「おっぱい揉ませて」
キヌは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
だが、目の前にいたタマモの表情は真顔である。
「じょ、冗談よね?」
「ううん」
思考回路が停止しようになる。これは白昼夢だろうか。壁にかかった時計を見上げると、午後三時。時は動いている。
「自分のじゃ、揉み応えないから」
「ちょっ、ちょっと待って!」
タマモの白い手が延びてくる。キヌは大急ぎで、両腕で胸を覆い隠した。
「タマモちゃん、いったい何がどうしたって言うの?」
「ほら、横島が言ってるじゃない」
「横島さん?」
するとタマモはさも興味のなさそうな、抑揚のない声で喋る。
「ちちーしりーふとももーって」
「え? あ、ああ……」
「だから、揉ませて」
ずぃっと迫り寄って来るタマモ。もうなにがなんだか。
「えっ、や、ごめんね、もうちょっと説明してくれない?」
「んー……」
眉をひそめて、タマモはため息をついた。なんだかすごく面倒くさそう顔をしている。
「不思議なのよね、なんでそんなもんに触りたがるか。分からなくはないんだけど。なんてゆーか、オスの本能っての? そこんところを知りたくて。それで自分のじゃ、触っても物足りないから、他の人のはどうなんだろって、おキヌちゃんに頼んだの。だから揉ませて」
「そういう事なら……って、待っ、あ……っ!」
事情説明は済んだといわんばかりに、キヌのおっぱいにタマモの手が延びた。
「やっ、タマモちゃん、やめっ……!!!」
「思ったより、ボリュームがあって、ふむふむ……」
「んぅ……っ!」
キヌは人差し指で唇を抑えながら、必死に耐える。わずかに身を捩じらせ、顔がだんだんと染まっていくようだった。
なんというか、水風船みたいな触り心地だった。手を動かせば、くにゃくにゃ柔らかくて、思うように形が変わる。タマモはセーター越しに手へ伝わってくる感覚を確かめながら、じっくりと揉んでいった。
「おね、がいっ……だからっ、ぶらとれ、ちゃう……から、タマモ、ちゃぁん!」
先ほどから、キヌは顔を真っ赤にしながら、声を殺していた。息もだいぶ荒いというか、なんというか。はぁはぁと漏れる呼吸と、どことなく浮ついた呟きがいつもキヌらしくない。
「おキヌちゃん、大丈夫?」
さすがに心配になってきたので、手を止めた。
「え、えぇ……」
キヌはとろんとした眼で遠くを見ながら、頷く。
「……なにやってるの、あなたたち?」
声に気づいて、あわてて振り向くと呆れた顔の令子とその母、美智恵がこちらを見ていていた。きょとんとした瞳。冷え切った琥珀の紅茶、食べかけのクッキー。チクタク進む時計の秒針。日暮れにはまだ遠い。
◎
「なるほどね」
「そういうこと」
美神親子揃っての反応はあっさりとしたものだった。
「……納得しないでください」
キヌは静かに反論する。その奥底に潜む邪心をぐっと抑えて、何とか体面を取り繕っていた。
「というわけで、タマモちゃんが変なこと言い出したせいであれよあれよといううちに……」
「そう? でもおキヌちゃん、嫌がってなさそうだったけど?」
と、美智恵が先ほどの光景を思い出しながら、ニヤニヤしている。
「なっ、そんなことありません!!」
「ねえ、令子」
「……なんで私に振るのよ。てか、タマモ」
「なに?」
令子が嫌そうな視線を投げかけているのを、タマモは意を介せず、聞き返した。
「さっきからずっと見てるでしょ、私とママの胸」
「ええ、二人ともおキヌちゃんよりでっかいなあって思って」
「あら、嬉しい♪」
「嬉しい、じゃないわよっ!」
「おキヌちゃんのは、触っててなんか物足りなかったのよねぇ……」
タマモは手に残った感触から、印象を語る。
(うう……事実だけど、事実なんだけどっ!! タマモちゃん、それ以上言わないで……)
もちろん、キヌは致命的なダメージを与えていたのは言うまでもない。
さて、それは置いておくにしてもだ。タマモは再び直球を投げつけた。
「触ってもいい?」
「ごめんねー、タマモちゃん。私のおっぱいはひのめのだから、令子の触ってくれるかしら?」
「ママ!?」
もう遅い。先手を取られてしまった。
「いいじゃないの、減るもんじゃなし」
「よかないわよっ!!」
「じゃあ、横島クンに触ってもらったほうがいい?」
「それはもっと御免だわ」
「なら問題ないでしょ、タマモなら」
さらに逃げ道を塞がれてしまった。令子は下唇を噛んだ。相手が悪すぎる。
「……わ、分かったわよっ! でも、ちょっとだけだからね?」
「じゃあ、早速」
わきわきと指が蠢きながら、令子の胸の上に乗っかった。
「おお、これは……!」
「んっ……」
手が沈む、沈む。力をちょっと入れると指がおっぱいに埋もれていく。張りと柔らかさが同居しているというべきなのだろうか。絶妙なバランスを保ちつつ、しっかり実の詰まった感触が伝わってくる。
「すごっ、なんかぎっしりって感じ」
「だって、令子?」
つんと澄まして、令子は親の顔を見向きもしなかった。ほのかに苛立ちを潜ませた表情で、ずっとタマモの方を見つめている。
湿った肌の上にタマモの手が吸い付く。しっかりと密着して、くっついてしまいそうな錯覚に陥った。
「うわぁ……おキヌちゃんのとはぜんぜん違う」
そう言いながら、彼女の手は令子の脇へと回りこみ、乳を下から持ち上げる。
「っ……!!」
一瞬、令子の身が強張った。
「どうしたの?」
美智恵はそれを逃さない。
「いえ、なんでもない……わ」
「……そっ」
絶対分かってて言ってる。母親の動向を察した令子は意地を張って、それを無視した。だが、徐々に奥底からは、むずがゆい感覚がこみ上げてきている。令子は頬がほんのり赤く染まりつつあった。タマモはお構いなしに手を、柔らかな肉に埋めていく。
たゆんたゆんと上下に大きく半円を描いた。
「……そろそろいいでしょ?」
「あとちょっとだけ」
「もぅ……」
令子はため息をついた。揉まれ続けて、段々となにか変な気分になってきている。タマモのたどたどしい手つきが、余計に妙な気分を高ぶらせているみたいだ。縦横無尽に、または擦り合わせられたり、揺さぶられたりするもんだから堪らない。さっさと早く終わらせて、この場を退散したい。わだかまる気持ちを解消させてしまいたい。令子は必死に理性を利かせて、耐えていた。
が。
「ぁ……っん!」
真に、非常に、か細い声だった。それも可愛らしい声色で、搾り出したかのようにゆっくりと。瞬間、令子はまぶたを閉じ、上半身がわずかに後方に反った。それは乳の両先端をタマモの指が軽く擦ったせいだった。令子を襲った電撃にも似た感覚は、一瞬にして理性という防波堤を決壊させたのだ。
令子はすぐタマモの手を振り払って、周りを見渡した。そこには苦笑いする顔と、笑いをこらえきれず、今にも笑い出しそうな顔があった。
それを見るなり、一気に顔が真っ赤になって、動きが固まる令子。
そして。
「いやあああああああっ!?」
らしくもない甲高い叫び声を上げて、逃げ去っていった。
「なーにやってんだか……」
走り去っていた令子を見送った母こと美智恵は呆れ顔で笑う。
「…………」
あんたのせいでしょう、あんたの、とは口が裂けてもいえないキヌであった。
一方、タマモは。
「不思議だわ、あのくらいのおっぱい揉んでるとなんだか幸せって気分になるのね……!」
目を輝かせて、なにか間違った知識を体得してしまったようだった。
その日、令子が部屋から出てくることはなかった。
こうしてなんだかよく分からない、何事もない一日がよく分からないまま、過ぎ去ってゆくのだった。
〜おまけ〜
その夜。
「シロ」
「なんでござるか、タマ……うわあ!?」
おもむろにシロの胸を無言で触りだしたタマモ。
触り心地はなんというか……。
「まだまだね」
一刀両断、一笑に付した。
「なにおう!? 拙者はまだ発展途上と、先生がーっ!」
喧嘩になったのは言うまでもない。
〜おまけ2〜
その後。
「よ・こ・し・ま」
「ん?」
どこからともなく声がした。横島、辺りを見回すが誰もいない。
「こっち」
と、後ろから伸びてきた腕に絡み取られた。
むにゅ。
顔面に埋められた柔らかい感触。
「これは……!」
間違いなく乳。それもでっかい。柔らかい。気分は一気に夢心地。
「こんなのどうかしら……?」
低すぎず、高すぎず、艶っぽく科を作った声が耳元で囁く。
「どっ、どこのおねーさんですかっっ!」
「わたしよ」
「え?」
ものすごく聞き覚えのある声。顔を見上げると、そこには大人びたタマモの姿があった。
「どう? わたしのおっぱいは」
「サイコーであります!」
形、質、量、共に最高級。どこから借りてきたのか分からないが、胸元のカットが大きい衣装が、溢れんばかり乳をさらけ出していた。その谷間の奥深きは人類至高の秘境といっていいだろう。
「幸せになりたい?」
タマモの問いに、横島はパンクバンドよろしく、高速ヘッドバンキングで頷いて見せた。
「では、ゴチになりま……」
「あまーい!」
ぱちんと指が鳴った。すると火柱が上がった。
「ぎゃああああああ」
案の定、というか見事に黒焦げと化した横島。
「誰がいいって言った? 見境なくセクハラすると、こういう目に合うんだから気をつけた方がいいわよ」
「な、なぜ……?」
「ん。横島の真似はしたから、今度は美神さんの真似もしておこうかなあって」
「い、意味が分からん……!」
そして、息絶えた(気絶したとも言う)横島だった。
「お仕置きも気持ちいいわねえ、スカッとするわぁ」
んーっと、背伸びをするタマモ。
その表情は晴れやかな笑顔。
「今日もいい天気ね!」
金毛白面九尾の妖孤、タマモ。
気まぐれな狐は今日もまたいたずらを繰り返す……のかも。
おしまい。
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