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匠の技

 前はこんなこと、しなかったのに……
 そう思いつつも、私は己が欲求に逆らえず指を伸ばす。
 触れる指の冷たさに驚き、一瞬身を竦ませてしまう。
「自分の指じゃないみたい…」
 しかし指は意志通りに動き、欲望を、少しずつ、少しずつ、満たしていく。
「……あぅ……っん……」
 口から洩れる声が他人の様だと感じながら、ふと、この行為が本能的なものなのかと考える。

 前はこんなことしなかった。しなくてもよかった。
……獣の…狐の姿の時は……
 人間に化けて、ここに住み始めて、いつからか人の姿であることが当たり前になっていて……
 そうして生活している内に、自分でも気付かない無意識の内に……していたのだ。
 まるで、私の知らない、もう一人の私がこの行為をしているかよう。
 そのもう一人が、本能と云う奴なのだろうか。

 そうして思考を巡らす私から離れ、作業的に、しかし確実に快感を届けてくる私の指。
「はぁ…あぁ……ふぅ……」
 だけど、段々とその単調な動きに飽いてくる。まだ私は疼いているのに…
 今は思考よりこの疼きを抑えよう。
 『私』は『彼女』から指の主導権を奪い、意志通り動かしていく。
「あぁ…イぃ…」
 私は次々に、いくつもの疼きを抑えていった。
 指の腹の部分でやさしく、時には爪で乱暴に。
 その度に背筋がゾクゾクする。快楽に満たされていく。

 だが、最も快感を得られるであろう疼きに取りかかろうとした時、指が止まった。
 いや、進まなかった。
 力任せに押し込もうとしても、爪を伸ばしてみてもダメだった。いくら頑張ってみたところで、その疼きには届きそうもない。
 これ以上は物理的に無理なのだ。
 まだ疼きは残っているし、満足できてなかったが、諦める他なかった。

 憎々しげに指を引き抜く。そしてつい、好奇心から見てしまった。
 先程まで私の中にあった指は、他の指とは明らかに違う光を反射させている。
 こんなにじっくり見るのは初めてだ。角度を変え、反射を変えて見つめる。
 なにを思ったのか、私は親指で擦り合わせてみた。
 それは湿り気を帯びて、ちょっとだけヌルッとした。
 急に嫌悪感が襲う。
 指がなんだか、とても汚らしく、穢らわしく見えて……
 拭き取らなきゃ、とティッシュを求め振り返った。

「タマモちゃん、指でしてるの?」
「お、おキヌちゃん!?」
 何時からそこに居たのだろうか。今まで私がしていた様に、しげしげと私の指を見つめている。
 いや、そんなことより……
――見られた――観られた――視られた――診られた――看られた――みられた――
 ずっとバレないよう、知られないよう、悟られないようしてきたのにっ!!!
 油断した……誰も居ないと……静かだったから……一人だと思って……
 恥ずかしくて死にそう。顔が紅いのが自分でも判る。もうダメ、ここには居らんない。でも足に力が入んない。
絶望した!!逃げ出す事も出来ない自分に絶望した!!

「あぁ……いぃ……うぅ……えぇ……おぉ……
つばさくんつよいな」
違ったけ?
「パスワードが違うわ。でも、そんなに恥ずかしがらなくて良いのよ」
「えっ?」
 混乱してチョ○ボが頭を走り回ってる私は顔を上げた。
 そこには優しいツッコミ、伊達に三百年幽霊やっちゃってたんじゃないぜ!って顔のおキヌちゃん。
「全部分かっているわ。だからそんなに恥ずかしがらて良いの」
「お゛、お゛ギヌ゛ぢゃんッ!」
あぁ…チ○コボが走り去って行く!
あぁ…涙が溢れて止まらない!
ありがとうおキヌちゃん!!すばらしいおキヌちゃん!!私は…私は…
我が人生に一片の悔いなし!さらばタマモ永久に!子供つくってないけどっ!
「まだ逝っちゃ駄目よ、まだ…ね。それにね、みんなやってる事なんだから、そんなに思い詰める必要なんてないの」
「えっ!?そーなの!?」
 危うく天に召されるとこだった私は急いで戻って来た。あんなことみんなも……
「しかも逝くにも指じゃ、満足できてないでしょ?」
「う、うん……」
 スッカリ見透かされて、なんだか別の意味で気恥ずかしくなってくる。
「私に任せて。きっとタマモちゃんを満足させてあげるから!ちょっと待っててね。道具取って来るから」
「は?え?おキヌちゃんが?へ?道具?」
 ニッコリと微笑んで自室に向かうおキヌちゃんを見送り、戻って来たチョコ○を丁重にお持て成ししながら私は……

 あああっ、これから何が起こるの!?ちょっぴりこわいけど、甘ずっぱい期待でドキドキしちゃう……!!だって女の子タマモン!
とか考えていた。

―――――――――

「お、おキヌちゃん……」
「大丈夫よタマモちゃん……ほら…力を抜いて……」
 そう言って、おキヌちゃんの白い指先がソッと首筋に触れる。
ビクリッ、と思わず反応してしまう。
「こわい…こわいよぉおキヌちゃん……」
「ふふふっ……こんなに震えて……タマモちゃん…カワイイね」
首筋から耳元へ、ツーと指を這わされ体が粟だってゆく。
不意に吐息が私を襲い、粟が弾ける。
「はうっ!?」
「うふふ…ビックリした?」
「だ、だって…」
「ゴメンなさい……タマモちゃんがあんまり強張ってるものだから…」
細かい髪を掻き分けられ、顕わになった無防備な耳に触れるような距離で囁く。
「緊張しないで……力を抜いて……私に委ねて……」
 その甘い声に次第に溶かされて……
筋肉が弛緩してゆく。
「そうよ……良い子ね…」
頃合いかと診たのか、おキヌちゃんの指がまた動き始め、私の溝に触れた。
「うっ…」
また身を縮こませそうになるが、もはや碌に力が入らず、ピクリと肩が揺れるだけだった。
 私のささやかな抵抗の間にも、指はラインに沿ってゆっくりと動いていき、やがて終点へ。
 咄嗟の防御反応か、私はギュッと目を瞑った。
 しかし待てど暮らせど覚悟した感覚はなく、恐る恐る目を開けてみる。

 それは目の前にあった。
ボヤケた焦点を合わせてゆくにつれ、形と色がハッキリしてくる。
 始めただの黒く靄にしか見えたそれは、おキヌちゃんの白い指との対比で、漆黒と呼ぶに相応しい程の、黒い……棒だとやっとわかった。
「タマモちゃんは初めてだから、これから始めましょう」
やけに楽しげなおキヌちゃんの声に、ようやく意識もハッキリしだす。
「ま、まさかそれを……」
「そう、挿入しちゃいます♪」
音符まで使いやがってこのヤロー。
「う、嘘、嘘だと言ってよハーニー」
「本当だっちゃマイダーリン♪」
「ウチまだ心の準備が……」
「あぁ、もう辛抱たまらないわ!」
さっきまでのゆっくり甘美な世界は何処へやら、ガシッと固定され、棒の先端を溝に押し付け擦る。
「大丈夫……大丈夫だからね……ふふふ」
いったい何が大丈夫なのか。
しかし、もはや骨抜きにされた体は言うことを聞かず、私に出来る事は歯を食いしばり神を呪う事だけだった。
「それじゃ……そおぉぉぉぉぉい!!」
ズボッ

 掛け声の割には随分ソフトな感触だった。しかしビリッと背骨に電流が走る。
「痛ッ」
「おや、間違ったかな?」
棒が引き抜かれる。
「血が出てるわね」
「えぇ!?」
「大丈夫よ。大した傷じゃないし、気を付けて傷口は避けるから」
「そんなぁ……無責任な……」
「これは私じゃなくて、さっきタマモちゃんが爪で引っ掻いた傷だよ」
「本当?」
「本当よ。証拠にそんなに強くしてないでしょう?まだホンの入り口だし。ヒーリングも一緒にしてあげるから心配しないで」
そう言うと、ズキズキ痛む辺りを外側から指で押さえ揉んでくれる。
ポゥとした温もりを感じる間に、痛みはどんどん消えてゆく。幸い小さな傷だったようだ。
「敏感なところだから、小さくてもすごく痛く感じちゃうのね。一応これで平気だと思うけど、念の為……」
チュパ
「チュパ?」
「これで良し……それじゃ動かないでねタマモちゃん、危ないから」
「う、うん……」
 一度入ったからだろうか。それ程緊張しないで受け入れられる心構えできていた。

だがしかしだがしかし、今度は先程とは全く違う、冷たく湿った感触に全身が総毛立つ。
「な、なにっ!?」
「唾液で濡らしたの……傷にバイキンが入らない様に……当たりもマイルドになるしね」
「なんで唾で!?それにマイルドって!?」
「唾液には抗菌作用があるし、濡れてた方が滑りが良いのよ。それじゃ、本腰入れてやるね。心配しなくても優しくしてあげるから」
「ちょっと、待っタヒッ…!おキヌちゃヌフッ…!話しヒィィィーーーッ!」
ザリッ!ガリッ!ヌチャ!ゾヌッ!
 物凄い音を発てながら、おキヌちゃんは私を蹂躙していった。浅く…深く…時には捻りを加え、激しくも穏やかに。
 自分でやったのとは全く違う、いや比べ物にならない、初めて味わうその感覚に覆われて、体中の毛という毛が波打つ。
 動けないので、四肢の末端に切ない気持ちをぶつけ、丸くなってく。
ってかもう解説どころじゃ無い!

「はぅぅ…あふ!」
「痛くない?」
「はひぃ!」
「気持ち良い?」
「うんっ…ふぅ…」
「うふっ、タマモちゃん感じやすいのねぇ」
「ううぅ……」
「っと油断させといて……ここなんかどう?」
「きゃふっ!?そ、そこはぁぁ!」
「ここ!?ここが弱いのねタマモちゃん!?」
「いやぁぁぁ!」
「ホラホラ」
「もうダメェェェェェ!」
コトリ
 私の中で何かがオチた……

「あら、オチちゃった?」
「フゥー……フゥー……」
「しょうがないですね。ほらタマモちゃん見てご覧」
 涙で滲んだ視界の中に、ヒョイと飛び込んできたそれ……
 黒光りする体に大量の『私』を纏い、己が仕事っぷりを誇示している。
「黒いからよく分かるでしょ?随分タマッてたのね」
「や、やだ……恥ずかしい……」
「でも、やる方としては分かり易くて、やる気出るんですよね」
「…………」
 見上げておキヌちゃんの顔を見ると、ホント嬉しそうで……なんだかそんな顔をみると、恥ずかしさなんか吹っ飛んで、私まで嬉しくなってしまった。

 いそいそと仕事を終えた『彼』をしまい込むおキヌちゃん。
 すっごく疲れたけど気持ちよかったな。さて、と起き上がろうとしたのだが……
「メっ!ダメよ、まだ動いちゃ」
「は?」
「途中でオチちゃったし、まだ仕上げ残ってるの。めいんでぃしゅはこれからよ」
「ええーー!?」
「うふふふふふ……奥の奥、禁断の地まで可愛がって、あ・げ・る!」
「いやーーーーーーッ!?」
 新しい得物を持つおキヌちゃんの顔は……本当に……とってもトッテモウレシソウダッタヨ。

「ふっ、深いーーー!!深すぎるーー!!」
「タマモちゃん!ここは本っ当にデリケートなとこだから静かに!!」
「…………ッ!…………ッ!」
「あぁタマモちゃん……キレイよ……なんてキレイなの!……タマモちゃん!
じゃ、体位を変えてっ、と……次いくわね!」

「ももが顔ぁぁ、いや耳に息ぁぁ……」

中途におしまい。
―――以下蛇足―――

「お、おキヌどのの技は、そんなに凄いものなのでござるか?」
どこかでシロの声が聞こえる。
「凄いも何も、私は半日仕事になんなかったわよ」
美神さんの声も聞こえる。
「なんならシロちゃんも試してみる?」
おキヌちゃんの声はすぐ側から。
「い、いや、拙者はまたの機会でっ!」
こんな情けない格好になるのは御免でござるっ、ですって?
小声で言ってんの聞こえてんよバカ犬。
「横島さんはどうですか?」
「うぇ!?俺!?」
居たのか横島。いつもピーチクパーチク五月蝿いから、暖炉の中で息潜めてるのがあんただとは思わなかったわ。
何故バレたんだ、じゃないわよ。
「い、いやー、俺もまた今度に……」
「またそんな事言って。私が生き返ってから、一度もさせてくれないじゃないですか」
ぷくー、と何か膨らむ音。
おキヌちゃんが頬を膨らませたんだろう。
「幽霊の時からどれだけ進化したか、確かめて貰いたいのに。まだ試してない新商品も使ってみたいし」
「いや幽霊の時だったらまだ良かったんだけど、生身だと色々問題あるでしょ?それに……」
進化はコレ見りゃ大方想像つくよ……だと?
コレってのは私の事かオイ。
ちなみに私は、自身の状態がどんなモノか、大体は把握出来てきている。

 目は焦点が定まらず虚ろ、自慢の鼻は鼻水だだもれで働かず、口も半開きで涎まみれ、カエルはいいなとかブツブツ、
一応椅子に座ってるらしいが、糸の切れたマリオネット状態、オマケに、力が入らないクセ思い出したかのように痙攣する有り様だ。
 ……廃人だね。金毛白面九尾の廃狐だね。うん、涙も出ない。ここにタマモってプリティーでキュアな娘は居なかった。
 まぁ、代わりと言うかおかげさまと言うか、居もしない妖精の声が聞こえるくらいになった、名称不明な可哀想な子がいます。
 ……頭の回転数はだんだん上がってきてるので、今日中には復活出来るだろうか。

「タマモちゃんは初めてだから、これでも手加減したんですよ」
恐ろしいこと言ってくれるわ。事務所の中が凍ったわよおキヌちゃん。
「……なら、全力ってのを見てみたくなるわね。私が一緒なら横島クン押さえ込めるだろうし」
「ちょっ、ちょっと美神さん!?」
「いいじゃない。おキヌちゃんに喜んで貰えるんだし。女の子にやってもらうなんて、今時お金払わないとして貰えないわよ」
よく言ってくれたわ美神さん。生ける屍というさらし者仲間をくれるのね。
その後の「横島クンって弱いから、反応が面白いのよね」
ってのは、犠牲者としてちょっとだけ同情しとく。
「大丈夫ですよ。そんなに心配しなくても。始めの方は手加減しますから」
楽しめませんもんね、か。
だから、いったい何が大丈夫なのか。
「シ、シロ!師弟ってのは、師匠の為に弟子が身代わりになるって意味だよな!?だから代われ!」
「ワンッ?」
そうかい。師弟愛よりプライド取ったかい。
「このバカ弟子がーー!!」
ガチャリ
第14大会は手錠によって幕を閉じたらしい。

「らめぇぇぇぇぇぇ!!!ももが顔、いや耳に息ぁぁぁぁぁ」
「男の癖に何て声出してんのよ」
「カワイイなぁ横島さん……今横島さんは私の手の中……ふふふふふふ」
 たっぷり楽しむつもりなのか、簀巻きの横島を、美神さんがヒールで踏み踏み僅かな動きを封じ、おキヌちゃんは私の時の倍以上の時間をかけて弄んでいる。
「タマモ、だいぶ回復したようでござるな」
「話せるくらいにはね」
 まだ足腰は立たないが、どうにか頭を動かすくらいはできるようになってきた。
 シロは介護者のように私の顔を拭いてくれている。痒かったから正直かなりありがたい。
「先生は……どうなるのでござろうか?」
 一度は解消した師弟関係と言えど、やはり師は師、行く末が気になるらしい。
「さぁね。横島がどんだけ弱いのか知らないけど、少なくとも私と同じくらいなら……私より酷いことになるでしょうね」
「お主より酷いことが、想像できないのでござるが……横向いて」
「ん。私もよ。まぁ、妥当に回復までの時間が延びるのかもね」
「普通に仕事に支障が出そうでござるな。はい、チーン」
「ぶー……、フンッ。そん時は、美神さんがどうにかするんでしょ。」
「ところで……実際、おキヌどののアレはどうなのでござるか?」
「私と、今やられてる横島見たらわかるでしょ?アレは実際

気持ち良い……耳掻きだわ」

―――悪足掻き―――

「だいぶ穫れたわね……これならしばらくは……っとそうだ。タマモちゃん?」
「なに?」
「ペキン放送聞こえる?」
「???聞こえないけど…?」
「そう……私もまだまだね」

やっとおわり。
これが鳳凰幻○拳か…
前回コメントありがとうございました。
調子に乗ってまた話作ったらこんな結果にorz
反省して普通の小編にしようと作ってたのに…
壊れ過ぎたのでボツにしようかと悩んだんですが、國府田さんの歌の中に耳掻きの歌有ること知って投稿しようと決めました。
不快な気分になった方にはお詫びします。申し訳ありません。
次回こそ普通のにします。

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