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戦いのあと

   
「どうしよう、あたし――
 京介を殺しちゃった……!!」

 パンドラとバベルのエスパーたちの乱戦の中。
 動かぬ兵部を運んだ薫がやってきた。

「あたしの攻撃を…… 
 ワザとよけなかったの……!!
 それで――」

 薫が手短かに状況を説明する。
 横たわる兵部へと駆け寄った葉。彼は、今の今まで殺し合いをしていた相手に助けを求める。

「息をしてない……!!
 先生っ!! 先生ーっ!!」

 他のところで戦っていた者も、異変を察知して一時休戦。気絶しているマッスルを除いて、その場の全員が、兵部の周りに集まってきた。

「……大丈夫だ。
 意識はねえけど心臓は動いている」

 賢木が、医師として太鼓判を押す。
 手当てするよう頼まれて、

「今できることと言えば――
 人工呼吸だけだろ。ヤだね」

 と拒否したことから、一騒動。
 すったもんだの挙げ句、駆けつけた皆本が行うことになったが……。

 パチ。

「え?」

 王子様のキスでお姫様が目を覚ますのは、童話の中の話。
 現実には、皆本に触れられただけで、兵部は意識を取り戻した。
 そしてバベル一同に電撃をかまして、

「不二子さんは
 すぐに戻って来る!
 同じ手はもう使えない!
 さっさとズラかるぞ!」

 パンドラメンバーを引き連れて、撤退していくのであった。


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「……という状況だったそうですね。
 葉から聞きましたよ、少佐」
「パティの話とは少し違うけど……。
 おそらく葉の報告の方が正しいんでしょう?」

 パンドラのアジトに戻り、一人、部屋で休む兵部。
 彼のもとへ足を運んだのは、真木と紅葉である。
 あの場にいながらも、早々と戦線から脱落した二人。そこに自責の念を抱かぬわけはないが、だからこそ、自分たちが意識を失っていた間の出来事が気がかりなのだ。

「女王(クイーン)の攻撃をワザと受けるなんて……。
 無茶は止めて下さいよ、少佐」

 やわらかな口調で、紅葉が苦言を呈した。
 真木も同じ思いだが、あえて口を開かない。彼の視線は、ソファに座る兵部自身にではなく、ベッドの近くのサイドテーブルに向けられていた。
 その上にあるのは、水差しと、空になったコップ。だが、それだけではない。

(やはり……)

 カプセルや錠剤など、複数の薬が無造作に置かれていた。綺麗に片づけられた部屋だからこそ、その乱雑さも目立つ。
 そうした状況を一瞥してから、真木は、表情も変えずに兵部の方へと目を動かした。

「いや『ワザと』じゃないよ。
 本当に、よけられなかったんだ」
「……そんなバカな。
 いくら連戦だったとはいえ、
 少佐が本気を出せば
 回避不能ということはないでしょ?」

 軽い態度で手を振ってみせた兵部に対し、紅葉が、さらに言葉を返している。
 兵部が一人で不二子と薫の両方を相手どったことは、紅葉も真木も、既に他のメンバーから聞いていた。
 紅葉は、その点に触れたのだが、

「連戦……?
 いや、不二子さんには苦労しなかったさ。
 とっておきの手札を切ってみせたからね。
 だけど……」

 フッと横を向く兵部。
 彼は、遠くを眺めるかのような目付きで、あの一瞬の攻防を回想する……。


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 バッ!! ゴォオオッ!!

 薫が一直線に夜空を飛ぶ。
 瞬間移動で戦場から離脱した兵部だったが、それでも、すぐに追い付かれそうな勢いだ。

「やれやれ……。
 逃してくれないのなら――
 ちょっと痛い目にあってもらうしかないね」

 と、振り返る兵部。
 そんな彼の目に映ったのは、泣きそうな表情の薫。
 いや。

「京介の……バカ!!
 戻ってきてくれて、嬉しかったのに……!!」

 既に彼女の瞳からは、大粒の涙が溢れていた。

「……ずるいよ、女王(クイーン)

 迎え撃とうとした手から、力が抜けて。
 ダラリと曲がった指先は、まるで手招きするかのような形となり。
 そのまま、相手の攻撃に手を添えるかのような形となり。
 彼は……。
 致命的な一撃を、胸に受けたのだった。


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(あれでは……ね)

 あらためて思い返してみても、やはり、仕方がない状況だった。
 兵部は、紅葉と真木の前で、頭を軽く横に振ってみせる。
 そして、ボソッとつぶやいた。

「女の子の涙には、かなわないからね」

 薫が来る直前には、爬虫類ヒュプノ攻撃で不二子を大泣きさせているのに。
 不二子は『女の子』としてカウントしていない、兵部であった。


   
   
   
 今週のエピソード、色々と解釈の余地がある描写がたくさんあって「おっ!」と思ったのですが、『色々と解釈の余地がある』からこそ、逆にそうした『解釈』をSS化してはいけないんじゃないかとも思ったり。
 少し悩んでいたのですが、それでも、せっかく毎週書いてきたので、一つは書いてみました。これはこれで、読み取りかたに幅を持たせたSSにしたつもりですが、いかがでしょうか。
 せめて『枯れ木も山のにぎわい』となれば幸いです。
  

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