1799

〜雪解け〜

雪、である。

気温が摂氏〇度以下の大気の上層で、雲中の水蒸気が凝結し氷の結晶が集まって地上に降るもの。

辞書にはそのようなことが書かれている。

それは私が生まれ落ちた瞬間から共に在り、包み込んでくれたもの。

私の世界は冷たく。

ただ一色に染められていた。

そう。

今までの私ならそう思っていた。

あいつに会うまでは。




〜雪解け〜




生まれ落ちた時の記憶はない。

どのようにして生まれ。

なぜここにいて。

私の名前がなんなのか。

何もわからないままただ在ったのは白い世界。

白く染められた世界に私は長く独りだった。




てんてんと足跡を残し。

ひらひらと舞い散る雪たちと遊びながらどれほどの時を過ごしただろう。




初めて出会ったのは一人の少女だった。

今思えばその少女は一人雪山に迷い込み、力尽きたのだろう。

初めて出会ったヒトに触れ。

わずかに残り、消えつつあったその熱が私を魅了した。




しばらくした後何人かの人間がやってきた。

おそらくその少女を探しにきたのだろう。

彼らと出会い、私は人を知った。

彼らにとってこの白い世界は寒く厳しく。

この世界に生きる私は彼らとは相いれない存在であり。

私は初めて私の存在意義を認識したのだ。




――人は凍るもの。血も肉も……そして心も。

――それが私の……雪女の仕事。




白い世界に生きてきて。

ひらひらと舞い散る雪に合わせ。

気ままに全てを凍らせる。

そんな日々を過ごしながら。

永遠にこの日々が続くのだと思っていた。

あの日まで。




私は凍らされた。

雪女である私が人の手で。

粉々になった私だったけれど。

雪女にとっては氷も雪もたいして変わらない。

凍らされてしばらくもたたない内に。

私は再び白い世界に舞い降りた。




再び始まる一人遊び。

白い世界にてんてんと残す一人分の足跡。

ひらひらと舞い散る雪に合わせ。

気ままに全てを凍らせる。

そんな日々が続いていくのだと思った。




いつごろだっただろうか。

一人の男がやってきた。

その男は新しく山の神になったのだと言った。

暑苦しいその外見と。

暑苦しいその言動。

正直言って第一印象は最悪だった。

しかし少しづつ。

そいつがどれほど山を愛し。

この白い世界を愛しているのかが伝わってきて。

気づけば私の心が熱く燃えていた。




胸に宿ったその熱は。

冷たく凍った私の全てを溶かしていく。

凍った世界に春を告げる雪解けの水が。

私の心を流れていく。




冷たく凍った私が溶けた時。

私はきっと消えるだろう。

心に浮かぶその光景。

白い世界に二人分の足跡。

私が見ることはないだろう。
こんにちは、ダヌです。
暑い季節に涼しいお話を、と思ったのですがなにやら変な方向に……
何はともあれ楽しんで頂けたら幸いです。

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