「うい〜す、帰ったぞ」
「ただいま」
気だるい声と疲れてる声が玄関先から放たれる
時計は22時を過ぎたばかりである
リビングの戸が開かれると、そこには酔いつぶれている男と、その男の腕を肩に回している男がいた
酔いつぶれいる男は、体中アザだらけで、シャツが少しはだけていた
「何でセンセーがいるの?!」
賢木を見るや否や、紫穂は驚きをまず第一に発した
今まで家に来ることはあっても、こんな時間に、しかもこんな格好で来たことはなかったから、その驚きは一入であろう
「四股バレてタコ殴りにされた憂さを晴らしたくて、飲み潰れたみたいだ」
「懲りないな〜センセー」
「うっせぇ!!男は女と何人付き合ったかで決まるんだ!!」
「うっわ、サイテー」
薫や葵と会話を交わしながら、その場は一気に賑やかになった
しかし、そんな中でも紫穂の機嫌はすぐれない
会話が一節終わったところで皆本が口を開ける
「とにかく、この足じゃ帰るのは無理だろう。今晩はウチに泊めていく、構わないな」
今まで無口だった紫穂もこの提案には口を開けずにはいれなくなった
目をカッと開けて、今まで溜まっていたものを皆本にぶつける
「いやよ、大体寝る場所はどうするの?!」
「ソファで寝てもらう」
「それも嫌!!こんな痴漢をリビングのど真ん中に置かれたらたまらないわ!!」
「誰が痴漢だ?!」
「あなた以外誰がいるのよ?!」
「むっつり皆本クンがいるじゃねぇの」
「誰がむっつりだ!!」
腕を持っている反対側の手で、握り拳を喰らわす
酒で只でさえ不安定な脳に衝撃が走って、思わず言葉を止める
「………ってぇな〜、手加減しろよ」
そんな賢木に見向きもしないで、紫穂は皆本に視線をずらさない
自分の意見は、是が非でも受け入れてもらうという脅迫に近い視線をこれでもかと浴びせる
「とにかくあたしは反対よ!!」
「そう言わないでくれ…頼むから」
紫穂と皆本の討論は収まらない
皆本も賢木を担いできた疲れもあり、まともな抗弁を紫穂に出せない
全く進まない議論を余所に、薫は何か思いついたように賢木に近づく
「ねぇセンセー」
「何だ? 薫ちゃん」
含み笑いをした後、賢木の耳元で皆本に聞こえないようにボソリと話す
「一晩泊めてあげる代わりに、何かくれる?」
「ん〜そうだな〜。マル秘情報は?」
「マル秘情報?」
「お前らでいう文化祭がコメリカにもあってな
その際にモテモテの皆本君は当然に何かさせられることは見当がつくよな」
「詳しく教えてセンセー」
鼓動が止まらない
一体どんな情報であるのか…薫の期待は最高潮に達していた
「…ハーマイオニー……見たくねぇか?」
ボンッ
心臓と理性が爆発した
「よしわかった!!センセー是非泊って!!」
「は?!薫?!」
「薫ちゃん?!」
顔を真っ赤にして、いきなり叫びだした薫に皆本と紫穂はおののく
その勢いには、少し煩悩くさいオーラが漂っていた
「じゃあ、決まりだ!!皆本呑み直そうぜ!!!」
「ちょ…ちょっと待ってよ!! 薫ちゃん!!どうして……」
「後で教えてやるから…な?」
そう言うと、薫は紫穂と葵の腕を引いて、自室に帰って行った
「賢木…何かしたか?」
「さぁ?」
何か吹き込みやがったな
長年の付き合いが、皆本の第六感を刺激していた
自室に戻ったチルドレンは、いまだに出てこない
薫は一体何を吹き込まれたのだろうか?
皆本は、そう思いながら、テレビに流れているニュースを眺めていた
「く〜…じゃぁ風呂でも入るか…」
そんな皆本の気も知らず、賢木は呑気に背伸びをしながら話した
「あぁ、そうだな。こんな時間だもんな」
23時を指している時計を見ながら、皆本は返答した
「じゃ、借りるわ」
しばらくした後、紫穂が自室から出てきた
紫穂は先程までいた賢木がいないことを、まず気にかけた
「あれ?センセーは?」
「風呂に入ったよ」
皆本から発せられたセリフは紫穂の鼓膜を通じて、心臓へダイレクトに響いた
「!! ちょっと待って!!あたしたちまだ入ってないわよ?!」
「? 後で入ればいいじゃないか」
「じゃなくて!!センセーのエキスがしみ出たお湯に浸かれっていうの?!」
「そんなの…僕が入った後に君たちが入ることもあるだろう?」
「不快感がセンセーには充満してるのよ!!今すぐ止めに行っ…」
ザバァ〜ン
紫穂はその音を聞くと、フリーズしたように言葉を止めた
「…………すまない。手遅れだ」
「…もういい。今日入らないから」
勢いと気力を失った紫穂は、自室へと再び消えていった
「いい湯だったなぁ〜酔いも醒めてきたわ」
「ああ、そうか」
皆本は頭を垂れ、元気のなさそうな声で返答する
テレビのニュースはもう終盤に差し掛かっているが、皆本は全くそれを見ていなかった
「どうした?元気ないじゃねぇの?」
「そりゃ元気も出ないよ。紫穂が機嫌をかなり損ねているし、
今日は風呂も入らないって言うんだ。それにつられてチルドレン全員が入らないときた。
局長が知ったら、また意味のない反省文を……」
「まあ、そう言うなよ」
賢木は缶ビールを皆本の傍に置いて宥める
「そもそもの原因にそんな事言われても腹立たしいだけなんだが」
少し不機嫌そうな眼で睨まれて、賢木もさすがに苦笑いしかできなかった
この状況を打破すべく、話題を変える
「けどよ、風呂で大騒ぎってことはそろそろ来るかもな」
「来る?」
「反抗期」
皆本は賢木の言葉にちょっと反応して、椅子にもたれかかる
「反抗………期…か。ちょっと前に薫にはあったぞ。まあ、今も少しはあるか」
「じゃあ次は紫穂ちゃん辺りか」
そう言いながら、賢木は皆本の隣の席に座る
皆本はため息をつきながら、眼をつぶって、ふと愚痴る
「勘弁してほしいよ…本当に
やたら避けられたり、拒まれたりだもんな。こっちはどう接すればいいか分からない」
「それもお前の仕事…だろ?」
「まあ、それを言われたらそうか」
「大丈夫だろ、何たって天才皆本君だもんな」
「簡単に言ってくれるよ」
「まあ、今晩は泊めてくれた礼だ。愚痴ぐらい付き合ってやるぜ?」
「…………そういや最近、愚痴もこぼしてなかったな…」
「はは…ワーカーホリックはモテないぜ?」
金は後で払うから飲み明かすか、と前置きすると
賢木はつまみとビールをありったけ持ってきて晩酌を始めた
皆本も、日頃の疲れを吐き出したかったのか、賢木の提案に何の躊躇もなく付き合った
(………眠れない)
風呂に入ってないせいで、汗が気になって仕方がない
これも全てあの女ったらしの酔っ払いのせいと苛立つほどに、眠気は訪れない
これでは埒があかないと、ベッドで熟睡している二人を残して、ふとリビングへ赴く
ドアノブを回して、扉を開けると
「よっ」
椅子にもたれている眠れない原因が、何の悪気もない調子で話しかけてきた
不機嫌な気分が倍加する
「まだ起きてたの?」
「いいじゃねぇか、男の晩酌は色々あるんだよ」
そう言いながら、賢木は横にいる何かに視線を戻す
紫穂は、賢木の体に隠れて見えない、その何かに目を凝らしてみる
よく見ると、向かいの椅子には机に左頬をつけて、ぐったりしている皆本がいた
「もう、センセーが酔いつぶれてたのに、今度は皆本さんが潰れてるじゃない」
「ん〜俺も呑んだんだがな…こいつは極端に苦手らしい」
「っていうかセンセーが強いんでしょ?」
「女の子リードするためには酒に強くないとやっていけないんだよ」
「さっき、潰れてたじゃない」
「四股でボコられた後だぜ?酔うとか以前に体力がなかったんだよ」
「言い訳だらけの男は嫌いよ」
「そりゃ、どうも」
相変わらずの皮肉の戦いはひとまず終わり
二人は皆本に視線を戻す
賢木はやれやれという顔で、紫穂は心配した顔で
しばらくの沈黙が流れた後、
賢木がその沈黙を破る
「紫穂ちゃん、本当に幸せだな」
「え?」
唐突にかけられた言葉に、どう返事していいか分からない
賢木は短いため息をついて、話を続ける
「愚痴の付き合いで呑んでたんだが、その愚痴ってのがお前らの心配ばっかでよ」
「……………」
「特に俺の反抗期≠チてフレーズに敏感でな。
やたらチームワークがどうたらこうたら…全く、もっと違う愚痴はないのかってな」
賢木はそう言うと、グラスに少し残っているロックの焼酎をグイッと飲み干す
紫穂は、皆本へ歩み寄り、そっと皆本の右頬に手を添える
「それが皆本さんだもの。だからチームでいられるの」
「そう言ってるうちはまだ安心か」
「何が?」
「反抗期のこと、安心できそうだなって」
「…………………できないわよ、反抗なんて」
「…できない?」
意外な言葉に賢木は聞きなおした
紫穂は添えた手を髪に移して、眠っている皆本を見つめていた
「私たちはずっと安心できない所で生きてきた…けれど皆本さんは安心できる場所を与えてくれた。
今皆本さんを手放すなんて……私たちにとっては自滅行為よ」
言葉の真意を知って、賢木は音もなく笑う
だが、その笑いは本当に一瞬で、次に不安の色をその顔に宿した
「じゃあ、いつか…皆本以外に安心できる場所を持ったなら
反抗≠キるのか?」
賢木の質問に、少し紫穂は肩をぴくりと動かす
気がつけば、手を皆本の髪から離していた
再び訪れる沈黙
紫穂は、何を考えているのか、少し俯いて言葉を探している
賢木はそんな紫穂を真剣な目で見つめ、言葉を待つ
本当に聞こえないくらいのため息をついた後、
紫穂は俯いたまま、言葉をつなぐ
「…それは分からないわ。だって、私には此処しかないもの。
これまでも今も…きっとこれからも」
ぎこちない答えかもしれない
けれど、それが今できる精一杯の答えでもあった
「そうか……」
賢木はそう言うと、椅子から立ち上がり、机に散らかっている空になったつまみ袋を寄せ集め始める
「………ねぇ」
「ん?」
つまみ袋を取るため下を向いている顔を、少し上げる
「皆本さんが怖がってるのって、反抗期≠カゃなくて反抗=c…なんでしょ?」
賢木は、まさかバレると思わなかった真実を指摘されて、驚いた
やはりレベル7のサイコメトラーは違うのだろうか、と感心さえもした
「…やっぱ紫穂ちゃんには敵わないな」
「反抗するのか?なんてベタな質問するからよ」
賢木は「なるほど」と小声で呟いた後、再び缶ビールとつまみをかき集め始めた
「皆本には秘密にされてたんだけどな、まあそうだ。
言っとくけど、他の二人には言うなよ」
「分かってるわよ、皆本さんの気持ちは誰より知ってるから」
皆本の気持ち
それは、あの悲しい未来に他ならない
パンドラにつくという、バベルへの反抗を皆本は昔も今も、最も恐れている
例え反抗期という誰もが迎えることでも、その反抗≠ニいう言葉だけで皆本を恐怖させるには十分なものだった
だが、それはチルドレンには悟られてはならないことでもある
知られてしまえば、信頼してないともとらえられかねないからだ
賢木は皆本の反応を見てから、そのことに気付いていた
しかし紫穂は皆本の反応も見てないのに、それに気づいた
誰より皆本を知っているというセリフも過言ではないのかもしれない
つまみと缶ビールをごみ箱に全て放って、もう時計は1時を過ぎていた
「さて、もういい時間だな。っていうか何で紫穂ちゃん起きてんだ?」
「眠れなかっただけ」
無愛想に応える様子は、昼も夜も相変わらずだ
そして、また賢木にまだまだガキだな、と思わせる
「そうかい」
「でも」
「でも?」
「もう寝れそう」
そう言った紫穂の視線の先には、当然のように皆本がいた
誰よりも優しい男の寝顔は、無愛想な少女を癒すには十分すぎたようである
細められたその目は皆本を捉えて離さず、大人な風格を漂わせている
(本当…こいつって凄ぇな)
先程までガキだと思っていた少女をここまで色っぽく魅せる男
少し羨ましい気もしてきた
「紫穂ちゃん」
「ん?」
「ちょっと…大人になったな」
今まで聞いたことのないセリフに少しドキリとする
しかし、その動揺を見せるのはとてもプライドが許せない
「…口説いてるの?」
全く可愛げのない照れ隠しがまた出てしまう
それが例え子供っぽいと分かっていても
「別に。けど、もうちょっと大人になったら、するかもな」
「結構よ」
そう言うと、紫穂は自室へと足を運び、乱暴に扉を閉めた
扉に少しもたれて、溜息をついた
あの男はいつもそうだ
意地悪く自分が隠したい部分をえぐり出して、それを舐めるように、言葉を浴びせる
それがとても歯痒くて仕方なくても、それでもあの男は続ける
今だってそうだ
自分が出したくもない妙な照れ隠しをいとも簡単にえぐり出してしまう
けれど、大人になったという言葉自体には、変な心地よさを感じていた
そんな自分が許せなくて、
けど、もう一度聞きたくて…………
結局、その日は眠れない夜となった
複雑に絡まった感情は、一晩かけても解けるものではなかった
※番外
「さぁ、センセー!!例のモノを!!」
バベルにその声がこだまする
「例のモノ?」
賢木は二日酔いのせいで、だるそうな口調で答える
その口調から、もうお泊りのご褒美≠忘れているようだ
「泊めてあげたんだから、ね?」
「何の事だ?」
どれだけカマをかけても、全く動かない敵にいよいよしびれをきらす
「ハーマイオニーよ!!」
「……………ああ、着せられてたな」
遂に、遂に対面の日が
メカでも何物でもない、本物によるあの姿が……
妄想が膨らむ
「で、ブツは?!」
「ねぇよ」
「……………は?」
思わぬ言葉に、思わず抜けた言葉を発してしまう
「あいつ、着させられるなりすぐ脱ぎやがって、写真を撮る暇もなかったんだ」
「じゃ、じゃあ何であんなこと…契約違反よ?!」
紫穂が憤りを露わにする
そんな憤りにも動じず、賢木は淡々と意地悪く微笑みながら、こう返した
「契約違反? 俺は見たくねぇかと聞いただけだぜ?
写真を渡してやるとは一言も言ってない」
「………………まさか、初めからその気で?」
「さあ?」
(やっぱり嫌いだ)
紫穂が恋心に気づくには、もう少しかかりそうである
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