4763

極楽行者

「はぁ、はぁ…」

「もう少しよ!ガンバって!」

「ガンバれったって……はぁ…もう二時間も……ふぅ…ぶっ続け…んふ……なんだぞッ!?」

「なぁに?もう限界なの?」

「君は…ひぃ…動いてないから……ゼェ…んなこと……げふっ…言えるんだろうが……ッ!?」

「あら、私だってあんたがやりやすい様に気遣って大変なのよ?
ほら、ラストスパート!」

「ヤカマシいわい!……ってかもうダメだッ!もうタてん!」

「たく、しょうがないわね〜。ホントは使いたくなかったけど……
きゅういんッ!!」

「んなっ!?令子おまえ!?」
ズギューーーン

っと最後の悪霊は札に吸い込まれた。


―――極楽行者―――


「大丈夫?怪我はない?」
「大丈夫だが……おまえなぁ、お札持ってるなら、もっと援護してくれよ……」
ゼーゼーと尻餅ついて息を整える。
「あんただけで行けると思ってたのよ。
これくらいでヘバるなんて、もう若くないわねぇ」
あー勿体無い、と言いながら令子は吸魔護符をしまった。
「さんざん飲んで食った後に、いきなり悪霊の大群と戦えば誰だってこーなるわ!」

 私の名は横島忠夫。平凡で善良な新郎である。

「せめて文珠使わせてくれれば、もっと楽だったのに…」
ようやく一息ついて、ヨレヨレボロボロの白かったモーニングの袖で汗を拭う。
「ダメダメ。文珠は精霊石以上の切り札よ。
あんなザコ相手にポンポン使ってたんじゃ、いざという時困るじゃないの」
純白のドレスに身を包んだ令子は、子供をたしなめるように言いやがる。
「だったら君も、ちょっとは参加してくれよ」
「いやよ。ドレスが汚れちゃうじゃない」
この女は……ッ!
「だいたいなんで初夜に悪霊退治なんてせにゃならんのだ!」

 平凡な私が初夜に除霊などという、異常な仕事をしている理由は

「うっさいわね〜。分かってるでしょ?」

 読者諸君もすでに知ってのとーり

「それはね…」

 ひとえに

「ギャラがよかったからよ!」

 この新妻の所為であった!!



 俺たちは披露宴、てか宴会の後、コブラで空き缶引っ張って新婚旅行に出かけた。
令子が「行き先は秘密」とか言うので、黙って着いて来た先がこの幽霊屋敷である。
文珠全部没収されたから変だなとは思ってたんだ。

 「後よろしく」とかヌかして、いきなり霊達の中に放り込まれ、今の今まで悪霊退治。
その間、令子は一切手伝ってくんなかった。
それどころか「キャー」とか「たぁすけてー」とかわざとらしくホザいて、霊を引き寄せる始末。
攻撃を避けようとすらしないので、庇いながらの戦いで余計に疲れた。
全くなんのつもりだったんだ?
んで、ギャラがよかったから初夜に仕事ときたもんだ。

「おまえなぁ……」
コイツの性格は分かっちゃいたが、頭が痛くなってくる。
「なによ?」
「何もこんな時に仕事受けなくても良いだろ…」
至極真っ当な意見に令子は怒りだす。
「何言ってんの!今回の式も私たちの新居もタダじゃないのよ!
これから財布預かる身としては、割りの良い仕事はなるべく受けなきゃ。
それにノンビリしてたら、あのコたちに仕事取られちゃうわよ!」
確かにあいつらの評判は良く聞くようになったが…
「それにしたって折角の新婚旅行が……」
普通それはそれ。これはこれだろ。
「旅行にはちゃんと行くから安心しなさい。
この仕事は旅行前の…なんてゆーか、景気付けみたいなもんよ」
「ホントか!?ホントにちゃんとした新婚旅行行くんだな!?」
「ホントよ」
よかった。さすがにこいつも幽霊屋敷が旅行先とは考えてなかったんだな。

「そんなことより、依頼書じゃザコ霊の他にボス霊が居るって書いてあったんだけど……
ソレっぽいのは見なかったわよね?」
「ゲッ!?まだ居んのか?」
気分はもうすっかり旅行気分に戻ったってのに、冷や水を浴びせてくれる。
「二人も霊能者が来たから警戒したのかしら。そこそこ頭の良い奴なのかも…」
「もういいだろ。逃げましたって事にして旅行に出かけよう」
疲れ果てていた俺には、一刻も早いリフレッシュが必要なのだ。
「バカ言ってんじゃないわよ。仕事はキッチリ最後までやるの。信用に関わるんだから」
確かにそうかもしれんが
「えーでもよー」
今の俺やる気ゼロ。
「私の・ゆーことが・きけないって・ゆーの!?」
「めっそうもない!犬とお呼びください!」
悪魔も裸足で逃げ出すスマイルだ。
こいつがこの顔の時は命に関わる。君子危うきに近寄らず。
従順させていただきます。
「それじゃ捜し出すわよ!」
「へーい…」
やる気のない返事をする俺とは対称的に、やる気満々にズンズン歩いていく令子。
なんでそんなに楽しそうなんだ?
ギャラがそんなに良いのかな、と考えながら後について行った。



 私は普通の初夜を迎えたかった。

 この世には常識という、決して侵してはならない領域があるものなのだ。

 だが、どんな道理も傲慢で自己中心的で金に汚くて他人をヘとも思っていなくて
心も体もワガママなあのクソ女を押しとどめることはできなかった」
「聞こえてんのよッ!」
バキッ!
つい声に出してしまった。



 俺たちは一旦車に戻り、装備を整え服を着替えた。
つーか、最初っからそーしろ。おかげで俺の晴れ着はゴミ箱行きだよ。
装備もちゃんと一式揃ってるし、これがあればもっと楽だったろうに…
あんな苦労をさせなくても良いだろ。

「なんか懐かしいわね」
見鬼くんの反応見ながら屋敷を探索していると、突然令子が言い出した。
令子はウエディングドレスから着替えて、昔よく着てたボディコン服。
似合わないとは言わないが、年齢を考えて欲しい。
最近は結構落ち着いた服装になったのに…
「なにが?」
聞き返す俺はいつものスーツ、ではなく、デニムのジーンズにYシャツだ。
Gジャンとバンダナも荷物に有ったが、暑苦しいし髪も上げてるので着けなかった。
令子は不満そうだったが…
ちなみに俺は荷物に入れた覚えは無いぞ。
「こうやって、あんたと二人だけで仕事するのがよ」
「そうか?」
「そうよ。十年前を思い出さない?」
十年前…令子に出会った頃だ。
今日式に来た連中の殆どもあの頃出会った。
この道に進むキッカケのあの頃。
色んな思い出がある……

「うーん…二人っきりでの仕事なんてあったか?」
「……はぁー。たく、もういいわ」
トボケたつもりだったが諦めたように令子はソッポを向いて拗ねてしまった。
いくら俺でももう分かってるけど、お返しだ。

最初はこのデカいリュック背負って単なる荷物持ち。
出会い別れて、笑って泣いて……
頼り頼られ、護られ護る……
ようやく君と並んで歩けるようになった。

でも、君が下がるのはらしくない。
だからそのお返し。
もう俺が後ろについて行くのも御免だ。
だから置いてかないでくれ。

俺は先を行く令子を追って隣に並んだ。



「出て来ないわね」
一通り屋敷を回ったが、ボス霊はとうとう出て来なかった。
見鬼くんの反応からすると屋敷内に居ることは間違いない。
逃げ回っているのだろう。
「どうする?」
こういう場合、結界かけながら追い詰めるのがセオリーだが……
「隙を見せて出方をみましょうか」
「長期戦かよ」
やっぱりな。

「そうと決まれば寝袋を…
ひとつだけ、出してもらえるかしら」
悩ましげな流し目と動きですり寄ってくる。
「はいはい」
予想してたので、俺はリュックからマットと寝袋をすでに取り外していた。
「ほら」
結界法陣描く為にペンも一緒に渡したが、令子はジト目で不満そうだ。
「どうした?どうせ俺が不寝番だろ?」
さも、何が不満なのか分からんって感じをだす。
「…………別に。……つまんない男になっちゃたわね。あんた」
ガッカリだと言わんばかりたな。
「邪な期待して飛びかかられたかったのか?」
ニヤリと意地の悪そうな笑みで聞いてみる。
「ち、ちがうわよ!」
顔真っ赤にしちゃってまぁ。
「俺だってもういい大人なんだし、あの頃みたいに見境なくセクハラはせんって。
それにさっきの除霊で疲れてるんだ」
「そ、そうよね……」
「あの頃とはもう違う……お互い色々あっただろ」
と遠い目。
「君が昔を懐かしむのは勝手だが、俺にまであの頃を求められても、困るよ」
「うん……ごめんなさい……」
令子は目を伏せて肩を落とした。

チャンス!今しかないっ!
「と、気が緩んだところで一発ッ!」
「あっ!ちょっと!待――」
皆さんは咲き乱れる季節の花々を想像して、しばらくお待ちください。



「って、何ホントにズボン脱いでんのよ!このヤドロクが!」
ドガンとヒールで顎を蹴り上げられた。
「なんだよ。期待してたクセに…」
「するかっ!!」
「でもタイミングもバッチリだったろ?」
「なんのタイミングよなんの!?だいたいまだ悪霊が残ってるでしょうが!」
「大丈夫!合体中の俺たちは無敵だ!」
「いっぺん死んでこいーーーーッ!!!」
皆さんはキレイなお花畑にいる俺を想像して、回復までしばらくお待ちください。



 気が付いた時には、令子は部屋で結界の中寝てしまっていた。
今は俺も部屋の前の廊下に結界を描き、その中で栄養ドリンク飲んでいる。

「ったく、自分から誘っといてこれだもんなー。
これではお約束とゆーより業ではないか。
昔からこき使ってボコボコ殴りやがって。
自分の為なら何でもすると思いやがって。
…………その通りだよチクショー!
…って、それで良いのか俺?」
『よくないと思います!あなたはもっと報われるべきです!』
「どわっ!?」
いつのから居たのか、結界のすぐ隣に正座して座っている女の霊が居た。
「いつの間に!?この俺に気配を覚らせないとは、ただの悪霊じゃねーな!?」
『いや、さっきから居たんですが……
それに私、悪霊じゃありません!』
「悪霊はみんなそーゆーんだよ!」
しかしあの悪霊たちのボスにしてはイイねーちゃんだ。結構カワイイ。
『私は生前この屋敷で働いていた家政婦です』
「家政婦?」
なるほど。よくよく見ればそれっぽい格好している。おっぱいもデッカい。

『病気で死んだ後もこの屋敷にずっと憑いてたのですが、
屋敷に迷い込んだ霊を、昔のクセでお客様としておもてなししている内に居着かれてしまい、
あれよあれよとゆーまに増えてしまって、正直私も困ってたんです』
「もてなすなよ。それで何でさっさと出て来なかったんだ?」
『問答無用で私まで退治されそうで、様子を窺っていたんです』
「ふーん……じゃ、出て来たってことは俺に用があるのか?
何か心残りが有って成仏できないなら手を貸すぞ?」
『本当ですか!?やはり私の目に狂いはなかった!!ありがとうございます!』
「いいって。自分から成仏してくれるにこしたことはないんだから。
で、俺は何をすればいいんだ?」
『それでは遠慮なく言います。
私を……お嫁さんにしてください!』

「はぁ!?」
なにを言い出すのだ。
気のせいか、どっかで誰かがズッコケた気がする。
『生きている時から将来の夢はお嫁さんだったんです!
玉の輿狙ってこの屋敷に勤めたのに、結局結婚せずに死んでしまって…
それだけが心残りだったんです!そこに現れたあなた!
恥ずかしながら私、あなたのお姿に心奪われてしまいました』
「ちょっと待て」
『お窺いしていたところ、あまり奥さんとは上手く行っていないご様子』
「う……」
『あの女ヤな女ですよね』
「まぁ性格は良くないな」
なんだか寒くなってきた。気がする。
『自己中心的で傲慢で』
「うむ、確かに」
なんだか霊圧が上がった。気がする。
『お金に汚くて、あなたの事をヘとも思ってなくて』
「うんうん」
なんだか落ち込んだ気配を感じる。気がする。
『心も体もワガママボディで、その気にさせといては弄んで』
「そうその通り!」
なんだか殺気を感じる。気がする。
『あんな女にアゴで使われて、男として情けなくないですか?』
「ぐぅ……」
グサッと刺さる言葉だ。

『そこで、相談なんですが、
私があの女に取り憑いて、あなたと二人幸せになるというのはどーでしょう?』
「…幸せとゆーのはどの程度の?」
『そりゃーもー、おフランスな出版社も真っ青なくらいの幸せですわ!』
「それは規制…じゃなかった威勢がいいな!」
ドアの方から視線を感じる。気がする。
『体はあの女で尽くすタイプの私!』
「おぉ!」
ドアの方から歯軋りが聞こえる。気がする。
『あーんな事やこーんな事までしたりやったり!』
「なんと!」
ドアの方からミシミシ音が聞こえる。気がする。
『夫元気で留守が良いってことで、浮気も自由!』
「マジか!」
ドアノブが外れた。気がする。
『出血大サービスで、今ならこの屋敷もお付けします!』
「えー!でも……お高いんでしょ…?」
『いえいえなんと!今なら結界壊してあの女に印描くだけ!
二人で幸せになりましょう!』
ドアが無くなった。気がする。
「そりゃなんてお買い得!だが断る!」
「『え?』」

「で、もう話すことはないか?」
『は?あ、あの…』
「成仏する前に話すことは、もう無いかと聞いてるんだが?
まだあるならすぐ話せ。今話せ」
『で、ですから私と…』
まだ言うか。
「そりゃもう良いって。おまえさん分かり易すぎ。ほぼ最初っから嘘だってわかってんだよ」
『な、なに!?クソッ!』
「おっと、逃がさんぞ!」
逃げ出そうとする霊に素早く呪縛ロープをかける。これで身動きはとれんだろう。
『お、おのれ!謀ったな!』
「謀ろうとしたのはおまえさんだろ?」
もがきつつ徐々に厳つい男の姿に変わっていく女の霊。
「予感はしてたがやっぱ男かよ。なら容赦する必要ないな」
右手に霊力集中して、今日二度目のハンズ・オブ・グローリーを発現させる。
『やめろ!やめんと殺すぞ!』
「往生際が悪いぞ。
だいたい話合わせて聞いてりゃ、人の嫁さん捕まえて好き勝手言いやがって」
『全部貴様が言ってたことだろうがっ!』
「あの女を悪く言って良いのは俺だけなんだよ。
罰としてコイツで極楽に行きな!」
ザスッと霊波刀を突き立てた。
『こ、このクソ夫婦がぁぁぁぁぁッ!!』
アホな断末魔上げてボス霊は消えていった。

「俺は嫁さん愛してんの。
おまえさんがどうこうする以前に、俺はもうすでに幸せだつーのに」
部屋の中で誰かが急いで寝袋に入った。気がした。



「片付いたぞ令子」
元ドアを乗り越え、部屋に入って声を掛ける。
「あら、なに?もう終わっちゃたの?」
寝袋から出ながら目を擦り欠伸までする。
笑いを堪えるのが大変だ。
「どうした?顔が赤いぞ」
「き、気のせいよ」
「そうか?風邪でもひいたんじゃないか?」
意地悪言って、おでこをゴッツンこ。
おー、アツイアツイ。
「な、な、な、何でもないったら!」
慌てて離れて深呼吸。やりすぎたか?
今更そんなにいっぱいいっぱいになるとは……
話題をズラしてやるか。

「はぁー、疲れた。結局最初っから最後まで俺一人で片付けちまったな」
「なに言ってんの。ちゃんと私も働いたじゃない」
「え!?いつ!?」
「あんたがヘバったときに、助けてあげたでしょうが」
おいおい。
「あれをカウントするのか!」
「お札まで使ったんだから当然でしょ?」
「あれは君が……」
「経過がどうだろうが、ザコ一匹だろうが、退治は退治よ。
あー疲れた」

このアマ……!!

「ま、でも……」

ナメとったら……!

「あんたのおかげで仕事が片付いたのも事実だし。お礼しなきゃね」
テレながら顔寄せてきて
「ありがと」
唇にキスをした。

あかんぞ……

このクソ女……

こーゆーとこが偶にかわいいと思ってしまうんだよなぁ……

こうしてノスタルジックな初夜の仕事は終わりを告げた。

つー訳で、
「令子ぉぉぉぉぉ!」
「わっ!ちょっと、あんたまた!」
「折角の初夜をこのまま終わらせんぞーーーッ!!」
「あんた疲れてたんじゃないの!?」
「それはそれ!これはこれだ!」
「こ、こんなことしてないで新婚旅行行きましょ!」
「その前に景気付け!」
「ちょっ!あ…!やめ……!ホントに…………」
皆さんは、ぜひ今度ひとつの寝袋の面積について考えてみてください。
くしっ!



おわり
もう少しうまくなってから練習したほうが…

甘くしようとしたのに、なんだか中途半端になってしまいました。
壊れすぎないようにすると、こうなってしまうようです。
「笑ってあなたに―」の後の話みたいなもんですが、あまり関係はないですね。

素直に壊れ書いた方が良さそうですが
気に入ってくれた方がいれば幸いです。

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]