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夕日に染まる頃

「ユウキに彼女?」

タコ焼き機で作られたタコ焼きを頬張りながら、葵は言った
久しぶりの実家の味に満足してるのか、もう二皿完食している

「そうなんよ。最近鏡と睨めっこして、髪整えてるし、日曜日はやたらカッコのええ服着とるし
 もう、これはクロとしかいいようがないんよ」

「まぁ、なんせウチの弟や。モテて当然やろう」


誇らしげに話す葵。しかし、母親の顔は対照的に憂鬱な顔色だ


「それはええけど、あんな甘えん坊がいきなし離れていくと悲しゅうて…」

「…悲しいって、そんなに彼女にゾッコンなんか?」

「試してみる?きっと葵にも距離置くと思うわ」

「…へ、へぇ〜」


葵は少し不安になったが、実感が湧かない面の方が大きかった
あの瞬間を見るまでは…












ーーーーーーーーー夕日に染まる頃ーーーーーーーーーーー



















親子のやり取りが20分続いて

ガチャ

「ただいま〜」


噂をすれば、話題の弟が帰ってきた


「お、ユウキ。おかえり」

「ね、姉ちゃん!?」


早速違和感を感じる
いつもなら驚くと同時に喜んで抱きついてきたのに


「久しぶりやな〜。お?ちょっと背丈伸びたんちゃうん?」

「ま、まあな」

(ホンマや。ちょっと口調が前とはちゃう)


序盤に感じた違和感は本物だったようで
甘えてばっかりだった男の子が、少し刺々しい口調の男の子に変わっていた


そんな姉弟のやり取りが、始まったのも束の間

「久しぶりに来たんやし、また姉ちゃんと散歩でもしてき?」

と母親が切り出す。どうやら、例の「試してみる?」を無理矢理に教え込むつもりらしい


「え?!いいって、俺もガキじゃねぇんだし…」

「何言うてんの?前来た時は飛んで喜んどったやないか」

「昔の話や!俺用があるから、ちょっと外に出てくわ」

「待ってや。まだ帰ってきたばっかやん?」

「急いでんの!」


ガチャン


「ただいま」と言ってた時とは裏腹に、随分強く響いた扉の音だった
かなり動揺しているようだ



「可愛いなぁ〜恥ずかしがってる」

「ウチは結構ショックやで。お母はん」

「難しい年頃やからな〜。ま、お母はん言うたこと分かったやろ?」

「うん。あの甘えん坊が……」


旧い時代を思い返す
姉ちゃん、姉ちゃんと磁石のようにべったりくっついてた弟が
今やその姉ちゃんを見た途端に、驚いて出て行ってしまう始末

思春期にはまだ早い時期のはずだが、そこそこ男の子の意識が生まれてきたのだろうか
そうこう考えてる内に、気分転換がしたくなった

変わってしまった環境に対応するゆとりが欲しくなったのだ


「ウチも外に出るわ」

「そうか。じゃあ買い物頼んでもええ?」

「軽めのもんやったら、かまへんよ」
















「軽め言うたのに、なんでこんなに買わすねん…」

母親の渡されたメモには、重量級のリストが多数掲載されていた
普段なら気づいて、文句を言ってたというのに、ユウキの事が気懸りで見る余裕もなかった

どんだけ動揺してんねん、自嘲してた最中に



「あっ」

「えっ…姉ちゃん?!」

バッタリという擬態語がまさしくピッタリであろう
たった今悩みの種だった男の子と交差点で偶然出くわした

更によく見れば、とても感じのよい女の子が彼の指を少し握って、こちらを見てる



「まさか、この娘が……」

突然のことで、思わず口を大きく開けて、指をさしてしまった
喉元から出かかった「か」がなかなか言い出せない

「…と、友達や!!」

ユウキは察してか察してないか、いずれにせよ超高速で友達だと姉に説く
その様子をクスクスと笑ってる女の子は、このメンバーで一番落ち着いていた

「へぇ〜この人が野上君のお姉さん?」

「え……あ、まぁそうや」

女の子に真っ直ぐな目で問われて、少し我に返る
だが、依然として動揺を隠しきれてない


「綺麗な方やねぇ、羨ましいわ」

「…え、ええ娘と付き合ってるやんか、ユウキ〜」

「や、別に付き合ってるとか!!」


照れ隠しも甚だしい。モロ分かりである
女の子もそっちのけで、弁明に全力を注ぐ弟

姉の葵には新鮮な姿であった


にしても、すごい動揺っぷりだ。弟ながら恥ずかしい気持にもなった

その時





女の子が必死なユウキの肩を左手でそっと触る
その左手で魔法にかかったように、今度は姉そっちのけでユウキは女の子に顔を向ける

「な、何?」

「あ、私こっちやから」

女の子は右手の人差し指で右の道を指していた


「え…あぁ、じゃあ明日…」

「うん、学校でね。お姉さんもさよなら」

「あ、さようなら」


本当に冷静で知的な子である
こんな動揺した姉弟の間でもマイペースに自分の空気を乱さない

それに、あの容貌。おそらく将来美人になるだろう










ユウキは角に彼女が消えるまで、見送っていた
それも真っ直ぐと凛とした眼だった

姉として不安に思っていた葵だったが、その目を見て少し安心していた





2分かそこらずっと彼女を見続けた後、ユウキは振り返りざま、

「尾行してた?」

「そんな趣味の悪い姉貴とちゃうわ」

「…ホンマに何でもないから」

「そうか?恥ずかしがらんでもええで。ウチもアンタの頃、デート位してるし」

「え、ホンマ?!」

「黒木君ってかわいい子がおってん。まぁ皆本はんには敵わんけどな」

「あいつか…」

「まだ嫌いなんか?」

「絶対タラシやて、あいつ」

「心外やな〜。ウチ本気で惚れてるで?」

「だから…嫌いなんや」

聞こえないようにユウキは小声で言った
精一杯の姉への愛情だった


「何か言うたか?」

「別に」

「にしても羨ましいな、アンタ」

「何が?」

「友達とはいえ、好きな子独占できてるんやもん」

「なっ?!べ、別に好きやない!!」

「アホ言うたアカン。アンタ分かりやす過ぎや」

「…………」


すべてを承知している姉に疲れたらしい
顔を完全に赤くして俯いて、「参りました」とでも言ってるようだ

「うまくいってるんか?」

「まぁ、仲はええよ」

「はぁ〜。仲ええだけじゃ発展せんやろう。あんな可愛い娘ほっといたら、誰かに盗られてまうで?」

呆れた様子で葵は返す
実際彼女の環境がそうであることも一理あるのだが


しかし、

「…………盗らせないよ」


そんな心配は不要なようだ
弟のセリフに離れていく悲しみを感じると同時に、絶対大丈夫という確信が葵の心を覆った


「アンタ、男やな」

「は?」

「いっぱしにかっこええこと言ってくれるやん?」

「なっ何が?!」

「頑張れや〜!!姉ちゃん、精一杯応援する!!」

「だから、そういうんじゃないって!!」


夕日は沈みゆくたびに色を増し、ユウキの頬を更に紅く染め上げていた



葵は少し寂しく感じながらも、どこか羨ましく、どこか誇らしい
そんな気持ちで胸がいっぱいになった




恋を知り始めた、まだ青い青い少年が紅く熟れていく姿を見つめながら























三日後、葵は予定通り東京に戻ることになった
玄関には家族が総出で見送りをしてくれた、もちろんユウキも

「また帰ってくるときは電話しいや」

「わかってる、ほな行くわ」

「気をつけてな!」


父親の威勢のいい声と同時に、葵は玄関のドアノブを掴んだ






そして、


「ユウキ!!」


「へっ?!」


いきなり声をかけられ驚くユウキ

「ウチ、アンタに負けへんからな!今度来た時は姉弟でダブルデートしよな!!」

「なっ!!だからぁ、カノジョじゃないって!!!」


見慣れた照れ隠しにクスリと笑い、ドアを閉める


弟に宣言した通り、東京には自分の恋が待っている
きっとその恋は一筋縄ではいかないし、まだユウキほどに熟れたものでもない

でも、熟れた時には見せてやろう



そして、あの寂しかった気持ちを倍返しにしてやろう







勝手にくっついて勝手に離れていった我儘な弟に




ゴールデンウィークの始まり、ミッション4の終りに葵メインの作品を投稿したのですが、
いつのまにやらメインが変ってるような…ユウキの人格が崩れてるような…出直してきます
でも、ギャグでもなくシリアスでもなく、ほのぼのした感じなので
割と今までで一番好きな作品だったりします

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