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「サタデーナイト・パニック」

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「サタデーナイト・パニック」
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「ういー、終わった終わった!」
 と、薫。
「ほんま、毎度の事とはいえ、こっちも大変や」
 と、葵。
「ま、私たちも自分の成長具合が分かるから、いいんじゃない?」
 と、紫穂。

 わいわいと喋りながら、チルドレンはバベル本部内の医務室に戻って来た。
 毎週土曜日は特に任務のない限り、チルドレンはESP検査と管理の記録の為に、検査
室で多くの調査と実験に駆り出される。日本で3人しかいないレベル7のエスパー。
 その素顔は、まだ中学生の少女たちであった。

「あれ? 賢木センセいないぜ?」
「どっか行ってんのやろか?」
「そのうち戻ってくるでしょ?」

 医務室にいるはずの医師、賢木の姿はなかった。
 チルドレンはリラックスした様子で、医務室の隣の応接室のソファーに向かった。

「あ、あたし喉が渇いた。なんかあるかな?」
 と、薫は応接室に備え付けの冷蔵庫を開く。
 勝手知ったるなんとやら。
 パックのジュースや牛乳、お菓子の類まである中、薫はスポーツドリンクのボトルを見つ
けた。既に蓋の開いた形跡はあったが、薫は無性にそれが飲みたくなった。

「紫穂ー、これ、賢木センセのかな?」
「ん、視てみる」
 薫からボトルを受け取った紫穂は、サイコメトリーで情報を読み取る。

「そうね、賢木先生のだわ、蓋は開いてるけど口を付けた形跡はないわよ?」
「そっか、じゃ、これ貰おうっと!、葵と紫穂も飲む?」
 薫が聞くと、葵と紫穂も頷いた。
「そやな、ついでやしウチも飲むわ」
「じゃ、私、コップ出すね」

 と、紫穂は戸棚から紙コップを取り出した。
 薫はそれに、均等となる様にスポーツドリンクを注ぐ。

「では、乾杯ー!」
「・・・何にや?」
 葵の小さな突っ込みを意に介せず、薫は冷えたスポーツドリンクを一気に飲み干す。

「ぷっはー! 極楽極楽!」
「ほんま、オッサンやな、アンタ」
 呆れた様子で葵も喉を潤す。
「うん、おいし」
 紫穂は実験で少し疲れた身体に、冷たいドリンクが染みるのを感じた。

 バタン。

 その時、医務室のドアが開き、賢木が頭を掻きながら入って来た。
「まったく、局長め、つまらん事で呼び出しやがって・・・」
 ぶつくさ呟きながら、賢木はチルドレンの姿を見つけた。

「おう、おまえら帰ってたのか」
「センセ、どこ行ってたんだよー!」
 口を尖らせる薫に賢木は苦笑う。
「ま、野暮用だ、で、おまえら検査で何か変化は・・・」
 ふと、賢木は応接室のテーブルの上のカラのペットボトルに気付いた。

「って、おまえらそのスポーツドリンク・・・」
「ああ、これ? 喉乾いてたんで貰ったよ?」
 何気ない薫の言葉に、賢木の顔色が変わった。
「・・・まさか、全部飲んだのか!?」
「うん、3人で分けたんやけど・・・あかんかった?」
 申し訳なさそうに答える葵。
 だが、賢木は膝を付いてカラのボトルを呆然と見やる。
「やだ先生、ペットボトル一本ぐらいいいじゃない、ケチくさいわね」
 そんな賢木をジト目で紫穂が見下す。

「いや、そうじゃなくて・・・てか、おまえら・・・」
 明らかに狼狽した様子で、賢木はチルドレンを眺め渡す。

「どしたの?センセ?」
 不思議そうに問う薫に、賢木は手を顔に当て焦点の合わない目線で答えた。

「・・・おまえら、もう帰っていいぞ・・・」

「へ?」
「ウチらの報告書、書かなあかんのとちゃうん?」
「先生、何か様子が変よ」

「ああ・・・つか、おまえら大丈夫か?」
「・・・先生の方が、大丈夫じゃなさそうなんだけど?」
 不審がる紫穂。
 だが、賢木はそのままおぼつかない足取りで歩き始める。

「報告書はいい、おまえら早く帰ってろ・・・」

 そう言い残して医務室を出た賢木に、チルドレンは顔を見合わせて首を傾げた。

「あ、まさかドリンクに何か入ってた!?」
 薫は慌ててボトルを紫穂に手渡した。

「んー・・・」
 真剣に、わずかに残っていたドリンクの成分を視る紫穂。

「どないや?」
 心配そうに聞く葵に、紫穂はフッと息を付く。

「心配ないわ、普通の市販のスポーツドリンクそのままの成分よ?」
「じゃ、なんで賢木センセあんなに妙な素振りを・・・?」
 薫の問いに、紫穂は肩をすくめる。

「さあ・・・ね?」


 ***


「なんだって!!」
「すまん、俺の管理不行き届きだ!」
「・・・なんてこった・・・」

 ESP検査分析室にいた皆本に、両手を合わせて謝りに謝る賢木の姿があった。

「まさか、あいつらが蓋の開いたペットボトルに手を出すとは思わなくて・・・」
「木を隠すには森の中、とは言うが・・・賢木、おまえの失点だ」
「・・・新品のジュースがたくさんあるのに・・・よりにもよって・・・」

 賢木は空いていた椅子に力なく腰掛ける。
 皆本は、呆れた様子で賢木を見やると、手元にメモ用紙を引き寄せた。

「で、もう一回言ってくれ。ボトルの中に何が混じってたって?」

「まぁ、何だその・・・要するに脳下垂体の女性ホルモンに反応して、性的欲求を促進
させる一種の・・・」
「端的に言うと、媚薬って奴か?」

 さすがの皆本も賢木への視線は冷ややかだった。

「すまんっ!」
「はぁ・・・おまえもそんなもん持ってんなよ」
「いやぁ、大学ん時のダチだったロヴが送ってくれてよ、効くから使ってみろって・・・」
「ロバートか・・・類友とは良く言ったモノだ。あいつ今、コメリカの薬品会社の開発部
にいるんだろ?」
「ああ、たらしっぷりは健在だとよ」
「おまえもだ! まったく余計な事をしてくれたな・・・で、その厄介そうなブツの薬理
作用は?」
「それだがな、最高血中濃度に至るまでには約6時間のタイムラグがある。それまでは何
の効果もないらしい、そして半減期は3時間ほどらしいんだ」
「らしいって?」
「実は、俺もまだ試した事はなくって・・・今回が初めてなんだ」
「と、いう事は・・・?」
「どうなるか分からんってこった、わはははははっ!」
「笑い事じゃないっ!」

 ゴツン!
 皆本のゲンコツが賢木の頭に炸裂した。

「痛ててっ!」
「ったく・・・どうなるんだか・・・困ったな・・・」
「ま、まぁ、3人で分けたって事だから、本来の作用より薄まってるはずなんだがな」
「だが、あいつらの身体には免疫がない。効果以前に副作用が出る可能性も・・・」
「うーん・・・ロヴの話だと薬の抜け際にちょっと睡眠作用があるって事だがな」
「それだけで済めば苦労はしないが・・・」
「どうする皆本?、今日は本部に泊まり込むか?」
 
 賢木の提案に、皆本は首を振る。
 
「いや、あいつらに効果が出た時が心配だ。あえて僕が居た方がいいかも知れない」
「だろうな、効果が出れば、あいつらは間違いなくおまえを狙ってくるはずだ」

 しばし考え込んだ皆本は、ため息をついた。

「ふう、万全の体制で安全かつ効率的に対処するしかないか・・・」
「健闘を祈るぜ!」

 サムアップサインを突き出す賢木に、再び皆本のゲンコツが飛ぶ。

「他人事みたいに言うんじゃないっ!」
「うううっ・・・」

 呻く賢木を放置して、皆本は腕時計を見やった。

「今から6時間後だと24時を越えた頃か。効果が出るなら・・・26時辺りかな?」


 ***


「皆本、なんか遅くなるってさ!」
 受話器を戻した薫は、リビングでくつろいでいた葵と紫穂に振り向いて告げた。

「うーん。ほな、晩ご飯は食べとこか?」
 携帯ゲーム機から面を上げた葵が、両腕を上げて伸びをする。
「冷凍していたシチューがあったでしょ? それでいいんじゃない?」
 紫穂は眺めていたマンガ雑誌越しに時計を見る。
 午後9時を過ぎ、いい具合にお腹も空いてきていた。
「よっしゃ、じゃあ、あたしが腕を振るいますか」
 ぐるぐると腕を回して、薫は冷凍庫からタッパーを取り出すと、電子レンジに入れた。

「サイキックーーー! レンジでチーン!」
「・・・それ、超能力ちゃうやろ!」

 葵のツッコミに、グッジョブとばかりに薫は笑った。


 ***


 チッ、チッ、チッ・・・・

 時計が静かに時を刻む。
 午前2時を過ぎた頃。

 運命の時が来た。

「なんじゃーーーこりゃーーー!」

 叫ぶや否や布団をはね除け、薫は我が身の異変に目を見開いた。

「熱い!なんか身体が熱いっ!」
 汗ばむ額を拭い、薫はパジャマのボタンを一つ二つ外した。

「・・・ウチも、何か変や・・・身体の芯が、めっちゃ熱い・・・」
 うずくまる様な格好の葵は、手足をびくびく震わせていた。

「・・・これは明らかに、一服盛られた感じだわ・・・」
 顔を上気させ、むくりと起き上がった紫穂は不機嫌そうに呟いた。

「なななな、何がどうなってんだ? 分かるか?紫穂!」
 真っ赤な顔で薫は紫穂に問う。
 目をつむって集中していた紫穂の脳裏に、鮮明なイメージが浮かんだ。

「スポーツドリンク」
「へ?」
「夕方に飲んだでしょ? 賢木先生が何か仕込んでたみたい、あのドリンクに」
「・・・そんなん、何もないって言うとったやん、紫穂ー・・・」
 熱い吐息と共に、葵は紫穂に抗議の視線を向ける。
「私はスペクトルアナライザーじゃないわ、雑多な成分の中の一部に何か含まれていて
も、毒ならともかく、こんな薬物を検出するのは意外と難しいのよ」
 ムッとした表情の紫穂だが、自らの失態に無念を感じてもいた。

「なら、毒じゃないんだな?」
 薫が確認する様に聞いた。
「ええ、身体への害そのものはないわ。ただこれは・・・ちょっと・・・」
 紫穂は、この薬効が何を意味するのか言いあぐねた。

 だが、薫がぽつりと結論を出した。

「何だか分からんが・・・猛烈に・・・やりてぇ・・・」

 血走った目の薫は、既に獲物を狙う獣じみた表情になっていた。

「・・・否定はしないわ」
 紫穂も蠱惑な笑みを浮かべていた。

「・・・どないする気やのん・・・?」
 瞳を潤ませた葵は、身体中を駆けめぐる情動にまだ心が追い付かないでいた。

「総員、戦闘準備! ミッション発情!・・・もとい発動!」

 薫が、葵と紫穂に告げた。


 ***


「ちょ・・・本気なん? コレ?」
「おう、本気と書いてマジと読む。 葵、もう後には引けないのさ!」
「せやけど・・・こんな格好・・・」

 拳を握る薫に、葵は身体をよじらせて恥じらった。

「こんな事もあろうかと、あたしが密かに用意していた勝負戦闘服だぜ!」
「こんな事もあろうか・・・の前に、服じゃないわね」
「なんだよ、紫穂、文句あるなら着るなよぉ」
「文句はないわよ? でも、オプションは欲しいわね」
「オプションって、何?」
「鞭」

 さらりと紫穂は言ってのけた。

「おお!」
「何を納得してんねん・・・」

 寝室でわいわい騒ぎながら、それぞれ悩殺的な衣装に着替えたチルドレンがいた。

 薫は、赤いレースのブラとお揃いのショーツに、ピンクのシースルーのベビードール。
 葵は、黒いブラとひもパンに、黒ストッキングを吊るガーターベルトが色っぽい艶姿。
 紫穂は紫のエナメル素材のセパレートのボンテージ・スーツ。ブーツまで履いている。

「こんなん、いつ用意しとってんな・・・」
 身体に波打つ感情を抑える葵のツッコミは、こころなし悩ましい。

「勝負は、今からの戦闘で勝敗が決まる! そしてターゲットは皆本ただ一人!」
 拳を突き上げる薫に、葵と紫穂は頷く。
「バトルロイヤルってワケね?」
 紫穂は舌なめずりで唇を潤す。

「いや、正確には皆本の寝室に侵入するまでは協力体制で行きたい、お互いのフォロー
がみんなの幸せを掴む為に必要なんだ!」
 薫が熱弁する。
「オッケー、で、部屋に入った後はどうするの?」
 紫穂が聞くと、薫はしばし考えた。

「じゃんけん、でいいかな?」
「ま、あんまり暴れるわけにもいかないし、それでいいわね? 葵ちゃんも」
 まだもじもじしている葵は、ぼんやりした頭の中の整理が付かない様子だ。

「葵のテレポートで一気に攻めようとしたけど・・・これじゃダメだな」
「私が斥候に出るわ」
「大丈夫か?」
「まかせて!」

 キィ・・・。

 寝室の扉を開け、紫穂は静かに手を廊下にかざした。
「皆本さんは寝室だわ、もう帰って来てたみたい。ベッドで寝てるわね」
 するりと紫穂は廊下に抜け出ると、リミッターの通信装置で薫に報告する。

「こちらウルズ3、現状に問題はない。セキュリティは通常状態」
「ウルズ1、了解。速やかにターゲットの捕捉にかかれ」
「ラジャー!」

 抜き足差し足で皆本の寝室前まで来た紫穂は、ゆっくりとドアノブに手を掛けた。
「施錠はしていない、これよりターゲットの寝室に潜入する!」
「良し、行け。まずはターゲットの制圧を優先せよ!」

 ガチャリ。

 皆本の寝室に、一気に飛び込んだ紫穂は、ベッドの上に馬乗りになり皆本の身体に
出力を抑えたスタンガンを突きつけた。

「皆本さん! おとなしくして・・・えっ!?」

 が、手応えがない。
 異変に気付いた紫穂が離脱しようとしたが、背後から羽交い締めにされた。
 そして揮発性睡眠剤の染みた布を鼻に当てられ、崩れる様にベッドに倒れ込んだ。

「どうした!? おいっ! ウルズ3!応答しろ!」
「・・・く・・・」
 薄れゆく意識の中、紫穂は必死に返答する。
「皆本さん・・・私たちの事・・・知っているみたい・・・」
「何だって!?」
「ごめん、私、油断してた・・・後は・・・お願い・・・ぷつっ」
「おい、返事をしろ!ウルズ3!ウルズ3!紫穂!」
 薫の声が空しく響き、友の一人が陥落した事を薫は知った。

「ちくしょう! 皆本の奴、知ってて罠にかけやがったな!」
「何やて!?」
「おそらく賢木センセから事の次第を聞いたんだろう、何食わぬ顔してあのガキャ!」

 薫の本来の闘争心に火が付き、その瞳が燃え上がった。

「ならもう、遠慮はいらねえ! ウルズ2、一気に突入するぞ!」
「何やわからんけど、せやったらテレポート解禁や!」

 ヒュパッ!

 その瞬間、マンションの部屋全体が細かい鳴動に包まれた。

「ヤバい! ウルズ2!戻って来い! ECMが全開になってる!」
「うわあっ!」

 目的座標を狂わされ、葵はダイニングのテーブルの脚にしこたま頭をぶつけた。
「痛たたたたっ!」
 ふらふら立ち上がろうとした葵だが、強い力に抱き上げられたかと思った瞬間、後ろ
手にESP錠を掛けられ身体の自由が奪われた。

「ちょ、何すんねん!」
「しばらく、大人しくしていてくれ」
 皆本の声がした。が、姿は見えない。

「光学迷彩スーツ!?」
「ご名答、でも今は少しばかり我慢していてくれ」
 皆本は紫穂に嗅がせたのと同じ睡眠剤を葵にも嗅がせ、リビングのソファに横たえた。

 賢木と共に残業して調合した睡眠剤は、即効性だが身体に害を及ぼさない程度には効
力を抑えてある。しかし充分な効き目は保てている様子だった。

「まったく、なんて格好してるんだ、二人とも・・・」
 皆本は、先の紫穂と今の葵の下着姿に額を押さえた。
 そして、葵にブランケットを掛けると、さてとばかりに息を付く。

「この様子だと、薫もとんでもない事になってそうだな・・・」


 ***


「・・・紫穂、葵・・・」
 応答の無くなった友を思い、薫は拳を握りしめた。

「この借りは、身体で返して貰うぞ、皆本!」
 火照りきった全身にみなぎる情欲が、今の薫のモチベーションだ。

「やってやるぜ!」

 ダンッ!
 寝室を飛び出した薫は皆本の姿を求めて、部屋中を駆け回る。
 ECMは依然、最大出力で稼働していて、薫のサイコキノの感覚は鈍っている。
 しかし、それを打ち破る勢いの気合いを込め、薫は叫んだ。

「どこだー! 皆本ーー! 一発やらせろー!!」
「真夜中に、何をわめいてんだ、バカ!」
「うわっ!そこかっ!」

 光学迷彩スーツに身を包んだ皆本は、薫のすぐ背後にいた。

「こんにゃろう!」
 がむしゃらに振り上げた薫の腕を、皆本は掴む。
「こら、暴れるな薫!」
「うるせぇ! 観念してとっとと一発やらせろってんだ!」
「女の子がそんな事を口走っちゃ、いかんっ!」
「てめぇ、女の子に妙な幻想いだいてんじゃねぇっ!」

 じたばた暴れる薫は、皆本の手を振りほどいた。

「みーなーもーとー! そんな小細工してねえで、正々堂々とやらせろっ!」
「だからっ! そんな事を大声で叫ぶなっ!」

 姿の見えない皆本に、苛立った薫は、そこらへんの物を手当たり次第に投げ始めた。

「こら、薫!やめろっ!」
 皆本の制止も空しく、花瓶が宙を舞った。

 ガシャン!
 飛び散った水の飛沫が、一瞬、迷彩スーツの輪郭を浮き立たせた。

「そこかっ!」
 すかさず薫は飛びかかり、皆本の腕をひっ掴んだ。
 だが、ECM稼働状況下では、大人の皆本との力の差はあまりなく、薫も腕を掴まれて
組み手の均衡状態になってしまった。

「んぎぎぎぎっ! 皆本っ! なんでそこまで抵抗する!」
「当たり前だっ! きみ達は僕を社会的に抹殺するつもりかっ!」
「こっちはむしろウェルカムなんだ! 問題ないだろうっ!」
「おおアリだっ! バカ!」
「バカだとう? 据え膳食わぬ男の方が恥だろうっ!」
「それは時と場合だっ! きみ達はまだ子供なんだからなっ!」

 その言葉に、薫が表情を曇らせ、掴んでいた皆本の手を離した。

「・・・薫?」
「・・・なんだよ・・・まだあたしらをガキ扱いすんのかよ・・・」
 寂しげにうつむく薫。
「薫?」
「皆本には、あたしらがこんな格好してても、ガキにしか見えないんだな・・・」
 薫はベビードールの端をつまみ上げ、その姿でぐいっと迫る。

「あたしら、そんなに魅力ないの? 女の子として見て貰えないの?」
 すがる様な視線の薫に、皆本はスーツのヘルメットの中で顔を赤らめた。
 いつも一緒に暮らしているチルドレンの成長具合は、誰よりも皆本がそれを感じては
いる。中学生になってから特に、ちょっとした仕草が柔らかみを帯びて来ている事を。

「いや・・・それは・・・」
 口ごもる皆本。
 薫から視線を外した刹那。

 バゴンッ!

 皆本の身体が壁に叩き付けられた。へこんだ壁が皆本の位置を示す。

「ぐっ!・・・薫、何を・・・」
「ふっ、ふっ、ふっ、油断したね皆本クン。女には駆け引きっていう武器があるのさ」

 悪魔の笑みで、薫は皆本に迫る。

「皆本、おまえはちょっと情に甘すぎるんだ。覚悟しな!」
「ちょ、ちょっと待て薫!」
「いーや、もう待てないね。あたしが皆本を極楽に行かせてあげる、ふふっ」
「こら、やめろ薫!」

 薫は両腕を空に掲げ、思いっきり叫ぶ。

「葵ー!紫穂ー! オラにやる気を分けてくれーーっ!」

 薫の全身がオーラに包まれた。そしてすっ飛んできた葵のイヤリング、紫穂の指輪の
リミッターを薫が身に付けた。

「・・・そんなバカな!?」
 唖然とする皆本に、薫は不敵な笑みを浮かべ、ぎらりと睨みを効かせる。

「最終奥義! ひトリブル・ブースト発動!!」

「そんな技はないーーーっ!」

 が、波動をまともに受けた皆本の身体は、強大な力で抑えつけられていた。

 ずんずん迫る薫、皆本は動きが取れない。

「・・・これは、紫穂の分!」
 迷彩スーツのヘルメットが砕け散り、皆本の焦り顔が露わになった。

「・・・これは、葵の分!」
 スーツが切り裂かれ、意外に筋肉質の皆本の上半身が露わになる。

「待て、薫! これ以上は社会的にも『GTY+』の規約にも反する可能性が・・・!」

「知 っ た こ と か あ っ !」

 真っ赤な顔で薫は、皆本の最後の砦、スーツの下半身に焦点を合わせた。
 じわじわと、残ったスーツの下半分がずり下がってゆく。

「薫っ、やめっ、話せば分かるっ!」
「終わった後に、聞いてやる」

 ふ。
 薫の口の端が不敵に歪む。

「サイキックーー! ズボン下ろしーっ!!・・・・あ、あれ・・・!?」

「うわあああああっ!」

 遂にひん剥かれた事を覚悟した皆本だが、薫が首をもたげたまま動かなくなっている
事に気付いた。

「・・・おい、薫?」
 そっと近づいて様子を見ると、薫は立ったまま「くかーっ」っと寝息を立てていた。

「ああ、そうかブーストとECMの負荷で睡眠作用が促進されたってワケか・・・」

 人心地ついた皆本は、やれやれとその場に座り込んだ。
 薫が暴れたせいで、部屋の中はめちゃくちゃになっている。

「ま、助かっただけマシと思う事にしよう・・・」

 苦笑いの皆本は、そっと薫を抱き上げると、寝室まで運び入れた。
 さすがに着替えまでは手を付けられないので、代わりにバスローブで身体をくるみ、
紫穂も葵も同じようにしてベッドに横たえさせた。

「まったく、手間かけさせやがって・・・」

 皆本は、安らかな寝顔の薫の鼻先を軽く弾いて、窓の外を見た。

 うっすらと東の空が白み始め、長い一日の終わりと、始まりが来る事を示していた。

「ま、掃除は帰ってきてからだな・・ふわわ、ちょっとだけ一眠りするかな・・・」
 背をのばし、自室に戻る皆本。だが、今日も長い一日となるのは知る由も無かった。


 ***


 昼を少し過ぎた頃の、バベル本部の一階受付。
 休日とはいえ、年中無休のバベルには、まばらに人の姿はある。
 看板娘の「ザ・ダブルフェイス」は、エントランスにのそりと現れたチルドレンに気づ
いた。

「あら、あなた達、今日は本部待機だっけ?」
 にこやかに聞くほたるに、薫は眠そうな表情で答えた。
「うんにゃ、違う」
「皆本さんなら・・・多分、検査室にいると思うわ」
 奈津子は、かすかに皆本の位置を察知して紫穂に伝える。
「今は皆本さんに用はないの・・・」
 気だるそうに答える紫穂。
「ふわわー、まだなんか眠気が取れへん・・・」
 あくび混じりの葵は、ぐったりとカウンターに身を預けた。

「どうしたの、みんな? 元気ないわねぇ?」
「それがさー、聞いてよ奈津子さぁん!」
 薫はカウンターに肘を付き、目をこすりながら語り始める。

「昨日、一晩中皆本が(抵抗)しやがってよぉ・・・」
「へ!?」
「こっちはもう、くたくただっつーの」
「えっ!」
 
 奈津子とほたるの表情が凍り付いた。

「私はいきなりだったから、よくは分からないけど、ずっと(寝か)されてたみたい」
 紫穂は口を尖らせる。
「そんなん、ウチは後ろ手に手錠やで。ほんで(転が)されたん、たまらんわ」
 葵は憤慨した表情でぶーたれる。

「あの・・あなた達・・・!?」
 奈津子は額に冷や汗が浮かんできた。

「でよー、あいつ本気で(抵抗)しまくったから、部屋ん中がめちゃくちゃでさ、仕方な
いからあたしら、待機室で寝直そうって事にしたんだ」

「あ、あ、そう・・・」
 既にほたるの返事は上の空だ。

「嗅がされたクスリのせいかな? まだ少しぼんやり感も残ってるし」
「紫穂はまだマシやで? ウチなんかまだ(打った頭が)ヒリヒリしとるわ」

「・・・・・・」
 言葉を失うダブル・フェイスの二人。

「じゃあ、早く行こうぜー。葵、紫穂!」
「ほいさー」
「そうしましょ」

「んじゃ、お二人さん。あたしら待機室で寝てるから、よろしくー!」
 薫を先頭に、手を振りながら去りゆくチルドレン。

 その姿を唖然と見送るダブル・フェイス。
 しばらく、思考が停止していた。

 我に返ったのは奈津子が先だった。

「ほたる!」
「え? 何?」
「局長に、早く繋いで!」
「あ、ああ、そうね、そうしなきゃ!」

 ほたるは、慌てて局長への緊急ホットラインコールをかけた。

「局長? ほたるです。至急に報告すべき事が・・・」

 5分と立たぬ内に、全館に局長の怒号が響いた。

『皆本光一二尉ーーーーーー!!!! 至急、局長室に出頭しろーーーーーー!!!!』


 ***


 皆本が事態を説明し、誤解を解くのに、たっぷり7時間を要した。

 さらにバベル内に蔓延した噂が沈静化するには、一ヶ月ほど掛かった。



                                 (おしまい)
________________________________________
エッチなのはいけないと思いますん(笑)

えー、松楠です。今回の話は【ミッション4】参加分として用意してみました。
ワタシ、基本は「コメディ脳」なので、やっぱりドタバタ劇になってしまいました(笑)

とりあえず、葵にはガーター姿が似合うと思います。思いますよね? 思いましょう。

思って下さいっ!(懇願)

そんなワケで、チルドレンの艶姿を妄想したら負けの方向で。(ワタシは負けました)

ではでは、今回はこれにて。

                                 松楠 御堂 拝


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