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「結局、アタシが神族に迎え入れられるためには成果が必要なんだとさ」
長い話だった。
石神の社から事務所まで20分。
竜神族の由来から始まり、西遊記を交えて、魔物と神族の本質までメドーサは説明してくれた。
……実際の所、半分以上わけわからん話だったのだが。
「居場所を決めるから、善行をして来いってね」
俺の表情を読んでだろう。メドーサは最後に諦めたように話を要約した。
「それで、美神さんのところかよ、神族ってのも大変だな」
「まったくだよ、特にアタシなんか西海出身だからね。竜神の中でも異端なのさ。魔物やってる方が本当はお似合いなんだろうよ、……お前だってそう思うだろ?」
自嘲気味に彼女は笑う。
金色の細い瞳。
紫の髪を少しかき上げて。
「いや、別にどっちでもいいんじゃねーか?」
魔物って言っても、ワルキューレやジークみたいなのもいる。
神族って言ったって、トラブルメーカーのヒャクメみたいな碌でもないのもいるわけで。
「敵じゃねーなら、問題ねーよ」
実際、月で若返ったメドーサはかなりの美少女だ。
ミニスカから伸びる足、谷間をさらけ出してるプロテクター。
透くような白い肌は出自をギリシア神話に持つからだろうか、鮮やかな青に塗られた唇も挑発的な輝きを見せてくれる。
……サービスシーン担当が増えるのは実に良いことだ。
「若くてピチピチな今、味方となっても問題は無いっ。つーか、むしろウェルカム。その胸を俺に捧げろー!!」
じっと見てたら、ムラムラしたのでとりあえず飛び掛っておいた。
……ま、お約束ってやつで。
だが、ちょっとでも触れりゃラッキーのつもりで伸ばした手は、見事に彼女の乳房を掴んでいた。
ぷにぷにだった。
「ばっ、ちょっとやめておくれよ、こんな場所で」
プロテクター、硬そうに見えるが意外に柔らかい。
絹のような素材らしい。
レース越しの親指はより明確に感触を伝えてくる。
ぷにぷに過ぎる、ぷにぷにがぁっ。
「あん、アタシはさ、お前に調伏されたから、ん、逆らえないんだよ……」
頬を染め、上目遣いに俺の胸を押し返えそうとする……が、全然力は込められていない。
「んく、もう。時と場所ぐらい選んでおくれよ」
突然に併せられた唇。
押し戻すのを諦めてか、俺の背中に回された手がぐいと俺を引き寄せていた。
月の時のようにまさぐられる口の中。
……あるいは、それ以上に、だ。
「まったく、収まったかい、オトコノコ」
唾液が細い糸を引いていて、彼女の口元を光らせる。
なんじゃ、これはっ。
視線のエロさ、言葉の柔らかさ。
なんで、飛び掛って胸をもんじまったのに、俺はキスなんかされているのだ?
「いい加減胸を離してくれると嬉しいんだけどね。……美神も見てるみたいだし」
上目遣いに微笑むメドーサの言葉の意味は一瞬分からなかった。
「よーこーしまーっ、アンタ事務所のまん前で何やってんのよ」
……へ?
「※※×○△っっ!!!」
見上げれば、事務所の窓からこっちを見下ろしている美神さんとおキヌちゃん。
あの目は、……殺る目だ。
「美神、猿神からの連絡はついてるかい?」
空気を読まない神族は、明るく声をかけ。
俺はどうすればこの場を脱出できるか、考え続けた。
……無駄だった。
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「事情は聞いてるわ、それにしてもついてないわね。アレに調伏されたって扱いなんて」
ああ、大きな釜が目前に。
煮立ってるよ。なんか赤いよ?
「まったくだよ、ましてアレが仏法の守護者の弟子ってのも冗談みたいなもんだしね」
あの、おキヌちゃん?
あきらめと慈愛に満ちた視線はやめて?
養豚場にいる豚をみるような目。
可哀想だけど明日には食べられちゃうのね、と語りかけてくるような視線。
「さっきの事故だって認めるわ。今後はあんな事が無いようにあたしも気をつけておく」
「ありがたいね。二度目も男に襲われて、嫉妬されて堕天するなんてのはごめんだからね」
ヤメテヤメテ、その紐を離さないで。
大丈夫ですよ心にやましいことが無いなら、許されますって、ナニソレ。
「ふうん、……きちんと記憶があるのね」
「ああ、誰かが『惜しい』と思ってくれたらしくてね。馬鹿な奴さ。こうなるのを狙ってたって訳でもないだろうに」
クスクス、と二人の話を聞きながらおキヌちゃんが笑う。
……嘲う。
「狙ってたなら、あんな迂闊な真似はしてないでしょうけどね。……おキヌちゃん。ちょっと待って。そのまま落としたらいくらそいつでもやばいわ」
ザンネンデス。
……確かにそう呟いて、おキヌちゃんは俺を吊り上げているロープを柱に結んだ。
「ヤサシイねぇ。オママゴトは進展したのかい?」
メドーサの余計な一言のせいでロープは結局美神さんに引きちぎられたわけだが。
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予想以上に平和に迎えられたメドーサは、予想以上に有能だった。
俺の調子が悪い分を埋めて有り余るほどに。
「メドーサが居てくれて大助かりだわ、もうずっと居てほしいな♪」
小口の仕事を倍以上に請けることで確保された利益は、美神さんを上機嫌にさせている。
「……あんな事言ってるぞ、おキヌちゃん」
「美神さんの言う通りじゃないですか。メドーサさん、すごく気が効く方ですよ」
「ただ居候じゃ納まりが悪くてね。世話になる分は働くよ」
などと言って、日常の雑務まで進んでこなす彼女は、いつの間にかおキヌちゃんと食事や掃除を分担してやるようになっていた。
「美神、この依頼の事なんだけどね、ちょっと気になる点があるんだ。下調べをしておいた方が良いんじゃないかね?」
後遺症によって殆どの霊力を失ったといっても、身に着けた体術や知識は健在。
その上で美神さんを立てて独走したりしない姿勢はプロフェッショナルと呼ぶに相応しい。
「面白くないっ、面白くないぞっ!!神族が……神族がおらたちから仕事を奪う〜っ!!」
つっても、前のマリアの時のように難癖をつけるのも難しい。
書類仕事、依頼人との交渉、下調べ。
メドーサがこなす仕事は、俺には解らない専門分野まで踏み込んでいたから。
「あ、なんかデジャブー、またやきもちですか」
走り去る俺に困ったようなおキヌちゃんの声。
「ほっときなさいな、進歩無いわね。あいつも」
美神さんの冷たい言葉を背に受けて事務所を飛び出した。
結局、誰も追って来てはくれなかった。
☆☆☆
実際の所、気になっているのは、メドーサの件だけではない。
彼女が来てから一週間。大気圏突入時に失われた霊力が一向に戻る気配が無かったのだ。
「このままじゃ、役立たずもいいとこだ」
近所の公園のブランコに座りながら、じっと手を見る。
集中をしても文珠はおろか、サイキックソーサーすら出る気配は無い。
「焦っても仕方ないんだが……」
一時的な物だろう、と小竜姫様は言っていた。
だが神さまの言う一時的ってのはどれぐらいのものだろう。
「なんか、考えんといかん、か」
バイトを始めた頃ならば、こんなことを気にする必要など無かった。
美神さんのチチ・シリ・フトモモを追っかけて荷物を持って、彼女の指示に従って除霊の手伝いをしていれば良かったのだ。
新たなチチ・シリ・フトモモを迎えた事務所で、今の俺が出来ることは多くない。
「お悩み、みたいですね」
頭上から突然に声を掛けられたのはそんな時だった。
声に全く聞き覚えがなかったから、困惑する。
「よければお話していただけませんか?お力になれるかもしれませんよ」
続いた言葉に顔を上げて、ちょっとびびった。
そこに居たのは大きなオカモチを持った魔女だったから。
「えーと?」
知り合いじゃない。
カーキ色のビスチェと黒のロングスカート。
三つ編みにされた栗色の長い髪はつややかに輝いている。
こんな美女、一度会ったら忘れるわけも無い。
「こんにちは、わたし、魔鈴めぐみと申します。近所で魔法料理の店をやってるんですけど」
スカートを押さえながら空を飛ぶほうきから降りて、彼女は微笑みを。
三角帽子が緩やかに揺れた。
「お?おぉ?」
しかも、もろ俺好みの年上のおねーさん。
「魔法で貴方の悩みを助けてあげられるかも知れません」
降って湧いた幸運に身を震わせる。
メドーサといい、この人といい。
月でも結構、美味しかったし。
もしかして女運が上昇中なのか?俺。
「魔女の仕事は世のため人のために働くことなんです、遠慮なんかしなくていいんですよ?」
強調された胸元がきっちりとした服装の中に色気を醸し出し、微かな仕草が女らしさを描く。
「いや、大した事じゃないんです」
ここは難しい状況だ。
初対面の美女に対してどう対処するか。
全ての可能性を検討し、最適解を導かなくてはいけない。彼女は悩んでいる俺に優しい言葉を掛けてくれた。
これは、俺に対して好意を持っていると言っても過言ではないだろう。
俺に好意を持った美女。
それを前にして男の取る行動はたった一つだ。
「ただその胸で泣かせてくださいーっ」
飛び掛るに決まっている。
会心のタイミングだった。
この間、メドーサに飛び掛った時と同じかそれ以上の速度。
……しかし、華麗に避けられた。
ずざざーと顔面には砂利の感触。
チッ。
「ふふ、お元気ですね。でも泣いたって解決なんかしませんよ」
動じることなく微笑を続けている彼女は、なんか。大人だ。
【続く】
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