「ん〜…」
てくてくと歩きつつ、大きく伸びをする初音。
「今日も疲れたなぁ…」
そう言いながら隣を歩く明は、ポキポキと首を回している。
春休みに入り、時間的に余裕の出来た2人は毎日朝からバベルで訓練を行っていた。
「さてと、今日は何にするか」
「お肉お肉♪」
「お前はいつもいつも…。
ま、最近は訓練ばっかりで疲れてるし、今日は肉にするか」
「わ〜い♪」
明の言葉に喜ぶ初音。
嬉しさを全身で現すように、スキップしながら軽快に進んでいく。
「おいおい、転ぶぞ…」
そんな初音に苦笑しながら声を掛ける明。
「おーいカナタ、入り口の前の道路に水撒いてくれ」
半袖、ハーフパンツ姿でモップ掛けを行っている高校生くらいの少年が、ぼーっと座っている小学生くらいの少年に声を掛けた。
「わかったカナー」
すぐ近くに置かれていたバケツを持ち、少年は返事をする。
「通行人には気を付けろよ」
「僕はそんな間抜けなことしないカナ!」
「へーへー…」
心外なっ!と言わんばかりの少年に、気のない言葉を返して少年はモップ掛けを再開していった。
ガラガラガラガラ…
「まったく…リョウは僕をなんだと思ってるカナ。
僕がいつまでもおっちょこちょいじゃないカナ。
こんな水撒きくらい、僕にだって出来ることを見せてやるカナ!」
そう呟きながら水の入ったバケツを小脇に抱え、力強く目の前の道路に向けて振り被る。
「あ、そーれっ!」
ばしゃぁっ!
「にゃ、にゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
スキップしていた初音の身体に、大量の水が降り注ぐ。
「や、やっちまったカナァーーー!!!???」
その脇では、犯人であろうバケツを持った少年がムンクの叫びよろしく絶叫していた。
セントウジュンビはOK!?
「すまねぇな、うちのが迷惑かけちまって」
モップの柄にもたれるように顎を乗せ、リョウと名乗った少年が明へ謝る。
その隣では先ほど初音に水を被せた少年、カナタが正座をしていた。
「いえ、あれは事故だから気にしなくても…」
イスに座りつつ頬を掻いて言う明。
「そ、そうカナー。
あれは不慮の事故って奴カナー…」
「…反省が無いみたいだな、10分追加だ」
「ひ、ひどいカナー!?」
「反省をしろ反省を」
「あぅぅぅぅ…」
モップの枝で足の裏を突付かれて、涙を流しながら身悶えるカナタ。
「た、耐えるのですじゃカナタ様ぁぁぁぁっ!」
こちらも涙を流しながら叫ぶタコじい。
「いや…だからそこまでしなくても…」
「いいのいいの。
こいつは育ちが特殊だから、きつく注意しないと駄目なんだよ。
ったく、まともに手伝いも出来ないなんて…」
「………なんかうちと似てるな…」
リョウと言う少年に親近感を覚える明。
「そうなのか?
…あの元気そうな嬢ちゃん、妹じゃなかったのか?」
「ええ…。
あいつ…初音とは幼なじみで事情があって実家から上京して来て2人で暮らしてるんですけど、
初音はお嬢様育ちだったから最初はまともな生活が出来なくて…」
過去を思い出しながら明は遠い目をする。
「はー…。
…ってかそれって同棲って言わないか?
親公認なんだろう?」
「…それを認めると、今までと同じようにあいつと付き合えそうにないから言わないで下さい…」
「なるほど…」
明の複雑な心境を理解して苦笑するリョウ。
「お前さんも苦労してんだなぁ…。
俺もこいつらが来るまではここを潰さないように頑張ってたし、
こいつらが来たら来たで別のことに頑張ってたし…」
出会い頭に殺されかけ、そのままずるずると巻き込まれた王家騒動。
果てには本当に殺されてカナタの予備ボディに入れられて子供になったりと…。
他人に説明しても信用して貰えそうに無い人生を思い出す。
全て終わったこととは言え、あまり思い出したくない過去である。
「…あれ?
全て終わったってのに、なんでお前らはまだここに居るんだ?
自分たちの星に帰って…」
「リョウ殿、乾燥が終わったぞ」
リョウのセリフを遮る形でセイリュートが声を掛けてくる。
その手には初音の服が綺麗にたたまれた状態で持たれていた。
「お、悪いな。
ついでと言っちゃなんだが、そいつを女湯に持ってってやってくれないか?」
「ああ、了解した」
「おっと、セイリュートちゃん、それは俺が持ってい…」
女湯に向かおうとしたセイリュートの前に、待っていたかのようにリョウの親父が登場する。
「てめぇは前の通りの掃除でもしてろぉぉぉぉっ!!」
手にしたモップをゴルフクラブのようにスイングし、リョウは親父を外へと吹き飛ばす。
「ったく、ちょっと目を離せばこうだ…。
…ん?何か忘れてるような…まぁいいか…」
リョウのメタな考えは、セイリュートの登場という名の神の采配によって忘れ去られてしまうのであった…。
「いいですか、最初から湯船に入っては駄目ですよ。
軽く身体を洗ってからです」
「うん」
時は少し戻り、こちらは女湯。
ずぶ濡れになってしまった初音の服が乾くまでの間、初音はリョウの提案で開店前の女湯へ入らせて貰っていた。
とは言え初音は銭湯初体験である。
1人で自由に入らせると何が起こるかわからないため、説明役兼お目付け役としてユウリを一緒に入らせることになったのであった。
「そろそろ湯船に行きましょうか」
軽く身体を洗った初音を見てユウリが提案する。
「うん」
「初音さんは髪が長いのでまとめてから入りましょうね。
湯船に髪が入ってしまうのはマナー違反ですし」
ユウリは初音の後ろに回り、バスタオルで髪をまとめ上げた。
「それでは行きましょうか」
そう言って初音の手を握り、2人は湯船へと向かっていった。
チャポン…
普段であれば複数の女性客の声などが聞こえてくる女湯だったが、開店前と言うことでお湯が波打つ音がはっきりと聞こえて来ていた。
「ふぅ…今日もいいお湯ですね…」
「温かい…」
肩まで湯に浸かりながら2人は呟いた。
「いかがですか、初めての銭湯は?」
「手足が伸ばせて気持ちいいね」
大きく伸びをしながら言う初音。
「そうですね。
泳げそうなほど広いですけど、泳いじゃ駄目ですよ?」
「…うん」
図星だったのか、バツが悪そうに初音は答えた。
「他のお客様とお話ししながらゆっくり入るのが銭湯です。
家族同士の会話や、ご近所との世間話に…どうかされました?」
ユウリはじぃっと自分を見る初音へ問いかける。
初音はユウリの隣から正面へ移動し、ユウリを…特に胸元を見つめていた。
「…どうしたらそんなにおっきくなるの?」
ぷかぷかと、湯船に浮かぶユウリの胸を羨ましそうに見ながら初音は問いかける。
「え、えぇ〜っと…。
私は自然にこのサイズになりましたが…」
初音の質問に、ユウリは汗をかきながら答える。
「そっか…」
初音は自身の、ユウリと一回りはサイズの違う胸を眺めて残念そうに呟いた。
「初音さんは胸が大きくなりたいんですか?」
「うん…周りにおっきい人が多いから…」
「そうですか…。
でもこればかりは…あ、必ずしも効く訳じゃないですけどやってみますか?」
「何?」
「上がってから教えますよ。
そろそろ出ましょうか、髪も洗わないといけませんからね」
「うん」
立ち上がって湯船を出るユウリを追うように、初音も湯船を出ていった。
ブオオオォォォォォ…!
ドライヤーの温風に髪の毛がなびいている。
「初音さんの髪はボリュームがあって乾かすのが大変ですね。
ご自分で乾かされてるんですか?」
椅子に座った初音の髪を乾かしながらユウリが言う。
「いつも明に乾かして貰ってるよ」
「あら…羨ましいですね」
「…そう?
いつもめんどくさいって言ってるけど…」
「それでも乾かしてくれるんですよね?」
「うん」
「それじゃあ本当は嫌がってないんですよ。
お優しい方ですね」
「うん…」
頬を紅く染めながら答える初音。
「ユウリ様、初音殿の服の乾燥が終わりました」
音も無く、ユウリの背後にセイリュートが現れる。
「ありがとうセイリュート。
ちょうどこちらも乾かし終わったとこよ」
セイリュートから初音の服を受け取り、ユウリは初音へ服を渡す。
「そうそう、リョウ様はいらっしゃった?」
「男湯にいらっしゃいましたよ」
「そう。
初音さん、ちょっと待ってて下さいね。
さっきのお話の物を貰ってきますから」
そう言って番台の方へユウリは向かっていった。
「リョウ様?」
「ん?」
名を呼ばれてリョウが振り向くと、ユウリが番台の奥の女湯側から顔を出していた。
「どうした?」
「初音様に牛乳を頂いてもいいですか?」
「ああ、かまわねぇよ。
ユウリも飲んでいいぞ」
「ありがとうございます」
礼を言って奥へ戻っていくユウリ。
「明も飲むか?」
「あ、頂きます。
…リョウさんが背が高いのって、牛乳飲んでるからなんですか?」
冷蔵庫を開けて牛乳を明へ渡し、自身も牛乳を飲み出すリョウを見ながら聞く明。
「ん?
いや、そんなこたぁないと思うけどな…。
まぁ毎日1本は飲んでるけどな」
「…そうですか」
「なんだ、背が高くなりたいのか?」
「さすがに、初音よりは大きくなりたいなと思って」
「ああ、男としちゃそうだよなぁ」
明の言葉を理解して苦笑するリョウ。
「よし、明日から風呂上がりに牛乳飲もう」
「お〜、頑張れよ」
「はい」
そう言って明は牛乳を一気に飲み干した。
「牛乳?」
「ええ、必ずしも効くというわけではないですが、多少の効果はあると効きました。
初音さんは地球人ですから、これを飲んで酔うと言うことはないでしょうし」
「酔う…?」
「いえ、なんでもないです。
すぐに結果は出ませんが、毎日飲んでみてはいかがでしょう。
身体にいい飲み物ですし」
「そうだね。
明に頼んでみる」
そう言ってごくごくと牛乳を飲み始める初音。
続いてユウリも牛乳ビンに口を付ける。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまです。
それではあちらに参りましょうか。
明さんも待たれてるでしょうし」
「うん」
ユウリの手に引かれ、初音は男湯への通用口へと向かっていった。
「それじゃ、おじゃましました」
「ばいば〜い」
「おぅ、たまには入りに来いよ〜」
「さようなら〜」
「さらばカナー」
リョウたちの声を背に受け、明と初音は家へと歩いていった。
「どうだった初音、初めての銭湯は?」
「広くて気持ちよかったよ。
風呂上がりの牛乳も美味しかったし」
今度からうちでも飲もうよ」
さっそく明に提案する初音。
「そうだな、身体にもいいしな」
「そうだよね、身体にいいもんね」
肩を並べて歩く明と初音。
今の2人の体格は、さほど変わらない。
「んじゃ、さっそく牛乳買っていくか」
「うん」
自分の望む体型になるべく努力しよう。
そう心に誓い、2人は未来の自分を想像しながら道を歩んでいくのであった。
(終)
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