夏。それは熱走る時。
夏。それは開放に浸る時。
夏。それは……
Sammer!
妙神山の復旧も完全に終わり、パピリオの修業も本格的に始まって幾ばくか、のある日。
ついに彼女が駄々こね回った。
「遊ぶ〜〜! 遊ぶ遊ぶ遊ぶぅ〜〜!!」
「こら、パピリオ。修業もほっちらして」
「もうや〜だ〜! 人間界では夏休みがあるじゃないでちゅか!
パピリオもほちいい〜〜!!」
じたばた手足を動かすパピリオに、どう接したら分からない小竜姫。
「やれやれ。しょうがないのう」
「老師!」
「ほれ、人払いの結界と下山許可証じゃ。ただし、くれぐれも羽目を外しすぎるでないぞ」
喜ぶパピリオと裏腹に、無事に事が終わるか、複雑な心境の小竜姫であった。
夏。
パピリオとて何処で遊ぶのが良いかぐらい承知している。
ずばり、目的地は海!
エメラルドグリーンの海水に、白い砂浜がパピリオのうずうずを刺激する。のだが……
「小竜姫様と二人きりでちゅか?」
「うーん、それはさすがに……美神さんたちでも呼びますか」
金塊一つで来てくれるだろうか。
そんな事を考えて、電話を拝借していると。
戻ってみればパピリオがいない。折角承諾してくれたのに、何処に行ったのか。
空を仰ぐと、遠方から飛ぶ小さな点と、ぼろぼろの何かが見えた。
「パピリオ。その焦げた物体は、どこから拾って来たのですか」
「え〜〜。やっぱり大勢の方が、楽しいじゃありまちぇんか」
「お、お前はそれだけのために、俺を電線に引っ掛けまくったんかい」
黒い物体、もとい横島がふてくされた。
「些細な事を気にしちゃ、いい大人になれまちぇんよ」
「おまえなぁ! ……で、一体何のようなんスか」
「実は休暇を取ったのですが、もう少し人手を増やそうと言う事になりまして」
小竜姫が申し訳なさそうに自分の頭をなでた。
「パピリオ。美神さんたちを呼んだから、別に横島さん一人さらう事はなかったのに」
「あ、いや……あの女、俺一人だけ置いていきやがったんですよ。
待望の巨乳パーティんげ」
パピリオの肘鉄が後頭部に、小竜姫の拳が顎に、刺さった。
「なるほど……それで一人置き去りをくらったんですね」
「納得でちゅ」
「二人とも、仮にも神や魔族なんだから、もうちょい手加減してくれても」
唸る横島に、小竜姫様たちは、そしらぬ顔。何かの罫線に触れたらしい。
「さて、美神さんたちが来るまでの間、どうしましょうか」
「ヨコシマ、遊んで、遊んで〜〜!」
「よ〜〜し。そ〜〜れ高いたか〜〜い」
横島がパピリオを持ち上げた。
この時、パピリオの帽子が取れていたならば、彼女にでっかい丼マークが確認されたであろう。
「フッ……よ〜〜しお返しでしゅ! 高い高〜〜い!!」
「ちょ、俺は別にいいって言うか、あのパピリオさん妙に力入って苦しぎゃああああ!?」
横島が、発射された。上空の人払いの結界を越え、後は慣性の法則にしたがって……
地響きが起きた。残さるるは古びた運動靴のみ。他は全身地面に嵌っていた。
それからすぐに、エンジン音と共にコブラが突っ込んできた。
傍目からも、相当に飛ばしてきたであろう様子が見て取れる。
人払いの結界の事は伝えておいたので問題ないのだが……。
小竜姫は、途中経路の海水浴場はどうしたのか聞きたかったが、怖いのでやめておいた。
「良く来てくれました」
「そりゃあもう。海で遊ぶだけで金塊もらえるなら!」
美神が水着でアピールされた、豊満な胸を張る。
「横島さんも先に来てますよ」
「げっ、本当ゴキブリのような奴ね。で、どこにいるのよ」
「そ、それが」
「くんくん……美神殿。車の下から先生の匂いがするでござるよ」
横島は、止めとばかりに踏み潰されていた。
「あ〜〜、死ぬかと思った」
「アンタ、ゾンビかなんかじゃないの?」
「轢いといてそれっスか!」
横島が抗議をするが、美神は何処吹く風だ。
「さて、と。たしかパピリオのストレス発散でしたよね。
パピリオ、あんた何して遊びたい?」
「鬼ごっこ! ヨコシマが鬼で!」
「却下」
「え〜〜!」
「飛行組が三人! 犬一匹! 有利不利の差が激しすぎるだろーが!」
「拙者、犬ではござらんのに」
横島が全否定する。
一方の美神たちも引きつっていた。
何が悲しゅうて、海まで来て鬼ごっこをせねばならんのかと。
それでも顔に出さない辺り、流石はプロというべきか。
「そうでちゅねー。じゃあヨコシマ一人の凍り鬼で」
「しまいにゃ泣くぞ、パピリオ……」
横島が、がっくりと両手を地に付いた。
この凍り鬼と言う奴、タッチしてもその場に固定されるだけ。
それで全員を捕まえれば鬼の勝ちなのだが……。
凍った人は、凍っていない人にタッチされると、再び動けたりする。
(普通、鬼は複数でやりますね〜〜)
と、ココで横島に悪知恵が働いた。
「よっしゃ、やったろーやないか!」
「お、気合十分でちね。じゃあ、ヨコシマ、とお数えるまで動いちゃダメでちよ」
そうして十まで数え終わり、横島はある計画に移ることにした。
「ちょ、ちょっと横島君! 何で私ばかり狙うのよ」
「美神さんを生かしといたら、何をされるか分かりませんからね。
早めに固まってもらいます! と、いうか他に選択肢がありません!」
「ふーん……給料下げるわよ」
「なっ、たかが遊びに人の雇用条件変えないでください!」
横島が涙と鼻水交じりに反論した。
そして。
「それタッチ!」
「く、不覚……」
横島はついに美神を捉えた。
「動かないでくださいよ」
「動かないわよ。あー、サンクリーム塗ってからやるんだった。
ってちょっと横島君その手は何」
「フッフッフ、こういうときでもなければ生乳は拝めませんからね。そんじゃ遠慮なく」
凍てつくような一陣の風と、文字通り死を髣髴とさせる視線が横島に刺さった。
「横島さん、サイッテー」
「あ、いや、違うんだおキヌちゃんこれはその……」
「問答無用です!」
笛の音と共に、二度横島は宙を舞った。
凍り鬼はまだまだ続く。
「おキヌちゃん、タッチ!」
「く、おキヌ殿、ただ今救出に……ぎゃん!」
シロが落とし穴の餌食となった。
「フッフッフ。厄介な犬は檻の中、と」
「拙者、狼でござると申すに!」
横島の陰湿な含み笑いに、シロが猛抗議した。
その瞬間。
眩い閃光が大地を照らす!
「ぐわっ!」
その光は横島の目をモロに焼いた。
「それ、おキヌちゃん、シロタッチ!」
「ちょっと! 閃光手榴弾を使わないでください!」
「ホーホホホ! こんなの、金塊に比べれば安い安」
情けない埋没音と共に、美神が穴に嵌った。
「くっ、アンタ何個穴掘ってるのよ!」
「フッ。シロ対策で、大物がかかったみたいですね。さて今度こそ遠慮なく生乳を」
言い終わる前に大量の蝶が、横島の口を塞いだ。
「げほっ、げほっ……パ、パピリオ……げほっ」
「それタッチ! 悪官から犠牲者を救いまちたよ!」
ここまでやられて、横島が吠える。
「ちょっと待たんかい! 皆して能力を使いすぎやー!!」
「え、拙者は何も使ってないでござるよ」
「お前は存在自体が、超ド級の能力者やーー! そっちがその気ならこっちも使いますからね!」
横島が、キレた。
「そ〜れ「引」!」
全ての存在が、横島の元に引き寄せられた。
「う〜し大量大量! タッチタッチタッチ!」
「ちょっと! これこそ卑怯じゃないのよ!」
「空飛んでた奴に、言われたかないわ!」
横島の周辺に水着の女性陣が集まる光景は、さながらハーレムを想像させる。
しかし、事はうまくは運ばない。
「二の四の……あれ、一人足りない」
「フフフ。甘いでちよヨコシマ!」
「げ、パピリオ。し、しかしお前一人じゃどうにもなるまい」
動揺する横島に、しかして不敵に笑うパピリオ。
「いけ! 眷属たち!」
蝶々がひらひらと女性たちに止まった。
「そーれ動いていいでちよ〜」
横島の顔がマンドリルになった。
「通るかそんなの! サシで来いサシで!」
「ふ〜ん、いい度胸でちゅね」
「あ、いや今のは、言葉のあやと言うかパピリオさん?
そちらの手に溜めてる霊波砲は、非常に危険ですので……ひぃぃ!!」
横島、慌ててその場から逃げ出すも。
「くらえーー!!」
「わぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
こうして横島は、三度目の空中飛行と相成った。
その後。各々自由行動となり、皆が好き放題に遊びだした。
美神さんは日光浴。シロタマとキヌパピリオはビーチバレーを満喫していた。
焦げた横島と小竜姫は同じパラソルの下、海辺を眺めていた。
「あんまりや……俺が何したっちゅうねん」
「まぁまぁ、横島さんの自業自得な部分もありますし」
(と、いうかこの人は何で生きているのでしょう)
愚痴る横島を、小竜姫が宥めているだけだった。
のだが。
パピリオと一部の方々はこの光景が面白くない。
こっそり裏手に回りこんで、パピリオが振りかぶる。
「おっと、手がすべったでち!」
横島めがけて繰り出されたビーチボールは、風によって湾曲し、
小竜姫の背中に直撃した。
パピリオの強烈な一撃で、ビーチボールは小気味のいい音を立てて割れた。
「ひぐっ!」
「お、おまえら!? 一体何を」
最後まで理解できることなく、竜と蛇の相の子のような姿になった小竜姫の尾撃が、
横島をはるか彼方へ吹き飛ばした。
「げ、小竜姫様!」
「な、何でござるかアレは!」
「ええい以前のように弓と矢で……あああやり方わかんない!」
美神が悲鳴を上げた。
「ええい、こうなったら怪獣大決戦でちゅ!」
パピリオが果敢に飛び出し、小竜姫と戦おうとするが。
その時。
柱ほどの金剛棒が二発落ち、後には目を回した小竜姫とパピリオが残った。
「やれやれ、ちょっと休みをくれてやるとこれか」
「猿神!」
「迷惑かけたな。こやつらには後できついお灸をすえておく」
そう言うと、彼女らを背に担ぎ、彼女らの師匠は姿を消した。
「ってこらーー! 約束の金塊はどうしたのよーー!!」
浜辺に響く怨嗟の声。
黒髪の少女がまぁまぁと宥めていた。
その後、妙神山の頂にて。
「何か申し開く事はあるか」
猿神が厳かな口調で問い詰める。
「え、えっと師匠。何で私まで懲罰の対象になっているのでしょうか」
小竜姫がおずおずと口を開いた。
「そりゃあ怪獣になってあんだけ暴れたらダメでちよ」
「パピリオ! そもそもの原因を作ったのは誰ですか!」
「ヨコシマといちゃいちゃしてるから、あの程度もかわせないんでち」
「そりゃあ私だって、男の人とああいうムードに憧れ……って論点をずらさないで」
「馬鹿者ぉ!!」
猿神の喝がとんだ。
「おぬしら二名、次の夏まで人界に行く事、罷りならん!」
「ほえええぇぇ……」
「な、何で私まで」
二つの存在は、がっくりと項垂れた。
こうして外出禁止令が出ていることも露と知らず。
「パッピリオさま、さま〜、小竜姫さま、さま〜!
ボクチン拾ってカムバック♪」
名も知れぬ島で、横島が焚き火をおこし奇天烈なダンスを踊っていた。
おまけ・・コンプレックスに捧ぐ
結局、餓死しそうになりながらも、文珠で帰れたのは三週間後。
お盆はとうに過ぎ、いるのはクラゲとサーファーがまばらのみ。
熟れた果実はこの地になく、唯ひたすらに涙が頬をつたう。
「いるかぁぁぁ、コンプレックスゥゥ!
てめえに一夏、ナンパする機会すら奪われた、この悲しみがわかるかぁぁ!!
出て来いコンプレックスゥゥ!!」
横島が血の涙と共に盟友を呼んだ。
「で、出れんギャァ」
コンプレックスは岩場の陰でホロリと涙を流した。
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