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ワンダーファイブ 1

 バシュッッッ!
「美神さんっっ!」
 はじき出された美神が、床に叩きつけられて横転する。
 それを目の端にとらえた横島は、思わず振りむいて叫んだ。そしてそのままの姿勢で、壁に激突した。
「ひってー!!」
 思いきり顔を打った。かなり痛い・・・が、かまっているヒマはない。即座にUターンして、美神の元へ駆けつける。
「大丈夫ですかっ?!」
 煌々と灯りのともるシミュレーション室の床に、美神はうつぶせに倒れていた。着ている物は自分と同じ、訓練用の防護服だ。長い豊かな髪が、空色のフローリングにうず巻いて投げ出されている。
「美神さん!」
 膝をついて抱き起こす。だが返事は返ってこなかった。腕も首も、力なく垂れ下がったままで、死体のように反応がない。
「み、美神さん・・・」
「・・・・・・」
「美神さんっっ」
 完全に気絶している・・・。だっ大丈夫か。大丈夫だよな。
「美神さん、美神さんっ」
肩を揺すり、呼びかける。揺する手の中、美神はうっすらと目を開いた。
「ん・・・」
「み、美神さん・・・」
「んー・・・」
「よ、よかったぁ・・・気がつきましたか?」
「・・・・・・」
「・・・すいませんでした。すんません・・・・・・・・・痛かったっスか・・・」
「・・・・・・」
「・・・え、えと、あの怒ってます?ああすいませんすいませんっ。つか今のはどうしようもっ。ほら、だって、もうほんと、一刻をあらそうって感じで!時間がなかったんッスよ!だから強制的に合体解除せざるを得なくて、その反動がですね・・・」
 必死で言い訳をする横島の顔を、美神は靄のかかった瞳で見上げた。
「だだ、だから、その・・・」
 ぽすっ。
「わぁすんまへんすんまへんっ」
 ぽすっ。
「かんにんッス今のはホントに不可抗力で・・・」
 うりうりうりっ、ぽすっ。
「すいませんすいませ・・・って、あの・・・、・・・何やってんですか」
 ぽす、ぽす、すりすり。
「胸に頭突きとかされても痛くないんですけど・・・つか首・・・髪くすぐった・・・美神さん・・・?」
 ぽす、ぽす、ぽす。うつむいたまま、美神は何度も頭突きをする。いったいナニ?打ち所でも悪かったんじゃ・・・。美神の奇行にどう反応していいかわからず、固まった横島だが、やがてなんとなく、彼女の意図が読めてきた。
(あー・・・)
 肩に頭を押し当て、すりすりぐりぐりする。これはアレだ。
(猫ですか・・・)
そーだ猫だ。猫がコタツやら布団やら、暖かい場所へもぐりこもうとする、あの仕草にそっくりだが・・・
(いやでもそれ無理・・・)
 二の腕、肩関節から鎖骨をたどって胸骨まで、あるはずのない隙間を探してぐりぐりする。当たり前だが見つからないので、焦れたように鎖骨に頭突きしてきた。
 がんっ!
 かなり派手な音が響く。だ、大丈夫か。
「・・・い、・・・痛くないスか?」
 美神は痛かったらしい。眉根を寄せて額を押さえた。横島の肩を見つめ、納得のいかない声でつぶやく。
「閉まってる・・・」
 美神は顔をあげ、不機嫌に命じた。
「入れないわ。開けて」
「え・・・あの」
「寒いじゃないの。早く開けなさい」
「・・・えーと」



「なるほどこれは問題だわね・・・」
 20分後。正気を取り戻した美神は、がりがりと頭をかいた。
「もー少しであんたに吸収されるとこだったわ。危なかった・・・」
「・・・・・・」
「シンクロ率があがってるのね。パワー上がるのはいいんだけど、持続時間がこんなに短いんじゃあ・・・」
 床に座った美神は天井を仰いだ。向かい合って座っている横島も、つられて上を見る。
 天井を横切る鉄骨が六芒星を描き、床にも壁にも呪紋が刷りこまれたこの部屋は、見る者が見ればすぐそれと判る対霊特殊施設だ。新築らしくぴかぴかだが、驚くべきはその広さで、普通の高校の体育館の、50館分は優にある。美神と横島はこの巨大シミュレーション室を二人で占領して、だだっ広い床の片すみに、ママゴトのようにちんまり座っているのだ。
 美神は頭を振った。
「実戦でもないのに、なんでこんなにシンクロ率あがってるの?・・・前はここまでじゃなかったのに」
「さあ・・・繰り返し合体したんで、馴染んじゃったんじゃないスかね。霊波」
「そんなことってありえるわけ?」
「いや俺もよーわかりませんが・・・なんかやるたび同期がスムーズになって、テンション上がってる気がするんですよね。・・・その分持続時間が短くなって、俺の場合だともう・・・融合まで3分ぐらいしか持たない感じです」
 美神はふたたび天井を仰いだ。
「同期を利用する技だといっても、ほんとに霊体くっついちゃったらシャレになんないわよ。いくらパワーがあってもこれじゃね・・・3分かあ・・・」
「○ルトラマンみたいッスね」
「そーいやカラーリングもそんな感じよね。3分ってそういうこと?」
「・・・美神さんは2分で落ちてましたが」
「うるさいわねっ!しょーがないでしょ?!あれは意志じゃどうしようも・・・」
 反論しかけた美神は、セリフに苦笑いを浮かべている横島を見て、口をつぐんだ。真っ赤になって目をそらし、口の中で何やらぶつぶつ言っていたが、やがて真面目な顔に戻って、向き直った。
「なんとかして、時間を延ばす方法はない?あんたなら・・・もう少し・・・」
「いや俺も3分限界です」
「文珠でシンクロ率を下げるとか・・・」
「それをやると同期ってか、この合体技そのものが成立しませんよ」
「うーん・・・」
 美神は再び頭をかいた。
「あの妖鳥に他の技が通用するとは思えないし・・・まいったな・・・」
「そんなに強いんですか、その鳥って」
「中級魔族だからね・・・」
 この依頼はもともと公的機関からのもので、最初はオカルトGメンの管轄だったのだ。それが最終的に美神事務所に回ってきたのは、「他では解決不能」と判断されたためである。依頼というより命令で、お上を敵に回す覚悟でなければ、断れない案件だった。せめてとギャラをつりあげて受けたが、
「最初はほんと信じられない額だったわ。あれで中級魔族と戦えって、何考えてるのかしら」
「相場がわからなかったんじゃないですか」
「こっちは公務員じゃないっての。経費もぜんぶ自分もちなんだからね。除霊の方はGメンが全面的にバックアップする、とは言ってるけど・・・」
「はー。それでこのシミュレーション室もタダで貸してくれたんですか」
 横島は高い天井を見回した。
「都心のど真ん中にこんな広い・・・金はあるところにはあるんやなー」
 オカルトGメンから依頼を受けて、美神が最初にやったのは、この地下シミュレーション室を借り切ることだった。依頼内容を聞いた当初から、合体技を使うしかないと考えていたのだ。ひさしぶりだったので、技の練習をしてカンを取り戻し、妖鳥のデータを入れたシミュレーションで、本番に備えるつもりだった。が・・・
「ちょっと、横島クン、横島クン?!」
 文珠による同期は問題なく成功した。しかし、小手調べのつもりだった「妖怪10体殲滅」プログラムの序盤、3体目をクリアしたところで横島の応答が無くなった。これはまずいとすぐ合体を解いた美神だが、短すぎる持続時間に納得がいかない。はじき出されてシミュレーション室の床に転がっている横島を引き起こし、問いつめた。
「あんた何考えてんの?始まって3分でもうお終いって、いくらなんでもそりゃないでしょ?!」
「・・・・・・」
「今度の敵は、空を飛ぶ奴なのよ。空中戦なんだから、どうしてもこの技が必要なのよ!しっかりなさい!」
「うーん・・・美神さん・・・」
夢うつつの横島が胸に顔を埋め、頬ずりした。閃光の右アッパー、ヒザ蹴り、往復ビンタで応え、耳元で怒鳴る。
「目ぇ覚めた?!」
「・・・はひ・・・。・・・たぶん」
「何考えてるのよ!同期の最中に気を抜くなんて・・・!」
「いや別に・・・気を抜いたわけじゃ・・・」
「あんた消えてなくなるとこだったのよ!わかってるの?」
「いやその・・・それはわかってたんですけどね、なんかもー、それでもいいかなーって」
横島は遠いまなざしになり、
「・・・美神さんの中があんまり・・・あったかくて、気持ちよくて、とろけそーで、もう・・・もうどうなってもいいやーって・・・」
 ため息をつくように言うバンダナ頭を、寝ボケんなとはたき倒す。こいつの頭蓋骨には、脳でなく、こんにゃくゼリーが詰まっているに違いない。
「文珠の準備!!もう一回やるわよ!」
「え・・・」
「妖怪20体殲滅!続けて化け鳥との模擬戦闘!今度こそ気合入れなさい!途中でへばったら承知しないからね!」
「いや・・・ちょっと、ちょっと待ってください!」
 電源装置の方へ歩きかける美神の背を、横島は追いかけ、ストップをかけた。
「何よ」
「もう一回やっても・・・たぶん同じことです。俺数分しかもちません」
「何言ってんの。やる前から。前はもっと長く持ってたじゃない」
「そうだけど変わったんです。さっきやって・・・わかりました」
「だったらよけい練習が必要でしょーが!」
「それはそうですが、やみくもにやってもダメです。たぶん・・・ますます時間が短くなるだけですよ」
「・・・・・・」
 静かな確信に満ちた横島の口調に、美神は説明を聞く気になった。向き直って問いかける。
「なんで?」
「なんでって・・・理由はよくわかりませんが・・・ただわかるんです」
「このままやってもダメ?」
「はい」
「・・・霊波同期を制御してるのはあんただから、あんたがそう言うなら、そーかもしんないけど」
 美神は尋ねた。
「気合でなんとかなんないの?」
「なりません。意志の問題じゃない」
「・・・前と変わったの?どうして?どういう感じ?」
「うーん何ていったらいいのか・・・」
 横島は腕を組んだ。そして思いついたように言った。
「徹夜明けに、突然、毛布の妖怪が出た、って感じです」
「・・・は?」
「毛布の妖怪です。徹夜明けってただでさえ眠いじゃないスか。そこをですね・・・」
 横島の説明によるとソレは、眠くてたまらない人間の前に出現し、彼をすっぽりくるんでしまう妖怪なのだそうだ。しかもその肌触りたるや、玄妙かつ絶妙、天使の羽根もかくやという心地よさで、
「あったかくてすべすべで、えもいわれんいー匂いがして、しかもやわらかく締めつけてきて、もう絶対抵抗できないというか、あっというまに寝てしまうんスよ」
「・・・・・・・・・」
 ・・・やっぱりこいつはこんにゃくゼリーだ。マジメに尋ねて損をした。美神は彼をしばき倒した。
「黙って聞いてりゃあんたは・・・!それが同期が3分しかもたない理由なの?」
「・・・・・・・・・」
「何が毛布の妖怪よ!あたしゃ一反木綿の親戚かっ!ったく・・・だいたい今の話、ぜんぶあんたの意志が弱いのが悪いんでしょうがっ!」
「・・・違いますっ!」
 横島は頭を起こした。美神はその背を踏みつけた。
「どこが違うの!あんた根性ないじゃない!」
「あっ、あっ、ヒールはやめて。ひて、ひてて、そりゃ俺は根性ないですけど、問題はそこじゃな、あっ」
「じゃあどこよ!ったく誰が毛布だ、このっ、このっ!」
「ひっ、ひた、かんにんやー」
 恐ろしいヒールを這って逃れる。なんとか起き上がった横島は、立て膝をつき、涙目で背をなでた。
「いってーな。もー。理由もなくギャクタイせんでください・・・」
「理由はあるでしょ。あんたがくだらない言い訳をするからよ」
「言い訳って・・・本当だっつーの!あれは根性とか意志で抵抗できるようなもんじゃないです!!」
「そこをなんとかするのが仕事でしょ?あんたそれでもGSなの?!」
「・・・!」
 そこまで言うなら、と横島は提案した。
「俺が一度『表』をやりますから、美神さん『内』をやってくださいよ」
「・・・・・・」
「手本見せてください」
「・・・・・・・・・」
 美神は思案した。
 理由は納得いかないが、この技において横島の意識が落ちやすくなってしまったのは確からしい。もしもこのまま・・・横島が「内」で3分もたず、自分が「内」を引き受けるとなると、必然として妖鳥との戦いで、横島が「表」に出ることになる。
それはつまり、横島にこの仕事の戦闘指揮を任せるということを意味するのだが・・・
(うーん・・・)
 しかしどう考えても、今度の敵に対抗するには、この合体技を使うしかない。戦闘は空で行われることになるからだ。中級魔族との戦いで横島を主幹を据えるというのは・・・少し・・・いやかなり不安ではあるが・・・だがこの場合持続時間の方が大事だ。自分は「内」で戦略指揮はできるし、横島が表に出ることで持続時間が充分取れるなら、その方がいい。戦闘の方も・・・彼だってもうけっこう場数を踏んだGSなのだし・・・
「そうね・・・」
 上手くいくようなら・・・いい機会かもしれない・・・
「いいわ。とにかくやってみましょ」
 美神は答えた。


「そいじゃ行きまっせ!!」
 文珠をかまえて横島が宣言する。この瞬間は正直、今でも怖い。
『霊波を同期させて共鳴を起こす・・・理論的には、これまでの数十〜数千倍のパワーが獲得できるわ』
 霊力の完全同期連携。初めて聞いたときにはびっくりしたものだ。いったいどこから思いついたのママ、とあとで美智恵に尋ねたら、
『けっこう昔からある理論なのよ。公彦さんの先輩も一時期研究を手がけてたみたいで・・・論文を読んだけど、実現できたらすごいだろうなって思ったわ』
 との答えだった。父親経由で知ったらしい。
『いつ頃の話?』
『20年くらい前かな』
『その人・・・霊能学者よね。実験は成功したの?』
『いいえ。実験は一度もされたことがないわ。理論はあっても、手段がないってことで、実現は不可能だと思われてたの』
 ・・・文珠がそれを可能にした。美智恵に借りて論文を読んだが、数式だらけの難解な論で、理解には相当な時間を要した。横島への説明はハナからあきらめた。彼に対しては、理屈はいい、とにかくやれ、霊波を合わせろ、考えるな感じろと毎日ごり押しの特訓をして、
(ほんとに出来るようになっちゃったんだから・・・すごいといえばすごいわよね)
 背後で霊力の膨れ上がる気配がする。文珠が作動を始めたのだ。霊波同期の共鳴効果を引き起こすには、波長の完全なシンクロが必要なのだが、霊波動は個々人に固有のもので、ふつうどんなに合わせようとしても、ブレは不可避である。それを・・・
(それを、あんたが・・・)
 霊圧がさらに高くなる。二つ目の文珠が今起動した。霊波の完全同期には最低でも2個の文珠の同時制御が必要で、これができるのは、知るかぎり世界でただ一人、
(横島クン・・・!)
 凄まじい霊圧が魂まで震わせる。ものの例えではなく、実際共鳴も始まっている。かって知ったる横島の波動とはいえ、この霊圧をノーガードで受け入れろというのは、ちょっと、いやそうとう怖いものが・・・自分が臆病なのではない・・・霊的境界の内側へ他人の侵入を許すのだから、普通の感覚だと思うのだが・・・
(横島クン・・・あんたは・・・怖くないの・・・?)
 バシュッ!!
 鞭打たれるような共鳴に、目を見開く。霊波の完全な同期と、霊体のシンクロ。のばした手指から髪の毛の先まで、共振によるパワーが満ちる。
「わーはは!合体成功ッ!」
・・・明るいヤツ。いったい何を考えてるのだ。
『横島クン怖くないの』
 以前もそう聞こうとした。でも『美神さん怖いんですか』と聞き返されるのがシャクで、聞けなかった。だいたい横島はちっとも怖くなさそうだ。なんかもう、一人で緊張しているこちらが、バカみたいではないか。
「んじゃ次っ!表裏交代、行きまっせ!」
 合体技は、二人の人間の霊波を重ねるものだが、どちらの霊波パターンをメインにするかで、主客が決ってくる。第一段階では、サブになる方が文珠で相手の霊波動をモニタして捕らえ、自分の霊波をそれに合わせることでシンクロを完遂するが、この作業は横島にしか出来ないから、最初のメインは、必ず美神が張ることになる。
(・・・・・・足がついてるうちは、まだいいのよ・・・)
 同期技の途中での「表裏交代」は、同期そのものに比べれば、それほど難しい技ではない。霊波はすでに重なっているのだから、文珠による微調整も不要で、二人でタイミングを合わせるだけで、何回でも交代可能だ。方法的には、サブをやっている方が、霊圧のテンションをあげて霊波の振幅を大きくし、本来の自分の霊波パターンに戻してゆくのに合わせて、メインの側がこれを読み、重なっている霊波がずれないように、相手の霊波に「つかまって」いればいい。サブ側の霊圧がある臨界を突破すると、その時点で霊力のオーバーフローが起き、主客が交代する。
(足がつかなくなると・・・急に・・・)

 目の前に海が広がる。大波に翻弄されて、浮き輪にしがみつく。黄色い地に、ネコのキャラクターの描かれたその浮き輪は、海へ行く前に母にプレゼントされたものだ。嬉しくて、一晩手元に抱いて寝たけれど、
(けっきょく・・・もどってこなかったのよね・・・)
 揺りあげる波。身の内で高まる霊圧は、メイン交代の瞬間が近いことのしるしだ。実はこれもけっこう怖い。メインを譲るというのは、相手に身体制御権のすべてを譲ることに他ならないからだ。こんなことが可能だなんて、発案者の美智恵も知らなかったと思われるが、あれから何度も練習を繰り返して、今はこの交代もまず失敗なく出来るようになっている。要はふたり合意の上で、タイミングさえ合わせればいいのだ。・・・もっとも、
(・・・最初はイヤも応もなかったけど)
まあしかたない。横島はあの時、彼女のことで必死だったから・・・
(・・・!)
 海。大波をかぶって、あっと思ったときにはもう、沖へさらわれていた。なんとか戻ろうとするが、すぐ次の大波が押し寄せる。必死で浮かび上がった時、浮き輪はそこになかった。青い波のあいだ、手を伸ばしても、もうあんなに遠い――
「みか・・・」
「待っ・・・!!」
 するどい叫びに、横島は霊圧増強を中止した。ぎりぎりまで高くなっていた波動の振幅が、フラットにもどる。
(・・・・・・――)
おさまらない動悸に、美神は深呼吸を繰り返す。大丈夫。大丈夫よ。私は――。
「・・・どしたんスか」
 こちらも息を整えながら、横島が尋ねてきた。どうしたもこうしたも、と美神は心でつぶやき、やめなくってもいいのにと舌打ちしたが、声に出してしまったのは自分なので、責めるわけにもいかない。ただこう言った。
「なんでもないわ。続けて」
「・・・・・・」
 我ながら平静な声が出たと思うのだが。横島は不審げに黙ったままだ。そりゃそうか。美神はため息をついた。体の中にいるのだ。不安な鼓動も、手足の震えも、みんなバレる。
しかたなく答えた。
「小さい頃、海で溺れたことを思い出したのよ」
「海・・・?」
「ええ。昔ね。浮き輪を持って海に入ったんだけど、その浮き輪が流されちゃって」
「・・・・・・」
「いくら泳いでも、岸にたどり着かないし。水をたくさん飲んで、ほんと死ぬかと思ったわ」
「・・・それは・・・はぁ。でもまたなんで、今そんなことを」
「知らない。・・・あーたぶん、こう、体が波に浮いて、地に足がつかなくなりそうな感覚が、似てたのかな・・・。あーあとたぶん、ママのことを考えてたから」
「隊長の?」
「ええ。この技の発案者ってママじゃない。だから・・・」
 美神はつぶやき、思い出してだんだん怒り始めた。
「ママったらひどいのよ。私が溺れて、岸に向かって必死で助けを呼んでるっていうのに、にこにこ笑って手を振り返してるんだから。あとで泣いて抗議したんだけど、ママは、私が溺れてること、気づかなかったって言うの。『まあ令子ったら、あんなにはしゃいじゃって、よっぽど海が楽しいのね』って思ってたって。『腰ぐらいの深さのとこだし、遊んでるようにしか見えなかった』って・・・それって母親としてどうなの?」
 笑いの波動が伝わってくる。美神は腹を立てて怒鳴った。
「笑うな!ほんとに怖かったんだからね!」
「いやその・・・。隊長もわかんなかったんですよ。怖がってるって。美神さん強いから」
「何を言うの。私そのとき4つよ。まだ泳げなかったし、浮き輪も流されるし、なんにもつかまるものないし、怖いに決ってるじゃないの」
「それが・・・固まって震えてた理由ですか」
「・・・・・・」
「だったら、」
 声がささやく。
「俺につかまってください」
「・・・・・・・・・」
 美神は答えた。

「マッキーキャットの浮き輪より頼りになんないわ。あんたなんて。穴だらけで沈みそう」
「・・・ひでえ」
「別にいいわよ。私もう泳げるし。自分で泳いで帰るから、あんたは一人で沈んでちょうだい」
「ひっでー!!何じゃそりゃ!」
「ほらほら、ムダ口たたいてないで、さっさとやるやる。時間がないのよ。何秒ムダにしたと思ってるの?」
「俺のせいスか?!俺は心配を・・・。ったくこの状況で俺のテンション下げて、どーすんだよ。・・・なんでそんなにいじめっこなんや・・・」
 情けない声が嘆く。カラカラと笑えば、もう何も怖くはない。
 ・・・そういうことにしておこう。
「じゃ、続けますよ。いいですか」
「うん」
 ふたたび揺りあげる波に。空を仰いで、目を閉じた。










ミッション4「微エッチ企画」モノです。参加を表明しておりましたが、やたらめったら長くなり、〆切に間に合いそうもないので、書けたとこだけ先に投稿します。
読んでくださった方、ありがとうございます。なんかこう、こう、いろいろ言い訳をしたい気持ちでいっぱいですが、またあとで・・・
続きも出来るだけ早く、投稿したいと思います。読んでいただければ幸いです。


追記

m:saさんから挿絵を頂きました!!
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gazou/ecobbs.cgi?topic=0211
かわいい、かわいい、ちび美神です。
手足が細くて儚げで、つかまえていないと、消えてしまいそうなのです。
浮き輪にもご注目下さい。線画を見せていただいた時に、「美神がマニーの中の人なので、浮き輪は横島とかぶるよう、マッキーキャットにして下さい」とワガママを言いました。そしたらこんなかわいいマッキーを描いてくださいました。
ほんとうに感激です。m:saさんありがとうございました!

さらに追記
トキコさんより挿絵をいただきました!
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gazou/ecobbs.cgi?topic=0276
今度は大人美神です。鼻血吹きそうな構図です。
むっちむちのばっきゅんぼんです。
ばっきゅんぼんだけど、やっぱり儚げで、
つかまえていないと、消えてしまいそうだと思いました。

少し淋しそうな表情が、たまらなく愛しいです。ほんとうに綺麗な美神さん、綺麗な絵です。トキコさんありがとうございました。投稿から時間経ってるのに、こんな素晴らしい挿絵をいただけるなんてすごく嬉しいです。ありがとうございます。

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