ギラギラ照りつける太陽がメットと車体を焼く。
夏は好きだが、どうにも街の暑さってのは嫌なもんだ。
そういや土産は大丈夫だろうか?
っと、着いたな。
駐車スペースの端にカタナを停めてメットを脱ぎ、汗で濡れた髪を掻き乱す。
ミラーでチョチョイと整えてっ……と。
んっ、男前。
俺は土産が無事なのを確認して、玄関前に向かった。
インターフォンを形式的に押して、ガラガラと玄関を開ける。
「よーっす!ただいまっ!」
ちと、でかい声。
バイクの音で分かっただろうに、今気付いたみたいに、奥からパタパタとスリッパ擦らしてお袋の登場だ。
「あら、修二。早かったわね。お帰り」
「よっ!ご無沙汰!」
片手を上げて挨拶。
ま、リミッター見せる為なんだがな。
「これ、いつもの土産。仏壇に頼むわ」
「またあの店の?」
「そそ。爺ちゃん御用達」
「とにかくあがんなさい。外は暑かったでしょ。
クーラー効いて涼しいわよ」
俺の手に触れないように紙袋受け取って、またパタパタと奥に戻ってく。
どかっ、と腰を下ろし、フーっと一拍置いて靴に手をかけた。
居間のソファに腰掛けてた俺に、お袋がお盆に容器ごと麦茶をのせて持ってきてくれた。
土産のぼた餅も一緒だ。
「サンキュー!」
テーブルに置かれたお盆から直接コップを取り、麦茶を注ぐ。
「お墓にはもう行ってきたの?」
「ん。線香あげて、手合わせてきた」
グビグビ一杯飲み干し、また注ぐ。
「兄貴はまだ?」
「まだよ。仕事が忙しいみたいで、帰って来れるか分からないって。
修二も忙しいのに来てくれてるのにね」
「ま、俺はのらりくらりやってっから。
親父は?」
「お父さんも……相変わらず……かな」
「相変わらず仏頂面か」
はははっ、と笑って今度は麦茶を半分ほど残し、ぼた餅を楊枝で切ろうとする。
ここでお袋が『お父さんをそんな風に言っちゃいけません』
んで俺が『ヘイヘイ』って返事すりゃ一区切りだが……
お袋は俯いて予定の先を言わなかった。
「…………相変わらず、毎年同じね……」
そう。
10年ほど前、爺ちゃんが死んでから、ほぼ毎年同じような一連の流れだ。
このわざとらしい会話はまだまだ先がある。
俺がバベルに勤めだして、一段とパターン化の傾向が強くなってきていた。
俺が望んだことでもある。
「今更しゃーねーよ」
楊枝を置いて背もたれに体重を預けて、頭の後ろで手を組む。
「でもね……お母さんは……」
「お袋。これが俺たち……じゃねーな。俺と家族のギリギリだよ。
多少、無理しないとな」
「分かってるけど……分かってるんだけど……
決まった台詞、決まった行動、まるで家族を演じてるみたい……
私達、本当の家族なのに……」
「でも爺ちゃんみたいにはできねぇだろ?」
チャラチャラと手首で稼動中のリミッターを振って見せる。
お袋は悲しげな顔をすぐ逸らし、
目を潰れんばかりに瞑って涙と嗚咽を流し始めた。
「…………仏壇に線香あげてくる」
切りかけのぼた餅を手で千切って口に放り込み、席を立った。
チーン
鈴を鳴らして手を合わせる。
爺ちゃん。俺、またお袋泣かせちまったよ。
女性の扱いは慣れたと思ってたんだけどな……
線香の向こうに居る爺ちゃんは、記憶のままに笑みを浮かべている。
隣には知らない女性と若い頃の爺ちゃんが幸せそうに並んで立っている写真。
『まだまだだな』
って言われた気がした。
俺は婆ちゃんの顔を直接見たことがない。
写真と記憶を『視』て、彼女が婆ちゃんであったという情報があるだけだ。
婆ちゃんは親父を産んでから、入院中に間違った注射を打たれて亡くなったそうだ。
今ならトンデモねぇ話だが、
当時は大雑把な時代で、少々の金を握らされ、
それで終わりだったらしい。
爺ちゃん曰わく、それからは医者嫌いになり、
それまでの女遊びをパッタリ止めて、
仕事一筋に生きたそうだ。
『おかげで息子はあんなんになったけどな』
って、この仏壇の前でよく笑ってたっけ。
写真の横に目を向けると、爺ちゃんの好きだったぼた餅に隠れるように、
歪んだ薬莢がひとつ、ポツンと置かれていた。
手をのばし薬莢を摘みあげ、ゴロンと畳に横になる。
「賢木修二、リミッター解禁。っと」
ブレスレット型のリミッターは甲高い音を発てる。
それを無視して、意識を薬莢に集中させた。
ブレる視界。息が詰まるほど走る。
轟音。振り返る。
迫る戦闘機。撃ち出され地面をえぐる銃弾。
射線と重なり死を感じ立ち尽くす。
爆撒する戦闘機。黒煙の側で宙に佇む飛行服の人間。
しばし確認するように見つめ合う。そして長いマフラーをなびかせ飛んで行った。
足下には飛んで来た薬莢が刺さって―――
「ふう……」
まだ鮮明だな。この爺ちゃんの宝物。
他のモンはノイズやら霞がかかっちまったってのに。
大の字になって天井の真新しい木目を見詰める。
リフォームっても、爺ちゃんの部屋くらいそのまんまにできんかったのかねぇ……
これじゃ部屋から読み取る事はできねえな。
キレイに片付けちゃってまぁ。
思い出は心の中にってか……
そんじゃ潜りましょうか。記憶の中に。
俺は目を瞑って、過ぎ去りし日々に戻っていった…………
―――俺は天使か死神か―――
俺は昔から勘が良いと言われてきた。
勉強にしても要点がすぐ分かったり、
知らない場所に行っても迷わず帰って来れたりした。
運動も得意だった。
サッカーやバスケにしても、相手の行動が何となく分かり負けたことが無かった。
遊びもそうだ。
ゲームで裏技を発見したり、鬼ごっこ、トランプ将棋なんでもこいだ。
頭も良くってスポーツ万能、さらに友達も気遣うニクい奴。
そんな奴が人気者にならない筈がねぇ。
はっきし言って俺はモテモテだった。
それもESP検査で超能力が発覚するまでだったがな。
『サイコメトリー』
何のことはない。出来て当たり前の事だった訳だ。
途端に余所余所しくなり距離をとる友達。
先生方の畏怖の視線と腫れ物に触るような態度。
超能力があっても、何ら変わらない生活が送れると思ってた
俺の浅い考えは見事粉々に打ち砕かれた。
しかし一番参ったのは家族の反応だった。
お袋は忌むべき力を授けたと自分を責め、
避ける様になった。
寡黙な親父は仕事、将来、家族への社会的な影響に頭を悩ませ、
更に喋らなくなった。
兄貴は明らかな怖れと哀れみを向けた。
唯一人、爺ちゃんだけが俺の救いだった。
唯一人、超能力の事を喜んでくれた。
「カッコイイなぁ」と羨ましがった。
沈む両親に説教して、ギクシャクした家庭を何とかまわすようにしてくれた。
兄貴には
「今まで通りの弟だぞ。力があるのが分かったら急に態度を変えるのか?」
と諭してた。
何より嬉しかったのは、それまでと全く変わりなく接してくれた事だ。
釣りに連れてってくれたり、肩もみや手を繋ぐ事も嫌がらなかった。
俺は爺ちゃんと触れ合い、遊ぶ事が何より楽しかった。
ある時、あの薬莢を見せて話してくれた。
戦時中、工場に勤めていたときに超能力者に救われたと。
そのときからこの薬莢が自分の御守りだと。
「あの人が十人いれば、戦争は勝っていた」
って、やたらその時の能力者のことを誉めちぎるので、
俺は苦笑したもんだ。
力を伸ばして、お国の役立つあんな風な漢の中の漢になれと言って、
最後に「女にモテるぞ」と付け加えて笑い合った。
爺ちゃんが居なかったら、俺はこの力を伸ばそうと思わなかっただろし、
バベルで働く事なんて考えなかっただろうな。
もしかするとパンドラの連中の仲間にでもなっていたかもしれない。
ある日爺ちゃんが倒れた。
糖尿病を患っていたらしい。甘い物が好きだったからな。
いつも一緒にいた俺は自分の迂闊さを呪った。
今考えると医学的知識もないんだから、例えあの頃『視た』としても、
結局病気には気付かなかっただろうけどな。
今でも後悔してるのは、嫌がる爺ちゃんを無理やり入院させた事だ。
入院させなければあんな事にはならなかっただろう……
爺ちゃんは婆ちゃんを殺した病院が余程嫌だったのか、度々脱走を繰り返した。
その度にみんなで病院に連れ戻した。
半ば恒例行事になっていたんだ。
俺も日に日に痩せる爺ちゃんを見るのは辛かったが、
いつか良くなって、また一緒に暮らせると信じて連れ戻していた。
15の時。俺は進路に向け勉強とトレーニングに明け暮れていた。
爺ちゃんの話に影響されて自衛隊に入るつもりだった。
そんな寒風吹く雨の日だ。
病院からまた脱走したと連絡が入った。
いつもは真っ直ぐ家に戻っていたので、家で待っていた。
しかし、その時は違った。
1日待ち、2日待ったが連絡も来ない。
慌てて方々探し回った。
3日目、力を使って探そうとリミッターをはずし、外に飛び出そうとした時、
病院から警察に保護されたと連絡を受け、俺は胸をなで下ろした。
俺は、次の見舞いに何持って行こうか、
なんて呑気な事を考えながらコートを羽織り直し、
まだ電話しているお袋を背に、そのまま買い物に出かけた。
その時の肌寒さに、思いを巡らすこともなく……
買い物から帰って来たが、家には灯りが無く誰も居なかった。
時刻は20時を回っている。この時間に誰も居ないとは……
心に過ぎる予感を否定して、リビングの灯りを点ける。
テーブルの置き手紙が目に入った。
『キトクすぐこい』
この時の事は運命を感じずにはいられないが―――
何故ケータイを持って行かなかったのか。
何故電話の話を最後まで聞かなかったのか。
何故そのまま買い物なんかに出かけたのか。
何故爺ちゃんの体の心配をしなかったのか。
何故リミッターをはずしたままだったのか。
なぜ……
―――今でも疑問だ。こうなる予定だったとでも?
ざけんなよ。認めるか。
病室の扉を開けると、悲痛な面持ちの家族と、
苦虫を噛んだ様な顔の医者が振り向いた。
「修二……」
「母さん、爺ちゃんは……」
「雨の中、入院服のまま倒れてたところを保護されたらしいです」
代わりに医者が答えた。
「そんな……どうしてだよ……」
爺ちゃんは、洩れるような浅い呼吸を頻繁に繰り返している。
「もう少し保護が早ければ、まだ見込みはあったのですが……」
驚いて医者の顔を見返す。
「待って下さい!それじゃ……」
「残念です」
医者は眉間にシワを寄せてメガネを直した。
「そんな……何とかならないんですか!?」
「残念です」
詰め寄り襟を掴む俺に、目を逸らせてまた告げた。
その時、頭の中で声が聞こえた。
『この坊主には可哀想だが、後は時計を確認するだけだな。
まぁ、間に合っただけでも良かったよ。
こっちとしては、問題児が居なくなるだけ楽になるし』
もはやこの医者には、助けると云う考えが全くないのに愕然とする。
「なんだよそれ!なんで助けようとしねーんだよ!」
感情にまかせ襟を締め上げる
「も、もう手の施しようが……」
『このシロートが!この状態の患者にどうしろってゆーんだよ!?
モルヒネでも打つか?あぁ!?
大体このジジイは自業自得だろが!
ボケ老人の事なんてこっちは知ったことか!
こっちは忙しいんだよ!』
「この……ッ!!」
殴りかかろうとする俺を、背後から兄貴が抑える。
「修二!よせ!
何を『読んだ』か知らんが感情的になるな!
今は爺ちゃんに付いててやるべきだろ!」「な!このガキ、エスパーか!?」
医者は恐怖を張り付かせて、病室を逃げるように出て行った。
医者の出て行った後を睨みつける俺に、兄貴の『声』が聞こえる。
『修二の奴、リミッター付けてないのか?
もしかして俺も視られてるのかよ……クソッ……』
俺は兄貴の手を振り解いて言ってやった。
「悪いな。少し『視』ちまったよ。
リミッターは家に忘れたみたいだ。
『視えた』のはそんだけだから安心してくれ」
病室は隙間風のような音に支配された。
「……修二。お義父さんにお別れをなさい」
ようやく母さんが口を開いた。
俺は黙って椅子に座り、爺ちゃんの手を握った。
その手の冷たさ。
その握り返す力の無さ。
涙が溢れてくる。
「爺ちゃん……」
爺ちゃん……爺ちゃん……爺ちゃん……
俺、爺ちゃんが居なくなったらどうすりゃいいんだよ……
一人ぼっちになっちまうよ……
『爺ちゃんとはお別れだが、なに、お前なら大丈夫だ。
すぐ友達だってできるさ』
爺ちゃん……爺ちゃん……爺ちゃん……
お別れなんて言いたくないよ……
ずっと一緒に居てよ……
『すまんなぁ。でも人間いつかは別れがあるもんだ。
それが早まっただけさ』
爺ちゃん……爺ちゃん……爺ちゃん……
どうしていつもみたいに、真っ直ぐ家に帰って来なかったのさ……
そしたらこんな事にはならなかったのに……
『今回はただの脱走じゃねぇんだ。
薬莢の話、覚えとるか?
外眺めてたら、あの人を見かけてな。
どうしてもあん時の礼が言いたくて、追っかけてたら、
いつの間にか山ん中に迷い込んじまったんだ』
爺ちゃん……爺ちゃん……爺ちゃん……
その人な訳ないじゃん……
それに何でそんな山の中なんかに……
『いんにゃ、確かにあの人だった。
昔のまんまの顔だった。
タクシーで追っては見失いを繰り返して、
最後に見たのが山ん中だったのさ。
しかし、モウロクした訳でもないと信じとるが、
消えては現れしとったから、
ありゃ死神だったのかなぁ……………………』
爺ちゃん……爺ちゃん……爺ちゃん……?
爺ちゃんの呼吸が止まった。
『もう……お別れ……だ…な…
修二…………人…生……辛い……こと……ばっか…じゃ…………な…い…………
楽……し……ま…………な…………
き………………ゃ……………………』
爺ちゃん!!!!
爺ちゃんは強く手を握り返し、身を反らせた。
俺は一心に願った。死なないでくれと。
爺ちゃんの手を握り締めて。
死ぬな死ぬなと一心に。
肺よ動け。心臓よ動け。生きてくれと。
すると呼吸が戻ってきた。
依然として、強く手は握り締めたままだが、
確かに呼吸は戻ってきた。
しかし、安心して願うのを止めると、また呼吸が止まった。
慌てて願うとまた戻る。
安心すると止まる。願うと戻る。
繰り返しだ。
俺が願えば息を吹き返すのだ。
爺ちゃんは生きるのだ。
俺は祈り続けた。
どれほどの時間、そうしていたかわからない。
だが不意に、俺の手は引き剥がされた。
父さんだった。
「なにすんだよ!?」
爺ちゃんの呼吸が止まる。
すぐ手を握ろうとするが、今まで聞いたことのない怒声で父さんが言った。
「もうやめろ!
…………やめてくれ……」
俺の腕を掴む父さんの意思が流れ込んできた。
『これ以上、親父を苦しめないでくれ……
楽に……させてやってくれ……』
俺は雷に打たれたようだった。
俺が爺ちゃんを苦しませる?俺が?
だって俺が手を握って祈らなきゃ、爺ちゃんが死んじまうんだぞ?
だけど……握り返す手からは爺ちゃんの意思を感じなかった……
それって……まるで…………
爺ちゃんは、しばらく身を強ばらせた後、
何かが抜けたように力を抜いた。
外から淡い光が差し込み始めていた。
あの後バベルの検査で、
俺は限定的ながらもサイコキネシスが使えることが分かった。
それはあの時目覚めたのか、元々持っていたものだったのか。
俺は進路を変更して、爺ちゃんの大嫌いな医師になることにした。
見極められるようになりたかったんだ。
医者ってモテるしな。
家族とは自分からも距離を置くようになって、ご覧の通り。
嫁はまだかとか、別れた彼女から電話があったとか、
色々気を遣わせているが、何とかやってる。
あとは順調に世の中舐めながらコメリカ行って、
皆本と出会ったな。
んで、あのクソガキ共のお守りしながら、
現在に至るっと。
目を開けて、爺ちゃんの想いが染み込んだ薬莢を見る。
爺ちゃんを助けたエスパー。
そして死の原因となった死神。
似ていた事は間違いないだろうが……
同一人物では無いだろうな。
もしそんな人間が居るとすれば……
ふと、ヤツの顔が浮かぶ。
「まさか……な」
突然振動が下半身を襲う。
ケータイだ。
画面にはB.A.B.E.L.の文字。
「はい、賢木です。……えぇ。……はい。
容態は?…………なるほど。……えぇ大丈夫です。
了解しました。すぐ向かいます。では…」
急患だ。
保たせるだけ保たせるから後は俺頼みってか。
ったく、バベルは休みもまともに採れねぇのか。
ま、しょうがない。
天才ESPドクターの腕を奮いますか。
仏壇に薬莢を戻し、手を合わせる。
爺ちゃん仕事だ。また来っから勘弁してくれよ。
写真の爺ちゃんは笑って『さっさと行け』と促してる。
俺もニッと笑って鈴を鳴らす。
チーン
爺ちゃん、俺人生楽しんでるよ。
友達出来るのは遅かったけどな。
ただ別れはやっぱ嫌だなぁ。
お袋になんて言おうか考えながら、
爺ちゃんの部屋を後にした。
外はまだまだ暑そうだ。
おわり
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