2453

笑ってあなたに言うために

「天地創造の初めから、
神は人を男と女とにお造りになった。
それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、
二人は一体となる――」

 唐巣さんが聖書の一節を朗々と読み上げる。
 ステンドグラスから射す優しい光も祝福してるみたい。


 唐巣さんはこの教会で式を挙げることを
「私は破門された身だから」
と、はじめ断ったけれど、
人前式だから形だけでも、って頼み込んで、どうにか了承してくれた。

 だいたい、この来客を招いて式を挙げられるところが、他にあるのだろうか?
ぐるりと見渡す。
親族や旧知の友人、仕事仲間。
幽霊、妖怪さらに神族、魔族までいる。
この人達を招いて式できる所なんて、私は他に知らない。
みんなみんな大切なお友達。
招待しない、なんて事、考えられないだろう。
ホテルなどで挙げる方法もあったかもしれないけど、
やっぱりここ以外考えられない。


「汝、横島忠夫は、病める時も、健やかなる時も――」
いけない、いけない。
考え事している内にいつの間にか、誓いの言葉まで進行していたようだ。

「誓います」

ざざッ
胸の中で何かがざわめいた。


どうして?
覚悟は、もうとっくに……
できていたはずなのに……


ふ、と横島さんの顔を覗き見る。
彼はいつもとは違う、
シマった顔で真っ直ぐな瞳を向けている。


ざざざッ
ざわめきは、うねりとなって私の胸を更に掻き乱す。

どうして……!?
やめて……!止まって……!
こんなの……こんなの……!

もう決着はつけたじゃない!
もうお別れはしたじゃない!
もう心の整理はしたじゃない!

もう2人を……

うらぎったじゃない……



――――――


 明日はいよいよ『二人』の結婚式だ。


 彼は、普段なら起きている時間なのに、
繁雑な作業に疲れたのか、
スヤスヤと静かな寝息を立てている。
いや、明日の為に早めに寝たのかもしれない。


 目元にかかった髪を静かに分け、顔を露わにする。
口は浅く開いて風をおこし、鼻は逞しくなった体に静かに空気を送り込んでいる。


ずいぶんと凛々しい顔になったと思う。
それでも、どこか幼さを感じるのは、彼の特徴だろうか。
それとも、ずっと……一緒にいたから……
そう感じるのだろうか。

閉じた目蓋がピクピク動く。
夢でも見ているのかな。

それはどんな夢?
昔のことを思い出してるの?
これからの未来を夢見ているの?
今ここにいる、私のことを感じているの?


 このままずっと、彼の寝顔を眺めていたい。
これからもずっと、彼の側にいたい。

ずっと、ずっと……

だけど、あなたは…………


 私はさんざん迷った後、ここに来た。
彼の居るこの部屋に。
彼の居なくなるこの部屋に。

 彼が起きていれば、ちょっと挨拶をして帰るつもりだった。
……いいえ、それは言い訳。
きっと寝ているだろうと思っていた。
だからこそ、この姿で私は来たのだ。


自分の心に決着をつけるため。
自分の心にお別れを言うため。
自分の心と二人の心を
――裏切るため。


「横島さん……」

彼に聞こえない声で、自分に言い聞かせるように、

「大好き……でした……」

そっと、触れるように唇を合わせた。


「う……ん……」
彼が起きる前に急いで壁を抜け、帰途につく。

――帰らなきゃ。急いで帰らなきゃ。
帰り道にはそれしか考えなかった。

帰って、体に戻ってから――


私は……泣いた。



――――――


 みんなに祝福の言葉とお花とお米のシャワーを浴びながら、
『大好きな二人』がやって来る。


 昨日の事はこの時のため。
心の底からこの言葉を言うため。

お腹から込み上げてくる物を押さえつける。
眼から溢れそうになる物を押さえつける。


さぁ、2人は目の前だ。


「横島さん!美神さん!
ご結婚、おめでとうございます!」


私は笑って言えたかな……


おしまい
ごめんなさいとは言いません。

ありがちで、短すぎだったでしょうか?

こちらに投稿させていただいているのが
あまりにアホな話ばかりなので
前回書く予定だった話を
春が終わる前に投稿したくて、見切り発車させました。

毎回暖かいコメントをしてくださる方や
読んでいただいている皆様に
何か閃きを与えられれば幸いです。

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]