2404

If another story is existed3

心地よい山の朝、コダマが妖狐としての特訓をしていた。
曰く、バリエーションは多いほうが良いとの事だが。

「ぶっちゃければ、力を凝縮させて放つだけなんだけど。
 何でアンタは、六角形の板を作るのよ」
「そう言われても……なぁ」

コダマが頭を掻いた。

「小娘。確固たる偶像を廃せよ。
 漠然とで構わん。燃え滾る火の粉を掌に乗せる、
 そのイメージを大事にするのじゃ」

んな事を言われても、と、横島が頬を掻いた。
この手のは具体的にどうすればいいのか、掴みにくくて困る。
何せ、自分は深く考えて使っていないのだ。

燃えろよ、燃えろ〜〜。
適当に念じて力を篭めると。

真っ赤に燃えた、サイキックソーサーが出現した。
それが手に張り付いているから堪らない。

「アチチチチチチチッ!!」

咄嗟に手を離すコダマ。
放物線を描いたそれは、まごうことなく小竜姫の脳天に直撃した。

爆破、炎上。

後には、程よく焦げた姫様が一柱。

「ひょっとしてワザとやってませんか! しまいには怒りますよっ!」
「スンマセン、スンマセン!」

老猿は、騒がしい追いかけっこを見ながら、先ほどの訪問を回想していた。


「お初にお目にかかる、斉天大聖老師」
「アシュタロス殿……いきなり貴方様が来られるとは、何か急用ですかな」

フードに身を包んでいるが、かもし出す威厳は隠せるものではない。
老師は歴史の歪みを重く噛み締めた。

「先日の戦いの件です。神族側はバランスを崩しかねない駒をお出しになった。
 その真意をお聞かせ願いたい」
「ああ、あの狐の嬢ちゃんのことですか」
「左様。我々は秩序ある対立をせねばなりませんからな」

歴史を知った上でこのやり取りは、かなり白々しく感じる。
しかし、魔神はまだ動いていないのだ。

「あの嬢ちゃんはいきなり妙神山に現れましてな、
 修業場を土砂で潰しおったんですよ。
 そのような者を野放しには出来ぬゆえ、
 こちらで罰として使役しておるのですが……」

「なるほど。しかし老師ならいざ知らず、
 大半の魔族にとって彼女は脅威が過ぎます」
「ふむ……」

老師が煙草の煙をキセルから吐いた。

「してアシュタロス殿の要求は?」
「文珠の使用を禁止してもらいたい」
「ほ……さすがアシュタロス殿。一発で文珠と見抜かれたか」

しかしこのまま、はいそうですかとはいくまい。

「されどそれでは、狐の嬢ちゃんが更生の気を削がれましょう」
「ふむ……ならば通常の文珠三つまで、という事でどうでしょうかな。
 ちょうど超加速が使える数です」
「むぅ……」

フードの男が眼光鋭く老師の一挙一動を見据える。

「そちらには小竜姫殿もいる。これで公平と私は考えますが」
「致し方ありませんな。「三つの制約」を呑みましょう」


老師は未だ走り回る弟子どもを叱り付けると、コダマを呼んだ。

「この間の一件。アシュタロスに感づかれておるぞ」
「い!? 文珠はやばかったかなぁ」
「うむ……力のバランスが崩れるゆえ、封印しろと言ってきおった」

そしてコダマに「三つの制約」のことを話す。
さらに老師は呪を唱え、コダマの頭にある輪に念を篭めた。
コダマが大きくうずくまる。

「いってぇ……あの馬鹿犬め。絶対お仕置きしてやるからな!」
「ほう……てっきり弱気になると思ったが」
「ふっ。あいつ如き、三つで十分じゃ!」
「超加速はどうするんじゃ」

葉っぱが一枚、風に舞い散った。

「やべええええ! 猿! やっぱ戻して!」
「なんじゃそれわ! てっきり策でもあるのかと、
 期待したわしが馬鹿じゃったわ!!」

そんなこんなでGSの試験へと話が進む。


史実では魔族の手の者をGSにして、結託して果実を得る。
それを美神や仲間のGSが暴き、計画を妨害する、というものだった。
そういう筋書きだった事件だ。
横島が霊能力に目覚めた事件でもあった。

しかし、魔族になったとはいえシロがそんなことをするだろうか。
出たとこ勝負の対決と相成ってしまった。



以前の通り、事務所に小竜姫を派遣。
すると小竜姫様が横島のバンダナに心眼を授けた。
この辺りは歴史の修正力というかなんと言うかが働いたらしい。
遠くでしか見れないコダマは血の涙を流していた。


そして当日。

「陰念、ゆっきー殿、勘九朗!
 がんばるでござるよぉ〜〜!!」

観客席にはハッピ姿のシロメド一匹。
小竜姫様とコダマ、前の座席で額を打つ。

「め、め、メドーサ! 貴方こんな所で何にやっているんですかっ!」
「なにって……応援でござるよ?」

(シロの奴、本当に手段を選ばなかったのか? 
 しかし、こいつが教えられるのって……)

そうしている間にも試合が始まる。

「タイガー選手 VS 陰念選手! 始め!」

開始直後に特攻した陰念の一撃が、タイガーの胸を浅く掠める。
タイガーはそれに構わず、陰念の胸座を掴み、がむしゃらに放り投げた。
さらに追撃で、精神攻撃が陰念を襲う。

「何、あの陰念って奴の使った技は。ひょっとして霊波刀?
 鉛筆削る程度の大きさだったけど……」
「鉛筆削りだな」
「鉛筆削りですね」

皆の感想にシロが喚く。

「ええい、揃いも揃って鉛筆削り鉛筆削りと!
 あれでも拙者、いっしょーけんめい教えたでござるよ!」

(何時の世界でも報われない奴……)

コダマは一人、合掌した。

「……されど。
 このままいけば陰念の勝ちでござるな」

シロメドが自信満々に言い切った。

試合会場では、タイガーが死角からの攻撃を何発も繰り広げている。
しかして。

「へっ。そんなモン、屁でもねえぜ」
「何ジャと?」
「来な、張子の虎。次に攻めてきたときが、てめぇの最後だ」
「ワッシは、ワッシはぁぁぁぁっ!!」

渾身の力で鯖折りを繰り出したタイガーを、無数の霊波刀が貫いた。

「があっ、ぁぁ……」

タイガーはそのままうつ伏せに沈んだ。
巨体の影から現れた陰念は、無数にある傷口から小ぶりの霊波刀を産み出していた。

「勝者、陰念選手っ!」

旗が高々と挙げられた。

「な、何やってるのよあのおバカ!」
「あ、あのーーエミさん、ちょっといいですか」

美神のライバル、エミの罵倒にバンパイアハーフのピートが一言。

「タイガーなんですけど……精神感応以外の技を教えました?」

タイガーの師匠たるエミ。一瞬で固まる。
この大会、霊力を持った攻撃をぶつけなければ相手にダメージはない。
非常に気まずい雰囲気が、辺りを支配した。

ちなみに、この世界でも横島の対戦相手、
ドクターカオスは銃刀法違反でお縄についたことを触れておく。


(そろそろか……)
「コダマ、どこいくのよ」
「男子トイレ」
「なぬ!? アンタそんな事企んでたの!」
「ち、ちがっ! そういう意味じゃ」

タマモが牙を剥く。
そして。コダマが言い訳するも空しく。

「喝!」

ちっちゃい狐の悲鳴が上がった。


その頃その男子トイレでは。

「てめえがメドーサ様のお気に入りかぁ?」
「そ、そーみたいっす……」

横島が陰念にそのまんま因縁をつけられていた。
おどおどする横島に陰念が切れる。

「気に入らねぇ、気に入らねぇんだよぉ!」

水道の蛇口から、勢いよく水が迸った。

「なんであんないい女が、てめえみたいなボンクラに惚れてんだよ!
 ……くっくっく。まぁいいさ。てめえの化けの皮をはいで、
 メドーサ様は俺がいただくからよぅ」

陰念の右手が、横島の顔に伸びる。顔に触れようとしたその時。

「陰念!」

横から鋭い声が飛んだ。

「勝手に横島ちゃんに手ぇ出すんじゃないわよ!」
「るせぇ! 試合前にガンつけあってるだけだ! 
 口出しするんじゃねぇ! くそっ!」

陰念は足元の屑篭を蹴飛ばし、外へと出た。
一方の横島は、先ほどよりも大いなる恐怖に立ちすくんでいた。
この大男に「横島ちゃん」とはっ!?

「ごめんなさいねぇ。あの子ったら短気だから」
「い、いえ、大丈夫っす。では僕もこの辺で……」
「でもぉ」

勘九朗の巨体が、横島の進路を遮った。
横島の心臓が三オクターブほど跳ね上がる。

「女性がアタックしているのに、つれない態度取るのはどうかと思うのよね〜〜」
「い、いえでも、しかし、あの姉ちゃん確かにいい女ですが……」

勘九朗が横島の耳元で呟く。

「かなわない恋となるのなら、私が貰っちゃおうかな〜〜よ・こ・し・ま・ちゃんっ」

常人の親指はあろうかという小指が、横島の尻を掠めた。
この時この瞬間、少年の脳みそは、沸点に到達した。
横島は、超加速の領域を具現することに相成った。

「みっみっみーみーみみみみみ美神さぁぁぁん!!」

横島がど派手な地響きを立てて爆走、そしてすりよってきた。

「だぁぁうっとうしい! なんなのよアンタは!」

強烈な踵落としを入れたのだが、めげずにすり寄ってくる。

「あの白竜会というメンバー、尋常じゃないです!
 まともに当たれば、取り返しがつかないことになります!! 辞退させて……」
「……アンタ、この私の事務所に泥を塗る気?」

美神の手首が音を立てる。

「だぁぁぁぁ!!
 前門に美神さん! 肛門に勘九朗ぉぉぉ!!」
「あぁん?」

横島はそれだけ言い残すと、へにゃへにゃとへたりこみ、気絶した。


時は流れ、試合は着々と進んでいく。

(そういえば久能市? との試合が無かったな)
コダマ、ふと気づく。シロメドが鈍器を持っていることに。

「メドーサ。お前まさか、横島の対戦相手を屠って……」
「ん〜? な、何の事でござるか?」

声がうわずっている。間違いない。

「おい、こら!」
「だってぇ。先生が他の女の色香に走るところなんて、見たくないでござるもん♪」

(だぁぁ!! マズイ、マズイぞ……。心眼は、目覚めているのか……?)

次の試合は横島と陰念の一騎打ちだ。
悩むコダマを他所に、合図が無常にもかかる。

「陰念選手対、横島選手。試合、開始!!」

開始直後、横島が相手をびしっと指差した。

「ふっふっふ。お前の弱点はお見通しだ!
 すなわち、近寄らなければ何の害も……どわっ!?」

陰念のハリネズミ体当たりを、横島は情けない格好で交わした。

「ち、近寄ってくるんじゃねぇ!」
「アホか! こうしねぇと攻撃できんだろうが!」

ガンガン突っ込む陰念。
くねくね交わす横島。

「おーーっと横島選手。陰念選手の攻撃を面妖な動きで全て避けて……ぶべっ!」

メドーサのスリッパが解説者に直撃した。

「せめて華麗に、とかもうちょっと、まともな言い回しは出来んのでござるかな」
「ひゃ、ひゃい」

飛んできた蛇の少女に素足で踏まれ、解説者が顔を赤らめながら唸った。

「ち、ちきしょー! 全部交わしやがってっ!」
「当たり前だ! 当たると痛ぇじゃねーか!」

横島が腰の引けまくったポーズで答えた。

「ならっ! 切り札で一気に決めるぅぅぅ!!」
陰念が、気合と共に木刀大の霊波刀を生み出した。

「死ねぇぇっ! 横島ぁぁぁ!!」
「ひぃぃぃぃ!!?」

懐まで接近されたその時。

(む、右方向にメドーサのパンチラが)
少年は、旋風となった。

「な、何!?」

至近距離から攻撃を避けられて、陰念が焦る。

(煩悩エネルギー充電完了! 放射!!)

リングの隅にへばりついている横島の首が135度回転し、額から霊波砲が放出された。

「ぎゃああああああ!」

陰念はリングの端まで飛ばされ、力尽きた。

「うおおおおお! 首がっ! 首がぁぁぁ!!」
(未熟者め……)

こうして横島は、辛うじて本世界のレールへと戻る事になった。


「つまり、俺は煩悩エネルギーがあれば勝てるんだな?」
(左様。だが先ほどの攻撃で、残量はゼロだ。よって……)
「うおおおおおお!! 合法的に覗きが出来る日が来ようとは!!」
(いや、完全にアウトなんだが……とにかく時間がない。
 一箇所でも多くの地を巡るのだ)


一方、他所のリングではピートとゆっきーこと雪之丞が戦っていた。
自分の力に、バンパイアハーフという存在に悩むピート。
そこに、扮した美神から檄が飛ぶ。

「……そうか!」

ピートは自分の体を霧にするが。

「ぐわああああっ!?」

雪之丞の霊波刀が、透けた体を切り裂いた。
さらに、雪之丞が追撃を入れようと歩み寄る。
しかし、もんどりうちながらも、ピートの詠唱が勝った。

「主よ精霊よ! アーメン!!」

神父直伝の御言葉に、今度は雪之丞が転げまわる。

「ケッ、甘ちゃんと思っていたが、中々やるじゃねぇか」
「僕はもう迷わない! 勝たせてもらうぞ雪之丞!」
「遠距離なら勝てるってか? やっぱり甘えな。
 こいつはとっておきだ! 喰らえ! 霊波刀・砲撃!!」

剣の形をした霊波刀が、光線を発しながらピートに迫る。

「主よ精霊よ! アーメン!!」

ピートが再び精霊を集めた。主の力が飛んできた刃と拮抗する。しかし。

「オラオラオラ! どんどん行くぜ!」
「な、ぐわっ!?」
さらに飛んできた四本の刃に抜かれ、ピートは床に崩れ落ちた。

「ピート!? ……なんなのよアイツ! 試験生のレベルじゃないわ! 
 令子。オタクの横島、棄権させたほうがいいワケ」
「そうね。ピートはバンパイアハーフだから保ったけど、
 横島君がアレを喰らえば……」


その頃、話題の主は、桃色の一時を満喫していた。

「更衣室! カーテン越しの美女! そして止めの女風呂ぉぉぉ!!」

見つかり通報されても気にしない。横島は本能のままに生きていた。
そこに一つの影法師。
ふと横島が後ろを振り返る。

腕をプルプル震わせて、目をつり上げたシロメドが浮かんでいた。

「先生の……先生の馬鹿ぁぁぁぁぁ!!」

猛烈なラリアットが炸裂し、横島は湯船に叩き落とされた。
轟く水飛沫。不気味なまでの沈黙。

「ち、違うんです! いきなり跳ね飛ばされて……ぶほばっ!?」

つんざく悲鳴。宙舞う桶に石鹸。

(あの馬鹿犬……歴史をこれ以上変えるんじゃねぇぇ!!)

タコ殴りにあっている横島を、コダマがどうにか引っぱり出した。

「こ、ここは?」
「メドーサが干渉してきたので、お前を路肩に引き戻した。……逃げるぞ」

後ろにはサイレンが鳴り響いている。横島とコダマは、俊足で立ち去った。


横島選手と雪之丞選手との試合ですが、横島選手のほうが現れません。

(逃げたか……。ま、しょうがないか。アレを見ちゃねぇ)
扮装した美神が、安堵とも呆れとも感じる溜息をつくが。

「す、すんませ〜〜ん………。お、遅くなりました」
「横島君!?」

会場入り口に、血と水滴で滴り漏らした横島が立っていた。
そこに美神が詰め寄る。

「棄権しなさい! アンタの言うとおり、
 まともに当たると怪我じゃすまないわよ!」
「……地獄のような特訓をしてきました! その成果を、見ててください!」

たしかに、横島はびしょびしょだ。一体何をしてきたのやら。
そんな事を考えている隙に、横島は会場に上がってしまった。
慌てて美神が制する。

「横島君! 試合が始まったら、泣こうが喚こうがギブアップはなしよ!
 ギャグはいいから降りてきなさい!」
「ヤです!」

幾ばくかの沈黙が流れる。
そして。

「アンタ私の言う事が聞・け・な・い・って・い・う・の!?」

横島が、腰も引け引けにタイムを要請した。

「アンタね。ドシロートが付け焼き刃でどうこうしたって、
 どーなるものでもないのよ。そこんとこ、
 この私が気を使っているのが分からないの?」
「ぐ、ぐるじ……美神さ……戦う前に死んでしまいますぅぅ!!」

胸座を持ち上げられ、息も絶え絶えに横島が叫んだ。

「い、一応バンダナが、命だけは保証してくれるって言うし」
「左様。それに私がついている限り、コイツはドシロートではない」

二人が諭すが。

「一番気に入らないのは、アンタが私の言う事を聞かないってコトなのよ!!」
「結局本音はそこですかぁぁ!」

横島の口が、真横に伸びた。

「ま、いいわ。好きにしなさい!」

美神が横島の腹をピシリと叩く。
横島は、それを信頼の証と受け取った。

「万が一勝てたら、一生俺の女に」
「とっとといけ! 馬鹿横島!!」

正面から美神の蹴りが。そして背面からシロメドの膝が炸裂した。
慌てて美神が身を翻す。横島は再び会場の外へと飛んでいった。

「ちょ、ちょっとアンタ! 私の丁稚に何蹴り入れてんのよ!!」
「い、いや、拙者としては他の女性に走って欲しくないかなー、
 等と思ったりなんか、しちゃったりして」
「アンタ、本気でアイツの事惚れているの?」

美神が探るように問いかける。

「勿論!! 先生の為なら、例え火の中お湯の中でござる!」
「なら殺人級の蹴りをかますなぁ! 横島君を殺す気かぁぁ!!」
「大丈夫でござるよ、だって先生でござるから」

美神の口が、あんぐりと開いた。

「……ちょっと聞きたいんだけど、アンタあいつに何を学んだの?」
「秘密でござるよ」

シロメドが朗らかな笑みを浮かべた。

会場は荒れていた。
と、言うのも、対戦者の一人が既に虫の息だったからである。

「お、お前……生きてるか?」
「か、辛うじて」
「なんか、このまま戦うのがすげー気の毒になってきた……」

観客席から飛翔したシロメドの一撃。その破壊力は押して知るべし。
その観客席に戻ったコダマは、瀕死の横島を見て大コケした。

(コダマ。ここに戻って早々悪いが、メドーサが膝蹴りをかましたぞ)
(だ〜〜!! 雪之丞は裏切らねぇし、俺は死にそうだし、
 もうぐちゃぐちゃじゃねーか!)
(……ワシはもう、前の時点で諦めたわい。
 しかし、このタイミングで蹴りを入れるとは。読めんのぅ)

鷹揚とした猿神に、コダマが動く。

(あの馬鹿! またフォローしないといけないじゃないか!)
(待て、コダマ。このままやらせてみようではないか)

思いもよらない提案に、コダマの目が見開く。

(歪みが激しすぎる。試合数は一つ足らん。そこにこの有様ときた。
 ここは横島の身柄保護に徹し、新たな事件の前に鍛錬を施そう)
(……わかった。ここで横島を負けさせるんだな。
 だが、シロはここで止めないと! 決して香港まで持ち込むことは許されねえ)
(さもなくば人間の命の剥奪、か。ううむ……)

会場の奥地で話し込む二人を他所に、時は無常にも開催を告げる!

「試合、開始!」

開始長後。雪之丞がいきなり霊波刀を手より生み出す。

「怪我人をいたぶる趣味はねぇ! 一撃で病院に送ってやるぜ!」

ピートを仕留めた刃が、光を放ちながら横島の元へ向かう。

(今だ! 溜め込んだ煩悩エネルギーを一気に開放する!)
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

激しい爆音が会場の床を揺らした。

「すさまじいエネルギーです。横島選手、いきなりKOか」
「それはどうでござるかな♪」
(くぅぅ。このシーン、一度見てみたかったでござるよ!)

メドーサが鼻を鳴らして、解説席に飛んで来た。

しばらくして煙が晴れた。フラフラしながらも横島は立っていた。
そして心の底から叫ぶ。

「はぁ、はぁ、馬鹿ヤロー!! あんなん喰らったら墓場に送られるやないか!」
「何! 俺の一撃を受けて、まだ立っているだと!」

雪之丞が驚愕する。

「試してみるか!」

もう一発、輝く剣が横島を襲う!

だが。
横島は片手に霊波の盾を生み出し、軌道を微かに逸らしていた。

そして背後で再び爆音が巻き起こる。

「ああ! 今の威力が弱かったぞ!」
(馬鹿たれ! いかに負けるかなど考えるな!)

横島がバンダナと揉める。その間に、雪之丞は相手の戦略をこう解釈した。

「防御一点に徹し、少しでも体力を回復させる気か! なら俺を甘く見すぎだ!!
 陰念とは違う、本当の霊波刀ってやつをお見舞いしてやる!」

「待ちなさい雪之丞! 彼の狙いはっ!」

勘九朗の制止は届かない。

距離を詰める雪之丞に、横島が吠える。

「チャンス! 今しかない……うおおおおおおっ!!」

そして、霊波の盾を放った。

「何!?」

雪之丞は投擲のモーションに気づくも避けきれない。
盾が雪之丞の肩口を捕らえ、そのまま闘技場の奥まで弾き飛ばした。

「やった! これで会場の女は、ドッカンじゃーー!」
(まだそんな事言っとるのかおぬしは)
「美神さん! 見てくれましたか今の!」

ホクホク顔で横島が後ろを振り返る。
そんな横島に美神が鋭く叫ぶ!

「気ぃ抜くんじゃない! まだよ! 後ろ!」

振り返ると、霊波の剣が足元に迫ってきている!

「どわっ!? いててててて!」

直撃はぎりぎり交わした。
ところが生み出された強い爆風で、
今度は横島が闘技場の反対側まで転がりまわる羽目になった。

「くっ……ぐは」
(愚か者! 油断しているからだ!) 
「なぁ、このまま寝てもいいか?」

あくまで弱腰な横島に、バンダナが溜息をつく。
(お主なぁ。ま、相手は許してくれそうに無いぞ)

横島がふと見上げると、雪之丞が右手を揺らしながらも、
その精神を燃え滾らせていた。

「さすがメドーサ様が執着するだけの事はある!
 ゾクゾクするぜ……貴様のようなやり手を、切り裂いてやれると思うとな!」
「じゃ、そういうことで」

横島は撤退を決め込んだ。

「何が、じゃそういうことで、だ! マジメに」
「どっせーい!!」

横島が反転、再び霊気の盾を投げつけた。
胸に浴び、正面から崩れ落ちる雪之丞。

「ぐ、おお……」
「や、やった! 今の俺ってカックイー」
(それはいいがお主。女性ファンは諦めろ)

場内から沸き起こるブーイングの嵐。

「いーじゃねーかよちょっとぐらい! 俺はココに立ってるだけでも十分……」
(何してる、よけろ! ……く、無理か!?)

霊波刀の一撃が当たる直前。
横島の額からバンダナが外れ、身を呈した。

「なっ! バ、バンダナーーーー!?
 バ、バ、ババンバ、バンバンバン……」
「くそっ! 防御用の、アイテムか」

雪之丞が完全に地に伏せた。

「こらお前! 倒れたんならそのまま寝てやがれ!!
 こっから先、ドシロートの俺にどーしろと!」

(これしきの事で動揺するな。私はきっかけを与えたに過ぎん。
 自分を信じろ! そうすれば必ず勝てる!
 短い間だが、お主に会えて楽しかっ……)

バンダナの瞳は一煙の粉梢を残して消えた。

「自分を……信じる!?」

横島が頭を抱えて喚く。

「奇麗事抜かしてんじゃねーっ!!
 この世に自分ほど信じられんものが他にあるかああああっ!!
 寿命が一回戦、延びただけじゃねぇかあああああ!!」

解説席でメドーサが涙する。

(先生、拙者情けないでござるよ……)

一方、驚いているのが観客席の奥。

(な! あの状態で勝ちやがった!)
(しまった! 魔装術は攻防一体の術。対して霊波刀は攻撃一筋。
 その差が出たか! むぅ、ここからどう転ぶ?)


「勝ったか……」

会場の裏手口。横島の勝利を見た美神は身を翻した。
肩の荷が降りたような、ほっとした感覚に襲われる。
しかし、すぐさま壁を叩いて気合を入れた。

「私の方も油断できる相手じゃないわね……待ってなさいよ、勘九朗!」
お久しぶりですor初めまして!
おそらく被っていないと思うのですが、被ってしまっていたら大変申し訳ございません。
一箇所でも楽しんでいただければ幸いです。

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]