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【夏企画】ぼくの夏休み

 突き抜けるような青い空に白い雲、そしてギラギラとした日差し。
 生命力に満ちあふれた夏の空気を切り裂き、純白のビキニは愛しい者を目指す。
 熱気に溶かされ流れそうなソフトクリームは、それを持つエミの心を沸き立つ入道雲のように高揚させていた。

 「晴れて良かったワケ! 今年は冷夏っぽかったから心配してたんだけど」

 「僕としてはもう少し陰ってくれた方がありがたいですけどね・・・・・・」

 海辺独特の強烈な太陽がジリジリと全身を焼く。
 多少の耐性はあるものの、ピートは目眩にも似た気分を味わっていた。






 ――――――― ぼくの夏休み ――――――






 「ごめんね。無理言って付き合って貰っちゃって・・・・・・迷惑だった?」

 「いや、そんな事は無いですよ」

 「そう。良かった! これ、つまらないものだけど感謝のしるし」

 焼き付いた砂浜。
 ビーチパラソルが作り出した僅かな日陰に避難していたピートに、エミはソフトクリームを差し出す。
 そして、自身もその僅かな日陰に潜り込むと、敷物の上にへたり込むピートを覗き込むようにそっと笑いかけるのだった。




 「溶けないウチに食べてね!」

 「あ、ありがとうございます!」

 前屈みになり一層強調されたエミの胸から慌てたように視線を離すと、ピートは溶けかかったソフトクリームを急いで口に運んだ。
 頭痛を誘発しそうな冷たい刺激が口腔内を満たすが、ピートは顔を赤らめながら一気にソフトクリームを平らげる。
 舌先に感じた濃厚なミルクの味が、エミの胸のイメージと生々しく結びついていた。
 
 「おいしい?」

 「え!? な、ナニがです」

 「ナニって、ソフトクリーム・・・・・・凄い勢いで食べたけど、頭痛くならない?」

 「あ、ああ、平気です。とても美味しかった。炎天下で食べたせいかな・・・・・・」

 ピートは心配そうに覗き込んだエミの方を向けなかった。
 鼻腔に残るミルクの香りが、近くにあるエミの胸を一層強く意識させている。
 ややもするとそこを凝視しそうになる自分を押さえるため、ピートは周囲に視線を泳がせるとこの浜辺に来ることになった理由を口にした。

 「しかし、こんな平和そうな浜辺が妖怪に悩まされているとは・・・・・・唐巣先生、何か感じますか?」

 「うーん。これと言って」

 「あら、唐巣神父。いたの?」

 「いたのって・・・・・・僕の記憶が正しければ、昨夜君が僕に仕事のヘルプをしたと思うんだがね」

 「冗談よ! でも、いつもの服装じゃなく、水着だから別人みたいなのは本当なワケ」

 エミはチラリと唐巣を一瞥すると、すぐにピートへと視線を固定する。
 唐巣もそれなりに引き締まった体をしているが、感じる色気はピートと比べものにならなかった。 
 ピートが着ているのはごく普通のトランクスタイプの水着だったが、人目の多い観光地ではそれで十分だと彼女は思っている。
 真っ白で滑らかな肌に視線を滑らせ、エミは競泳用の水着をつけたピートを夢想する。
 濃い色調の三角形の布地が色白の肌を引き立たせる。
 彼を陥落おとしたら水着をプレゼントして、プライベートビーチでバカンスと洒落込もう。
 いや、いっそ無人島のビーチで生まれたままの姿で・・・・・・
 今は水着が作り出している白と黒のコントラスト。
 それをお互いの肌で作り出す2人の姿が、エミの脳裏に次々と浮かんでいた。

 「うわっ! エミさんヨダレが!!」

 「おーい。小笠原クン帰ってこーい!」

 「え! な、何もやましいことは考えていないワケ!!」

 じゅるりと口元を拭いながら、エミは慌てて弁解にもならない台詞を口にした。
 ピートを前にすると横島化が甚だしい彼女に、唐巣はつい口元を緩めてしまう。
 彼は除霊のヘルプが、弟子のピートを誘い出す口実であることに初めから気づいていたのだった。 

 「ビーチは平和そのもの。コンプレックスが出るんなんてのはただの噂じゃないのかな?」

 「そ、そんなこと無いわ。超大型のコンプレックスが出るハズなワケ!」

 「本当かな? 僕の見たところ・・・・・・この辺りにそんな大きなコンプレックスはいないと思うんだが」

 唐巣の鋭い眼光に射抜かれ、エミの表情が凍り付く。
 彼女は自分の計画が水泡に帰す恐怖を味わっていた。
 先ほどピートに食べさせたソフトクリームには、魔鈴から入手した惚れ薬。
 ビーチで散々な目にあった彼のコンプレックスは、この浜の陰の気を呼び寄せ巨大なコンプレックスへと(以下略)。
 目的達成のためなら手段を選ばない作戦だったが、同じようなことを考えている女が近くにいることをエミは知る由もない。

 「コンプレックスはいるワケ!」

 エミは虚勢でしかない口調で唐巣を睨み返す。
 しかし、その攻撃的な視線は、不意に目尻を下げ微笑んだ唐巣によってすっかり肩すかしを喰らうのだった。

 「ああ、多分、どこかにね」

 「へ?」

 唐巣の浮かべた微笑みに、エミの虚勢が薄れていく。
 彼は人の良い笑顔で続く台詞を口にするのだった。

 「だから、ピート君と2人で見回りに行ってくるといい・・・・・・荷物番は僕がしているから」

 「神父ッ!」

 エミは唐巣の手をしっかりと握ると喜びに顔を輝かす。

 「何て素晴らしいアイデアなの! こんな素晴らしい師匠に、あのクソ女みたいな弟子がいたなんて信じられない!! それじゃ行ってきます!!」

 「うわっ! エミさんちょっと!」

 ピートの意志などお構いなしに、エミは彼の腕をとり浜辺へと走り出した。










 ――― おかしい? 効き目が現れない?


 唐巣と分かれてすぐ、エミは己の計画に綻びが生じかけていることに気づいていた。
 計画では道行く女子に嫌われたピートをコンプレックスと融合させ、その融合を自分の優しさで解除する。
 相場以上の除霊料金はどうでもいいが、超が付くほどの奥手の男を陥落おとすには有効な作戦とエミは思っていた。


 ――― さっき、あの小娘は確かに色目を使っていた・・・・・・


 見回りを初めて100mも歩かないうちに、足下に転がってきたビーチボールをピートは拾ってやっていた。
 振り切るように腕を放されたのは悲しかったが仕方がない。
 ピートが女子に毛虫のように嫌われるには必要なステップだろう。
 しかし、ピートに走り寄った小娘は、それを切っ掛けに逆ナンを始める。
 慌てて割り込みピートを奪還したものの、エミは混乱するばかりだった。

 「ねえ、ピート。どこか変わったって感じしない?」

 「え! なっ、何でそんなことを?」

 エミの質問にピートは大いに慌てていた。
 焼け付くような直射日光と、腕に感じるエミの柔肌。
 目眩にも似た感覚を感じている彼は、自分の胸に湧き上がる感情に戸惑っている。
 しかし、当のエミは惚れ薬の効き目に拘る余り、陥落の兆候を見逃してしまっていた。
 惚れ薬が人間でないピートに効かないことを知ったら、エミは悔し涙を流すことだろう。

 「いや、何かいつもと変わったことなかったかなーって・・・・・・」

 「はは、日差しに当てられたかな・・・・・・太陽が眩しすぎて。あ、かき氷・・・・・・ちょっと買ってきますね」

 海の家を訪れたピートが、バイトの女子店員に受けたのは超大盛りのサービス。
 けんもほろろにあしらわれる様を期待していたエミは、力なく肩を落とすのだった。

 「はは、優しい店員さんにサービスしてもらいました」

 「そう・・・・・・。ねえ、ピート。一旦神父の所に戻りましょうか?」

 「・・・・・・優しいんですね。エミさんは」

 「え?」

 「僕の体調を気遣ってくれて・・・・・・エミさんが言ってくれなかったら、僕からお願いする所でした」

 ピートの浮かべた天使のような微笑みに、エミは心の中で土下座する。
 もとの場所に戻るのは、ピートが購入したかき氷に惚れ薬を入れるためだとは口が裂けても言えなかった。
 薬の効能が現れないのはその使用量のせい―――
 そう思っている彼女は、フラグが立ちかけていることに全く気づいていない。
 恋は盲目と言うが、全くもってその通りらしい。
 エミは帰りの道々で生じた兆しの全てをスルーし、計画達成にむけて邁進する。


 ―――ピートより僅かに先んじて唐巣の元に帰り、自分の荷物から惚れ薬を取り出しかき氷に滴下する。


 彼女の脳細胞はその事のみを考え、そして実行するだった。

 「あ、令子が横島とイチャついてる!」

 唐巣の元へと辿り着いたエミは、ピートが追い着くのを見計らって遠くの砂浜を指さした。

 「え! 横島さんが!!」

 「令子君がとうとう・・・・・・どこだね! 小笠原クン!!」

 朴念仁の2人はアイドルくらいでは釣られはしないだろう。
 そして、失踪した元アイドルは、ピーを入れても怖くて使えない。
 2人を良く知る者にとって、ある意味怖いモノ見たさの光景をチョイスしたエミの作戦は、ものの見事に当たっていた。
   
 「あ、見間違いだったワケ。よく考えたら令子が人前でそんなことするわけ無いし・・・・・・ホホホ」

 指さした方に2人の注意を逸らしたエミは、取り出しておいた小瓶の中身を素早くかき氷へと振りかける。
 効き目の悪さを考慮した大盤振る舞いは、見事に成功を収めていた。



 ―――ククク・・・・・・計算どおり



 新世界の神のような表情を見せるエミ。
 しかし、その悪そうな笑顔は、遅れて聞こえてきたピートの声に呆気なく瓦解する。

 「なんだ、驚かさないでくださいよ。あ、唐巣先生、かき氷買ってきましたんで、溶けないウチに食べてくださいね」

 「へ? ピ、ピート、それピートが食べるんじゃないの?」

 「僕はさっきエミさんからソフトクリーム貰いましたから・・・・・・1人で食べちゃって悪いことしたなって」

 「し、神父、冷たいものの食べ過ぎは体に毒じゃない?」

 「はは・・・・・・エミ君の差し入れはピート君にだけだったろ? ありがとうピート君、丁度喉が渇いていたところだ」

 「ああああ・・・・・・」

 目の前でシャクシャクと消費されるかき氷に、エミは言葉を失っていた。
 心の中に生じた一縷の希望―――惚れ薬が不良品であるという望みはすぐに絶望へと変わる。
 すぐに目の前で唐巣に起こった、周囲の女性客からのバッシングは凄まじいものだった。
 ハゲし・・・・・・いや、激しい攻撃に晒され混乱の極みにある唐巣。
 師の危機に割って入ったピートも、己が加わった事により質が変わった攻撃に為す術もなく退散する。
 飛び交う「受け」とか「攻め」とかの単語に得体の知れない危険を感じた彼は、唐巣を伴い霧に姿を変えると、女性客の包囲を抜け出しエミに助けを求めた。

 「クッ、何だこの精神攻撃は! エミさん、手を貸してくださ・・・・・・」

 「何で神父には薬が効くのよ・・・・・・」

 「えっ!?」

 女性客の包囲を脱出したピートと唐巣は、エミの呟きを聞き逃さなかった。
 そして、彼らの脳裏では、先ほどのかき氷のやり取りと現在の状況が密接に結びつく。

 「小笠原君! まさかさっきのかき氷に魔法薬が・・・・・・うわっ!」

 囲みを抜け出し攻撃の手を逃れたのも一瞬。
 エミに真相を問いただそうとした唐巣は、己の頭部を襲う新たなる女性客からの攻撃に這々の体で逃げ回る。
 その場に残されたピートは、信じられないという表情でエミに詰め寄るのだった。

 「さっきのかき氷に何か入れたんですか? 一体、何の為にッ!?」

 「えっ! な、なんの事かしら?」

 「誤魔化さないでください! かき氷を食べた途端、先生は女の人から攻撃を受けるようになったじゃ無いですかッ!」

 女性に対してピートが声を荒げるのは初めてだった。
 それが先程までエミに感じ始めていた好意の裏返しであることに、当の本人はおろかエミも気づいてはいない。
 彼の迫力に気圧され目を逸らせたエミは、沖に出現したコンプレックスの姿を目撃する。
 横島の霊気によって成長したコンプレックスは、周囲に津波攻撃を行おうとしていた。

 「気をつけてピート、横島と合体したコンプレックスが攻撃を!!」

 エミはピートの背後を指さし、警告の声を発する。
 しかし、ピートはその声に更に顔を険しくするのだった。

 「そんな手に二度も引っかかるわけないでしょう! 馬鹿にするのもいい加減に・・・・・・うわっ!!」

 「ピートッ!!」

 背後から叩きつけられた津波に、ピートは為す術もなく水中に引き込まれる。
 横島の霊力を元にしているだけあって、その攻撃は男―――特にもてる男には容赦がない。
 それでも通常ならば多少海水を飲み、咽せ込む程度ですむ攻撃ではあったが、流れ水を嫌うバンパイヤの血を引くピートには、致命的な効果を生じていた。


 ―――クッ、体が・・・・・・


 遺伝子レベルで刻まれた水への恐怖がピートの体を硬直させる。
 指先1つ動かせないまま海に引きずり込まれた彼は、自力で浮かび上がることが出来ない。
 このまま引く波に掠われ、永久に暗い海を彷徨う自分。
 自身の運命に冷静さを失ったピートは、それが海水を飲む行為である事すら失念し叫び声をあげようとする。
 しかし、彼を溺れさせようと肺腑目指し流れむ海水は、僅かにその味を口腔内に感じさせるだけだった。

 『大丈夫』

 己の体を抱きしめる存在をピートは感じていた。
 そして、唇に感じた柔らかさは、彼の緊張を解くように優しく割り入ると彼に空気を注ぎ入れる。
 全身に広がっていく安堵の感情。
 ピートはエミが己を抱き抱えていることに気づいていた。
 触れた唇から注ぎ込まれた吐息が彼に生を実感させる。
 己の人である部分が感じる生の喜び。
 自分の中に流れる人の―――母の血を実感し、ピートの体から流れ水への恐怖が押し出される。
 やがて感じる体の表面を流れる水の感覚と波の音、瞼に感じる日差し。
 唇が解放され、新鮮な空気が流れ込んでくる。
 自分が波打ち際に打ち上げられたことを理解したピートは、閉じていた瞼をうっすらと開く。
 太陽の眩しさに目を細めた彼の耳元で、エミが一言だけ呟いた。

 「ごめんなさい・・・・・・」

 「何がです? エミさんは僕を助けて・・・・・・」

 ピートの心からは、先程までエミに感じていた憤りが跡形もなく消えていた。
 それどころか仰向けの体に感じる彼女の重みを、彼は心地よいものとして受け止めている。
 しかし、エミはピートに会わせる顔がないとばかりに、彼に抱きついたまま謝罪の言葉を口にするのだった。

 「私、ピートに惚れ薬を飲まそうとしていたの。他の女に嫌われる薬。嫌われたピートが私の良さに気付いてくれるようにって・・・・・・サイテーよね。私」

 「ひょっとして、あのソフトクリームにも?」

 「そう・・・・・・でも、変化がないから、かき氷に沢山」

 「あー、だから唐巣先生は・・・・・・」

 今回のトラブルは悪意ではなく、行き過ぎた好意によるものらしい。
 真相を理解したピートは力なく笑った。

 「多分、バンパイアハーフの僕には効かなかったんでしょうね。中和剤はありますか」

 「ええ、すぐに神父に飲んでもらうわ」

 「当然です。先生がエミさんのコト、好きになっちゃったら困りますからね」

 「え? それって・・・・・・」

 言葉の真意を測りかねたエミは、ほんの少し体を持ち上げる。
 照れたように微笑むピートと目があった。

 「許して・・・・・・くれるの?」

 エミの言葉にピートはゆっくりと肯いた。

 「もちろんですよ。ようやく僕も自分の・・・・・・」

 そして彼は言葉の真意―――エミに好意を持ち始めている自分を伝えようとする。
 だが、肯きと共に下に移動した視線がそれを許さなかった。
 彼の視線の先には、トップまで露わになったエミのバスト。
 コンプレックスの津波攻撃により、エミはビキニの上を波に掠われている。
 数秒間それを凝視したピートは、慌てたようにエミをどかすと彼女の下から抜け出した。

 「僕も自分の何なの? ピートッ!!」

 ずっと求めていた答えがすぐそこにあることを感じたエミは、すぐにピートに追いすがり台詞の続きを聞こうとする。
 
 「え、エミさん胸。胸を隠してください!! それにこっちに来ないでッ!!」

 「そんなもんどうでもいいわ! 待ってピートッ! 話の続きを・・・・・・」

 余程慌てているのか、ピートはどこか不自然な姿勢で浜辺を走り去る。
 エミはそんな彼を逃すまいと、胸も露わに追跡を開始した。   

 「ちょ! エミ君水着! 水着! それに、どこか行くならせめて中和剤を!!」

 その場に残されそうになった唐巣は、波間に打ち上げられたエミのビキニを回収すると、慌てて2人の後を追う。
 走り去る3人の足跡が、白い砂浜にその軌跡を刻みつけていく。
 先頭を走る足跡の乱れは、なかなか元には戻らなかった。 



 ―――――― ぼっ○の夏休み ――――――
 


           終





 えー、8月7日(金)に開かれた即興チャットで書き上げたプロットを土日で仕上げたお話です。
 本当は当日中に書き上げるつもりでしたが、書くスピードがもの凄く落ちまして(つд`)
 性懲りもなく きじか さんの素敵なイラストを使わせて貰いましたが、いいなぁ・・・このエミさんw
 それなのにこんなオチにしてしまった、自分の業の深さを噛みしめています。
 きじかさん、本当にごめんなさいm(_ _)m
 ご意見・アドバイスいただければ幸いです。


 次の週末8月14日(金)にはオンライン飲み会が開催される様子。
 また酔った勢いで書くかも知れません(ノ∀`)

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