですね。いくら日差しがキツかったとはいえ、ここまでの数時間でここまではっきりと焼けるワケは……」
三人があたふたとして騒いでいる中、タマモは皆に背中を見せていた。そしてその背中は震えている。どうみても笑っているとしか思えなかった。
その怪しげな行動に、令子は何かを感じるとトートバックの中から呪縛ロープを取り出し、タマモをがんじがらめに縛り付けた。あまりにも突然で、そして素早い動きのために、誰も動けなかった。
「ど、どうしたんですか? 大丈夫、タマモちゃん」
令子の突然の行動に驚きながらも、もがいているタマモの側にいった。
「放しちゃダメよ。ちょっと確かめることがあるの」
バックを探り、車に乗る前に塗った日焼け止めを取り出した。
「おキヌちゃん、日焼け止め持っていたわよね。それと横島君のサンオイルも」
「はい、ありますけど」
「ちょっと貸して頂戴」
丁寧な言葉遣いだが、目は刺すよう鋭い。あまりの迫力に、おキヌは日焼け止めとサンオイルを手渡した。
おキヌに渡された日焼け止めを指先につけると、手触りを確認した。そしてサンオイルも同じように試した。
そして自分たちが塗った日焼け止めを手にすると、急にタマモが暴れだした。がんじがらめに縛られているために、動きは芋虫のようである。
すでにそれだけで結果は分かっていたのだが、念には念をいれて手触りを確認した。シロの顔を見て、顎を振って合図を送った。
シロは頷き、転がって逃げようとしているタマモを捕まえて無理に立たせた。
「夏、夏、夏、夏」
両手で頭を押さえると、首を逸らせた。
「ココバーーーット!!」
「ボボッ!!」
頭を振り落とすと鈍い音が響き、タマモが妙な悲鳴を上げた。
「あいあいあいあいあい……アイアンクロー」
次は令子がタマモの顔面を鷲掴みにすると、頭蓋がメキメキという嫌な音を立てた。
「あ痛だだだだだだだだだだだ!!! エリーーーック!」
「二人、夏シメました」
頭蓋をギリギリと万力のように締めつけると、タマモは悲鳴を上げやがて口から吹きだした。
「判決……人柱の刑」
冷たい声が響いた。
脳天に霊能力封じの符を貼られ、タマモは顔だけ残して砂に埋められた。親切なことに、顔の近くにカニを数匹放しておいた。
「ごめんなさーーーい、私が悪ぅございましたーーー! 反省してるから、ここから出してぇ〜。せめてカニ! このカニどうにかして!!シャレなんないわよ!!」
遥か波打ち際でなにか叫んでいるような気がしたが、令子とシロの耳には入っていなかった。
令子とシロが朝出掛けに塗ってきたきた日焼け止めは、中身がサンオイルへと掏りかえられていたのである。もちろん犯人はタマモであり、それゆえの出掛け前の機嫌直りであった。
「はぁ〜、これどうしよう……」
日焼け跡をしみじみと眺めると、令子は溜息をついた。
「日焼けした部分に日焼け止め塗って、焼けてない部分を焼くしかないですね……焼けた部分は薄くできませんから」
おキヌが苦笑した。
「それしかないわね。最悪、境目はファンデで誤魔化すしかないか……」
とりあえず一度ホテルに戻り、完全にサンオイルを落としてきた。そして焼けた部分に日焼け止めをシロとお互いに塗った。
「そういえば、アルミ箔なら完全に焼けないと聞いたでござるが」
「あんた……それ暑過ぎて死ぬわよ。それに海にきて顔にアルミ箔巻いてるのってタダのバカよ」
確かにそうである。
「さてと、次はサンオイルか。背中に塗ってくれない?」
サンオイルを手渡されると、おキヌは令子の背中に塗った。シロは最初に表から焼くことにしたようである。自分でオイルを塗っていた。
「……お客さん、どこからです? 初めてですか?」
令子の背中に塗りながら、おキヌはふいにその言葉を言った。
「お、おキヌちゃん! なんてこというのよ!!」
体を起こすと、真っ赤な顔で怒鳴った。
「へ? 何のことです?」
「今の科白よ! どこでそんな科白覚えてきたのよ!!」
真っ赤な顔の令子とは対照的に、おキヌは素の顔のまま首を傾げた。
「この前、クラスのみんなと泳ぎに行って、お互いに日焼け止め塗るときに流行ってたんですけど。これが何か?」
「いや、それって」
言葉にしようとするが、言葉にするのも恥かしいのか令子は、口篭った。
「それって?」
何も知らないような汚れの無い無垢な瞳を向けられると、恥かしさは倍増した。
「い、いえ……なんでもないわ。ただ人のいるところでそれ言っちゃダメよ」
「なぜです?」
「な、なんでもよ!!」
再びうつ伏せになると、顔を背けた。
耳まで赤いのが見えていた。おキヌはクスリと笑うと、令子の背中にオイルを塗った。
知らないワケはなかった。ちゃんと教えてもらっているのだが、令子がそういう態度を取るであろうことを知っていてやったのである。
そういう面に対してかなり奥手である態度が、普段はお姉さんしている事と相反して可愛らしく思えた。だが口には出さない。出してしまうと、拗ねてしまうからである。
「あ〜、私横島さんに恨まれるだろうなぁ〜」
「なんで?」
おキヌの言葉に令子は首を動かした。
「“なんで起こしてくれんのや〜! 俺が塗るんや〜!”って言われそうです」
「ありがちよね……それで実際に塗らせたら、鼻血と涎たらしてまともに塗れやしないって」
「それもありがちですね」
二人同時に笑うと、木陰でクシャミをする男がいた。
「あ、起きたかな?」
「みたいですね」
ぼりぼりと頭を掻きながら、寝惚け眼のままにパラソルのところにゆったりとした足取りで歩いてきた。
「おはようございます」
横島は欠伸をしながら、テーブルの上に置いてあったサンドイッチを摘んだ。まだ眠いらしく、現状が把握できていない。令子が飲んでいたシャンパングラスを手にすると、一気に飲み干した。
朝からほとんど食べていないせいなのか、一気に顔を赤くすると再びパラソルの下で横になった。
「食欲と性欲よりも、睡眠欲の方が勝ったわね」
うつ伏せのままイビキをかいている横島の顔を見ながら呟いた。
「そうですね、ある意味天変地異に近い……じゃなくて、どれくらい無理させたんですか!」
食欲はともかく、性欲よりも睡眠欲が勝るということは横島にとってはありえないことにも等しい。それなのに、水着のねーちゃんを真横において寝こけているのである。
「2日……いや3日かな」
「ふつー死にますよ……そんな寝てないと」
この休みのために、かなり仕事を詰めていたらしい。
一番危険な男が寝てしまっているためか、令子もおキヌもそのまま寝ることにした。遠くから何か叫び声が聞こえるが潮騒に消されている……事にしておいた。
うつ伏せから仰向けに焼きなおした時には横島の姿があった。だが次に目を覚ましたときには姿がなかった。
なにやら波打ち際が騒がしい。目を覚まし声のする方を見ると、砂に埋もれたタマモの側で横島とシロがちょっかいをだしているようであった。
「……で、コイツは埋められているということか」
「そうでござる。拙者のぷりちぃな肌にとんでもないことをしでかしたでござるよ」
「とんでもねぇ奴だな。よし! 罪状を書いといてやろう」
『ないちちきつね(笑)』と砂に刻んだ。
「カッコ爆の方がよくないでござるか?」
「罪状じゃないし!! つーか、跡消えたんでしょ、出しなさいよ!」
頭の上にいる横島とシロを睨んだ。
「お、反抗的な態度。どーしてくれようかな、こいつは」
「そーでござるな。どーしてくれようかな」
妙な舞いを踊りをしながら、タマモの周りをくるくると回った。
「なに回ってんのよ!! 踊ってんじゃないわよ!!!」
タマモの声に二人は足を止めた。
「踊るのがダメとな!」
「贅沢な女狐でござるな」
「ならば!!!」
二人はこれ以上吸えないというまで息を吸った。
「カバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティ」
肺活量の限界までカバティというと、タマモの頭を叩いて離れた。
「なにすんのよ!!!」
叫ぶと再びカバティの声と共に近づき、頭を叩いて再び離れた。
「痛いっつーてんのよ!!! インドの国技の鬼ごっこなんて正式にやられても名前以外知らないっつーの!」
「カバティをバカにするな!!! 椎名先生(と書いてカミと読む)もお使いになられた技だぞ!」
「いや技じゃないし……」
今度は普通に近づくと、高みから見下ろした。
「生意気でござるなぁ……」
「体が無く、生首だからだよ」
「埋まってるだけだし」
「哀れな娘よ……ここは、心優しきナイスガイが君のために体を作ってあげやう♪」
不気味に笑うと、しゃがみ込み砂を固め始めた。
「いかんな……イメージが掴めん」
立ち上がりパラソルの場所まで戻ると、寝転んでいる令子の側に立った。
「なにやってんのよ、あんまりタマモいじめてるんじゃないわよ」
自分が埋めたことはいいらしい。
横島は何もしゃべらず、令子をじっと見ている。
「な、なによ」
舐めるような視線に気がつくと、思わず胸を手で覆った。
納得したように頷くと、横島は再び波打ち際に駆け戻った。そして一心不乱にサンドアートを行っている。
才能か、それとも煩悩の成せる技なのか、あっという間にモデル令子の砂の体が出来上がった。
「どーだ! 嬉しかろう!! ナイチチのお前には理想の体だ!!」
顔は垂直に立っているのに、砂の体は寝ている。かなり変であるが、見えないこともない。
「う、うるさいわね! 私だって時間が経てば」
「ばかもの! 人間というのは今が大事なのだ! 今を生きるということに全てを賭けるのが人間というものだ!!」
今を自堕落に生きているダメ人間にいわれたくはない。思わず顔に出てしまうが、それを見逃す横島ではなかった。
「理解していないようだな……ならば、男にとっても女にとっても理想というものを作ってやろう!!」
モデル令子のサンドアートの股間にタワーを作り出した。
「なにをやっとるかーーーーーーーーーっ!!!!!」
亜麻色の疾風が横島の頭を蹴り飛ばし、シンボルタワーごと吹き飛ばした。
「あんたは、発禁にでもしたいのかーーーーーっ!! つーか、人をモデルにしてなんてモノを作ってるのよ!!!」
首を絞めながら前後に振りまくった。
令子の蹴りにより、ドタマの封印と砂がいくらか飛ばされ、タマモは少し動きが取れるようになった。横島がシメられている間に、こっそりと砂を掘り広げ脱出の準備を行っていた。
腕に力を入れると、砂に亀裂が入る。足に力を入れると、体が持ち上がった。
一方、令子は横島に馬乗りになると悠然と見下ろした。
「反省した?」
「はんのうしました」
「はんのう?」
なにがとはいわないが、水着同士のマウントポジションである。野郎同士では絶対ありえないが、水着の令子に乗られたのならば横島でなくとも正常な反応といえよう。
「ーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
気がついた令子は、そのまま顔面にマウントパンチをダース単位で振り下ろした。
「ふふふふふふふ」
不気味な笑い声に、令子は血に染まった拳を振るうのをやめた。
声の方を向くと、埋もれていたタマモの周りの砂に皹が入った。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴスルゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴパラゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴパサゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!!
その立ち上がる様は北○の拳か大魔○か、はたまた巨○兵か。とにかくその手の漫画のような擬音を立てていた。
「よくも好き放題やってくれたわね……この報い、受けてもらうわよ!!」
かなりお怒りの様子で三人を睨みつけたが、シロは溜息をつき、令子はじっくりとタマモを見ていた横島をもう一度殴って意識を飛ばせた。
パラソルの方から、おキヌがタオルを持って駆けつけてきた。横島のところに向かうと思いきや、まっすぐにタマモの方に向かってきてタオルを渡した。
「タマモちゃん……あのぉ」
「なにおキヌちゃん。今更弁明しても無駄よ!」
「いやそうじゃなくて……」
「丸見えよ、あんた」
令子の言葉に、タマモは自分の姿を見た。
ブラの肩ヒモは外れ、砂の上には見覚えのある薄いグリーンの三角形を二つ繋いだような布切れが落ちていた。
「さっきの一撃で記憶が飛んでくれるといいんだけど……」
呆然としているタマモの肩におキヌがバスタオルを掛けた。
陽が傾く前にホテルに戻るが、横島とタマモの姿が見えなかった。
よく見ると、タマモは部屋の隅でいじけていたのでシロが引っ張り出してきた。
「で、横島君は?」
令子が言うが、誰も行き先を知らなかった。仕方なく令子は探しに出掛けた。
水平線に赤い夕陽が沈んでいく。
夏の終わりの夕陽は、いつも以上に物悲しい。
横島は崖の上から沈んでいく夕陽をじっと眺めていた。
声をかけようとした。だが彼の物憂げな表情が令子に声を出させなかった。
潤んだ瞳でじっと夕陽を眺め、唇が震えていた。
僅かに口元が開いた。
「ル……」
――― だめ、その先はいわないで ―――
思わず耳を塞いだ。
「ルードヴィッヒさまぁーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「古過ぎるわーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
「ウラシマン!!!」
令子の飛び蹴りが炸裂すると、妙な雄叫びを上げながら横島は崖下へ転落した。
血だらけになりながら、横島が崖下から這い上がってきた。
「いきなり、なにするんスか! 死んだらどーするんやーー!!」
「ボケるならもうちょい新しいネタやりなさい! 未来警察なんて誰も知らないわよ」
「皆様?」
「そう。みなさま」
「みっなっさっまに♪」
「また30歳以上推奨にしたいんか!!」
再び崖下に蹴り落とされた。
そしてもちろん何事もなかったかのように這い上がってきた。
「夢より遠い世界にいくところでした」
「懲りない奴ね……」
口から湯気を吐きながら、右手を引いた。
「ちょ、ちょいタンマ! どこぞの格闘マンガじゃあるまいし、それは危険です」
「それもそうね。霊気漲らせて闘気のように見せる方がらしいわね」
ある意味禁句である。
「せめて『ル○ィー』にしときなさい。中身はクリリンなんだから」
「自分でいっておいてなんですが、いいかげんこのネタはやめときましょう」
そういいながら、そのまま座り夕陽を眺めた。溜息をつきながらも、令子も隣に座った。
「冗談はともかく、何してたのよ。シロなんてお腹空き過ぎて暴動寸前よ」
「いやぁ〜、俺も腹は減ってんですけどね……」
情けないような、虚しいような複雑な顔を浮かべていた。
「どうせあんたのことだから『夏だというのになぁ〜んもなかった』とでも思ってるんでしょ」
令子の一言に思わず涙が浮かんでしまう。滝のような涙を流しながら令子の方を向いた。
「はいはい返事しなくても分かるわよ」
頭を抱えると肩に寄せた。
「男女逆じゃないの、まったく。私だって、思い出くらい欲しいわよ」
「変わりましょうか?」
「今更遅いわよ」
横島の肩が震えていた。笑っているようである。令子は歯を剥いて威嚇するが、目が笑っていた。
「はぁ〜……せっかくのシチュエーションなのに、ムードなんて私らには無縁みたいね」
「俺にそういうのを求めるのが、そもそもの間違いで」
「少しは努力してよ」
頭を軽く叩くと、横島は顔を上げた。
「努力はしたいんですがシリアスに弱いですし、それに……」
「それに?」
振り返り後ろを向いた。木の影に隠れきっていない姿が3つほど見えた。
「なるほどね……さて、戻りましょうか」
「ですね。この恨みはメシ食った後で晴らすとしましょう」
令子と横島が立ち上がると、気配どころか足音さえ消すのも忘れた影が走り去っていった。
「まったく、おキヌちゃんまで一緒になって……」
「困ったもんだ」
「あんたが一番困ったちゃんよ!」
「俺スか?」
「そう。あんたが一番の悩みのタネよ」
軽く唇を重ねると、横島の手をするりと抜けていった。
「あ、あれ? 続き……」
「続きはね……残りの仕事片付けてからね♪」
にっこりと笑うと、軽い足取りで戻っていった。
「残りの仕事って……まさかあの合同のデカい仕事5件か!!!」
横島はその場に立ち尽くした。
努力かはたまた気まぐれか、それとも奇跡か腐れ縁か、令子とは彼女のような形にはなっていたが、未だに元はとれていない。
事務所一の困ったちゃん。それはやはり令子だったようである。
沈んでしまった夕陽に再び振り返ると、大きく息を吸った。
「ル……
ルルルンルン♪」
「花の○かーーーーーーっ!!!」
カルテットキックで、横島は水平線の彼方へと蹴り飛ばされていった。
ムード……それは横島、いやこの事務所とは無縁のものである。
―――終わっとけ―――
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