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If another story is exsited8

あれからどれくらい経ったのだろうか。
目が覚めると病院の一室だった。

最も長く訪れていたのだろう。
キヌと目が合い、言葉なく抱きしめられた。

熱い涙が顔に撒き散る。
彼女は、いとおしく、暖かかった。


同時刻、シロも目が覚めたらしい。
最もコチラの方は、居合わせた長老に
こっぴどくお説教を喰らっていたようだが。


怪我はもう回復していた。
横島はなんとなく外が見たくなり、病院の屋上へと向かった。


屋上の最上階、曇の天井を見上げていると、シロが後ろから神妙な面持ちでやってきた。
そして先ず一番に土下座する。

「此度は本当に申し訳ありませんでした。拙者、拙者……」
「あーー。泣くな泣くな。」
「でも、もう少しで先生も」

横島が頭をかいた。

「お前の暴走なんざいつものことだ。気にすんな」
「でも、でも……っ!」
「お前の取り柄は元気で単純なところ。以上! うだうだ言うな」

シロが泣き笑いの顔を見せて、立ち上がった。そして両手をパンパンと払う。
そして横島の傍らに近づき、こう話しかけてきた。

「拙者、夢を見てござった。先生に振られる夢でござる」
「ん? なんだ? 振られたいのか?」

シロの頭にあの悪夢がよみがえる。

「せ、先生!」
「冗談だじょうだ……お、おい泣くなよ……」
「だって……妙にリアルでござってっ!」
「やれやれ。お前の事だ。どうせ振ったって蛇みたいに追い掛け回してくるだろ」

この言葉の真意を知ったのはいつ何秒だったか。

「せ、先生!?」

彼女の師匠は既に下へと降りていた。
一陣の風が、シロのメッシュの髪を揺らした。
大粒の雨が、一つ、又一つと屋上を濡らした。


このまま去っていれば格好いいのだが、そうは問屋が卸さないらしい。
ドアを覗き込んでいた美神たちに衝突して、階段の半分下まで転げ落ちた。
勿論下敷きになるのは横島だ。

「な、何やってんスか美神さん。それにおキヌちゃんにタマモまで」
「じゅ、従業員の心配をするのはトップの役目よ!」
「わ、わたしも心配で」
「いぬっころがしょげてたから見に来たの! 文句ある?」

形はいろいろなれど、皆横島たちの心配をしてくれていたようだ。

横島は思った。
俺とシロが事故ったせいで美神事務所がギクシャクするんじゃないかと
「こちらも」心配したけれど……どうやら大丈夫そうだ。


それから一つ、前と変わったと思うと、横島が感じた事があった。
タマモが少し……本当に少しだが、皆との距離を縮めてくれたのだ。
横島たちが事故にあったせいか、あの現場にいた為かは不明だが。
最も本人は素直でなく、試しに聞いたところ、狐火が帰ってきたが。


物事は万事上手く行っていた。
唯一つの問題を除いては……

自宅に帰ると、天子のような少女が振り返り、手を振っていた。
灰色のつぶらな瞳に、整った顔立ちが煩悩をくすぐる。

「ずっと前から愛してましたぁーーっ!!」

途端、少女の姿が変わる。
はちきれん筋肉の毒々しい魔神へと。

「フフフ、私でよいのかね」
「パンデモプゲラッチャーァァァッッ!!」

横島が奇声と共に五メートル離れた。
対象へのグーは勿論忘れない。

「な、何じゃ今の現象は!」
「魔族は幽体が皮を被ったようなものだからな。
 皮を置いてきたせいでいろいろ遊べるのだよ」
「ほんっきでぶっ飛ばすぞコラ! 死ぬかと思ったじゃないか!
 てか、なんで俺の部屋に居座る!」

横島が青筋を立てて、がなった。

「フゥ。シャバはいいねぇ」

アシュタロスの顔面に拳がめり込んだ。

「答えになってねぇ!」
「それがシロ君とのキューピッド役をこなした、私に対する態度かね」
「こんなクレイジーマッスルなキューピッドがいてたまるくぁぁ!!」

しかしアシュタロスは余裕の表情で語る。

「知らんのかね。元々キューピッドはクピドと呼ばれ私のような筋骨隆々とした男性」
「聞いとらんわ! マジで何時まで居るつもりじゃお前はああ!!」

その問いに、アシュタロスは胸を精一杯張った。

「フッ……行く当てがない! 野良である!!」
「失せろお前はあああああ!」

二発目の拳をアシュタロスはひょいと避けた。

「くっ……こーなったらもー引き取らせる!」
「誰にだね。私の存在がばれると君もやばいんじゃないかね?」
「関係ねぇ! ベスパにお前をつま先からてっぺんまで送りつけてやる」

しかしアシュタロス、無駄に胸を張って答える。

「それには一つ、大いなる障害があることを忘れてはいないかね」
「なんだよ」
「私はベスパに裏切られたんだよ。この私のセンチなハートに傷が」

「爆」!

横島は問答無用で文珠を投げた。
しかし悲しいかな、土煙から、すすけたアシュタロスが出てきた。

「痛いではないか」
「うわぁ効いてねえ」
「当たり前だ。何しろ私は元魔神だぞ? 今は暇神だが」

横島は突っ込む気力すら根こそぎ奪われ、地に伏せた。

「そんな事をしていていいのかね? 夜に除霊があると聞いていたが」
「くっ……帰ったらゴミにだしちゃるからな!!」

横島は捨て台詞を残すと、あたふたと美神除霊事務所に戻った。

アシュタロスはその後姿を見て思う。
結果論でしかない。しかし彼は、私を魂の牢獄から開放してくれた。
此方の私が滅んだという事は、この私は魔神である存在理由がないのだ。

彼がその事に気づくのはいつであろうか。
アシュタロスは再び可憐な少女の姿に戻り、くくと笑った。
一神教に制圧される前の自分に。豊穣の神とも、軍神とも呼ばれたあの頃の自分に。

「さて、これから楽しくなりそうだ。……そうそう、ゴミを出すといっていたな」

少女はそう言うと、横島が隠していたエロ本の束を一閃した。
さてさて彼はどんな反応をするであろうか。
少女は悪戯っぽく笑い、楽しみに彼の帰りを待つ事とした。
長らく読んでいただき有難うございました。
長編は初めてでしたが、こんなに難しいとは……。
だんだん尻切れトンボになっているのが今後の課題です。
一箇所でも楽しんでいただければ幸いです。
本当に有難うございました。

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