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二つの夏

陽射も強くなり、夏になりかけている
皆本光一が立つ人が全くいない工業団地の交差点には、陽炎が揺らめく

「予知ではここで、大規模な交通事故が起こると?」

「その通り。原理は分からないが、今より30分後に
 複数のトラックと一般車がブレーキも踏まないで直進するというのだヨ」

「局長、やはり超能力犯罪だと?」

「うむ、普通に考えれば、あまりに不自然な事故でネ。
 我々は念動能力者が近辺に潜伏していると見ている」

「通行禁止にしてるから、大丈夫だとは思うんですけど」

「だが、予知の確立は以前変わらないのだヨ、用心してくれ」

「分かりました。とりあえず紫穂に透視してもらいます」

「頼んだヨ」



ピッ


「よし、事件の概要は粗方さっき説明したな?」

「ええ」
「はいな」
「うん」

「じゃあ、紫穂は透視で不審者を捜索。
 見つけ次第、薫と葵と僕で一気に確保にうつる」

「おっしゃあー!」

威勢のいい薫の声が快活良く響き、
ダルさを催すような暑さを一気に吹き飛ばすようだ


とはいえ、


「さすがに20分なんも出てこないんじゃ、やる気もなくなるよな〜」

「そういうな、しかし妙だな。半径10メートル単位で見ているのに…」


周辺のビルを片っ端から探しているが、一向に手掛かりとおぼしきものが見当たらない
休憩のため、BABELの車内で待機しているが、
この暑さのせいかチルドレンの士気も下がり始めていた


(もしかして、テレポートで一瞬で現場にくることができるとか?)

皆本に一番厄介な構図が浮かんだ。複合能力者の可能性だ

(サイコキノとテレポーターであれば、ほぼ一瞬で事故を起こすことができる。
 しかし、複合能力者は総括的にレベルは低いわけだし、
 そんな事できる能力者は兵部くらいしか…いや、犯人が兵部の線は薄い。
 あいつは犯罪者だが、こんな無益な犯罪など今まで一度も起こしてない。
 大抵、強盗目的の犯罪だ。こんな享楽的犯罪ではない。
 兵部並のエスパーがいる?いや、そんな高レベルエスパーならもっと大きな事件を起こすはず)


タイムリミットはあと7分、いよいよ考えてばかりいられない

(低レベルでも、車数台を動かせるなら、やはり近辺にいなければおかしい)




皆本が頭を抱えているとき、薫がダルそうに切り出した


「なぁ〜これ予知が間違ってんじゃないの?全然来ないじゃん」

「複合能力者の可能性もあるだろう」

「でも、複合能力者で車動かせるかしら?兵部少佐ならともかく」

「せや、とりあえず薫を交差点において、衝突防ぐくらいにしとかへん?」

遂には妥協策まででる始末
しかし、葵の言うことは一理あたっている
犯人確保が難しくなった今、事故防止に専念すべきだ、と皆本は仕方なしに思う

「犯人確保にうつりたかったが、とりあえずそれくらいしかできそうにないか。
 薫頼んだぞ」

「は〜い、ってか暑いってもっと温度下げよう?」


BABELの車で待機しているため、多少冷房は効くが、それでも薫にはまだ暑いらしい
リモコンを手に取り、更なる涼風を求めている


(リモコン……)

薫が手に取ったその物体から皆本の頭に一つの仮定が生まれた


「・……ヒュプノ…か」

「「「え?」」」

「ヒュプノなら可能じゃないか?運転手を直接操って、それこそリモコンみたいに操作して。
 確かこの工業団地は一つの道から広がるような作りだったはず……
 そこでただ運転手にこの交差点に来るように暗示をかければいい」

「あ〜ならいけるなぁ、手間もそんなかからんし」

「ノーマル相手ならちょっと目を合わすだけで催眠はかけられるしね」

「よぉぉし。じゃ、行ってみるか」

一筋の光明が見えて、ようやくチルドレンのテンションが上がったようだ

「だが、あくまで仮定だ。薫は車が来た時のため、交差点で待機しててくれ」

「え、でも…」

「僕の推理は状況証拠のみだ。確率は低いから、あまり期待するな
 それよりも、君がここで事故を防ぐことのほうが大切なんだ」

「ん…分かったよ」

ばつの悪そうな返事であるが、とりあえず納得してくれたようだ


「じゃぁ、紫穂、現場で透視を頼む。葵は僕と一緒に犯人確保の準備だ」

「了解」






葵のテレポートで例の一本道の近くの工場に着いた瞬間、
いかにも怪しいのがポツンと立っている


ニット帽を被った男である
物陰から見ているためはっきりとは分からないが、どうやらこちらの気配に気づいてない



「皆本はん」

葵はもしや、という期待を寄せて皆本に返事を促す

「まだ早い、とりあえず紫穂をテレポートであいつに触らせてから、だ。
 紫穂頼んだぞ」

「ええ」


次の瞬間、一瞬で紫穂は男の背後に立ち、気づかれないよう、ニット帽の先端を触る
男は一瞬の感触だったので、まだ気づいてない
そのまま、テレポートで紫穂は皆本と葵のもとに戻る


「クロよ、あの人」

ひっそりと、しかし確信を持った声で紫穂はささやいた
皆本と葵の顔が微かにほころぶが、再び顔を男に向け、集中する


「分かった。葵、確保だ」

「了解」










次の瞬間

「っ痛ぇ!!!何すんだ!!?」

「もう調べはついてる!現行犯逮捕だ!!」

一瞬でテレポートしたが、ESP錠をかけようと、男を取り押さえる
だが、まだ現時点でESP錠をかけることはできない


「今すぐにヒュプノを解くんだ!!」


ヒュプノは脳を混乱させることで起きるため、能力者自体が無能となっても
その効果は持続される。解除、すなわち脳を安定させなければ、催眠は解けない
故にESP錠をかけられないのだ

最悪、薫が事故を防ぐことになるが、なるべく負担をかけたくもない



しかし、その皆本の判断が、思わぬミスにつながる


「バカにすんじゃねぇ!!!」

「なっ…?!」


隙をつかれ、皆本自身に催眠を男がかけてきたのだ



「皆本はん!」

葵が一瞬を見計らい、皆本と男をテレポートで離す



「ちっ……」

そのテレポートに乗じて、男は再び逃走する






しかし、

「待たんかい!!」

「がっ…?!」



テレポートで男の足下に鉄骨を置き、こかせて、そのままESP錠を施錠
鮮やかなテレポート、さすがはレベル7と言ったところか



「皆本さん!」

混乱に気づいた紫穂もかけつけてきた

「皆本はん!大丈夫か?!」

「ん、何とか…」

外傷はないが、問題は幻覚のほうであろう
葵のおかげで深くはかけられてはいないだろうが、皆本自身にどういう暗示があるか
まだ見当もつかない


「あなた、皆本さんに何したの?!」

紫穂が珍しく怒声を浴びせる

「さぁな、俺も適当に暗示をかけたもんだから、どういう風に調理しようか考えもしなかったよ」

つまり、本人ですらどういう幻覚を見ることになるのか分からないらしい
葵と紫穂の顔が少し暗くなる


「大丈夫だよ、今のところ何ともない」

「ほんまに?」

「あぁ」


安堵させるためか、現状をそのまま語っているだけか
どちらにせよ、皆本は何も幻覚を見ている気分ではなかった
催眠が不発だったか?



「それに、半永久の催眠なんてないんだ。例え何かあったとしても、すぐに戻るさ」

今度は純粋に安堵させるために皆本は優しく二人に語り掛けた
二人もそれを少し察して、これ以上心配しないことにした


「じゃぁ、戻ろう」

「うん」













「終わった、終わった」

交差点にポツンと立っている薫
今しがた、複数のトラックをサイコキネシスで止めたばかりだ


「暑いな〜、何か飲みたいな〜」


一仕事終えて、前のダルさがぶりかえす


その時





「薫〜皆本はんの推理通りやったで〜」


テレポートで三人が帰ってきた
葵の言葉からして、またも皆本の手柄のようだ


「そっかぁ〜さすが天才皆本君♪」


薫は皆本をまたからかおうと、駆け寄る


















「キャリー……?」




「え?」










皆本は薫を見つめながら、そう言った










「どうやら、視覚的にも聴覚的にも薫ちゃんをキャリーと認識してしまう催眠にかかったようです」

「それは…大丈夫なのかネ?」

「問題はないと思います。
 効果は2日ほどで消えますし。その後は正常に戻るでしょう」

賢木と局長は医務室でレントゲンを挟んで、話している
一方、話題の皆本はベッドに腰掛けて、少し疲れた様子でその会話を聞いていた


しばらくして

「皆本君……君はどうする?」

少し控えめな声で問う
ぐったりしてる皆本に局長も少し気を遣っているようだ

「今回は少し、休ませてもらってもいいですか?」




「……分かった。チルドレンには私から伝えておく」

「…すいません」


局長はそのまま廊下へ帰っていった
いつもなら意地でも現場に戻る皆本が落ち込んだ姿は、局長でもあまり見たいものではなかった










「で、どうすんだ?」

「は?何が?」

唐突に賢木から問い掛けられたため、少し戸惑う皆本

「お前が暗い顔してんのは、ヒュプノの特性を案じてんだろ?」

「…よく分かってるな」

「俺が一番、その手に詳しいからな」

ヒュプノの特性
掛けられた人間が願う幻覚であればあるほど、その幻覚は根強く居残る

皆本がキャリーを望めば望むほどに、薫の顔を見る日、声を聞く日も遠くなる
それを皆本は危惧しているのだ

「真面目なお前のことだ。駄目だ駄目だと思い、自制心保とうとしてるが、
 実際はもう少し見てたい聞きたいと思ってるんだろ」

「うっ……」

「まぁ、末摘って介護士がいるから、見ようと思えば見られるわけだが」

「そういう話じゃないんだが」

「冗談だって、けどケジメのつけどきじゃないか?」

「え?」

「忘れろ、とは言わない。だが、今はあの時と形は違うが、同じ大きさの幸せがあるじゃねぇか。
 その想いを強めるのに、これはいい機会だと思うぜ」

「…そうだな」


少し微笑んで賢木の言葉に応えた


(ただの女たらしのようで、そこらへんは踏まえているから、敵わないな)

そんな事も思いながら…












一方、局長室にて
局長はチルドレンたちに詳しい事情を説明していた

「―――というわけなのだヨ。悪いけど2日ほど皆本君を休ませるため
 君たちは実家に帰ってくれないかナ?」

説明が終わり、少しの沈黙が続いた後

「分かったわ」

「しゃーないな」

「……………うん」

少し元気のない声で三人それぞれ返事をした
薫もその手に理解を示すようになったようで、局長はその一方では喜びを覚えていた

「ありがとう。それとその間の葵の住居だが、こっちで手配して構わないネ?」

「いや、紫穂か薫ん家泊まるわ。ええやろ?」

「構わないけど…」

「……………」

葵からの問いかけが、まるで耳に入ってない様子からして
薫の元気は特にすぐれないようだ

「薫ちゃんのせいじゃないんだし、薫ちゃんが落ち込むことじゃないわ」

「…けど……」

「とりあえず、2日後にはいつもどおりなんだから、気にしないで行きましょう、ネ?」

「そうだね…ありがとう、紫穂」


紫穂の声に少し元気を出す薫だったが、
それでも自分を見て皆本が辛い思いをしているのは、どうも気分が悪い


「キャリー……?」と言われた時の皆本の顔がどうしても離れない
そのことが、自分が皆本を苦しめてるような錯覚に陥る
早く2日経って欲しい、それが薫の正直な思いだった





















薫の願いが通じたかは知らないが、皆本とチルドレンが接触することはこの2日全くなかった
その間、チルドレンが禁断症状を催すこともあったが、割と平和に過ぎた2日間だった







そうこうして、2日目の夕方

チルドレンは宿題をするために、バベルの休憩所へ向かっていた

「明日からようやく元に戻れる」
薫はそんな気分でバベルの廊下を、葵と紫穂とともに歩いていた


その時




「………痛!」

「薫ちゃん?」


いきなり薫が床にふせた
くるぶし辺りをおさえて、

「つっちゃった…」

と申し訳なさそうに言った


「陸上ではしゃいでたからなぁ、そのせいちゃう?」

「とりあえず、医務室に行きましょ。ほら」

紫穂が立つ手助けをしようと手を出すが、

「いや、大丈夫だって。サイコキネシスで浮いて行くから。先に二人で行ってて」
と薫は遠慮して断る


あまりしつこく言うのも悪いので、

「そう?じゃぁ、そうするわ」
と紫穂は応えた


「早よ戻ってこいよ?今日は数学の量が半端ないからなぁ」

「分かってる」




薫は二人と分かれた後、そのまま医務室に向かった

医務室の前に来ると、ガラス越しに人影が映ってる
どうやら賢木が中にいるらしい、丁度良いと思って、サイコキネシスでドアを開ける




すると



「……キャ…おる……?!」

「え?あ、え?ゴ、ゴメン!皆本!!」

そう言うと、物凄い勢いでドアを閉めた

いきなり視界に皆本が現れて、一瞬焦った
普段はこんなことなかったのに、2日間ずっと会おうとしないとこんなに慌てるものだろうか
心拍数が上がる、ただ会っただけなのに





しかし、しばらくすると
「薫…入らないのか?」

「え?」

薫は一瞬聞き間違いかと思った
ずっと今の自分は皆本を悲しませるのではないかと思っていたからだ

「……い、いいの?」

遠慮がちに返してみる

「構わないさ、それに君も医務室に用があったんだろ?」

「うん、ちょっと…足つっちゃって……」

「じゃあ入れ。それくらいなら手当てする」

皆本の声はいつもと変わらない
その事に少し安心して、薫は医務室のドアを開ける



「お、おじゃましま〜す」

「なんだ?その挨拶」


少しあきれた口調で皆本は薫を迎える
一方の薫はキョロキョロと辺りを見渡し

「センセーは?」

「賢木ならさっき女の子と携帯で電話してたよ。
 慌ててたから、多分浮気がバレたんだろう」

「また?」

「まぁ、いつもの事だよ。それより足」

「あ、うん」



薫はベッドに腰掛け、椅子の上に足を置く
皆本は棚から包帯や薬を出し入れしてるところから、救急箱を探しているようだ


それにしても、さっきから皆本に動揺がない、あの時は凄く動揺してたのに
皆本の背中を見て、恐る恐る聞いてみる



「ねぇ皆本、もう、キャリーに見えないの?」

「いや、見えているよ」

「でも、すごく自然じゃん」

「そうかもな」

「……大丈夫なの?」

「何が?」

「いや、その、辛い事思い出しちゃうのかな〜……って」

その瞬間、場の空気が凍り付くように静かになる
言いすぎた、薫は心の中でそう思った

しかし、
「はははははは」


いきなり皆本が笑い出した
何がどうなっているのだろう?
不可解な気持ちが怒りに変わる

「何?本気で心配してるのに!!」

「いやすまない。だから変だったのか、お前」

「変って…皆本だってあの時、すごい辛そうだったじゃんか!」

「そりゃ、いきなりだったからな、驚いたさ。けど、今はもう分かってるから」

「じゃあ、何で休んだのさ?!会えなくて寂しかったんだよ?」

「いや、その姿で会うと、どうしても願っちゃうから」

「え?」

「彼女がいてくれたらって…」

再び沈黙が訪れる
先程よりも言いすぎた、という思いが薫の中で強くなる


「キャリーの顔や声…それ自体はとても幸せな事。ずっと見てたいし、聞いていたい。
 けど、これはヒュプノ。願えば願うほど、その幻覚は深くなる。
 そしたら、今度は薫の顔や声と出会わなくなる」

「あ……」


やっと不可解な気持ちがスッキリした
皆本は自分がキャリーの姿になったから辛かったのではない
自分の姿が消えてしまうかもしれないから、辛かったのだと、怖かったのだと

先程の怒りも後悔もなくなり、代わりに胸の中で熱いものを感じる


「薫…人を好きになると、どうにもならなくなるんだ。
 抑えられるものでもない、唯一出来るのは委ねる事なんだ」

救急箱を見つけた皆本は適当に椅子を拾って、薫の前に座る

「委ねる…?」

「ああ、だからこの2日間気持ちを整理していた。キャリーはここにはいないって」

「それが委ねること…?」

「分からない。けど、それで今はこうして普通に薫と話ができるだろう?」

「あ…うん…」

「キャリーは思い出。そう思うとヒュプノにも勝てる気がしたんだ」


薫は相槌も打つ気になれなかった
こんなに真剣に、けれども、いつものように優しい皆本は初めてな気がする
その新鮮な皆本に見惚れていたのかもしれない


「よし」


知らぬ間に手当ては終わっていたらしい
皆本の手が薫の足から離れる

「薫………」

「え、な、何?」


いきなり声を掛けられ、ふと我に返る

「少しだけ我侭聞いてくれないか?」

「え?」


一瞬、薫の脳内にあらゆる妄想が駆け巡る
少女マンガチックなものが次々に溢れ出てくる




「ただ見つめていてくれないか?」

「え?」

意外な、しかし結構甘いセリフだ
二重の意味で薫の顔は赤くなった



「……うん」







しばらく、沈黙が続く
皆本は優しく色っぽい目で自分を見つめている


いや、皆本が見ているのは彼の思い出の中のキャリーだ
薫は十分分かっていた。分かっているが、どうしても見ておきたかった。自分の知らない皆本を








「………ありがとう、薫」


「もういいの?」

少し名残惜しそうに薫は言った

「ああ、いいんだ」


皆本は静かに言った












医務室を出ても、薫の鼓動は止まらなかった
例え違う人間に向けられた視線でも、見惚れてしまった








「人を好きになると、どうにもならなくなる……か。あたしもそうなんだよ、皆本?」

ドアを背にして、薫はそっと呟いた



いつかあの視線を自分に送って欲しい
いや、送らしてみせる
心の中でハッキリと薫は宣言した





ドア越しの想い人に届くように







我ながら、くさい

[mente]

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