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【夏企画】僕の夏休み

 突き抜けるような青い空に白い雲、そしてギラギラとした日差し。
 生命力に満ちあふれた夏の空気を切り裂き、純白のポルシェは海を目指す。
 カーラジオから流れるオールディーズナンバーは、その曲名を知らない横島の心を沸き立つ入道雲のように高揚させていた。

 「いやー、晴れて良かったスね! 今年は冷夏っぽかったから心配してたんですけど」

 フロントガラス越しの太陽がジリジリと腕を焼く。
 エアコンの空気に守られてはいるが、横島は全身で夏を感じていた。

 「拙者たちが、昨日、たくさん照る照る坊主を作ったからでござる!」

 「そうよ! 感謝しなさい!!」

 隣で胸を張るシロタマに、おキヌは思わず苦笑を浮かべた。
 買い置きしていたテッシュペーパーを、全て消費した夥しい数の照る照る坊主は、今も事務所の窓という窓を埋め尽くしている。

 「あはははは・・・・・・確かに御利益ありそうな数だったわね」

 「でも、何であんなに沢山の照る照る坊主を?」

 助手席から背後を振り返った横島が、後部座席の三人に不思議そうに声をかける。
 集合時、見上げた事務所の窓を埋め尽くす照る照る坊主は、横島の目にも異様な光景として映っていた。

 「それは、雨が降りそうなことを美神どのモガッ!」

 おキヌとタマモに左右から口を塞がれ、シロがジタバタと暴れる。
 誤魔化すような愛想笑いを浮かべた2人に怪訝な顔をした横島だったが、運転席から発された美神の言葉にすぐに前を向き直るのだった。

 「ホラ、横島クン、海が見えてきたわよ!」

 振り返った目に飛び込んできたのは、眩しく光を反射する海面。
 楽しい一日の始まりを予感し、横島の顔に子供のような笑顔を浮かぶ。
 そんな彼の姿に、美神はつられたように微笑みを浮かべていた。





 ―――――― 僕の夏休み ――――――





 訪れた砂浜はレジャーを楽しむ海水浴客で賑わっていた。
 毎度の如く大荷物を引き受けさせられた横島は、すれ違う水着の姉ちゃんたちに鼻の下をのばしつつ焼け付いた砂浜の上を歩いていく。
 適当な場所で荷物を下ろし、日よけのタープを汗だくになりながら設置する。
 着替えをすませてから合流する美神たちの姿を想像しながらの作業は、不思議と苦にならなかった。  

 「ごくろうさま」

 「冷ッ!」

 タープを張り終え海を眺めていた横島の首筋に、突如冷たい物が押しつけられる。
 驚き振り返った先には、よく冷えたジュース片手の美神が微笑みながら立っていた。
 
 「なによ、そんなビックリしちゃって。折角人が冷たい飲み物奢って・・・・・・って横島クン?」

 横島は呆然と立ち尽くしていた。
 彼の眼前で手のひらを振った美神は、言葉を失った横島を不思議そうに見つめる。
 そんな美神の背後から、せくしいぽーずを決めたシロが元気いっぱいの笑顔を覗かせた。

 「拙者たちの水着がせくしーで、言葉を失っているんでござろう! そうでござるな! 先生!!」

 「あ、ああ・・・・・・すごく似合ってる」

 パタパタと尻尾をふりながら腕に絡みついてきたシロに促され、横島は水着姿となった美神たちへの感想を口にする。
 フリルの水着が可愛らしいおキヌに、健康的な魅力に溢れたシロタマたち。そして何よりも大胆なカットのビキニに包まれた美神の姿。
 横島は完全に瞬きを忘れてしまっていた。

 「良かったじゃない! 似合うってよおキヌちゃん!!」

 横島の反応に気をよくしたタマモは、着替えの際初めてのビキニを心配していたおキヌに笑いかけその腕をとる。
 そして、空いているもう一方の手で横島の腕を掴むと、シロと協力するように横島とおキヌを海へと誘導し始めるのだった。

 「ちょ! タマモ、シロ、まだ荷物の片付けが・・・・・・」

 「片付けは私がやっとくから。アンタたちは遊んできなさい」

 「え!? だってそれじゃ、美神さんが」

 「いいのよ。運転で疲れちゃったし、あ、でも、もうすぐお昼だから軽く遊んだらすぐに戻ってきてね」

 そういって笑った美神の手には、ランチ用のバスケット。
 それを見た横島は、海へと向かおうとするシロタマを制止しその場に踏みとどまった。

 「渋滞抜けるの時間かかっちゃいましたしね・・・・・・」

 シロとタマモから離れた横島は、おもむろに美神の手からバスケットとジュースを受け取ると、タープが作り出した日陰の中へと入り込む。

 「んじゃ、少し早いけどコレ食べて一休みしてから、みんなで遊びに行きましょうよ! 実は俺、腹ぺこで・・・・・・」

 「横島さん、ひょっとして朝ご飯食べてこなかったんですか?」

 己の栄養状態をネタにした横島の照れ笑いに、おキヌは呆れ顔を浮かべつつ横島の隣に腰を下ろす。
 楽しみにしていた海をおあずけされたシロとタマモも、若干の不満顔を浮かべたものの2人の後に続いた。




 「うひゃー! うまそーっ!!」

 バスケットの中から出された、色とりどりの料理に横島は歓声に近い声をあげた。
 街中ならば恥ずかしい程の反応だったが、海の景色の大きさが彼のリアクションを丁度良いものに薄めている。
  
 「あら、そう。それじゃどんどん食べちゃっていいわよ! 横島クン」

 「じゃあ早速・・・・・・ウマっ!」

 美神が差し出した唐揚げを一口つまんだ横島は、その顔をみるみる輝かした。
 大きな景色の中、大切な者たちと食べる食事はいつもより数段美味に感じられた。

 「こっちの卵焼きウマっ!・・・・・・このアスパラ巻きも・・・・・・こらもーたまらん!」

 朝食抜きという空腹も手伝い、横島は次々に料理を口に運んでいく。
 どのお弁当でも見かける、さほど手が込んでるとは思えない料理だったが、不思議と後に引く味だった。
 その食べっぷりに唖然とするおキヌたちを尻目に、胃が満足するまで一気に食べ続けた横島は、先ほど渡されたジュースで喉を潤すと満ち足りた笑顔でおキヌに話しかける。

 「ごちそうさん! すんげー美味かったけど、いつもと違う隠し味でも使った?」

 「そうですか・・・・・・」

 「あれ? おキヌちゃん、どうしたの?」

 不機嫌そうに視線を反らせたおキヌに、横島は困惑する。
 彼女は何かに耐えるように肩を震わせていた。

 「お、俺、何か悪いことやった?」

 慌てておキヌにすり寄り、横島は下から彼女の表情を覗き込もうとする。
 しかし、その動きはすっくと立ち上がったおキヌによって、完全に拒絶されてしまう。

 「すみませんね。いつも美味しくない料理作っちゃって」

 「何言ってんの? 俺、そんなこと一言も・・・・・・」

 「そのお弁当作ったの美神さんなんです! 良かったですね! 美味しくって!!」

 「!! おキヌちゃん!」

 感情の爆発に耐えきれなくなったのか、おキヌは横島に背を向けたまま海の方へと走っていく。
 突然の出来事に混乱した横島は、救いを求めるようにシロとタマモに視線を移した。

 「先生、最低でござる・・・・・・」

 「そうよ、美神さんも料理上手いけど、おキヌちゃんとそう変わらないじゃない。それをあんな風に」

 「え・・・・・・俺、そんなつもりじゃ」

 シロとタマモから浴びせられた非難の言葉が、横島を更に混乱させる。
 憐れな程狼狽した横島の言葉に耳を貸そうともせず、2人は冷たい視線を横島に浴びせてからすぐにおキヌの後を追い始める。
 予想もしていなかった事態に、真っ白になる横島の頭。
 石の様に立ちすくんだ彼の体を動かしたのは、いつもと変わらない美神の声だった。

 「ナニぼさっとしてるの! 早く追いかけなさい!!」

 「あわわわ、でも、ナニが何だか・・・・・・」

 「あんまアレコレ考えないっ! 兎に角、怒らせたアンタが悪いんだから、全力で謝ってくるの! 3人を連れ戻すまで帰ってくるんじゃないわよ!!」 

 「は、ハイッ!」

 一方的な命令口調が、横島に日常をとりもどさせていく。
 弾かれたように走り出した横島の姿を見送った美神は、やれやれとばかりに溜息をつくと自作の唐揚げをひとつ口に運ぶ。
 彼女はその出来栄えに自分の口元が緩むのを感じていた。






 「おキヌちゃん、待って・・・・・・」

 全力で後を追った横島は、すぐにおキヌに追い着いていた。
 しかし、おキヌは彼の制止の言葉に一切耳を貸そうとしない。
 一向に走るのをやめようとしないおキヌに、業を煮やした横島は彼女の腕を掴もうとその手を伸ばした。

 「先ずは話を聞い・・・・・・うぉ、あぶねえッ!!」

 寸前のところで引っ込めた指先を、眩い光が掠めそうになる。

 「何すんだシロッ! 当たったら洒落にならんだろうがッ!!」

 見舞われた霊波刀の一撃には、紛う事なき殺気が込められていた。
 一歩間違えれば大惨事となる行為に、横島は思わず声を荒げる。

 「もとより当てるつもり。嫌がる相手へのすきんしっぷは犯罪でござるよ」

 「え!? お前がそういうこと言う??」

 「問答無用ッ!」

 普段は暑苦しいまでにまとわりついてくるシロの言葉とは思えなかった。
 次々と打ち込まれる霊波刀の攻撃をいなしているうちに、横島は己の心に怒りがこみ上げてくるのを感じていた。

 「だーっ! しつこいッ!!」

 サイキック猫だまして視界を奪うと、横島はトリッキーな動きでシロの背後をとる。
 首筋に突きつけた霊波刀を使うつもりは毛頭無いが、横島は頭に血が上ったシロに何とか聞く耳を持たすつもりだった。
 無力化したシロを諭そうとする横島。しかし、そんな彼に突如激しい炎が襲いかかる。

 「おとなしく言うことを聞け! 今日のお前はなんか―――熱ッ! うおッ! 尻が、尻がぁぁぁぁッ!!」 

 回避行動をとり、間一髪で直撃をさけたものの、横島の海パンからは燃え移った炎がメラメラと立ちはじめていた。
 慌てて海に飛び込み尻に付いた火を鎮火させた横島は、怒りに燃える目を闖入者に向ける。
 そこには凍るような目で横島の視線を受け止めたタマモの姿があった。

 「シロ・・・・・・私も手伝うわ」

 「かたじけない」

 「いいの。何か今日は横島を燃やしたい気分だから・・・・・・」

 油断無く霊波刀を青眼に構えたシロと、狐火を吹き出すべく口元に手を寄せるタマモ。
 どちらの目にも含まれる掛け値無しの嫌悪に、食い縛った横島の歯がギリギリと鳴った。 

 「コラ、穏和な俺もしまいにゃキレるぞ! お前ら2人とも・・・・・・へ? 2人じゃない?」

 予想外の事態に横島の目が点になる。
 横島に対峙していたのはシロとタマモの2人だけでは無い。
 いつの間にか集まった周囲の女性客が、みな一様に横島に嫌悪の視線を向けていた。

 「えーっと、みなさんは一体?」

 浜辺へと結集する水着のお姉ちゃん集団。
 それなりに壮観な眺めだったが、それらが全て自分に敵意を向けているとなると話は別である。
 怒りの炎が呆気なく鎮火した横島は、口元を引きつらせながら彼女たちに問いかける。
 だが、その呼びかけに答える者は皆無だった。

 「私たちも手伝うわ・・・・・・こんな年端もいかない娘たちに、最低ねあの男」

 「貧乏そうで貧相なガキ、ナニあの嫌らしい目!」2hit×1.2

 「イカ臭そう・・・・・・絶対しつこいわよ、あーゆータイプ」3hit×1.5 

 「で、ヘタなのよね」4hit×2.0

 「グハッ!!」

 大小様々なダメージがコンボとして襲いかかり横島の精神を削っていく、口撃の順番待ちをしている集団の中におキヌの姿を認めた横島は、致命傷を負う前に撤退することを即決する。
 おキヌにまで厳しい事を言われたら、立ち直れないと彼は思っていた。

 「どちくしょう! 女なんてーッ!!」

 捨て台詞を吐き捨て沖に泳ぎだした横島に、空き缶などのゴミが次々と投じられる。
 涙を隠してくれる海水がありがたかった。

 「ちくしょう、貧相で悪かったなぁ・・・・・・夏なんか・・・・・・女なんか・・・・・・」

 えぐえぐと泣きながら、横島はひたすら沖に向かって泳ぎ続ける。
 夏を、そして女を呪い始めた横島の周囲には、彼の霊力に引き寄せられるように夏の陰の気が集まり初めていた。
 そして、深海から一際大きな塊が浮上してくると、その塊は彼にこう語りかけるのだった。


 力が欲しいか―――と
 
 










 「で、横島クンを沖へとおっぱらっちゃったと・・・・・・」 

 タープが作り出した日陰の中、美神は呆れたようにシロたちから事の顛末を聞き出している。
 プリプリと怒りながら帰ってきた3人の機嫌は、美神が奢ってやったソフトクリームやジュースによって呆気なく解消した様だった。

 「そうでござる! しかし、落ち着いて考えてみると、なんで拙者はあんなに腹がたったのでござろうか?」

 「そうよね。横島が鈍くてデリカシーが無いのって、今に始まったことじゃないし。それにおキヌちゃんがあんなに怒るのって珍しいわよね・・・・・・おキヌちゃん?」

 心ここにあらずといった様子のおキヌに、タマモが不思議そうな顔をする。
 美神への説明も程ほどに、おキヌは何かを探るような丁寧さでことの発端となった弁当を味わっていた。

 「え? あ、ああ・・・・・・私、嫉妬しちゃったのかな。横島さんがあんまり美味しそうに食べるから・・・・・・美神さん、これ、何か特別な隠し味使ってます?」

 「な、何にも変な物は入れてないわよ! ホラ、こういうところで食べると、普段より美味しく感じるじゃない。それよりも横島クン、一体どうしちゃったのかしら、悪い虫は心配ないと思うけど、彼、妖怪の類に好かれるからちょっと心配・・・・・・ほらね!」

 美神は素早く立ち上がると、沖の方で上がった水柱に注目する。
 ぶくぶくと沸き立つ海面から出現したのは巨大な影。
 伊福部音楽が聞こえてくるような光景に、海水浴客は悲鳴をあげてちりぢりに逃げ始める。

 「み、美神さん。アレは確かッ!!」

 「そう、アレはコンプレックス・・・・・・それも、巨大サイズのね」

 「なんであんなに大きく! 前に見たコンプレックスはもっと・・・・・・」

 「さあ? 今年は大きなモノが流行ってるんじゃない! アレ、絶対18mはあるわよ!!」

 荷物の中からすばやく除霊道具を引っ張り出すと、妙に上機嫌な美神は人の流れに逆らいコンプレックスをめざす。

 「美神殿はあのような巨大なものをどうやって・・・・・・クッ、こんな時に先生がいれば」

 美神の後を追おうとした3人は、コンプレックスの巨大さに気圧されたように足を止める。
 近づくに従い敵の巨大さが実感できてくる。
 シロは先ほどの諍いなど綺麗さっぱり忘れでもしたように、横島の姿を周囲に求めていた。

 「妖気が高まってる! 攻撃が来るわよ!!」

 コンプレックスの口元に収束した妖気に、タマモが警告を放つ。
 息を大きく吸うように胸を仰け反らせたコンプレックスは、叫ぶようにその妖気を一気に放出した。

 「どちくしょー! 女なんてーッ!!」

 どう考えても聞き覚えのある声に、美神以外が派手にずっこけた。
 それと共に起こった津波に、逃げ遅れた女性客が次々に巻き込まれる。
 波が引いた後に残された、ポロリと黄色い悲鳴が交差する光景に、おキヌたちは開いた口が塞がらない様子だった。

 「な、なんという情けない攻撃・・・・・・」

 「そ、それに今の先生の声でござるな?」

 「あっ! みんな見て! コンプレックスの頭の上に!!」

 おキヌが指さした方向を見たシロとタマモは、コンプレックスの頭の上で泣き叫ぶ横島の姿に心底嫌そうな顔をしていた。
 彼女たちに僅かに遅れおキヌの心にも、先ほど横島に感じたムカムカが甦ってくる。
 その感覚におキヌは微かな違和感を感じ始めるのだった。

















 「違う! 今の攻撃は俺の本心やないんやー」

 18mの高みから見下ろす海水浴場。
 横島は足下であがる黄色い悲鳴に鼻の下を伸ばしながらも、誤解を解こうと人々に必死に呼びかける。
 コンプレックスとべったり癒着してしまっている下半身によって、頭の上からの脱出は不可能。
 運命共同体としては嫌すぎるパートナーに、泣き叫びながら助けを求めていた彼は、こちらを眺めるおキヌたち3人と視線を合わせてしまう。

 「ああっ! そんな汚物を見るような目でっ!!」

 先ほどの思いがフラッシュバックし、横島は仰け反り頭を掻きむしった。
 彼から注がれた陰の気によって、コンプレックスのサイズが更に一回り大きくなる。 
 それと同時に一段と強くなったコンプレックスとの癒着が、横島にどこか吹っ切れた表情を浮かばせ始める。
 爽やかさの欠片もない、嫌な方向への吹っ切れ方だった。

 「クソッ、どうせ嫌われてしまっているのならっ!!」
 
 「開き直るな! ボケッ!!」

 突如見舞われた頭部への拳骨に、横島の顔に浮かびかかっていた険が綺麗さっぱりと消え去る。
 美神を見つめ、先程までとは異なる涙を浮かべる横島。
 フツーに殴られる幸せを彼は噛みしめていた。

 「美神さん・・・・・・どうやってココに?」

 「どうって、神通棍を鞭にしてよじ登ったに決まってるでしょ! アンタのコンプレックス吸収してここまで大きく育つなんて・・・・・・あー疲れた。アンタ、これ片付いたら肩揉みなさいよ!!」

 不平を口にしつつ、美神は横島とコンプレックスの癒着点を調べ始める。
 密着した美神から漂う香りに、横島は鼻の奥がツンとなるのを感じていた。

 「美神さんは、俺が・・・・・・嫌じゃないんですか?」

 「馬鹿ねー、何言ってんの!」

 美神は横島の頭をコツンと小突くと、ニッコリと横島に笑いかける。

 「嫌な訳無いじゃない。アンタは私の大切な―――」

 「た、大切な?」

 続く言葉に、横島の期待が臨界点まで膨らんでいく。
 そんな彼の期待を裏切るように、美神は最高の笑顔で続く言葉を口にした。

 「下僕なんだから!」

 「へ? げ、下僕?」

 「そうよ! あんな薄給なのに重労働や危険作業もヘッチャラで、いざというときの弾よけにもなる大切な下僕・・・・・・」

 「うう・・・・・・全然誉められてる気がしないのに、全く優しくないのに、何でこんなに嬉しいんだろう」

 限界まで傷ついた自尊心に、振りかけられた下僕としての評価。
 それはまさに砂漠に降った恵みの雨のように、横島の心に染み込んでいった。

 「だから少しは自信もちなさい!」

 耳元で囁かれた一言が、横島の心に力を取り戻す。
 コンプレックスの頭部に沈んでいた横島の下半身は急速にその姿を現し、それに比例するようにコンプレックスのサイズが縮んでいく。
 落下しても大丈夫な高さになったのを見計らい、美神はコンプレックスの頭部に神通棍を突き立てると己と横島の手を重ね合わせた。

 「いい? 自分を信じて全力を出すの。アンタは最高のGSである美神令子の―――」

 「下僕っスか?」

 「そういうこと!」

 叩きつけられた破魔札を合図に、横島と美神は全力で霊力を叩き込む。
 消滅したコンプレックスから海に落下した2人は、浜辺に泳ぎ着くと顔を見合わせて笑うのだった。

 「よく頑張ったじゃない。流石私の下僕ね!」 

 「うう・・・・・・こんな言葉でも嬉しい自分が恨めしい」

 「で、どうする? 下僕でいいなら、アンタがどんなに他所の女から嫌われても、一生側に置いてあげるけど」

 「うわ。嬉しくねえ・・・・・・でも、顔が緩むのは何でなんだろう?」

 「返事は?」

 間近で聞かれた質問に横島の心拍数が高まる。
 先程までのどん底と比べれば、その暮らしも悪くないように感じられた。
 晴れ晴れとした心で、横島は美神に返事を伝えようとする。
 しかし、永久の誓いにも似た彼の言葉は、妙に鼻づまりな声に止められてしまうのだった。

 「横島ざん、ズトップ!」

 「お、おキヌちゃん、それにシロ、タマモ!」

 先ほどの拒絶を思いだし、横島はとっさに美神の背後に隠れる。
 しかし、それも数秒、彼は3人の鼻をつまんだ洗濯ばさみに、ある薬品のことを思い出していた。

 「ま、まさか・・・・・・魔鈴さんの惚れ薬?」

 横島は震える声で3人に問いかけた。
 彼の脳裏では過去の忌々しい想い出がグルグルと渦巻いている。
 思えば周囲にこっぴどく嫌われたのも、美神の手作り弁当を食べてからだった。

 「嗅覚の鋭い2人の方が、先に症状がででだがらもじがじでっで・・・・・・あのどきは罹らながったげど、ごれ、ずごい効き目でずね」

 「ぞうでござる! 拙者、美神殿の策にずっかり乗ぜられる所でござっだ!」

 「他の女に嫌わぜで、自分を優じく見ぜるなんで上手い手よね・・・・・・美神ざん!」

 「え? ということは美神さんは俺の事が・・・・・・」

 美神が自分に惚れ薬を盛ったという事実に、横島はたちまち顔をニヤケさせる。
 しかし、彼の幸せはそう長くは続かない。

 「お見事でした! 流石、最高のGS美神令子さんですな!!」

 「だれ、ごのオヤジ?」

 「ざぁ?」

 突如現れた地元の名士風の男に首を捻るおキヌたち。
 しかし、何とか平静を装っていた美神は、彼の出現に激しく動揺していた。
 彼女はいきなり現れた男に必死に手振りでシーっと呼びかけるが、男は登場の時と同じ全く空気を読まない口調でべらべらと話し続ける。

 「貴女が仰ったとおり、この地のコンプレックスは規格外の大きさでしたな。結構、お約束どおり報酬は通常の三倍お支払いしましょう! いや、光が強ければ影も濃い、これも有名観光地の宿命でしょう!!」

 カラカラと笑った男は、気まずい沈黙のみを残しその場を後にする。
 男の後ろ姿を見送ってから、おキヌたち3人は恐る恐る己の想像を口にするのだった。

 「今のどっでつげだような人は、依頼主・・・・・・でござるな?」

 「だぶん・・・・・・ぞじで、三倍の報酬っで」

 「・・・・・・美神ざんの自作自演よね。間違いなぐ」

 普通のコンプレックスを横島の霊力で育ててから退治する。
 3人はどこまでも姑息な美神の策に気付いていた。
 
 「あははは・・・・・・・何者かしら今のオッサン。せ、せっかくのレジャーが台無しよね、そろそろ帰りま・・・・・・うひゃっ!」

 気まずい空気を取りなそうとした美神だが、するりと外れたビキニに慌てて胸を隠した。
 振り返った先には、おキヌたち同様、事の真相に気づいた横島がビキニのブラを握り静かに佇んでいる。

 「何か色々お疲れさまでした・・・・・・美神さん、約束したとおり肩お揉みしますっスよ!」

 「う、嘘よ! その手は絶対違うトコを揉もうとしている!!」

 指先をワキワキ握りしめながら歩み寄る横島に、美神は大いに狼狽える。
 そんな美神に横島は最高の笑顔で笑いかけるのだった。

 「嫌だなぁ・・・・・・美神さんの下僕がそんなことする訳ないじゃないスか。って、逃げるなコラーッ!!」

 胸を手ブラで隠したまま、一目散に逃げ出した美神を横島は追いかけ始める。
 そんな2人の姿を、おキヌたち3人は苦笑いをして見つめていた。 
 
 「なんがムカつぐでござるな。2人ども楽しぞうで・・・・・・」

 「ぞうね。ごのまま脇役は悔じいわ」

 「先ずは美神ざんから中和剤を・・・・・・仕返しはぞれがらね」

 顔を見合わせてた3人は、ニッコリ肯くと先行する2人を勢いよく追いかけ始めた。
 走り去る5人の足跡が、白い砂浜にその軌跡を刻みつけていく。
 まだ夏は始まったばかりだった。





 ―――――― (下)僕の夏休み ――――――



             終







 



 総勢20名以上が参加した夏企画前夜祭。
 その時に切り込みで投稿された、きじかさんのイラストを使わせていただき2日で書き上げました。
 夏企画はコラボ推奨。この話もチャットの盛り上がりから書くことになりました。
 いやー夏って素敵w
 ラストの夏は始まったばかりというのは、これからGTY+に足跡を残す方々への期待です。
 常連さんも、御新規さんも夏を楽しみましょう(*゚∀゚)ノ

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