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If another story is existed2

うっそうと茂る森の中、小さな影が木々をかき分けて飛んでいた。
その正体はは子キツネになってしまった横島、コダマ。
もし魂が幼いシロに当たっていたらと思うとぞっとする。

芳しくない事態の確認だが、他に手がかりもない。
よって人狼の里を見に来たのだ。
普通なら死ぬが、人狼ならあるいは……とは猿の弁。

コダマは姿と匂いを文珠で消して結界をすり抜けた。


里は相変わらず穏やかでほのぼのとしていた。
それとなく辺りを散策するが、だれそれが怪我をしたという情報は一切ない。
散策しているうちに、ちいさな子犬、もとい狼の子に出会った。

その姿は小さいなれど元気はつらつ、
とてもじゃないが重症といった感はない。

(猿。俺の姿に化けていいか?)
(いかん! 歴史が狂うではないか!)
(しかしこれじゃ埒があかんぜよ)
(魂はココに飛んでおらぬ。
 もしココに来たなら里を隠す結界が爆ぜているじゃろう)

先に言えよと突っ込みたかったが、今や猿の丁稚。
狸ならぬキツネ寝入りをするしかない。

(そろそろ頃合じゃ。天竜皇子の事件の動向を観察せよ)
(へいへい……)
(気合を注入するかのぅ)
(わー悪かった! つーかここでやんな! バレる!)

こうして横島は、シロを見つけることが出来ないまま
天竜の事件を観察する事になる。



天竜事件。

デジャブーランドに行きたい天竜皇子が、
勝手に結界破りの札を持ち出して、
外界へと迷い出るのが発端となる。

しかし、それを好機と見た魔族と、
騙された竜族が天竜皇子の抹殺を企む。
魔族に苦戦する一同だが、天竜皇子が覚醒して辛うじて終息した。

だが、美神事務所の消滅、
小竜姫の負傷など被害の大きい事件でもあった。


キツネの少女が青空高くから、
地上で起こっている一連のドタバタ騒ぎを見物していた。
そこに、子狐コダマがすいっと現れる。

「遅いわよ」
「悪い。ちょっとトラブった」

コダマは帰りに結界の存在を忘れてて、そのまま突っこんでしまった。
突如に隠れ里を襲撃された人狼族は黙ってはいない。
なんとか全員に「忘」れてもらったが、
その作業でえらい時間をくってしまった。

(このたわけ! 良いか、蟻一匹の進行の遅れが歴史を代える事もあるのじゃぞ!
 慎重に慎重を重ね……)
「わ、悪かったよ! で、タマモ、今どうなってる?」

コダマはそれ以来延々と説教を繰り返す老師に嫌気が差し、
何とか話題を変えようと話を振った。

「今、妙神山の鬼門が竜族にやられたところね。ってこれ助けなくてもいいの?」
「あいつらタフだから大丈夫だと思う。それより天竜と横島は?」
「美神探偵事務所だっけ? そこに向かってる」
(除霊事務所なんだが)

コダマは口からでかかった言葉を飲み込んだ。

(お主の史実に沿っておるな)
(なぁ、これって傍から見てるとすげー暇な任務じゃね?
 タマモは初めてだから珍しそうにしているが)
(馬鹿者。後々の大惨事を暇の一言で済ますな。一歩間違えば……)
(ルシオラは、助かるかな?)

コダマの表情は見えない。
老師が一瞬迷いを見せる。

(仮に助かったとしても)
(わかってる。この世界のルシオラは、この世界の俺のものだ。
 言ってみただけだ、気にすんな)
(若造が、カッコつけおって。冷や冷やするではないか)
(大体この姿でどうナンパせいちゅうねん。その辺は大丈夫じゃ!)

しかし老師の勘にさわったのか、またしても説教が続く。

歴史の不安定がどうだの、既に三つのイレギュラーを生じさせただの。
おまけに針の穴に糸を通すように、監視に当たれときたものだ。
コダマはげんなりして輪っかから流れる声を聞いていたのだが。

(残りは後だ! 奴が来た)


コダマは知っている。
フードで隠れてはいるが、あれは間違いなく魔族の蛇女・メドーサだ。
当面の敵はあいつになる。コダマは注意して奴の動向を見定めた。
そのメドーサは何やら呟くと、火角結界を発動させる。

(よし、歴史通りだ)

「こ、このままじゃ木っ端微塵なんだな」
「殿下、結界破りの札を!」

ヤームが叫ぶ。
天竜皇子が慌てて結界破りの札を出した。

こうして美神一行は、辛うじて地下へと脱出した。


(気づいておるか)
(あれ? 天竜自らが結界破りの札を使ったような……)
(これがワシの恐れている揺らぎよ。
 ひょっとしたらおぬしのせいかも知れんぞ?)
(なんでだよ)

コダマがむくれる。

(おぬしが妙神山を潰した事と、因果関係があるかもしれん)
(そ、そんなんまで影響するのか!)
(ともあれ、あとでヤームに聞いてみよ。どこで結界破りの所持を知ったかを)
(め、めんどくせー……)

コダマは、大きく溜息をついた。


ここからは、下水道での戦闘となる。
下手にメドーサの僕、ビッグイーターを倒して歴史が変わってもマズイ。
しかたなく、出口の東京湾で待つことにした。

長々と。長々と。
あるのは波の寄せては返す音だけ。

「で、私はいつまでここにいればいいの」

痺れをきらせたタマモが問うた。

「ん〜〜、夜?」

ただいま午後五時。後一時間は待つ計算だ。

「帰る」
「わ〜〜待ってくださいタマモ様〜〜。退屈だから一人にしないで〜〜」

コダマがへばりついた。

「いい。私はタマモ姉。わかった?」
「わかったので、輪っかを止めていただけると助かるのですがああああ」

タマモは意地悪く微笑んだ。

「あ〜〜喉が渇いたなぁ」
「はい! すぐに買って来ます!」

コダマは背筋をびしっと立てると、即座に自販機を探した。

「どーぞ」

待つこと暫し。何処にあったのやら、コダマがタマモにコーヒーを手渡した。
困ったのはタマモ。何せ開け方が分からない。
見かねたコダマが自分のを渡してやる。

「熱っ! 苦っ!」

一気に飲んだタマモがコダマに向かって吹いた。

「熱ちちちち! 何すんだよ!」
「それは此方の台詞よ! 何このクソまずいの!」
「慣れればほっとするんだかなぁ……」

そう言うと、コダマはちびちびとコーヒーを飲んで、ふぅ〜っと息をついた。
その様子を見てタマモが喋る。

「アンタ、ぜんっぜんやる気ないわね」

今度はずずっとコーヒーを飲むコダマに、タマモが苦言を落とす。

「だってよ。これから巨乳のねーちゃんが現れるのに。
 一大イベントやのにっ! うううう……」

輪っか発動してやろうかとタマモは思うが、実行の前に、大きな爆発が起きた。
そして観察対象が湾へと飛びだす。

そこに追撃をかけんと、フードの女性が現れた。
フードの女性は羽織を放つ。
薄らに映る月光を背に、スタイルの良いボディがあらわになった。

メドーサ!


「我こそは、魔界軍切り込み隊長メドーサなりぃ!
 さぁさぁ、腕に自信あらば勝負でござるぅぅぅっ!!」

コダマが、盛大に吹いた。

「ちょっと待てやコラァァッ!!」
「わ、馬鹿!」

「ア、アンタら!?」

とっさのことで美神に居場所がばれる。
が、それどころではない事態に。

「拙者、この男に惚れ申したっ! 頂いていくでござるっ!!」

そう言うと中身がシロであろうメドーサは横島を拉致していった。

「うわっ! し、しかし胸が、太ももが気持ちいい!」
「先生……何処の世界でも相変わらず直結でござるな」

シロメドが溜息をつきながらも飛んでいった。

「な、何よあれ」
「相変わらず、本能に生きとるなぁ」

呆然と見送る二人。そんなコダマに、猿神が喝を飛ばした。

(何をのどかなっ! 横島が娶られたら、
 誰がアシュタロスに引導を渡すのじゃっ!!)

「……ああああっ!? しまったぁぁぁっ!!」

一声叫ぶと、コダマが文珠で空を飛んだ。

日が落ち星が瞬く間際の空を、三つの物体が飛翔していた。
流石にメドーサは早いが、それでも何とかコダマは追いつく。

「そこの馬鹿! ちょっと待て!」
「ちっちゃい女狐っ!? お前の出番はまだでござろうに」
「やかましい! とにかく、そいつを持っていくんじゃねぇ!」
「ふふふ。しかして、本人は拙者にメロメロのようでござるよ」

若かりし自分を見て、コダマは額に手を当てる。
まぁ、中身を知っていなければ自分も参加したいぐらいだが。

猿の言う通り、魂の衝突でダメージを追ったのだろう。
メドーサはコギャル化していた。さて、どうしたものか。

「そういう問題じゃねぇだろう。普通いきなり現れてさらうか?」
「双方の意思が一致すれば問題ナッシングでござる」
「大有りじゃあああ!」

ぜぇぜぇと、コダマが息をつく。
コイツは未来が変わるとか雀の脳みそ程も考えていないのだろうか。

「もういい……本人の意思は関係ねぇっ!」
「そ、そんな乱暴なっ!」

シロメドがたじろぐ。しかし。

「ふっふっふ。しかし、今の拙者には必殺技があるでござるっ!」

超加速。
ネタを知っているコダマ。
時の流れを遅くして、自分のスピードを極限まで上げる術だ。

しかしタネが分かっている以上恐れるものは何もない。
悠長に喋っている間に鬼門の片割れと入れ「替」えた。
そしてそれとなく誘導してみる。

「そんなもんつれて帰ってどうすんだよ」
「ふふふ、お前如きじゃ真価は見抜けないでござるっ!」

シロメドはそう言うと、荷物を確認せずに超加速で逃走してしまった。

「あ、アホぉぉぉっ! なんで気が付かないんだっ!!」

コダマの絶叫が、夜へと変わる空へ木霊した。

「で、鬼門は何処に行ったのですかっ!」
「東京湾と、本拠地の間のどこかに捨てたんじゃないかなーーっと。。。」
「捨てたで済みますか! さるべーじしてきなさい!」
「はぁぁ……」

コダマががくっと頭を垂れた。

一方のメドーサ。

「さぁ、先生! 拙者と蜜月を……えええっ!?
 お主、何処のジャガイモでござるかっ!」
「い、いや、ワシに言われても」
「くっ……女狐めぇぇぇっ! 覚えておくでござるよっ!!」

そう言うとシロメドは鬼門を手放した。
無論海に落ちることになるのだが。

「左のぉぉぉぉ! 姫様ぁぁぁ!! 助けてくだされえええっ!!」

ハワイ沖、カバンに浮かぶ、右の鬼門。
救助されたのは深夜だった事を付け加えておく。


「そういえばヤーム。何でお前が結界封じの符のことを知ってたんだ?」
「そういえばそうですね」

次の日。コダマはヤームに尋ねてみた。

その問いに、ヤームがびくっとなる。

「そ、それは……」
「も、もう隠せないんだな。メドーサに聞いたんだな」

イームがしどろもどろに返事をした。

「……どういうことです」

小竜姫の眉が上がる。

「前に言いましたが、俺たちは怠慢で天界を追放されて……
 そんな時、あの蛇女が誘ってきたんです。防災訓練を手伝わないかって」
「……は?」

コダマの目が点になった。

「俺たちが手出しする事で他の武闘派連中が干渉しにくくなるし、
 訓練になるからって……。
 そんで無事に終われば天界に口ぞえしてやるといわれて」
「メドーサは指名手配中の凶悪魔族です!」

小竜姫が怒る。

「し、しかし力もあるし、とても嘘ついてる印象受けなかったんでつい。
 あ、でも人間さらう下りまでは聞かされてませんでしたぜ」
「ちょっと待ちなさい!
 あんたら訓練で人の事務所ぶっ飛ばしたわけ!!」

美神が切れた。

「え、いや……了承の上じゃなかったんですかい?」
「誰が了承するかあああ!! 
 あ、あの蛇女ぁ〜〜今度あったら覚えてなさいよ!!」

美神の憤慨を他所にコダマが老師に話しかける。

(猿)
(……)
(おい猿)
(……)

(だああ見ざる聞かざる言わざるしてんじゃねぇ!
 史実から斜め上を突っ走ってるんだが俺はどうしたらいいんだ?)
(わしが聞きたいわい……)

こうして一部の関係者を真っ青にしながら、次の戦いが始まるのであった。



「ただいま戻りました」
「してやられたようだな」
「面目ないでござる」

大柄の存在に、シロメドが頭を下げる。

「気にするな。こうなるのではないかとの、予測はあったのだ」
「あんな子狐は、拙者の時代には居なかったでござるよ……」
「そのようだな。宇宙意思という奴は、
 何が何でもあの少年を私の敵に仕立て上げたいらしい」
「冗談ではござらん! 今度こそ、次こそは!」

シロメドが吠える。

「急がないほうがいい。先ずは敵を見定める方がいい結果を生む」
「し、しかし……」
「神族ではなさそうだが、奇妙な技を備えているようだ。
 そして何より……時の女神の祝福を、その身に受けているのだろう」
「時の……女神」

シロメドが平坦な声で呟いた。

「時の女神の代行者、といった方が正しいか。未来を変えさせまいとする存在の事だ」
「うう、一筋縄では行かないでござるか」
「フフ……。カタストロフまでに一度勝てばいいのさ。お互いの、未来の為に!!」
「はいでござる!」

そう言うと男、アシュタロスは目を瞑り、回想に浸った。


激しい衝撃が魔界を揺るがす。
音源は何かと立ち寄れば、ひっくり返ったうちの部下。
半ば崩れた体は崩壊を続け、このままでは保たない。

「だいぶダメージが大きいな。何か霊的なエネルギーに射抜かれたか」

原因は分からない。が、彼女にはこれから任務を与える予定だ。
いきなりの番狂わせは困る。
アシュタロスはメドーサを抱きかかえると、培養室へと駆け込んだ。

数日を経て、ようやく彼女は回復した。
受けた傷が想像以上に深い。
最悪、やり直しも考慮に入れねばならないか。

アシュタロスはそんな事を考えながら、水槽から培地を抜いた。
そして、メドーサと一声かけてみる。
彼女が、気づいた。

「……スマンな、損傷がひどかったのだ。一度体を再構築させてもらった」

しかし、彼女はきょとんとして反応しない。
それどころか、忙しなくキョロキョロと辺りを見渡す。
あげくに、コチラを不思議そうな目で眺めてきて……。

く、マズイな。記憶がやられたか。
そんなことをアシュタロスが考えていると。

「あ、あのーーつかぬ事を。ココは、何処でござろうか。
 貴方は、どちらさまでござろうか」

これは厄介な事になった。
アシュタロスが溜息をつく。

「私が分からないのか、メドーサ」
「メドーサ? 拙者は犬塚シロでござるよ」

なにやら、面妖な事を口走り始めた。
アシュタロス、ここでぴんと来る。

霊的なガードを破って、命の絆がすりかわったのか。
常識ではありえないが……彼女に宿る魂は、魔族のものではなさそうだ。

「ここは魔族のねぐらさ。君はここの住人ではないようだね」
「魔族のねぐらっ!? せ、拙者、食べられてしまうでござるか!」
「フフ、安心したまえ。私に共食いの毛はないよ」

シロ、自身の変化に気づく。

「あ、あれっ! 拙者に胸ができたでござるっ!」
「フフ。おそらく、容姿も元のものとは異なるだろう。
 ……さて、と。どうしたものか。
 君も受け入れる時間が必要だろう。少し思考の海に沈む猶予をくれないか」
「は、はいでござる!」

一言断って、アシュタロスは考える。

メドーサに与えた損傷、威力の程度。
並みの力ではないのだが、他に被害はない。
導き出されるのは、魂がいきなり現れたのだろうという事。

時間移動か。確かにあれはエネルギーを放出するが。
果たして、ここまでの惨事をもたらすか。いや、考えにくい。

それに魂だけの移動など。リスクが大きすぎる。
もしも。メドーサという苗床が無かったら、今宿っている彼女の命も……。

うむ。今後の為にも調べる必要がありそうだ。

「すまないが、君の記憶を流し読みさせてもらうよ」

えっ、と彼女が明らかに、嫌悪の意思表示をした。
しかしアシュタロスは構わず、彼女に手の平をかざす。

見えた。

少年。父親。少年。長老。仲間。少年。少年。

平凡とは程遠い生き様。
だがそれは、あくまで人かそれに類するものとして天秤にかけた場合の話。
恐れていた、何らかの意図や作為は見えてこない。

アシュタロスは理解した。
この迷い人は時間軸の進んだ別世界の存在。
偶発的な事故が引き金となり、たまたまこちらにやってきた。

アシュタロスは目を開ける。

「……君はこの世界の住民ではないようだね」
「えっ! せ、拙者、地獄に落ちたでござるか!!」

アシュタロスがくく、と笑う。

「いやいや。単に君の住んでいた世界と次元の違う場所だ、という意味さ。
 ざっと見た感じだが、君の世界はこちらより幾ばくか進んでいるようだね」

メドーサの顔が、大きく引きつる。

「さて、と。そうと分かれば話は早い。
 魂を元の世界へと送り出してあげよう」
「ま、待ってくださいでござる!」
「!」

呪を唱えようとした、アシュタロスの口唇が止まる。

「それはつまり、ここは過去の世界と言う事でござるな!
 なれば、拙者! やり直したい事があり申す!」

アシュタロスがかぶりを振った。

「好ましい考えではないね。そも、君の居る世界と同じである保証はない。
 少なくとも一箇所は、確実に違う歴史を歩んでいる……これは君の責任だぞ」

シロを宿したメドーサは、ひたすらに頭を下げる。

「君が留まりたい理由は、彼だね。
 魔神の私が言うのも何だがね。それは認めるわけにいかんよ。
 皆が好き勝手に歴史を弄れば、秩序が崩壊するからね」

シロメドはお願い申すと、それでも頭を沈めるのみ。

「君の思いは分かった。が、それは現在を生きる彼にぶつけるべきだろう。
 ……さぁ」
「無理でござる」

ぽつりと、感情の抜けた声が流れた。

「無理? 何故そうと」
「無理でござるっ! 無理でござる無理でござるっ!!

 パートナーになれと仰るなら、拙者、必死で修業し申す!
 おしとやかになれと仰るなら、拙者、懸命に特訓し申す!

 されど先生が救ってくださった世界で、割り込むなどっ!!
 世界を相手に張り合うなど、どうやったら……うううっ!」

感情が先立って、何が言いたいのか理解できない。
しかし、断片に眠る単語の幾つかがアシュタロスの精神を刺激する。
何かを見落としている。そんな気がした。

「君の言う、世界とは」
「詳しくは拙者も聞けており申さん!
 何でもコスモプロセッサーなる物を破壊する時、恋人を犠牲にされたとか!
 先生は! 先生のお心は、その折の彼女で埋め尽くされ、
 一寸たりとも入りこむ隙がないのでござる!!
 ……ないので、ござるよぉ」
(な、何!?)

声の出る一歩手前だった。
アシュタロスはようやく、違和感の正体を掴んだ。
彼女から改革されうる筈の未来が、その断片が全く見えてこないのだ。

それは、つまり。
世界の全てに反旗を翻したであろう、先々の自分は……。

自分は滅びを望んでいた。しかし、今ここに禁断の知識が転がっている。
彼女を味方に付ければ、栄光を手中に収められるやもしれない。
しかし。ひとたび禁忌を犯せば、
追い詰められた神々悪魔もまた、同様の手口を取るだろう。

そうなれば、待っているのは混沌の無限回廊だ。
最悪、一定以上の存在が総じて世界を喰い散らし、終末を向かえる可能性さえある。
アシュタロスは湧き上がる興奮と躊躇で揺れ動いていた。
……はてさて、どうしたものか。

アシュタロスの思考を他所に、シロメドは吼える。

「置いてくだされ、お願いします!
 去るも忘れるもできず、決して報われる事もなく。
 足掻いても足掻いても、ただ情け容赦なく時間が流れるだけでござる。
 拙者にチャンスをくだされ。チャンスをくだされっ!!
 お願い申す、お願い申す……」

足掻いても足掻いても、か。
アシュタロスは目を閉じて、自分の思いを駆け巡らせる。

数千年にわたり、一人で足掻き続けてきた。
彼女は、そんな私の意志を解するだろうか。……もしも、解するならば。

彼は瞳に強い意志を宿すと、泣きじゃくるかつての部下の元にしゃがみこんだ。
そして、淡々と語る。

「我が名はアシュタロス。かつては豊穣や創造を司る、多神教の一柱。
 それが今や、残虐非道の魔神として括られ、悪の代名詞となっている。
 ここに留まると、そんな私の手伝いをする羽目になるぞ。君は構わないのかね?」
「拙者と、先生の仲を認めてくださるのであれば!」

この少女は、意味をわかっているのだろうか。
アシュタロスは念を入れる。

「今の君は魔族だ。人から憎まれよう。恐れられよう。
 それでも良いのか? 君の慕う先生とやらからも、
 目の敵にされるかも分からんのだぞ」
「その点は心配無用でござる!」

シロメドが、涙を滴らせた顔で笑った。

「先生は、そんな些事ほんとーに気にもなさらん。
 気にするのは胸の大小だけでござる」
「……ふふふ。シンプルでいいね。ならば君に、私の全てを語ろう。
 それを聴いた上でも、私に協力してくれるのであれば。
 私もまた、君の願いを叶えるべく奔走する事を約束しよう。 
 アシュタロスの名において」

彼は語る。

勝手に魔族と括られた恨み辛みを。
死してなお、抜け出す事のできない魂の牢獄を。
全てを敵に回しても、今の絹糸絞めの環境を廃し、新しい世界を創らんとする事を。

「それがしも、もがけど報われない苦しみはよくわかり申す。
 なれば、協力を躊躇う理由はございませぬ!」

しかし、とアシュタロスが言葉を留める。

「だが、私のやろうとしていることは……」

シロメドが、頭を振った。

「今の拙者は魔族でござる! 何の鎖にもつながれていない、魔族でござるよ!
 お互いの未来! 悲願の達成の為に!」

ココまで言い切られたら、心地よい。
禁忌? それがどうしたと言うのだ。
創造主への反乱を企む。これを超える悪道など、そもそもないではないか。

「……わかった。私も腹を括った!
 共に戦おう! 望む結末の為にっ!」

ここに会合のなかった二つの存在が、手を交わした。
初めましてorお久しぶりです!
ちょっと冒険してます。不快に感じた方、申し訳ありません。
一直線のシロメドと暴走を抑える横島(コダマ)が書きたかったのですが、
稚拙ゆえ思い通りになったかどうか……。
一箇所でも楽しんでいただければ幸いです。

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