幸せは遠いねって言ってみる。
幸せは遠くて悲しみはとても近い。
目を開けると悲しみだけしかない世界にたどり着くから永遠に眠っていたい。
そうずっとずっとずっと。
黒髪が目の前に見える。ああこれは久しぶりに見る夢だと思う。
海だ、目の前にあるのは海。そして貴方。
「暑いわね。ほんと」
「うんそうだね」
夢の中で手を差し伸べるのは、私の弟だ。
夢の中でなら出会える。あの頃の貴方に。
笑いながら彼は手を差し伸べる。
夢の中でしか貴方に会えない。
「……不二子さん、どうしたの?」
「暑くて死にそうなのよ。泳ぎたいわ!」
「水着もって着てないんだけど」
「裸で泳ぐのよ!」
「ええええええええええ?」
僕たちつきあってるってことになってるよね? でもそれは駄目だよ。
目の前でそんな裸でなんて、とうろたえる京介。
見てみるとほんと楽しい。
からかうとこの子はほんと面白い。
「冗談よ、このままはいってみてちょっと海の冷たさを味わってみようかなって思っただけ」
「夏ももうすぐ終わりだからね。多分くらげばかりじゃないかな?」
「……もうロマンがない子ね!」
海にくるカップルは中にはいって水をかけあうものなのよ! と力説する私。
すると本当? とうろんげに京介が私を見る。
「じゃあどうぞ」
「へ?」
「はいってみようよ、不二子さん。海の中へと」
手を差し伸べる京介。
ああこのときの微笑が本当に好きだった。
夏の終わりの名残の海の冷たさを足に感じながら、私は京介の微笑みを見る。
優しいその微笑みに酔うのだ。
この世界には今は幸せはない。
悲しみだけが広がる。
夢の中だけしか幸せはない。
だから私は夢をみる。
ただ夢を見る。
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