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「さぁ、試合のほうも盛り上がってまいりました!
 共に他の選手をあっさり降してきたこの両者。
 果たして勝つのはどちらでしょうか!」

(ああっ! 運命の歯車が……完全に狂った! 
 マズイ! 美神さんが負ける……死ぬかもしれない!)
「おーいチビ狐! そんな隅っこで見てないでこっち来るでござるよ!
 美神殿と勘九朗の一騎打ちでござるぞ〜〜!」
「変装、全ッ然意味ないワケね」

コダマの動揺を他所に、観客席はいたって暢気なものだ。
不安になって隣のエミに小声で話しかけてみる。

「あの……美神さんが負けるという可能性は」
「は? おタク何いってんの? 
 いくら飛びぬけてても、現役GSが受験生に負けたら話しにならないワケ」

エミは鼻で笑い飛ばした。
この試合に執着し、青い顔するコダマを見て、タマモが小声で聞いてみる。

「例の予知?」
「そんなもんだ。勘九朗は見てくれはアレだが……嫌な予感がする」
(猿! 文珠を使うか?)
(いや、ここでメドーサが干渉していなければ、名分を失うのはこちらだ。様子を見よう)

「鎌田勘九朗選手対、ミカ・レイ選手! 試合開始!!」

「横島君が不安がるものだから、あんたの試合、横見させてもらったわ。
 霊波刀の完成度が、恐ろしく高いわね」
「あらあら。今のは褒め言葉と受け取っておくわ」

勘九朗の口の端が上に伸びる。

「でも……キャリアの差を舐めないことね。
 神通棍で喉を一突きすれば、試合はそこで終了よ」
「ふふん。なら私も一つ忠告しといてあげるわ。恥をかいてでも棄権しなさい。
 あなたと私の相性は最悪よ」

令子はにこやかな笑顔を浮かべると、中指をおったてた。

「あ、そう。あなたを倒すと横島ちゃんが強くなるって言うから、
 できればやりたくないんだけどねぇ」
「横島君が強くなる?」
「メドーサ様に言われたんだけどね。さ、無駄話はおしまい。本気で来ないと、死ぬわよ」

これが戦いの口火となった。
勘九朗が巨体に合わず、一気に間合いを詰めてくる。
その手が白熱灯のように熱く輝く!

(早い! しかし、予測はしてる!)

そして、生み出された巨大な霊波刀を、垂直に振り下ろした。

「きゃっ……」

爆音と共に、会場内が白煙に包まれた。

「ちょ、ちょっと令子!」
「……いや、辛うじて交わした!」

視界を遮る靄が晴れると、神通棍で刀の直撃を逸らした美神がたっていた。

「フ、フン。こんなどでかい刀を受けるほど、単細胞じゃないのよね」
「あら、結構やばかったように見えたけど?」
(くっ、見透かされてる!? 私は急所をつかないといけないのに、
 アイツのは一発でゲームオーバー。確かに最悪の相手だわ!)

美神が臍を噛んだ。

二合、三合、四合。
時には身を翻し、時には刀の横を突付いて逸らし。
損傷こそないものの、明らかに美神が押されていた。

「令子! 遊んでないで本気で……」

エミの怒声をコダマが手で抑える。そして首を横に振った。

「恐れていた通りだ。勘九朗が相手じゃ分が悪い!」
「へぇ。それがお主の予知でござるか。なら手助けしてあげればよかろうに」

シロメドが茶々を入れる。

「……お前がちょっかい出さないと動けねーんだよ」
「え!? あ、……しまったでござるかも。
 オカルトアイテム渡すのって、ちょっかいでござるか」
「渡したのか! う、でも規定じゃ持ち出せるアイテムは一つだから、
 今更文珠はダメだし……念のため、美神さんが死なないよう、保険に行ってきます」

エミが悲鳴のような鋭い声を上げるが、コダマはお構い無しに観客席を飛び降りた。

一方のリング内では、美神が荒い息をついていた。
勘九朗が一旦距離を外す。

「しぶといわねぇ。なら、あんたにはとっときを見せてあげるわ」

この巨体の男はそういうと、再び霊波刀を取り出した。

そしてターゲットの胸口を狙う。
美神は右に避けるがーー

目の前にはもう一本の霊波刀が迫っていた。

「きゃあ!」

神通棍越しに止めたものの、リングの壁まで叩きつけられる羽目になった。
美神の口から唾の雫が洩れる。

「悪いわね。私は両刀使いなのよ。さぁ、終わりにしましょう! 美神令子!」

勘九朗が闘牛のように突進する。
美神はそれを見て、辛うじて立ち上がった。

しかし、勘九朗は両手を振り上げ、次の行動に移ろうとしている!

「止めよ! ホルモンバスター!!」

二刀の交差した、振り下ろされた先で、地響きと粉砕音が轟いた。
勢いが強すぎて、煙すら風に呑まれた。
刃を落とした先は大きく抉れ、破片がそこら中に飛び散っている。
「令子!?」

残されたのは変装用の髪の毛のみ。
しかしーー
お探しの主の声はリング右の端っこから聞こえた。

「ちょ、ちょっとあんた! 私を殺す気!?」
「死んでも恨みっこなし。そういうルールじゃなかったかしら?
 試合が始まった以上、今さらギブアップはないわよ」

のっぺりと勘九朗が返した。

二つの大剣と神通棍との剣舞が始まる。
一合二合、三四五合……
間隔の狭い攻撃に、美神令子はますます追い詰められる。

そこに。

「横島君の治療、ただいま終わりました〜〜」
「しっ! 今、令子が勘九朗と戦っているのよ!」

緊迫した雰囲気に迎合せず、横島がぼけっとした声を上げる。

「美神さんなら、あの変態も余裕のよの助でしょ〜〜」
「とんでもない! 負けそうなのよ、令子が!」
「ええっ!?」

横島が慌てて会場を見る。

「……なんじゃこりゃあ!」

大男の揮う青竜刀ほどの太刀筋が、裁断なく美神を襲っていた。

「あれじゃ、攻撃できないじゃないですか!」
「そう。でも勘九朗だって、無限に放出できるわけじゃないワケ。ここは耐え忍んで……」
「それはちょっとマズイでござるな。勘九朗! 例の物を使うでござる!」

メドーサの声が届いたのだろう。勘九朗が小さく被りを振る。

「やれやれ。これは決勝まで、見せたくなかったんだけどねぇ」
「こ、この上まだ何かあるの!?」

美神が血を吐くように呻いた。

「霊波刀使いのメリットって、な〜んだ?」
「! ……道具を一つ、自由に持ち込めるっ!」
「せいか〜い」

勘九朗が、紫色の球体を地面に転がした。途端に闘技場の中の視界が悪くなる。

「ちょっと! コレじゃ何も見えないワケ!」
「美神さ〜〜ん!!」
「防霊加工でござるからなぁ」

騒ぐ外野を他所に、中で変化があった。

何かが振動する音がドームの外まで響く。
続いて、軽い落下音が微かに地を這って届いた。

観客席の皆は息を飲んで、紫の煙が立った
闘技場の円形ドームを見守る事しか出来ない。

しばらくして、煙が晴れる。

そこには真っ二つに折られた神通棍と、
うつ伏せに崩れた美神が取り残されていた……。
観客席に動揺が走る。

「ええい、あの馬鹿! 手加減って物を知らないのか!」

コダマが慌てて美神の元に駆け寄った。

「救護班! 早く治療を!」

そう言いつつも、自らも先ほどの残りの文珠を使っていた。

(コダマ! 文珠の力を抑えた代償で、今のお主は、
 軽い能力なら変幻させて何回か使うことが出来る!
 美神令子は総合的に傷ついておる。
 「回」、「補」、「給」等いろいろとサイクルしろ!)

担架に運ばれる美神は血の気なく、霊力の傷もひどいものだ。
コダマはベッドに降ろされるまで治療を続けたが、何分ダメージが大きすぎる。

(猿! お前の言うとおりやってるが、持つかどうかわからんぞ! 
 ここは制約を解除して……)
(早まるな! 一つストックを失うが止む終えん。「蘇」と篭めよ)
(強い言葉を使うといつも通り、一発で壊れるのか。わかった!)

コダマの小さな手の平で、文珠がぴりぴりと霊力を迸らせる。
それを美神にかざすと、文珠が風鈴のような音を立てて砕けた。
音が途切れた頃。美神令子が即座に起き上がった。

「コダマ! ……ここはどこよ」
「ベットの上。美神さんは、勘九朗に負けたんですよ」
「冗談! このまま引き下がって、うっ」

立ち上がろうとした美神がそのままベッドに逆戻りした。

「文珠で強制的に蘇生させました。体がなじむまで、少し休んでてください」
「蘇生させた? あんた、メドーサ以外は手出しできないって言ってなかったっけ」
「メドーサがオカルトアイテムを渡したようなので、此方もよかろうと」

美神の拳がわなわなと震える。

「あの蛇女! だから神通棍が機能しなかったのね! 私に恥をかかせやがって!」
「美神さん? ちょっと、何処行くんです、美神さーーーん!!」

美神が体を推して、立ち上がる。そして、歯を食いしばって歩き始めた。
しかし結局、会場入り口で力尽きることと相成った。

(相変わらず、なんつー根性や)

コダマは美神を壁際にもたれかけさせると、観客席の方に戻った。


「メドーサ! どういうつもりだ!」

開口一番。コダマが怒鳴る。

「美神さんの抹殺が狙いだったんなら、こっちも容赦しないぞ!」
「え! そ、そんなにやばかったでござるか」
「もう少しで死んどったわ!!」

コダマの剣幕に、メドーサがたじたじになる。

「そ、それは真に面目ないでござる。あのオカルトアイテムは、先生のみに使うべきだったか……」
「何? お前まさかまた……」

そこに放送が流れる。

「ただいま、三人の選手が棄権を表明しました。これは大会が始まって以来の事件です」

横島が首を傾げる。

「……え。全部俺と当たる選手やないか。俺に恐れを成して逃げた?」
「あんた、どこまでのーてんきなワケ。癪だけど、腕だけは一流の令子を葬った。
 そんな相手とGSの卵たちが挑んだらどうなるか……火を見るより明らかなワケ」

エミが溜息をついた。

「オタクも敵討ちを……ってキャラじゃないでしょ。早く棄権しに行きなさい」

それに小竜姫が異を唱える。

「横島さん! あなたのお師匠さんがやられたんですよ!
 ここは勝ちが薄くとも、挑むところです!」

横島が一歩、後ずさる。

「俺が……あの化け物と! いやじゃー!! いろんな意味でいやじゃーーー!!
 あいつ俺の尻なでてくる変態なんですよ!」

小竜姫が大きく一歩、後ずさった。確かに普通ならやりたくない。しかし……。
周囲の目線に射抜かれて、横島の腰が大きく引ける。

「で、でも……ここでブレイクすれば、美神さんのハートはドッカンじゃ!
 ああ、しかし戦わなくても、美神さん許してくれるかもしれないし……」

悩む横島の袖を、コダマが引っ張った。

「横島。ちょっと来い」
「あ、ああ……」

「ちょっと待つワケ」

横島を呼ぶコダマに、エミが待ったをかけた。

「これはGSの試験であって、あんたらの代理戦争じゃないワケ。
 あくまでけしかけると言うのなら」
「美神さんの状態を話すだけです。やるかやらないかは、こいつに任せます」
「そう。あ、ちょっと! 令子は一体どうなのよ!」

エミが美神さんの心配をする。コダマは何か新鮮なものを感じた。

「回復が間に合わなかったので、強制的に蘇生させました。メドーサ、異論はないな?」

振り向いたコダマの鋭い眼光に、メドーサがおびえた子犬のように伏せる。

「は、はいでござる!」
「後、保険で横島に文珠を渡すぞ。これも文句ないな?」
「それは百も承知の上でござる」

この答えに、コダマは僅かな違和感を感じた。

(猿、どう思う)
(対策有りやも知れぬ。とかく、他に方法がない以上乗ってみるしかあるまい)

「コダマ。別にここで話せばいいのではありませんか。
 文珠の使用も明言した以上、隠す事はないと思うのですが」
「あ……しまったなぁ」

小竜姫が口を出した。コダマが頭を掻く。

「そういや、文珠ってなんだ?」

横島がコダマに聞いてきた。

「口で説明するより、実際使ったほうが分かりやすいな……ほれ。これを持て」

コダマが、小さなビー球状の物体を横島に渡した。

「結構貴重なものだからポケットに入れとけ。じゃ、いくぞ……」

数秒後、横島が大量の鼻血を噴出した。
他の皆は、ワケが分からないといった表情だ。

「コ、コダマ! 今の映像はなんじゃ!」
「文珠をみてみろ」

横島がポケットから取り出すと、文珠は「写」と書かれて輝いていた。

「このように文字を篭める事で、いろんな力を出せる」
「なるほど! それで小竜姫様の、あられもない姿が脳裏に……」
「わ! ば、馬鹿!!」

コダマと横島は揃って屈伸運動をした。
ただいまコダマの頭があった位置に、神剣が刺さっているのは言うまでもない。

「コダマ。すごく話があるのですが」
「い、今シリアスな所なので、できれば後でお願いします……」
「いいでしょう。でも、忘れませんからね!」

コダマが文珠を変える。

(今、文珠を「話」に変幻して、お前の脳内に直接話している。
 もし戦うのであれば、それを渡してやる。
 仮に致命傷を受けても、命だけは保証できる)
「なぁ、俺の大事なものは? 大事なものは保証してくれるのか!?」

横島が涙目でコダマに問いかける。

(問題はあの球体だな。あれを使われ次第、破壊すればなんとかなる……と思う)
「いまいち頼りない返事だな……。いいよ! やってやるさ!
 だけどほんとーに命と貞操だけは……」

コダマが、頭を縦に振った。

「よーし、これで美神さんは俺のもんじゃぁーー!!」

横島が奇声を上げた。

(やはり先生は、仲間を見捨てないでござるな。
 ところが、美神殿の獲得はありえないのでござるよ、これが)

シロメドが、小悪魔的な笑みを浮かべた。


「それでは決勝戦を行います。勘九朗選手、横島選手、前へ!」

その声は会場の入り口まで響いていた。

素早い動きで、コダマが美神の元へと赴く。

「大丈夫そうですね。横島の試合が見えるところまで、肩を貸しましょうか?」
「ちょっと! なんで横島君は棄権していないのよ!」

美神が強い剣幕で捲し上げる。

「本人の意思を尊重しました。万が一に備え、美神さんを蘇生させたものも持たせてあります」
(文珠っていったらボラれるだろうなぁ)

コダマが内心で毒づいた。

「あんたじゃ肩の支えにもなりゃしないわ。とにかく、試合を一刻も早く止めないと!」

美神が、会場へとぎこちなく歩いていく。

(よし。これで勘九朗、腕を失うのフラグがたった)
(横島の試合回数もちょうど一緒。後の問題は……嬢ちゃんじゃな)
(頼むから、これ以上話をややこしくせんでくれよ……)

コダマは美神の逆手を抜け、観客席へと戻った。

「あら、横島ちゃんいらっしゃ〜い!」
「やかましい! よくも美神さんを倒しやがって」
「あらあら、勝負の世界は非常なのよ〜〜」

怒りを発する横島に対し、勘九朗は余裕しゃくしゃくだ。

「しかしメドーサ様の言うとおり、本当に来たわね」
「当たり前だ馬鹿やろう!」
「んん〜〜す、て、き。じゃあ、横島ちゃんの力……見せてもらおうかしら!」

勘九朗が青竜刀の丈ほどもある霊波刀を抜き出した。
それを、横島に、袈裟懸けに振り下ろす。

(早いっ!)

観客席で小竜姫が唸る。

しかし横島は盾、サイキックソーサーで攻撃をいなす。
そして裏拳の要領で、勘九朗の顔面を痛打した。

「えっ!?」

勘九朗が鼻を押さえる。今のを反撃された事に、動揺が走った。
そこに。

「美神さんの敵じゃ! 喰らえこの野郎っ!」

サイキックソーサーが下に弧を描いて、勘九朗の股間に直撃した。

「っ、っ、っ、っ!!」

もんどりうって地を這う勘九朗。
会場から再び激しいブーイングが巻き起こる。

「コイツ相手に手段を選んでられるかあああっ!!」

一発。二発。容赦なくサイキックソーサーが勘九朗に刺さる。
三発。頭部を捉えたその攻撃は一閃された。

「やってくれるじゃない、横島ちゃん……」
「ちょっと待て! ドンだけタフなんだお前は!」

左の鼻から紅い液体を迸らせながらも、勘九朗は平然と立っていた。

「もう少し強く行っても良さそうね。いい? 死んじゃ嫌よ?」

剣が二つに増える。
勘九朗は両腕を垂らして颯爽と寄ってくる。

「く、来るな! 来る……ぶふぉぉぉぉ!!」

横島が突然、鼻血を噴出した。
勘九朗もあまりのことに、動きが止まる。

(今だ、行け! ぐわっ!?)

横島のソーサーが、勘九朗の顔面を直撃した。
堪らず吹き飛び、闘技場の端に飛ばされる勘九朗。

一方……
観客席に戻ったコダマの脳天に、神剣が振り下ろされていた。

「コダマ! 今のは、誰の何を写したんですか!」
「ス、スンマセン! 他に知ってる人がいないもんで……」
「やっぱり私ですか! よりにもよって殿方に私の卑猥な姿を!!」
「しまった! 誘導尋問かぁぁ!!」

観客席では、コダマが小竜姫にお尻を叩かれていた。

「しょ、小竜姫様! こ、この辺で! 試合が、横島が!」
「ええい、続きは覚悟してくださいよ!」

試合に目を向けると、右目が腫れあがった勘九朗がのっそりと立ち上がった。

「横島ちゃんは、技のコンビニエンスストアーねぇ。ますます欲しくなったわ」
「そういうお前は、ますます近寄りがたい顔になっているんだが」
「んもぅ。顔は止めてよね。跡が残るじゃない」

勘九朗が腫れあがった右目を抑えた。

(横島! おそらく次は美神さんを葬った技が来るぞ!)
「ど、どうせいっちゅーねん!」
(俺の言うとおりに動け。まずは……)

勘九朗は頭を振るうと、再び二振りの霊波刀を取り出した。

「さぁ、今度は私が攻めるわよぉ!」

横島がソーサーを投げる。
それは勘九朗の頭上を狙ったものだが、頭を逸らして交わされた。


「顔はやめてって言うのに! 聞き分けのない子には! おしおきよぉ!!」

勘九朗の上腕が激しく震える。

「ホルモンバスター!!」
「なんじゃその、いかがわしい必殺技はぁぁ!!」
「ほっといてっ!」

刃が最高点に達する。

「勘九朗! 後ろでござる!!」

メドーサが叫ぶが、両腕を完全に挙げた体勢ではどうにもならない。

「ぐっ!?」

最初に投げたソーサーがUターンして、勘九朗の腰で破裂した。

「うおおおおおおお!!」

横島が左手に力を篭める。

完全に無防備となった顔面に、サイキックソーサーが炸裂した!

「よ、よっしゃああああ! 決まったぁぁぁ!!」
(っ! まだだ! 避けろぉぉ!)

コダマが強く警告する。
それからコンマ数秒。勘九朗は完全に顔が上を向いたまま、両刀を振り下ろした。

爆風がそこらじゅうを弾き飛ばし、横島が三度転げまわる。

「いっててて! なんであの状態で攻撃してくるんだよ!」
(こっちが聞きたい! お前、手を抜いたりしてないよな?)
「するかああああ!! こっちは美神さんと、男としての尊厳がかかっとるんやぞ!」

勘九朗が跳ね上がった首を真っ直ぐに戻した。

「ヴ…ヴヴ……横島…ちゃん……」
「ホラーワールドすぎるぞ、なんなのこいつぅぅぅぅ!? 出して! マジで出してくれえええ!!」

観客席で、シロメドが微笑む。

「おいメドーサ! なんじゃありゃあ!」
「勘九朗は拙者の「さんぽ」に唯一ついて来たでござるからなぁ」

コダマは知っている。こいつの散歩は「散歩」と言う名の、全速力フルマラソン二倍三倍掛けだ。

「そうか……それであんなにタフなのか」
「素質があったんでござろうなぁ」

コダマが有無を言わさず、シロメドの顔面に蹴りをお見舞いした。

「デ、デタントを壊すつもりでござるか!」
「やかましい! 最終兵器物体Xを造ってんじゃねぇこの馬鹿!!」
「馬鹿とは何でござるか馬鹿とは!」

シロメドが牙を剥いた。

「勘九朗! 先生は戦意を削がれた! 切り札を使うでござる!!」

勘九朗が両の鼻から鮮血を垂れ流しながら微笑む。横島は危うく卒倒しそうになった。

(横島! 出したと同時にソーサーで壊せ!)
「お、おう!」

紫の球体が、再び使用された。煙が視界をどんどん奪っていく。

「どぉぉりゃああああ!」

霊波の盾がこれでもかと言わんばかりに唸る。しかし。

「お見通しよ〜ん」

勘九朗が弾き飛ばした。

(く! おい横島! おい!)
コダマの呼びかけにも、横島は応じない。いや、違う。

「くっ! くっ!」

コダマが必死で指を鳴らすが、文珠が応答しない。

「おやおや子狐どの。何を焦っているでござるかな」
「っ! まさか」
「ご名答。あの煙に覆われている限り、
 オカルトアイテムは発動しないでござるよ。……貴殿の文珠も」

コダマの背に、冷たいものが走った。

(なんとかあの装置を逆操作しねぇと)
(しかし、文珠をもう一つ使うわけにはいかんぞ! 如何にする!)


リングの中の横島もパニックに陥っていた。
いきなりコダマとの通信が途切れた。
さらに、悪視界の中にもかかわらず、勘九朗が的確に襲い掛かってきたのだ。

「いくわよ……恋する乙女の一文字っ!」

慌てて伏せた横島の頭上を、図太い何かが掠っていった。

「くそっ! そこかぁぁ!」

適当に投げたソーサーが、何かに当たって爆発した。

「つっ……いい勘してるじゃない、横島ちゃん」
「おまえこそ、何で俺の位置がわかるんやぁ! 精一杯に逃げ回っとるというに!」

勘九朗がくすくす笑う。

「視界が見えないのは横島ちゃんだけ。私はばっちり見えるのよん」
「しゃ、洒落になってねーぞこら! ギブ! ギブギブギブギブ!!」
「だ、め、よ。お楽しみはこれからなんだから」

横島が死に物狂いで逃げる。だが、その先はモンスターのすぐ右横だった。
勘九朗は、待ってましたとばかりに足払いをかます。

横島は、丸太になぎ倒されたような感覚を味わった。
そして意に反して宙を舞い……リングへと落ちる。
さて止めと言わんばかりに、えげつない、巨躯の肉塊が舞い降りた。


指を鳴らすのは何度目だろうか。
観客席で青い顔をするコダマを、シロメドは冷ややかに見つめる。

「いい加減諦めたらどうでござるか?」
「く、くそっ……っ!?」

派手な振動の後、僅かだが、文珠が応答した。
(ダウンして反応した? ……そうか、地面は煙が覆ってない! これであの珠を潰せば……っ!)

コダマは「掘」ってみた。
効きはかなり悪いが、それでも文珠は応答した。

ある程度までいくと、ほぼ問題なく扱う事が出来るようになった。
(煙は穴まで入ってくる! 時間との戦いじゃぞ!)
(わかってる!)

コダマは転がしたと思われる箇所に僅かな穴を開ける。
一回。二回。三回。
三回目で、何かが穴を塞いだ。

(よし! あとはこいつを「操」作して……)

「あ、あれ? 煙が晴れていくでござる!」

メドーサが動揺の声を上げた。

「横島さん!」
「ぃぃぃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ちょ、ちょっと横島! どうしたワケ!」

二つの影が重なり合うシルエットが映し出される。

「じゃ、メドーサ様のフィアンセになるのね?」
「無茶言うな! 明日から美神さん所にいけなくなるやないか!」

うう〜ん、と勘九朗が首を振る。

「可哀想なメドーサ様。かなわない恋になるなんて……。
 じゃあ結局、私のフィアンセになるのね?」
「いやあああああじゃあああああああっ!! 二人ともフィアンセ(男)じゃねーか!!」

横島が激しく抵抗するが、勘九朗のボディの重圧はおいそれとは動かない。

「もう、どちらかしかないんだから、早く決めちゃいなさいよぅ」
「強制二者択一にすんな! あああ太い胸の筋肉で擦るな! 
 首筋を舐めるなっ! 尻を片手で揉みほぐすなぁぁぁ!!!」

会場のあらゆる人々が総じてコケた。

「メドーサ! お前なんという恐ろしい計画をっ!!」
「人を悪道へ引き込もうとする行為! 断じて許しません!!」

立ち上がる二人に、シロメドが慌てて弁解する。

「い、いや、拙者はここまでやれとは……たわっ!?」

小竜姫の神剣が、シロメドの座っていた椅子を一刀両断した。

「こ、こら! 勘九朗! 風向きが悪くなって来たでござるぞ!」

しかし、勘九朗は動じない。

「待っててね、メドーサ様。あと一息で落とせるから。
 さて、どうするの、横島ちゃん?」
「いいいいいいいあああああああああああ!!」

ここで、審判の鋭い警笛が鳴った。

「鎌田選手! セクハラ及び強制勧誘行為のかどで失格とする!」
「ええっ!? そんなの聞いてないわよ! 全く、無粋ねぇ」
「どの面下げてほざいとんじゃ、お前はああああ!!」

横島が、激しく首を振った。
しかし、勘九朗は抱きついたまま離れない。

「って離れんかお前はっ!?」
「あら。試合なんて、もうどうでもいいのよ?」

勘九朗は横島をがっちりとホールドすると、審査員たちの前に立ちはだかった。

「乙女の恋路を阻む輩は、この私が吹き飛ばしてあげるわ!」
「お、おい! 冗談だろ!?」

横島の顔がますます青くなる。

「ええい、取り押さえろ!」
「恋する乙女の一文字っ!」

とびかかった審査員たちは、尽く勘九朗になぎ倒された。
しかし。
その隙に、コダマが文珠を操作する。
文珠は横島の懐に戻ると、ある言葉を発動させた。

「跳」!

横島が勘九朗の腕をすり抜け、闘技場入り口まで吹っ飛んでいく。
勘九朗の額から汗が滴り落ちた。

「タマモ! そっちは任せた!」
「やれやれ……」

緩やかに舞い降りたタマモの懐に、例の文珠が跳ねて戻った。


「狐の妖怪! 今の私はアリが相手でも容赦しないわよ!!」

勘九朗が吠える。

「さ〜てどっちが強っいかな〜♪」

タマモはようやく遊べる、といった面持ちだ。

「ホルモンバスタァァ!!」
「タマモのパーンチ!」

何の変哲もない拳が、二本の霊波刀を吹き散らし、勘九朗のみぞおちに入った。
闘技場リングの側面まで吹き飛ばされ、大きく仰け反る勘九朗。

「なっ…」
「アイアム! 狐ズ! チャンピオーン! なんちゃって。
 流石コダマの文珠。あとどのくらい使えるのかしら」

タマモの手に「力」と刻まれた珠が、淡い光を発していた。

「勘九朗っ!」
メドーサの体がぶれるが、その体躯は神剣によって止められた。

「貴方の相手は私です!」
小竜姫がメドーサを観客席に押し止める。

「ナイス小竜姫様! ……喰らえこの大馬鹿野郎! 「バク」!」
コダマが最後の文珠を作り出した。
そしてメドーサに背後から投げつける。

「っ、しまっ!」
文字通り爆発が発生し、神も悪魔も一緒くちゃに吹き飛ばした。

「コ、コダマァァ!!」
「いやつい、こいつ思いっきりぶっ飛ばしたいという願望が具現しちゃったッス、ははは」
「後で本当に覚えてなさいよ!」

アフロの小竜姫様もなかなかに斬新だが、これが直撃した方はたまらない。
メドーサはピクピクと痙攣していた。


「今度こそ……「縛」!」

文珠が割れた。代償に生じた束縛の糸は、銀の艶を四方八方に絡ませた。

「く、無念でござる」
「さ〜て、お仕置きだべぇといきますかぁ」
「勘九朗!」

呼ばれた本人が、再度ガタンと立ち上がる。

「な、何っ!?」
「横島ちゃんっっ!」

タマモの位置では届かない。勘九朗が左手を大きく伸ばす! そこに!

「嫌だっつってんだろうがぁぁ!!」

サイキックソーサーが変化し、爪のような形状になった。
それが伸びきった勘九朗の二の腕に深々と刺さる。

「ぐううううううううううっ!?」

さらに!

「横島君!」

サイドから美神が現れた。
その姿に、シャドウの影が一瞬ブレる。
彼女が放った渾身の一撃は、勘九朗の手首を完全に切り落とした。

「って俺の腕まで切ろうとしないでください!」

横島が無駄と知りつつ抗議の声を上げた。

「くうぅぅぅ、勘九朗! 撤退でござる!」

メドーサが泣くように叫んだ。

「……わかりました」

コダマが焦る。
(来るかっ、火角結界っ! だが、こちらにはまだタマモの文珠がある!)

しかし、予想と裏腹に、勘九朗はメドーサの元に駆け寄るのみ。

(小竜姫様と俺相手にやる気か? よし! ここで決着をつける!)
「ここは通しません!」

小竜姫が剣を構えた。

「た、戦う必要はないのでござるよ……」

メドーサはそう呟いた。同時に、勘九朗と共に消え失せる。
後には黒い霞が舞い上がり、散乱した。

残るは、呆気に取られた一同のみ。
逃がしたと気づくのに、かかった時間はいかほどか。

「……ちょっと待てーーぃ! そんなオカルトアイテムありかよぉぉ!!」

会場に、コダマの悲痛な叫び声が木霊した。

(あああああああ……歴史がますますカオスに……しかも今度は……)
少々やりすぎた感のある4話です。
不快に感じた方、面目ないです。
一箇所でも楽しんでいただければ幸いです。

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