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美神の策略

「セクハラ!禁止!!」
「イエッッザ!」

何時もの行為に、何時もの攻撃。トルニージョ気味に迫ったボディーアタックは、待ってましたと言わんばかりの鋭い踵落しで見事に弾き返された。ぐむと壁に叩きつけられる衝撃。普通の壁だったら間違いなくぶち割れていただろうが、そこは人口幽霊一号クオリティー。傷なんてどこにもありゃしねえ。何度も叩き壊された経験は、人口幽霊一号を進化させていたのだ。流石すぎる。

わが事務所、人口幽霊一号の成長具合を体で実感していると、人口幽霊一号をここまで強くした張本人が口を開いた。

「横島君。今のところ依頼は入ってないから、とりあえずスタンバイよろしくね」
「イエス、マム」

何と、当社比一.五倍の優しい声色である。おそらく、鼻血を出さなかったことにより事務所を汚さなかったことが大きいのだろう。踵はまじぃと、咄嗟に額で受けたのが功を相したようだ。今度から鼻血噴出を避けるために、常に額で受けるべきか。

………むう。だが、やはり駄目だろう。踵ならともかく拳の場合は下手しなくても痛む。それは拙い。セクハラして相手まで痛めてしまったら俺は悪者確定である。やはり、女性の支持を無くさないためにも拳は額以外で受けておこう。うむ、決定。

………え、そもそもセクハラしなければいいって。ん。それは無理。だって、美神さんはミニスカートの時の制裁は大抵蹴りなのだ。そして今日の美神さんの服装はミニスカート、白でした。ごっつあんです。

普段は拳もしくは神通鞭が多いのに、蹴りを出す時はミニスカ。これが誘ってないと誰が言える。否、誘っているのだ。うん、誘っているんだよ。………多分、きっと、メイビー。そういうことにしといた方が幸せになれるぜ。主に俺が。

ともかくだ。無駄なのか無為なのかよく判らん思考を一秒で終えると、俺は首を調節しながら立ち上がった。煩悩が刺激されると全体のスペックがあがるのは、横島一族の共通事項である。男限定だが。

んで、文字通り飴と鞭をくれる人は、おそらく俺の非常識っぷりを見終えると、定位置たる所長席に座ろうとしていた。昼食後の軽い運動もすんだので、今から書類整理に入るのだろう。
しかし、それにしては目付きがやばい。まるで、強大な敵を如何に欺き、叩きのめすかを考えているようだ。つうか、その通りか。

「手伝いますか?」
「んー、まだいらないわ?」

やっぱりな。俺に手伝わせないってことは、あれ関係ってこと。美神さんが国税「庁」のブラックリストに載っている事は彼女を知る者なら最早常識。ああ、書類に記載されてる俺の給料。百分の一でいいから渡して欲しい。

「了解っす。それじゃあ、俺は屋根裏に居ますね」

切実だが実行困難すぎる問題に頭を傾げながら屋根裏部屋に上っていく。裏の書類整理をしている美神さんは、通常の十倍は神経質に成る。正に触らぬ美神に崇り無し状態で、流石の俺も近づけねえ。まあ、相手が相手だし、それは仕方ない。何せ、彼女の敵は国税庁のマルサだけではない。彼女の実母も敵なのだ。そりゃあ、あの隊長までも出し抜こうっていうんだから、あの美神さんも超神経質になる。

しかし、これも親子喧嘩っていうのだろうか。互いに罠を掛け合い、隙を責め合う。この時期の二人の笑顔の下には薄氷の緊迫感がせめぎ合っているのだ。やべえ、ひのめちゃんの将来大丈夫か。

実際、隊長はオカルトGメンの業務で昨日から明日までの三日間、東京には居ない。つまり、今日は書類作成の絶好のチャンスな訳で。当然、美神さんが言ってた依頼云々は、ほぼ間違いなくブラフ。むしろ、予定外の依頼の為にわざわざ平日、学校があるにも関らず、昨日から俺を事務所に貼り付けているわけだ。おキヌちゃんは六女に行っているのに。………俺の人権って何処にあるんだろう。ほろり。

「しっかし、この三日間の隊長の動向を探るために一流の探偵を雇うとは」

流石である。むしろ、やはりか。今日を安寧とした休日にする為にこの数日間で様々なやりとりがあった。それを考えれば、やはりという言葉の方が正しい。因みに、二人の攻防はおおまかに言えばこんな感じである。

隊長の先制攻撃。ひのめちゃんのベビーシッター攻撃。

美神さんのターン。進化した人口幽霊一号にシッターをパス。何、書類整理の時だけなんで全然問題ない。

隊長のターン。美神さんのパスを呼んでいた隊長は、スルー出来ないキラーパスを投入。冥子ちゃんの依頼である。

美神さんのターン。防御壁発動。依頼の転換を行った。通常の防護壁では冥子ちゃんには通じないが、彼女の数少ない“後輩”ピートならば有効だ。当然、神父も付いていくから責任転嫁もばっちりだ。この防護壁により神父の頭髪にダメージが行くが、自身には被害がこない為に何の問題も無い。
追加で、その三日間オカルトGメンにシロを貸し出すという提案攻撃。

隊長のターン。提案攻撃に100のダメージ。だが、ここで六道経由のやばい依頼攻撃を行った。

美神さんのターン。防護壁発動。再度依頼の転換。フリーのGS、マザコンバトラー伊達雪乃丞の登場。フリーなだけに他所の事務所に信用を奪われる事無く、美神ブランドを傷付けないだけの腕もあるという、使い所は難しいが効果の高いカードだ。追加で、文珠を三つ上げるという提供攻撃。

隊長のターン。提供攻撃に150のダメージ。瀕死の隊長。ここで決死かつ諸刃の切り札。税務局へのリークという示唆攻撃。

美神さんのターン。示唆攻撃に対し同じ示唆攻撃で対応。超絶秘儀、オカルトGメン日本支部の水増し請求書の公開である。内容は、オカルトグッズと霊脳調査に関する事。前者は文珠、後者はシロとタマモである。

隊長のターン。リーク攻撃が請求書攻撃に打ち破られ、1000の大ダメージ。既に瀕死だった隊長に、1000のダメージ十分すぎる。

隊長は美神さんに打倒された。

こうして、第二十一回美神家親子対決は美神さんの勝利で幕を閉じ、今後三回程は美神さんの勝利が続くに違いない。流石に超絶秘儀は反則である。

しかし、今回の美神さんは凄かった。冥子ちゃんとピートの先輩後輩関係。冥子ちゃんて自分より強い人には直ぐ頼りたがるけど、逆に後輩に対しては面倒見のいいお姉ちゃん気質になるんだよね。勿論、理想と現実のギャップは内緒だぜ。

んで、俺の部屋にたかりに来た雪乃丞の捕獲から、奴の存在の隠匿。

何より、“高性能隠密機動型丁稚”たる横島忠夫の「ドキドキ!オカルトGメンに潜入しよう大作戦!!ポロリもあるよ」が無茶すぎる。

オカルトGメン日本支部でも極限られた人達しかしらない、日本支部の恥部でありトップシークレット。それに一枚噛んでいる美神さんが、それを盗用しようと考えるまでは隊長の想定範囲内だろうが、それを核弾頭でぶち破るまさかの実行。そりゃ、神父の頭髪も無くなるわ。

事実、水増し請求の証拠を見せた時は、あの隊長ですら愕然、唖然、呆然としていた。やがて、何も言わずふらふらと隊長らしからぬ足取りで立ち去った時は、本気で心配したものである。何をって、美神さんの将来を。

や、もし見つかって逮捕されていれば、実行犯の俺は確実懲役。文珠使いだから知らない間に研究所という可能性もあったりしなかったりする訳で。計画犯の美神さんは、金があるから懲役は無いにしろ、GS免許永久取り消しの可能性は当然在る。いくら親で、権力を持つ隊長でも、オカルトGメン日本支部支部長だから弁護は出来ない。はっきり言って、凶悪犯罪一歩手前どころか、余裕で踏み込んでます。マジ、ひのめちゃんの将来が心配すぎる。それと、トカゲの尻尾きりの可能性は考えない方向で。でないと、俺の脆いグラスハートは木っ端微塵さ。

「俺は泥棒の三代目になる気はねえんだけど」

立場的には、女>男には既になってるって、気のせいだ。脳裏をよぎった一筋の流れ星な音楽はさらに気のせい。何故か滲んでいる視界で屋根裏部屋のドアを開ける。ぎぎいと古めかしい音を立てながらドアが開き、とんとんとさらに階段を上がると、和洋半折衷のアンバランスな光景が広がった。

手前はいかんともし難く「和」な雰囲気が漂い、そこから奥は「洋」な感じ。因みに屋根裏部屋の出入り口兼階段は部屋の左端についており、そこから手前半分と奥半分でシロとタマモは部屋を共有している。何つうかどっちがどっちの領地か一発で判るな。初めはベッドとチェスト位しかなかったが、それだけ時間が経ったということだ。

同時に、シロとタマモが入居してくる前の住人の時間が余りにも少なすぎた事が改めて判る。もっと長く居たら、この部屋もあの姉妹らしい空間になっていたんだろうか。よう判らん機械があちこちにあり、これまたようわからん生物が飼育されている。シュールだ。苦笑し、つんとした鼻の奥をかみ締める。いかん、涙腺が今日はやけに緩い。

とりあえず、結局ひのめちゃんのバックドラフト事件で全て無くなっていたかと思うことで、胸のもやに蓋をしよう。余りぽろぽろしても、な。

着ていたジャケットを脱ぎ捨て、ふらふらと何も考えず衝動的に手前のベッドにダイブした。ばふんと俺の煎餅布団とは明らかに違う衝撃。あったくて気持ちいー。屋根裏の天井ガラスから差し込む太陽光が何とも心地いいのだ。ぶっちゃけ、俺の部屋よりもずっといい。

うつ伏せのままくんかくんかと鼻を鳴らす。やらしい意味は何も無く、嗅ぎなれたシロの匂いがした。俺の事を弱かった頃から、今でも弱いが、先生先生と呼ぶ可愛い奴。

俺の事を全面的に信頼してくれて、疑うということなく、純真で真っ直ぐすぎる感情をぶつけてくる。それが、弟子が師匠に、子供が親に対する気持ちという事は嫌でも判る。俺はあいつの親父さんの仇を討つのを手伝った師匠で、現在一番近い男でもある。シロが親父さんの影を多少とはいえ俺に被せるのも無理は無い。

体は女性的になり、俺の理性を容易く揺さぶる様になってきたが、流石にそんなシロ相手にセクハラ出来るはずも無く、そのくせあいつは変わらないスキンシップを仕掛けてくる。師匠の煩悶をちったあ理解して欲しいというのが、今の俺の本音だ。

しかし、このベッド(香り)が気持ちよすぎる。暖かくて柔らかくて、最高の心地よさ。三大欲求の内、食欲と性欲は先程満たされたのだ。ならば、後一つの欲求を満足させねばなるまい。もはや抵抗する意思も無く、何とも無防備な俺の意識。ふわふわとした気持ちのまま、容易く俺の意識は銀色の雰囲気に包まれた。



「ただいま」

事務所のドアが開き、帰宅を告げる声で漸く美神令子は机から顔を上げた。相当に集中していたのだろう、ドアを開く音だけでは気付かなかったらしい。机に座ったまま目線を下げると金色の体毛を持つ狐が歩いて近づいてくる。美神除霊事務所のメンバーである、タマモだった。

「おかえりなさい、タマモ。随分早かったのね」
「んー、まあね。やっぱ虫除けがいないときつくてさ」

狐がそう言うと、ぽんという音と共に人間の姿に変化した。九つに纏められたセミロングの金髪が目立つ美しい女だった。彼女が一人で歩いていれば、男に声を掛けられるのが容易く想像がつく程に。成る程、彼女の言を借りるなら“虫除け”は必要だろう。彼女が狐姿だったのも、尾は一つにしていたが、ひとえにそれが原因だった。

「そう。それじゃあ、私は書類整理してるから邪魔しないように」

令子の言葉にタマモは、はあいと何とも気の無い返事をすると、とんとんと自室である屋根裏部屋に向かっていく。

タマモの後姿が視界から消えると、令子は落胆の表情を浮かべた。当てが外れたといった面持ちだった。今日は依頼も無いから好きなものでも食べて来なさいと多めにお金を渡したのが今朝の事。タマモはふらっと一日二日は居なくなる事があるので、それを見越しての事だったのだが、タマモは本当に遊びに行って戻って来た風情である。流石に、もう一度出て来なさいとは言えない。

ふうと令子は溜息をつくと、疲労が溜まった眼を癒すように眦を揉んだ。その脳裏には先程のタマモの姿が焼きついていた。タマモは綺麗になった。元々拾った当初からその片鱗をうかがわせていたが、正しく予想に違わぬ、いやそれ以上になっていた。高校生程度の外見ではあるが、スタイルも当時の自分より少し劣る位でしかなく、充分にお釣りがくるほど。むしろ、高校生程度の外見にしているのは、この事務所メンバーのバランスを考慮しているのかもしれなかった。

「まずいわね」

自分でも気付かぬ内に独り言が令子の口から漏れていた。思わず聞かれていないかと首を回したのは彼女の性格ゆえか。

令子のまずいという言葉は、様々な意味を含んでいた。一つは先程のタマモの服装。事務所に戻ってきたということで、彼女の服はクリーム色のキャミソールにホットパンツという何ともラフなものであった。仮に自分が丁稚の前であの服装をしたら、間違いなく彼は飛んでくるだろう。丁稚である横島が、基準では上の筈のタマモにそれをしないのは、おそらく彼のちっぽけなプライドを守る為だろう。ともかく、タマモのいでたちは男を誘惑するには十分ということだ。

後は、そう。折角二人きりになれたのにと。令子はもう一度溜息を付いた。それに気付き、一人で赤面して首を振っていたのはいささか滑稽だったが。

「ねえ、人口幽霊一号。悪いんだけど、屋根裏部屋の様子テレビに映してくれる」
「了解しました」

休憩、休憩と、誰に言っているのか判らない独り言を呟きながら、令子はテレビの前に陣取った。程なくして、テレビに屋根裏部屋の様子が映し出される。テレビには真っ赤に燃える横島の姿があった。噴出せずにいれたのは、淑女の嗜みだろう。横島あたりなら間違いなく激しいリアクションをしたに違いない。だって、いきなり人が燃えてるんだもん。そして、テレビに映る横島は、飛んだ。

「タマモ!逝くぞ、オカルト忍法“火の狐”だ!!」
「狐色にしてやるぜ!!」

何というか、特撮もの顔負けの激しさだった。燃える上がる激しい気炎が九尾の狐を作り出し、その炎を人間が纏っているのだ。動画投稿サイトに乗せたら一発で合成と言われる出来である。しかし、一流の霊能力者である令子は直ぐに気付いた。画面上の炎は間違いなく現実で、しかも一級のそれであると。丁稚の耐久力は勿論無視だが。

「……………」
「……………」

この二人は何をしているんだろうと、令子は思った。特撮攻撃から一転、文字通りの燃え上がるラブロマンスである。横島がタマモに飛び掛り抱きついてから、既に三十秒が経とうとしている。その間、当然横島は燃えっぱなしである。しかし、何処をどうワープしたらその地点に辿り着けるのだろうか。正に横島品質。令子は人口幽霊一号に見える様に右手を上げた。額には青筋がくっきりと浮いていた。

「あのー、タマモさん。熱くないんですか?」
「熱いというより、あったかいわ」

首を回し周囲を観察する横島。タマモが燃えない理由を探っているのだろう。早く離れろ馬鹿。

「自分に幻術をかけ、対象物以外に狐火の効果を出さない様にしてるんだな」
「正解。流石に“火の狐”モードになったら完全な制御が出来なくて、あんたの服に被害が出てるけどね」

謎解き完了。横島は自分の行動が無意味と悟ったのだろう。漸くタマモから離れた。遅いわよ馬鹿。

「うぁっっちー!!」

叫び、ごろごろと床を転がり続ける馬鹿一名。よし、と令子は思った。だって、うるさいという明らかな理由が出来たからね。令子の右手には、人口幽霊一号から渡された、禍々しい気配を持つ豪壮な槍が握られていた。蜻蛉切りならぬ、横島切りだった。

令子は人口幽霊一号が念力で動かした椅子の上に立つと、自身の霊能力者の勘ではなく、経験則に従って、思い切り槍を天井に突き上げた。手応えあり。時間を見計らい、ゆっくり槍を引き抜くと穂先が赤に濡れていた。令子はテレビに視線を向ける。脇腹を抉られた横島の姿が映っていた。直撃では無かったらしい。槍の穂先を見ても、何故か赤みが取れた、穂先は申し訳ない雰囲気を醸し出していた。ぼそりと一言。

「ちっ、外したか」

天井から叫び声が聞こえた。

「あんたもかいっ!!」

もって何だ。



「タマモ、包帯取ってくれ」
「はいはい」

テレビでは横島が後始末をしていた。本当に器用な奴だと令子は改めて思う。自身で作成した呪符に、何の処理もしていない血液を吸収させて呪符の力を上げるなんて、他の呪符作成者が聞いたら卒倒する程の非常識ぶりである。

そうだ。私の事務所が非常識って呼ばれるのは、あいつのせいに違いない。断じて私は非常識ではないのだ。因みに、非常識な人ほどそう言うらしいですよ。横島がそう突っ込んだとき、彼は血に塗れた。

「あちゃー、もろいってるわね」
「美神さんの攻撃には、何故か俺の勘も働かなくてなあ。つうか、お前も直ぐ狐火を出すのはやめい」
「別にいいじゃない。私とひのめのお陰で、霊的な炎はもとより全般的に耐性が出来てるんだから」
「開き直んじゃねえよ。そもそも、ぽんぽん人を燃やしてたら、いつか取り返しのつかんことになるだろが」
「大丈夫よ。横島以外燃やしてないから」
「や、それ大丈夫違うっっ!」

ぴちゃぴちゃ、そういう単純な音がテレビを通して聞こえてきた。タマモが半裸になった横島の傷ついた脇腹を舐めているのだ。ぴきぴき、そういうおそろしい音が令子のこめかみ辺りから聞こえた。令子の血管が激しく浮き出たのだ。

「……お、い。タマモ、お前何やってんだ」
「…ん、む。何って、ヒーリングじゃない判ってんでしょ」

そうよ、ヒーリングよ。

ただの、ヒーリングである。ただの!ヒーリングである。勿論!ただの!ヒーリングである。
令子は呪文の様にそう唱えた。画面を凝視して、赤面してそれはどうかと思うが。

「む、ン、……ちゅ、はぁ、んん、は」
「ふ、あ……はっあ、……ちゅ、ふ」
「ちゅ、んん、あ。……ふ、ちゅ、んん」

んぐう。私もヒーリング覚えようかしら。令子がそう思ったのかは定かではない。
そして、横島とタマモが向かい合った。同時に、令子の短すぎる堪忍袋の緒も切れた。音も立てずに素早く屋根裏部屋への階段を上るのは流石と言えるのか。だが、肝心の扉には鍵が掛かっている。野郎と、令子の瞳に炎が燈った。青白いそれは炎の温度の高さを示しているようだった。

令子は直ぐに人口幽霊一号にハンドシグナルを送る。自分でぶち破るよりも速いと、令子は判断したのだろう。何より、彼女は力を少しでも温存しときたかったのだ。

自分がどれだけ、二人きりになる為に策を弄したと思っている。後少しで書類整理が終わって、横島君と一緒に出掛ける予定だったのに。がちゃりと鍵が開いた。

そして、タマモの叫び声が聞こえた。ん。叫び声。

「いっったああ!!」

続いて、

「男心惑わす悪女には、煩罰が下るのじゃ!!」

横島の、令子には意味が掴み取れない怒声も聞こえた。令子は慌ててテレビの前に戻ると、人口幽霊一号に巻き戻しのサインを送る。程なくして、テレビには横島とタマモのやり取りが再生され始めた。令子はそれを確認し終わると、ぐったりと疲れたように椅子に伏した。二人の会話は続いているが、もはや聞く気にはなれなかった。令子は、ぽつりと言った。

「ありがと、人口幽霊一号。テレビ、止めちゃっていいわ」

令子は、横島が今まで、一人を除いて、彼女が出来ない理由が改めてよく判った。鈍感の度が遥か斜め上を爆走し暴走しているのだ。そりゃあ、出来ない筈である。

令子の脳裏に、最高品質の横島心のお買い求めは、ストレートに直球でお願いします。変化球は受け付けませんので、どうぞご了承下さい。そんなアナウンスが聞こえた気がした。

ああ、もう、ぎゃふん。





六道女学院前にて
「おキヌちゃん。放課後どうすんのさ」
「すみません。今日もちょっと、直ぐに帰らないと」
「氷室さん。世話を焼くのはいいですけど、程々にしとかないと男の人をつけ上がらせるだけですよ」
「お前はまた伊達が一人で除霊に行ったのが悔しいだけだろうが」
「なんですって」「なんだよ」
「まあまあ、二人共。いいじゃないですか、彼氏がいるっていう事だけで。私なんか彼氏いないんですよ」
「あの」「いや」
「それじゃ、すみませんけど。失礼しますね」
「なあ、弓。何でおキヌちゃんて彼氏いないんだろうな」
「趣味が悪いんでしょう」
「だな」
どうも、九十九です。
山無し、意味無し、落ち無しのこの話は「美神令子の溜息」の裏になります。その時彼女は、そして、人口幽霊一号は見ていた。そんな話です。
長い話ではありましたが、楽しんで頂ければ幸いです。
どうも、九十九でした。

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