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おるすばん

      
 ジャングルの密林は、昼間でも薄暗い。
 鬱蒼とした葉や枝に遮られ、太陽の光が地表まで届きにくいのだ。
 ましてや、今は夜。昼よりも、闇の深い時間帯。
 それでも少し開けた場所に集えば、星明かりに照らされて、お互いの顔も見える。

「ザコはまかせるわ!
 不二子と薫ちゃんは……」
「わかってる!!
 京介をしとめることに集中!!」

 バベルのエスパーたちの、ちょっとした作戦会議である。
 普通人(ノーマル)の皆本をその場に残し、

「心配いらんて!」
「すぐ片づけるから!!」

 葵・紫穂・賢木グループと、不二子・薫コンビとに別れて。
 それぞれ、瞬間移動で追撃に向かった。


___________


「……ダメだな。
 気配をつかまれてる」

 一方、パンドラ側も、

「不二子さんと女王(クイーン)は僕が引き受ける。
 残りは任せた」

 兵部少佐の指示で、二つにグループ分け。
 桃太郎を肩に乗せた兵部が、ヤバい相手を迎撃。
 そして、マッスル・葉・パティ・真木・紅葉――ただし真木と紅葉は意識不明でマッスルに担がれている――が、それ以外の相手。
 奇しくも、バベル側と同じ割り振りとなっていた。

「!」

 夜空の一点がキラッと光り、兵部が気付く。

「やべ……!!
 離れろ!! 早く!!」

 慌ててマッスルたちをテレポートさせる兵部。
 こうして、今。
 激闘の幕が上がった。




       おるすばん




 ヒュッ!!

 熱帯雨林の中に、突然、人影が現れる。
 その数、三つ。

「この辺りやで。
 ザコの気配は……」

 ピッと音がしそうな手つきで、眼鏡に手をやる葵。

「だから、葵ちゃん、 
 そんな設定ないってば」

 軽いツッコミを入れる紫穂。
 二人の後ろには、賢木の姿もある。
 だが。

 ゴツン!

 何者かに後頭部を強打され、彼の意識が闇に沈んだ。

「賢木せんせ!?」
「センセイ!?」

 振り向いた二人の目に映ったもの。
 それは、真っ暗な闇の中に浮かぶ、白い女の腕。
 肘から先だけの部分だった。
 ただし、怪談……などではない。

「これは……!」
「あら、あのコね」

 白い腕がスッと消えると同時に。
 持ち主の――その『あのコ』の――声が、別の方角から聞こえてくる。
 
「まずは一人撃沈。
 ……これで二対二よ!」

 そちらに目を向けると、腰に手をあてた少女が立っていた。

「……澪!」
「やっぱり」

 パンドラのエスパー、澪。
 そして、もう一人。まるで人見知りする子供のように、澪の背中に半ば隠れる位置にいるのは……。
 
「えーっと……」
「……あなた誰?」

 髪をサイドでポニーテール状に結わえた少女。
 澪やチルドレンと同じくらいの年頃のようだ。ジャンパースカートの胸当て部分と下のシャツとの間に、両腕を突っ込んでいる。
 だが、葵も紫穂も、彼女に見覚えがなかった。

「……パンドラの一員やな?」
「皆本さんのお見合い騒動にも
 来ていた一人かしら……?」
「そういえば、あの時、
 見たことない連中もおったな」
「名もないパンドラメンバー……ってわけね」

 そんな言葉を交わす二人に対して、澪が少女の説明をする。

「忘れちゃったの!?
 このコはカズラよ。
 テレポートがベースの合成能力で、
 自分の体を触手に変えちゃう。
 触手はサイコメトリーも使えるわ」

 以前に紅葉がしてみせた紹介の口上を覚えていて、それを真似たのだ。
 紅葉が語った相手が葵や紫穂でなく薫だったこととか。
 その後で薫の記憶を消したこととか。
 これから戦うというのにワザワザ能力説明するのはデメリットだとか。
 そうした点にまで、澪の頭は回っていなかった。


___________


 案の定、葵と紫穂は、早速カズラの能力に関してコソコソ会話している。

「テレポートベースの合成能力?
 自分の体を変えちゃう……?」
「あら、まるっきりパティじゃないの」
「それに……触手やて」
「……真木のおじさん?」

 二人の言葉は、あまり離れていない澪とカズラの耳にも届いていた。
 それを承知で、紫穂はカズラの方に振り返り、さらに言葉を足す。

「ようするに……
 能力が被ってるから
 レギュラー落ちしたのね?」


___________


「どうせ私は……
 レギュラー集合の扉絵にも
 入ってなかったわよーっ!」

 泣きながら走り去っていくカズラ。
 残された澪は、少しの間、茫然としてしまう。
 だが、すぐにハッと振り向くのだった。

「……精神攻撃ね!?
 さすがサイコメトラー!」

 紫穂の恐ろしさを、今さらながらに思い出す。

「忘れちゃいないわ。
 私を騙して、金塊を買い叩いたこと!!」 

 以前、アイスを買う際、現金じゃなくて金塊を使おうとした澪。
 店員は受け付けてくれなかったが、たまたま通りかかった紫穂たちが換金してくれたのだ。

「……あ」
「あれは……まあ、
 社会勉強みたいなものね」

 どうやら、これは葵と紫穂も覚えていたらしい。
 当時のレートは、キロあたり 260万円くらいだったが、彼女たちが提案したのは正規のレートではなかった。

「『1キロ千円にしてあげる』
 とか言って……」

 澪が持っていたのは、5kg の金塊。
 それに対して、紫穂が差し出したのは……。

「……五千円じゃなくて
 四千円しかくれなかったじゃないの!」

 おさつの枚数が少なかったことに、今さらながらに憤る澪。
 換金レート自体がボッタクリだったことには、まだ気付いていなかった。


___________


 そして。
 こうした怒りも上乗せして。
 澪が、二人に突撃する!

「マッスルたちが逃げる間、
 時間稼ぎのつもりだったけど……」

 もともと澪たちは、仲間の脱出を援護する意味で、ここへ来たのだった。
 だが、チルドレン三人を一人で相手した経験もある澪だ。
 今は一番厄介な薫が不在で、葵と紫穂だけなのだから……!

「……私一人で
 二人まとめて倒してあげる!」

 かつての戦いでは、なまじ三つに分身したせいで、暴走してしまった。
 だが、同じドジは二度と踏まない。
 今回は、分身などしない!

「うわっ!?」
「きゃっ!!」

 得意の部分テレポートで、体の一部だけを二人の死角へ。
 そこから二人を攻撃する。

「どうかしら?
 ……私のオールレンジ攻撃は!」

 澪が、葵と紫穂を翻弄する。
 うっかり足をテレポートさせて転んでしまうこともあったが、それも、ご愛嬌。
 最後に笑うのは……。


___________


「……フン。
 私が本気を出せば、ザッとこんなもんよ!」

 腕を組み、不敵な笑みを浮かべる澪。
 折り重なるように倒れた二人の背中に足を乗せて、葵と紫穂をギュッと踏みつけていた。
 
「次は……あんたの番だわ。
 首を洗って待ってなさい!」

 夜空を仰ぎ見ながら、そう口にする。
 もちろん、その言葉は、どこかで戦っているであろう強敵(とも)に向けられたものだった。


___________
___________


「起きなさい。
 ……起きなさいってば!」

 一人の少女が、同室の少女を揺り動かす。
 だが、寝ている彼女が目を覚ます気配はない。
 幸せな夢を見ているようで、ニヤリとだらけた表情をして、口の端には小さく寝ヨダレも垂らしていた。
 そんな澪に、つぶらな瞳を向けるカズラ。彼女の顔には少し困ったような色が浮かんでいる。

「『待機』の意味、わかってるのかな?」

 ここは、パンドラのアジトの一つ。
 同じくらいの年齢の少女たちの住処となっており、いわばパンドラ女子の寄宿舎のような感じだ。
 現在は、多くのメンバーが行方不明の仲間探しに駆り出されており、建物は閑散としている。残っているのは、澪やカズラのように、遠距離探索には向かない能力者ばかりだった。

「……仕方ないわね」

 澪を起こすのを諦めたカズラは、ベッドから離れて、壁際へ。
 大きな丸い鏡があるのは、やはり女のコの部屋だからなのだろう。


___________


 鏡に映るカズラの姿は、いつもの恰好だ。
 一見、ラフな子供っぽい服装。ショートのオーバーオールだが、それを可愛らしく着こなすのは、カズラのファッションセンスなのだ。
 また、髪だって片側サイドで無造作に束ねているように見えるが、これはこれでオシャレなのである。結わえる前には、いつも丁寧に櫛で梳いていた。

「もう少し待ちますか……」

 朝の身支度は、既に終わっているが。
 まだ部屋から出ないというのであれば、もう一度。
 そう思って、ヘアゴムを外すカズラ。
 意外に長い髪が、パサッと広がる。
 ちょうど、その時。


___________


「……ん?」

 澪が、ゆっくりと瞼を開く。
 その目に映ったのは、見慣れぬ長髪美少女。
 夢から覚めたはずの澪は、夢の中の葵や紫穂と同じ言葉を、口にするのであった。 

「えーっと……あなた誰?」






(おるすばん・完)
   
   
 週刊で読んでいると、量産型速筆SS書きとしては「おっ!」と思う場面が毎回いくつもあったりするのですが、なかなか全てをSSには出来ません。
 今週号でも、実は4箇所あったのですが、すぐにSSになったのは、四コマをネタにした一つだけでした。

 このSSも、まとまった形にならず半ば諦めていたのですが、せっかくなので、なんとか形にしてみました(ついでに、前々から気になっていた9巻カバー折り返し四コマの『四枚しかない千円札』にも言及できました)。

 さて、「パンドラ・リターンズ」登場キャラだけでなく、澪やコレミツまで描かれていた、カラー扉絵。
 バベル側はともかく、パンドラ側はレギュラー勢揃いって感じでしたが……。
 そこにカズラが含まれていなくて愕然としたのは、私だけじゃないですよね??
   


(2/25追記)
 ミスに気付きました。
 2009年12号において兵部が仲間をテレポートさせている場面、大きいのと小さいのがありましたが、『小さいの』は、奥行きを表すための遠近法だと思っていました。2009年13号を読んではじめて「『小さいの』は桃太郎だった」と気が付きました。
 ですから、このSSでのグループ分けは間違っていますね。申しわけありません。
 しかし、翌週号を読んではじめて気付いた誤解ですし、また、一度投稿してしまった作品なので、あえてこのままにしておきます。私の読解力不足を笑ってやって下さい。

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