「それでどこか悪いところありました?」
「んにゃ、特に。教科書に載せたいぐらいの健康体だな」
俺の返事は、肩すかしだったようで、重病患者の家族のように張りつめていた明君の顔が崩れる。
だってホントのことだしなあ。
正直なところ、肩をすくめざるをえない。
医者が、患者やその家族が、期待や覚悟していることを、常に口にしなければならない道理はないのだ。
明君から頼まれた診察。初音ちゃんにはさんざん嫌がられたが、明君が言うことだからと押し切ってなんとか、受けてもらった。
その結果を伝えるために休憩室に来るように伝えた時に、「そんなところでいいんですか?」と非難めいた言葉を口にしていた時点で、どうもよっぽどの重病を覚悟しているなと予想はしていたのだが。
「じゃあ、悩みごとがあるとか」
「それもいつも通り。というか、そういうことなら君の方が知ってるんじゃないか?」
重々しさを取り戻した明君の顔が再び脱力する。
これまたホントのことなのだからしょうがない。
そもそも、四六時中、と言っていいぐらい一緒にいるんだから、誰よりも先に気づいてしかるべきだろうに。
「いや、そばにいるからこそ気づかないこともあるんじゃないかって。
これといって、珍しいことじゃなく、その時、強く思ってたことでもいいんです。教えてくれませんか?」
それはそれで一つ理屈なのかもしれない。自分が一番よく理解していると信じているからこそ、自分の思ってもみない変化が大事に感じられる、といったところだろうか。
とりあえず、医者の説明責任として、その時、最も強く思っていたことを正確に答える。
「そうだな、肉とかちくわとか今日のおかずとかがデッドヒートしてたな」
「……いつも通りですね」
「ああ。長引いたのがいけなかったかな。途中から、こっちに噛みついてきそうだったよ」
頷いてやると、明君はうなだれた。
初音ちゃんの変調に、明確な理由を得られなかったのが応えたのか、それとも噛みついてきそうな初音ちゃんを想像したのか。読まなくとも、まあ、そんなところだろう。
ともかく、納得はいっていないようだが、質問は尽きた。
手に持っていた書類でポンと頭を叩く。
一言残して、その場を去ることにした。
一度振り向くと、残された少年は、最後の一言の意味がわからなかったのか、不思議そうに首を傾げていた。
「何々どうしたの、修羅場?」
休憩室から出ると、豊満な胸を強調するように大きく胸元の開いたワンピースの女性が一人立っていた。
外から俺と明君が話しているのを覗いていたのだろう、ニヤニヤと笑っているのは、我らがバベルの影のドン、壷見不二子管理官だ。
彼女のことを知らない人間が見たら十人中十人が美女と言うだろう。が、彼女をよく知るこちらとしては、会う度がっくりと来てしまう。主に年齢的な意味で。
それはそれとして、名誉の為にもここは抗議しなければなるまい。
「高校生相手に、んなヘマしませんって」
「んじゃ大学生となら?」
「……ノーコメントです」
とはいっても答えは聞くまでもないと思ったらしく、軽蔑の眼差しを向けてくる管理官を黙らせるために、事情を説明することにした。このままフォローなしだと、あることないこと噂を広められそうだ。
「明君に初音ちゃんの健康診断頼まれましてね」
「初音ちゃん、どっか悪いの? さっき、薫ちゃんとじゃれて遊んでたけど」
明君に説明したように、悪いところは皆無。管理官の言うとおりなら、まもなく明君も、初音ちゃんの空腹を満たすために昼食の準備に追われて、悩んでる暇もなくなるだろう。
「ちょっとした異変があったんですよ、明君的に」
「明君的に?」
頷き、診察を頼み込んできたときの、そして結果を聞いていたときの明君の剣幕を思いだし、吹き出す。
なんであんな心配してるのに、気づかねーかな。
「初音ちゃんがスカートはいてきたんですって」
「ふーん、へー」
どうやらお察しいただけだようで、管理官の表情がゆるんだ。
「それで診察?」
「ええ、それで診察です。泣きそうな勢いで頼み込まれました」
「ん〜。それならまあ訓練メニュー追加ですませてあげよっかな〜」
楽しそうに管理官が頭を掻きながら笑む。
「さようで」
「そっ、でも不二子優しいから、訓練後には食事つき」
「どっちの?」
「ノーコメント」
なるほど、こっちも答えを最後まで聞く必要はないらしい。
まあ、がんばれ。
気づかない君が悪いんだから。
「んで、その道のスペシャリトとしては、明君に何かアドバイスしてあげたの」
「ヒントぐらいはあげましたよ。医者としてではないですけど」
一字違わず、繰り返す。
「本人の自然治癒力次第だって」
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