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パーフェクトコンプリート

「だぁぁっ! 無駄に寒いぞコンチクショー!?」

氷点下20度を超える雪山に横島の声が響く…事はないか。
どんなに叫ぼうともこの暴風吹き荒ぶ雪山に響くことは無い。

しかし…高々20度程度で『ぎゃあぎゃあ』と喚くのは訓練が足らない所為ではないのかと思えてしまう。

「訓練以前に死ぬ! っつーか俺が人間だってこと忘れてないか、ワルキューレ!」

…あぁ、そういえば。
人間はこういう地域では行動し辛いのだったな。

「ふふ…すまんな。ほら、こっちへ来い。暖めてやる」

そう言いながら私は笑みを浮かべ、横島を抱き寄せた。


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UGさん企画 ミッション5 「パーフェクトコンプリート」
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「これが、今回のターゲットです」

魔軍本部にある執務室で、不満と苛立ちを隠さぬままに資料を受け取る。
無論、同時に相手に射抜く視線を送るのだが、こいつは涼しい顔で受け流してくれる。

「なぁ、ジーク。少しは姉を労わろうという気は無いのか?今月に入ってこれで10件目だぞ」
「優秀な人にはそれだけ回ってくるものですよ、姉上」

暗に『他の奴も居るだろう』と言っているのだが、確かに能力的に私と同等以上の力を持つものは少ない。
最近入ってくれたべスパは私と同等の力を持ってはいるものの、如何(いかん)せん経験と実績が足りなさ過ぎるのだ。


私は資料に目を落とし、数秒経たずに嘆息した。

「なんだ、『また』下級か」
「えぇ、『また』です。ですが、『今回も』姉上でないと不可能なのは理解していただけるかと」

最近このタイプのターゲットが多いのだ。
能力は下級のクセに悪知恵ばかり働くという面倒極まりない奴らが。

「今回のターゲットの知覚能力はずば抜けています。射殺可能最短距離で200km。しかも銃声を潰す為に常に嵐の舞う場所で無いといけません」
「うぐ…」

どうにか他の奴に回せるよう算段するのだが、見れば見るほど不可能に近くなるのが見えてくる。
超長距離射撃訓練など、アシュタロスが没した後から全く訓練していないのだ。
…いや、訓練したところで100%成功できる者など居はしないだろう事は想像に難くない。


「受けて貰えるようで助かりましたよ」

無言を続ける私を肯定と受け取ったのだろう。今度は契約書類を渡してくる。
勿論私のではない。私は軍属なのだ。契約など軍に入ったときからしている。


「『いつもの』書類ですよ」
「全く…こういう時だけ気の回る奴だ」

ざっと見ただけでも、これが正式に魔軍上層部から出されたものだと判る。
まったく…『あいつ』も有名になったものだ。

書類を片付けて立ち上がろうとすると、ジークが突然私の名を呼んでくる。
何か不都合か、それとも言い忘れか…とも思ったのだが、ジークの言葉は私の予想の斜め上を行っていた。

「姉上は、最近良く笑うようになりましたね」
「…どういう意味だ」

不機嫌そうに返答する私に、ジークは笑みを浮かべたまま。
それではまるで、私が笑わない女みたいではないか。

「本当に…横島さんと組むようになってからでしょうか。大分柔和な笑みを浮かべているのを見かけますよ」
「そういう部分は、もっと仕事に使え。全く…」

軽く頬が温かくなるのを感じ、ぶっきら棒に言い捨てると
私は急ぎ、横島の家を目指した。






「おい横島、居る…うぐっ!」

魔界と人間界を繋ぐトンネルを抜け、最短距離で横島の家へと着いた私は
無遠慮にドアを開け、そのまま絶句していた。
横島が…金髪の小娘の胸を揉んでいたのだ。

「横島、どう? 柔らかい? 横島が望むなら、もっと触っても良いんだけど…?」
「あぁーっ! カンニンやー! こんな柔らかくて気持ち良…じゃなくて! あぁっ!!チチの魔力に逆らえ…ぐはぁっ!?」

あ、いや…揉まされていた…か?
妖術の類だろう。身体の自由を奪われ、小娘の手によって横島の手が小娘の胸へと…

本来ならば、私が無遠慮にドアを開けるのが悪かったのだろう。
しかし、目の前で繰り広げられる痴態に、思わず体重の乗った蹴りを放ったとしても
きっと私が咎められる事は無いだろう。


「…ちっ。アンタ誰よ。『私の』横島に何か用?…って話を聞きなさいよ!」

半ば無視する形で横島に歩み寄るのが癪に障ったのだろうか。金髪の小娘は私に妖の炎を放ってくる。
…全くこの程度か。

身を這う炎を容易く消してやると、そこまで強いと思って居なかったのだろうか
悔しげな表情を浮かべ、小娘は一歩後退っていた。

「図に乗るな、高々千年程度の小娘が。妖怪の分際で純魔族に太刀打ち出来るとでも思っているのか?」
「お、おいワルキューレ! 『仕事』だろう。早く行くぞ!」

苛立ち紛れに小娘に殺気をぶつけて脅す私の腕を横島は捕まえ、『ぐい』と引っ張りながら外へと促してくる。

何故だ。
お前は今あの妖怪の小娘に拐(そその)かされていたのではないのか。

そんな問いも無視され、私達はターゲットとの接触場所である一つの山へと向かったのだ。





「横島、答えろ。なぜあんな小娘を庇った」
「アイツはタマモ。俺…っつーか、美神さんの事務所で働いているんだよ。俺の仲間ってとこ。さっきのだって、あいつはからかっていただけなんだからさ。そんなに怒るなって」

山の麓へと降りた私は開口一番横島に問い詰めていた。
確かに、仲間であれば多少庇うのは理解できなくは無いが…
奴の目…あれはどう考えても本気だった。
横島を己がものにしようとしていたのだ。

そう言うのだが、横島は一向に聞いてくれないばかりか
まるで私の心を見透かしたように返してきた。

「そもそもワルキューレが怒ってるのは、タマモが敵かどうかじゃなくて、タマモとちちくりあってたのが気に食わなかったんだろう?」
「んなっ!?」


この時、なぜ私は『違う』と言えなかったのだろうか。
そうやって私が言葉を返せなる時、こいつは何時も…

「ん…ふ…」

そうだ、こうやって私の唇を奪ってくるのだ。


「ま…たく…こん…ところで煩悩を出…て…そんなので最後ま…で持つのか?」
「もちろん。隣にワルキューレが居る限りはな」

幾度となく肌を重ねるうちに、こいつは口付けだけで私の思考を、身体の自由を奪うようになっていた。
必死に冷静を取り繕うにも、既に遅い。


「っ!…ほら、行くぞ。日が暮れたらアウトなのだからな」
「って、何となく嫌な予感がしてたけど…あの山ッスかー!?」

気合を入れなおす為に頬を叩き、横島に促せば
今回の仕事の難しさを何となくでも感じてくれたのだろう。
軽い口調ながらも、先ほどの雰囲気は払拭されていた。





「さむっ! 寒いっ! 本気で寒すぎるわぁぁっ!!」
「つべこべ言わずに索敵しろ。範囲は380km。3時から5時の間に集中させろ」

山に入った途端、横島の口から出るのは『寒い』だけになっていた。
体感気温からすると、恐らく氷点下20度程度だと思うのだが…

「嫌やー!こんなとこで死にとうないわー!!」

『がたがた』と震える横島の身体が少しづつ凍って…
そういえば、人間がまともに生命活動できる場所ではなかったな。


「全く…人間とは不便なものだな。ほら、こっちへ来い」

射撃地点の洞窟へと到着した私は、横島を抱き寄せた。
後ろから軽く抱きしめた後、横島の右肩に顎を乗せ
脇から腕を出して銃を構える。

後は私の魔力で冷気を押し出して…
この時普通の人間であれば、私の魔力に犯され、酷ければ死に至る場合もあるのだが
アシュタロスの置き土産とも言うべき魔族素子が横島の中に息衝いているお陰で、横島には一切影響を与えずに済んでいる。

「これで寒くないだろう。判っては居るだろうか、動くな。『動くのは終わった後』だ。いいな」
「お、おう」

ターゲットの到着予想時間は凡(およ)そ6時間後。
そして、このミッションが成功したかどうかなど、言う必要も無い話だった。




「お疲れ様です、姉上。横島さんの口座にも今し方振込みが完了しました。流石ですね。悲しいかな現状では、姉上と横島さんのコンビだけですからね。完璧に遂行出来るのは」

本部へと戻ってきた私は、到着早々執務室にある無駄に柔らかいソファへと身を預けていた。
『そうか』と小さく返事する私に、ジークは笑顔を向けながら『いつもの質問』を始めてくる。

「どうでした?」
「知らんさ。こればかりはな」

何時もと同じ質問と同じ回答。
だが、今回はそれだけでは終わらなかった。

「そんな事言って…今回は上層部と掛け合って態々一日多く時間を取ったんですよ」
「そう言うのなら、そろそろアイツを『兄上』と呼ぶ練習でもしたらどうだ」

ゆっくりと天井を仰ぎ見る私の右手は、自然と下腹部を撫でていた…らしい。

ジークに言われるまで気付けぬほどに。
そう、自然と。
いーそーがーすーぃー
でも、でもっ! はっかい。さんのチチモミ絵に触発されて(?)仕事の合間を縫って書いてしまう
なんて…良い気分転換になりました。

少年誌のパワーインフレで判り辛いですけど、ワルキューレって実は滅茶苦茶強いキャラ(恐らくメドーサより強い)なんですよねー。
タマモがちょち可愛そうかなぁなんと思いましたけど、うちでは散々良い思い(笑)してるからたまには、と。

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