「またしても、またしてもっ!」
シロメドが臍を噛む。
「そろそろ私自らも力を貸すとしようか」
「アシュタロス殿……」
「最高の舞台を用意しよう。そこで愛しの彼を口説くといい」
「かたじけのうござる」
シロメドが、深々と頭を下げた。
横島の元に、メドーサから手紙が届いた。
香港でのデートのお誘いだが、その裏は何を企んでいるのやら。
横島は色気と色気に挟まれながらも、やむなくコダマを訪れた。
今、狐の姉妹は神父の下に、ご厄介になっている。
「コダマ〜〜、いるか〜〜」
「その手紙か?」
「お、何で分かったんだ」
横島が驚いた表情で目をパチクリさせた。
「一応、メドーサが変なことしないように監視してるからな」
「げ。じゃあ俺が美神さんのお風呂をほげっ!?」
神通棍が横島の頭にめり込んだ。
「で、なんて書いてきたのあの色情女」
美神が牛乳片手、凶器片手に現れた。
「えっと、なになに……」
コダマがひょいと手紙を取り上げ、読み出した。
横島殿を振り向かせたくいろいろ考えたで御座る。
その結果、風情ある町でのでぇとが一番と感じ、こうして手紙を送った次第。
香港までの切符を同封するゆえ、共に夜景を楽しもうではありませぬか。
拙者、うんとおめかしして待っているで御座る。
「うーん、青春を感じるねぇ」
「はぁ? 魔族と横島の分際で、香港の夜景だぁ〜?」
しんみりとする神父と、青筋を浮かべる美神が対照的だ。
「美神さ〜ん! 俺、めちゃめちゃ行きたい……ぶはぁ!」
肘鉄が鳩尾に炸裂した。
こうしてほのぼのとしていたのだが。
「待った! 続きがある!」
コダマが声を荒げる。
「追伸……拙者は魔界の住人。
……香港を魔界に沈め、真の拙者を見てもらいたいで御座るぅぅっ!?」
美神が牛乳を吐き出した。
「な、何考えトンじゃあいつはぁぁ!!」
コダマの悲鳴が教会に木霊した。
こうして狐二匹を含むGS御一行は香港へ行く事と相成った。
魔界。霊力の供給が一切なく、尽きれば待つのは死あるのみ。
この地上をそんなところに変えられてはたまらない。
空港から降りると、そこで白竜会の三人が、並んで待っていた。
彼らに案内され、豪邸の地下へと案内される。
そこには黒いドレスアップをし、薄化粧をしたシロメドが憤慨していた。
彼女は目をつり上げて不平を漏らす。
「なんで先生だけを招待したのに、お供がいっぱいついてくるでござるか。
しかも指定したのは夜なのに……」
「やかましい! 香港を魔界に沈められてたまるか!」
反撃するコダマの表情は暗い。
「ま、仕方ないでござるな。どうせ邪魔が入ると思っていたでござる。
からくり鏡の迷宮で、夜までのんびりしていくでござるよ」
シロメドが指を鳴らすと、何かがせりあがってきた。
「鏡の……迷宮!?」
(いかん! 横島を持っていかれるぞ!)
コダマが慌ててガードに入る。しかし。
「わりぃけど狐の姉ちゃんはもらっていくぜ」
「な、何っ! タマモを!?」
雪之丞がタマモに肘鉄をいれ、攫っていった。
焦って追いかけるも、その手はむなしく宙を薙ぐ。
「そして、本命の横島ちゃんもゲットよ〜!」
勘九朗の義手から分銅が伸び、横島をぐるぐる巻きにした。
コダマは再び駆けるが、鏡の壁に衝突してひっくりかえった。
「やたっ! 作戦大成功でござる!!」
「このっ! こんな鏡……霊体撃滅破ーー!!」
エミの放った霊波の奔流は、散らばる鏡を次々と捉える。ところがーー
「わーーーっ!?」
放った霊波がそこらじゅうに反射した。
「エネルギーも、全て反射する鏡でござるよ! ゆっくり出口を見つけることでござるな。
さて、お前たち、適当に相手してやるでござるよ」
シロメドはそういい残すと、横島とタマモを担いで奥の部屋へと向かっていった。
「くっ、ぬかった……っ!」
「とにかく、行くしかなさそうね」
美神が手探りで先頭を切って通路を探す。
他の連中も後に続いた。
しかし目の前に出口が見えるのに、なかなかそこまでたどり着かない。
しかも時たま霊波刀が来るのでおちおち油断も出来ない。
一行のイライラはピークに達し、完全に迷子になっていた。
痺れを切らしたコダマが、ピートに耳打ちする。
(なぁピート。お前のバンパイアミストで地面から抜けられないか?)
(あっ! 相手の盲点をつけそうですね。二人まで連れて行けますがどうしますか)
小声で話すコダマにピートも返す。
(戦力を分散しすぎるのも良くない。ココは俺とお前だけでこっそり行こう)
(わかりました)
そう言うと、ピートは霧となり、コダマをつれて地中に潜った。
心地よい鼻歌が、部屋全体に満ち満ちる。
タマモと横島が連れて行かれた部屋は、真ん中に大きな装置があり、
周辺は花束や祝儀用の花輪で飾っていた。
「♪〜〜。あとは針が届き次第ここにセットするだけでござるなっと!?」
担がれたタマモが身を翻して回し蹴りを放った。
「タマモ! 待つでござる!」
「馴れ馴れしい! 気安く呼ばないで頂戴!」
タマモが風水盤を背に、シロメドに吠えかかる。
「待てと申すに。そも、お前は妖怪ではないか。人間と組む義理はござるまい」
「うちのコダマが神族の手下にされちゃったの。
だから私もそれに従う。当然の流れじゃない?」
「タマモ、お主……」
シロが知っているタマモではなかった。
タマモは利害を重んじ、皆とも一定の距離を忘れない。
云わば自分より野性を残した存在だったはずだ。
「悪いけど、ここは死守するわ」
「タマモ。御主では拙者に勝てんでござるぞ」
しかし、タマモは狐火を構え、メドーサを威嚇する。
「何故に死に急ぐ。コダマとやらがそんなに大事でござるか?」
「不出来な妹を助けるのは、姉として当然でしょ」
「籠絡(手なずけ)は……無理のようでござるな」
メドーサもまた、刺叉を構えた。
(お主とはやりあいたくなかったのだが)
タマモが狐火を投げつけた。
メドーサがそれを片手で払う。
その隙をと突っ込むタマモ。
だが、メドーサは明後日の方向に掌底を繰り出した。
「ぐっ!?」
「無駄でござるよ」
(こいつ、幻術にすごく慣れている?)
狐火の間に幻を作ったが、あっさり読まれてしまった。
たまらず体を九の字に曲げる。
さらに。
「そこでおとなしくしているでござる!」
シロメドの刺叉が、タマモを服ごと地面に縫いつけた。
タマモは地面に叩きつけられ、小さく呻く。
「やれやれ、衣装が汚れなくて良かったでござる」
シロメドがそう呟いて背を見せたその時。
ビリッ! ビリビリ……
タマモがお腹を抑えながらも立ち上がった。
右脇にある服の生地は存在しない。かろうじて胸は隠れているが。
「タマモ! お主一体っ!?」
「血が騒ぐのよ。私の血が。仲間が……ううん、絆が欲しい、それを奪われたくないって!」
「絆……でざるか」
回想し、俯くシロメドを尻目に、タマモが再び狐火を投げる。
「とっ! 何度やっても同じ事……っ!」
背後から迫る分身に、気配はなかった。ならばどこに。
「正面っ!?」
「うあああああっ!」
反応の遅れたシロメドだが、辛うじてタマモの突進をいなす。
「だから無駄と……」
余裕を見せるシロメドに、タマモは悪戯な笑みを浮かべる。
ふっとタマモの口から、黒い生地がひらひら舞った。
「アンタは乞食ルックの方が案外、誘惑しやすいんじゃない?」
「なっ」
タマモはシロメドのドレスの生地を一枚、半ばから喰い千切っていた。
「タマモおおおお!!」
シロメドが吼え、刺さった刺叉を強引に引っこ抜く。
そして猛ダッシュでタマモに接近し、一撃を繰り出す!
あわや首を捉えんとしたその時。
「真打ち登場! 待たせたな、タマモ!!」
炎のソーサーが炸裂し、メドーサの武器の軌道を変えた。
「タマモ姉、でしょ」
狐の少女はそれだけ言うと、地面にへたり込んだ。
「な、なんでもう来るでゴザルか! ええい、まだ針も届いておらんというに!」
「針……だとっ!」
「この元始風水盤は、血染めの針が必要なのでござるよ」
その言葉に、コダマは俯く。
「誰の、血を使った……っ!」
「へ、変な勘違いをしないで欲しいでござる。
拙者の盟友の血を分けてもらっただけで……」
「そ、そうか……」
(よかったぁぁ)
(よくあるか! 魔神の血を吸った針じゃぞ!)
「ぶっ! お前、盟友の血ってまさか……」
一歩引くコダマに、シロメドは心地よい笑みを浮かべた。
「さぁ、予定外なれど、第二ラウンドと参ろうか!」
そう言うと、シロメドは刺叉を風車のように回し、身構えた。
コダマは可愛く吠えると、自分の背を超えた大きさの霊波刀を作り出した。
「何とっ!」
そして緩やかに飛んでシロメドに近づく。構えるシロメド。
「蝶のように舞い……ゴキブリのように逃げるぅ!」
方向反転、猛ダッシュ。
シロメドの目が点になった。
「と見せかけて攻撃し、再びゴキブリのように逃げるぅ!!」
小気味のいい音がシロメドの頭に響いた。
殴った本人は既に風水盤の方に走っている。
「ぎゃん! お、おのれ卑怯な!! 霊波刀使いの風上にも置けない奴でござる!!」
(俺がお前に教えたんだけどなぁ……)
コダマは心の中で呟いた。
この行為に、シロメドは完全に逆上して追いかけてくる。
(よし、これでタマモは巻き込まれまい。あとは……馬鹿なっ!)
石が砕ける音が室内に響いた。
同時にシロメドが超加速で刺叉を逆にして突く。
コダマは辛うじて霊波刀で防いだ。
「かわされた!? しっかし、よくもふざけた真似をしてくれたでござるな!」
殴ったせいもあって、シロメドの髪は大きく逆立っている。
「くっ、なんでだ!? 道中「封」の文珠を置いてきたのに!」
コダマが焦って文珠を取り出す。
一陣の風が、コダマの小さな指から「それ」をもぎ取っていた。
「し、しまった!」
「先ほどの答えにてござるが、盟友と話し合ってこう相成ったのでござるよ。
使うだろう文字……「鈍」だの「封」だのを、拙者に効かないようにしよう、と」
「どっちが卑怯じゃぁーー! ……だがお前にそれは扱えまい!」
牙を剥くコダマに、シロメドは大きく笑う。
「はったりはよすでござる。これは誰でも使える代物。例えば……」
言うが早いか、休んでいたタマモがマリオネットのように不自然に起き上がる。
その後大きく跳躍し、コダマの背後を取った。
そして両の腕で呆気に取られたコダマの脇を抱えあげる。
「文珠とは真に便利なものでござるなぁ」
「うわっ最悪っ!? おいタマモ、タマモ!」
「体が、自分から切り離されたみたいで、動かないのよ……」
コダマがシロメドを睨みつけると、その手には「操」と光る文珠があった。
「さて、いかがする。残りの文珠は一個。
それも使い道は、拙者の文珠を破壊するしかない。
文珠のないお主など、怖くもなんともないでござる」
「く、くそっ……好きにしろ」
「くうぅーーん! とうとう時の女神の代行者を破ったでござる!
お主はそこで、先生、いや横島殿とのラブラブを見てるがいいでござる!」
シロメドは強い口調で笑うと、パチリと指を鳴らした。
同時に壁が消え、鏡の迷宮も消える。
「あら、メドーサ様?」
「勘九朗! やったでござる! とうとう女狐を退治したでござるよ!」
「あら、無様な格好だこと」
言われてみれば情けない事この上ない。
タマモに脇を抱えられて宙ぶらりんなのだから。
「コダマ! 何をやっているんですか! かくなる上は私が……あ、あれ?」
「コダマが超加速を封じたから、小竜姫殿とて勝ち目はないでござるよ」
「ならば、条件は互角の……くっ!?」
小竜姫は知覚出来ない何かに、刺叉の柄で腹を突かれた。
「邪魔立ては無粋でござるよ」
「コ、コダマ! これはどういう」
「すいませーーん! 超加速封じの対策取られちゃいました〜〜」
「役立たず〜〜!!」
コダマが情けない声を上げる。
他の面子は非難ごうごうだ。
「では、此方も最終準備に取り掛かると致すか」
そう言うと、シロメドは複雑に展開された陣を発動させた。
「お主ら、付き合わせて悪かったでござるな!」
「いえいえ。一泊の恩っていうでしょ〜〜。
技の指導もして頂いたし、こういう時はお互い様よん」
話す間にも陣の外の大地が唸る。軋む。破砕する。
「これにてお別れ! 間違っても、巻き込まれちゃダメでござるよ〜〜!」
「はぁい。じゃ、またねん。上手く行く事を祈ってるわよ」
最後まで残っていた勘九朗が、横島を頬ってから放って被りを振った。
横島がゲロゲロと吐く。
そして。
天井を突き破って柱といっても差し支えのないほどの巨大な針が風水盤を抜いた。
同時にいくつかの魔方陣が展開される。
コダマたちは、エレベーターの上に乗ったような感覚を味わった。
振動がおさまった時、その場所は当に「夜景」と化していた。
薄紅い満月がガラス越しに映える。その中で、シロメドが奇妙な美しさをかもし出していた。
しかしまさか、本当に魔界に沈めるとは。
力の消耗が目に見えて分かる。これは早く手を打たねばならない。
「さぁ、先生、いや横島殿。拙者の下に。他の方々は見守っていてくだされよ〜〜」
「って本当に行く奴があるかバカ横島ぁーー!!」
「か、体がいうこと気かないんスよ。というかそういう美神さんだって」
「く、完全に罠に嵌められたわ。体が全く動かない!
ええい、こうなったら……横島君! 戻ってきたら私、好きにしていいわよ!」
美神が誘惑の手の平を差し伸べる。
途端、横島の歩みが止まった。
「何ぃぃぃぃ!! ああしかし、戻らん、戻らん」
「さすが美神殿は手ごわい! なればこちらから押し倒すのみ!」
シロメドがダッシュで駆けたその時。
背後で邪悪な黒い光を放っていた魔法陣が、突如白く輝かんばかりの聖光を発した。
聖域と化した夜景の月は蛍光灯のように白く、シロメドに大きなダメージを与えた。
「つ、ううっ!?」
「はっはっは。文珠は算数じゃねぇんだよ、メドーサ」
タマモに抱えあげられたままのコダマが、不敵に笑う。
「う、チビ狐! 貴様一体何をしたでござるか!!」
「魔界に沈めようとしたんだ。「逆」転させても問題ねぇよなぁ?」
コダマが親指を立てたその先には、ピートが同じく親指を立てていた。
神聖なる領域に、シロメドの衣装はどす黒くうつる。
「メドーサが目の前に〜〜って、うわ、けばっ!」
「けば……せ、先生ーー!」
「うわ、よるな、地雷女!」
シロメドは呆けたように穴の開いた天井、満天のそらの月を眺める。
「地雷女……拙者が、地雷女……」
「自覚してなかったのか?」
シロメドは涙目になってキッとコダマを睨みつける。
「こうなったのもお前のせいでござる。絶対ゆるさないでござるからな!」
「はいはい。んなことより、早くお得意の逃げに回ったほうがいいんじゃねーの?」
怒りに刺叉を構えたが、小竜姫の一撃で吹っ飛ぶシロメド。
そのまま巨大な風水盤に叩きつけられる。
「くっ……無念!」
「とどめです!」
小竜姫が剣を振り上げる。
(あ! マズイ! シロが撃たれる!?)
そこに横島が後ろから抱きついた。
「小竜姫様〜〜神と人間の禁断の恋を」
「ちょ、ちょっと何考えているんですか横島さん!
メドーサ! 貴方一体どんな仕掛けを!」
「うう、この領域の属性の女子に惚れる仕掛けを……うらやましいでござるよぉぉ」
シロメドは一言こぼすと、霞を残して消えた。
「横島さん! 気を強く持ってください!」
「尻! 太もも! 尻! 太もも!」
小竜姫の、強烈にして無言なる一撃が、横島の意識を刈り取った。
帰り道。
なんとか風水盤は元に戻したものの、シロメドが文珠を持っていってしまったため、
相変わらずコダマは抱えられていたりする。
「つるん。ぺたん。まな板ん」
「ふ……コダマ突撃!!」
「冗談ですやめてくださいいい」
ビルの壁、ほんの30cmのところでタマモが止まった。
「ならリングがいい?」
「すいません私がわるうございました。」
なんというか、コダマは情けなさに、涙が出てきそうだった。
タマモはまんざらでもなさそう……というか嬉しそうな感じがする。
対照的に小竜姫はどんよりと沈み、機嫌が悪いのはあきらかだ。
(なぁ猿。これってどうにかならんのか?)
コダマがダメ元で聞いてみる。
(事はおぬしが考えているよりずっと悪い方へ向かっておるぞ)
(は? いや、この文珠の解き方……)
(それはしばらくすれば何とかなろう。じゃが……アシュタロス殿が絡んでいるとすれば、
お主の文珠は解析されたじゃろうな)
(いっ!?)
コダマはもう少しで声を上げるところだった。
(そういえば今回も妨害されたぞ。これ以上封じられたら手も足もでんのだが)
(今しばらくの辛抱じゃ。今、ワシは天界で説得を続けておる。
もう少ししたらワシが直々に介入できるようになろう)
老師が嬉しそうに話すが。
(あのなぁ猿。次は月だぞ。)
(…………お主の働きに期待しよう)
(なんじゃそりゃあああ!)
コダマの魂の叫びが鳴り響いた。
一方の魔界にて。
「くぅぅ、またしても、またしても……っ!」
「焦る事はないさ。君は一つ戦果を上げていることだしね」
「戦果でござるか?」
「フフ……次の戦いに期待しようではないか」
アシュタロスはそう言うと、シロメドから文珠を取り出した。
文珠はアシュタロスの手の上で、怪しく光った。
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