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ドアの向こう

「ふぃ〜やっと帰り着いたでござるよ」
「結構長かったですねぇ…」

事務所前に車を止めた途端にシロが飛び降り、大きく伸びをしている。
早く帰りたいがために、夜明けまで続いた除霊が終わってすぐ
休みもせずに車を飛ばしてきたのだ。
皆の疲れはピークに達していると言っても過言ではないだろう。無論、私も。

気付けば空は朱に染まっていた。
だが、こうやって帰り着けば除霊で疲れた体が『すぅっ』と楽になっていくのを感じる。
1週間という長期滞在の除霊を終え、無事に帰り着いたお陰で
張っていた気が緩んだ所為もあるだろう。


「美神どのー、早く入るでござるよ〜」
「はいはい」

命の危険性は無いものの、事務所に入れば仕事が待っている。
何か飛び入りの仕事があるかもしれないと、横島君やタマモを留守番させていたのだ。
今回の仕事の報告と、横島君たちの報告。それに後のスケジュールについて…


「ん? アンタ達、一体何し…」
「しぃっ…美神さん、今良い所なんですからっ」
「そうでござるよ。あの女狐が…くふふ…」

車を車庫に入れ、事務所に入ればドアの前でおキヌちゃんとシロが座って…
どうやらドアに耳を当てて、中の様子を聞いているようだった。

−−−−−−−−
GS美神短編 UGさんミッション4企画「ドアの向こう側」
−−−−−−−−

「意外にアンタ達って悪趣味なのね」

そう口では言うものの、中に居るのは横島君とタマモ。
二人きりで何の話をしているのか気にならない訳はない。


『…でよっ! ……なんて』
「っ!?」

ドアの向こうから聞こえるタマモの悲痛な叫びに思わず息を呑んでしまう。
彼女があんな感情的に叫んだのを、私は見たことがあるだろうか…

耳を当てている二人には、今の言葉がはっきり聞こえたのだろうか
二人して、なんとも嫌な笑みを浮かべていた。


『判ってるだろう? 美神さんが帰ってくるまで…その一週間だけの約束だった筈だぞ』
「よ、横島く…っ!」

耳を当てて一番最初に聞こえたのは、今まで聞いた事の無いような低い…横島君の声だった。
思わず彼の名を呼びそうになってしまい、慌てて口を噤(つぐ)んでしまう。

いや、本当なら口を噤む必要など無いのだ。
ただドアを開けて、二人に『ただいま』と言えばそれで終わるはずなのだ。

なのに…今の私にはドアを開けるどころか、声を上げる勇気すら無かった…


『だから、今日で…』
『今日…今日までは良いのよね、そうよね横島っ!』

ある意味狂気染みたタマモの声。何が彼女をそこまで切羽詰らせているのか私には…


判らない?
いや…判っている。
判らない『ふり』をしているだけ。


「…美神どのはもう聞かないのでござるか?」
「えっ…あ…えと…」

ゆっくりとドアから耳を離した私に、シロは不思議そうな顔をして聞いてくる。
いや、おキヌちゃんも…か。
なぜ二人はこうも平然と聞けるのだろうか。
二人とも、横島君の事を好きではなかったのか…

耳を離した所為か、向こうの内容は一気に聞き取り辛くなっていた。
だが、これ以上聞きたくは…


『…ひっく……ぐす……ぇう……』

なのに、タマモのすすり泣く声に引き寄せられるようにまた耳を当ててしまう。
こんなにもタマモが横島君のことを想っているだなんて、思いも寄らなかった。


『ったく…ほら。がっつくなよ? どうなっても知らんからな』
『うん…うんっ…これ、全部私のだからね。』

『とさっ』というソファに座る音。
座ったのは横島君だろうか…
ソファの上で動く音…そして

『はぁ…はぁっ…はんっ…ず…じゅるっ…ん…ふ…んっ…んんっ!?…かっ…けほっ…けほ…』
『だから言っただろう? そんないきなり全部頬張るからだぞ』

何かの水音と共に聞こえるタマモの啜る音。
冷静な横島君の声がその中でも鮮烈に聞こえてくる。


「美神どの…泣いているでござるか?」
「…へ?…泣いてなん…あれ…なんで…」

視界が滲む。
溢れる思いを、必死に繕うとするのに
まるで手から零れる水の様に、溢れていく。


「…よく判らんでござるが、おキヌどの。聞き耳立ててる場合ではなさそうでござるな」
「そ、そうね。横し…」
「待って…待ってぇっ!!」

横島君の名を呼びながら部屋に入ろうとするおキヌちゃんに縋り、大声で叫んでしまう。
感情が止まらない。涙が…まるで壊れた蛇口のように止め処なく溢れて…


「おキヌちゃん何やって…って、何で美神さん泣いてるんスかっ!?」
「よーこーじーまーぐぅぅん…うぁぁぁん…」

涙やら鼻水やらが口の中に入って、口中が塩辛い。
頭の中がぐちゃぐちゃで、横島君の姿を見た瞬間
私は彼に抱きついてしまっていた。

タマモに恨まれても良い。
私は彼が好きなのだ。

「お、落ち着い…あぁっ…美神さんのチチがっ! 太ももがっ! つまりこれは、さり気無くシリも触っておっけーっスかぁぁっ!!」

失いたくない。
ずっと傍に居て欲しい。
そんな思いが溢れて止まらない。

止まら…



「タマモー、美味そうでござるなー。『先生特製きつねうどん』は」
「ん〜…ちゅるっ…へぇ…結構良い味出してますね。」
「あーっ 今食べ…ってシロ! 勝手に…このうどんは横島が『私のため』に作ったのよっ!!」

今、何か聞いてはならない物を聞いてしまったような気がする。


部屋に香るきつねうどんの良い香り。
そういえば、急いで帰ってきたからロクな物を食べていなかった。

…なんて事を思い出している場合ではない。


「いつまで触ってるのよっ!」
「理不尽っ!?」

兎にも角にも、まずはシバいておこう。
恥かしさも相俟って、少し強めになるけれど…それはこのバカが変な言い回しをした所為なのだ。
私を優しく抱き留めるならまだ…






「…で、結局どういうことなのよ?」
「いやー…それが…」

事務所で一週間留守番をするということで、横島君達は食事当番を決める事にしたのだが
横島君もタマモも料理は上手くない…というより、進んでやる方ではないのだ。

そこで、その日の食事をどちらが作るかでジャンケンをして
勝った方が負けた方に『食べたい物』を言って作って貰うことにしたらしい。


「それで、横島は最初の一回以外全敗して」
「最初以外全部きつねうどんになったんですね」

横島君を鼻で笑いながら言うタマモに、おキヌちゃんが笑顔で頷いている。
しかし、全敗?

横島君って、結構遊びに関しては全般的に強いと思っていたのだけど…


「あれ? 先生ってジャンケン強くないでござるか? 拙者、一回も勝った事ないでござるよ」
「ん〜…言って良い、横島? 『その後のこと』も」

シロも私と同じ疑問を持ったのだろう。
タマモに質問をするのだが、タマモはまるで『言うと勿体無い』と言わぬばかりの間を空け
『にやにや』とタマモが意味深な笑みを浮かべながら横島に許可を貰っていた。

何の許可だ。もう騙されるつもりは無い。
聞いて見れば、私達が部屋のすぐ外に居ることを最初から知っていて
タマモは業と芝居していたのだというのだ。
この変な言い回しも私を騙そうとしているに違いない。

「って、その手に持った神通棍は何スかーっ!?」
「判ってはいるけど…やっぱりむかつくのよっ!!」

違いない…けど、そんな言葉で止まるほど私は単純でもなくて


「うわ…何でタマモの口の中が生臭いでござるかっ!? ちゃんと歯を磨いているでござろうなっ!」
「確かに濃くて…ドロっとして…生臭いけど…クセになる味なのよ?」
「確かにクセになる味ですよねぇ…このヨーグルトって」

それでも結局は単純に騙されて、シバく動きが苛烈になってしまうのだ。

「理不尽やぁぁぁっ!!」
うぅ…眠い…只今午前3時半前…
思考能力が低下しているのか、入力失敗で4回エラーをたたき出してしまったゆめりあんでござります。

その度にコメントの言葉が変わっているという…前に書いた言葉は、既に私にすら判りません…

それは兎も角、如何でしたでしょうか。
所謂(いわゆる)『勘違い系』というやつですね。

でもその虚構の中にある真実。それは一体何なのか。
その正解はきっと、読者の皆さまの心の中にある事でしょう。

では、また次回に。

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