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【夏企画】瞳に映る姿は

 夏は恋の季節という。
 照りつける日差しの下で。静かに輝く月明かりの下で。男と女は惹かれ合い燃え上がる。彼女もそうだった。限られた時間の中で彼と出会い、全てを捧げてもいいと思った。ひと夏の恋と呼ぶに相応しいときめきを、彼女は感じていた。永遠なんて望まない。変わらぬ愛など求めていない。欲しかったのは一瞬。全てを燃やし、ひとつに繋がるその瞬間だけ――そう覚悟を決めていたが、状況は思わぬ方向に進み平穏な日々が訪れた。その日々は確かに幸せを感じていられたけれど、心の奥に隠れた何かが、ずっと痛み続けていた。

「ふー、ごちそうさま。朝からこんなうまいメシが食える日が来るとは」

 両手を合わせ、横島は目に涙を浮かべて感動している。ルシオラは部屋の合鍵を受け取っており、いつでも好きなときに横島の部屋へ入ることが出来た。だから時々は早朝に彼の部屋を訪れ、朝食を作ったり部屋の掃除をしたり。以前と比べて実に慎ましい暮らしだが、横島の傍にいられればそれだけで幸せだった。だがあの日――妹のパピリオが横島を襲ったあの時、ルシオラは彼の心に住むもう一人の存在を見てしまった。

「よし、それじゃバイト行ってくる。お前のためにもバリバリ稼がないとなっ」
「ねえヨコシマ。今日はお休みできない?」
「なに言ってるんだ、そんなの無理だよ」
「そう……よね。ごめんなさい。ちょっと言ってみただけだから気にしないで」
「終わったらすぐに帰ってくるからさ、待っててくれよ」

 笑って部屋を出て行く横島の後ろ姿に、ルシオラは思わず手を伸ばしかけて引っ込める。彼のことが好きで、彼の笑顔が好きだから。わがままを言って困らせたくはないと思い、ルシオラは横島を送り出す。一人になった後は部屋の掃除をして、溜まったシャツや下着を近くのコインランドリーまで持って行ったり、かつて雑用として横島にさせていた仕事を自分でやってみた。元々妹二人のまとめ役として面倒を見るのは慣れていたし、好きになった相手のために動き回るのは悪くない気分だった。

「よし、これで終わりね

 綺麗に片付いた部屋の中で、ルシオラは一人満足げに呟く。太陽は空を昇りきり、少しずつ西へと傾き始めている。横島が帰ってくれば、きっと喜んでくれるだろう。そして一緒に食事をして、二人きりの時間を過ごせたら。そんな事を想像して、つい口元がほころぶ。

(早く帰ってこないかな、ヨコシマ)

 しかしその日は、暗くなってもなかなか横島は戻らなかった。真っ暗な部屋の中央で座ったまま、ルシオラは彼を待ち続けた。暗闇は怖くない。むしろ自分には、この世界こそがふさわしいのだとルシオラは思う。その中でずっと、彼女は考え続けていた。

(ヨコシマの中には、私以外の人が住んでいる……)

 それは心をえぐられる気持ちだったが、仕方ないとも思った。自分が生まれるより前から、横島と彼女たちは多くの時間を過ごしている。いくら好きだと思っても、積み重ねた時間の差だけはどうにもならない。出来ることはいつか一番になれるよう、彼を愛し続ける事だけだ。その時ふと、ルシオラは自分に問う。

(ヨコシマは私のどこを好きになってくれたんだろう?)

 命を救われて彼の心に残りたいと願い、覚悟もした。生まれ持った霊的プログラムによって、人間に抱かれれば死ぬという事実を横島は知ってしまった。それでいて尚、彼は自分のために戦うと言ってくれた。横島に深い考えなど無かったかもしれない。単純に彼は優しかったし、だからこそ彼の心に残りたかった。たとえ一度きりの思い出でも、誰かの心の中に自分の記憶を留めてもらえたら。たとえ一度きりでも、誰かに求め愛されたなら。道具として作られた命に意味が生まれるだろう。あの日刹那を望んだ自分は今、横島を好きでいることに迷いや苦しみを感じているのだ。

(そう、私は自分のためにヨコシマを……)

 涙があふれて止まらなかった。こんな自分の姿は、彼の目にどう映っているのだろうか。胸の奥が苦しくて寂しくて、声を殺してルシオラは泣いた。

「ルシオラ? いるのか?」

 玄関の方から声がする。ミネラルウォーターの入ったコンビニ袋を下げた横島は、明かりも点いていない部屋に上がり込んでルシオラの傍に近寄る。

「お帰りなさい」

 ルシオラは立ち上がり返事をする。

「すまん、バイトが想像以上に長引いちまってさ。お詫びにおいしい水を……っと、その前に明かり点けるか」
「待って、そのままがいいの」

 ルシオラの姿が薄緑色に輝き始める。真夏の夜に舞う蛍と同じに、儚げな光が彼女と横島の姿だけを暗闇に浮かび上がらせる。

「な、泣いてたのかルシオラ? 待たせちまったからか?」

 涙の跡を見て慌てる横島に、ルシオラはゆっくり首を振る。

「聞きたいことがあるのヨコシマ」
「えっ?」
「蛍は夏の間だけ……それも短い時間を暗闇の中でしか生きていけない。だから相手を求めて一生懸命に光るのよ。知ってた?」
「お、おい、一体何の話を」
「光が綺麗なほど、良い相手に巡り会える。私もね、素敵な人に巡り会えたわ」

 ルシオラはそっと指先を動かし、身に纏う全ての服を脱いでしまう。

「ル、ルシオラ!?」
「私はヨコシマが好き。大好きよ……だけど不安なの。怖くてたまらない。だから――」

 薄緑色に輝く裸体に釘付けとなって、横島は息を呑む。ルシオラは悲しさと儚さが入り混じった声で訊くのだった。

「ヨコシマの眼に映る私は、どう見えているのか教えて――」
 
お久しぶりでございます。
枯れ木も山の賑わいって事で、自分もひとつ参加させて頂きます。
とある女性シンガーの歌を聴いていて思いついたお話ですので、面白いのか微妙かもしれませんが。
前回の投稿に続きルシオラがメインのお話で、やはり時間軸とか設定は一部IF的に考えてもらえればいいなと思います。
読んでくれた方の一人でも楽しんでくださればいいなと願いつつ。

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