「あーあ、俺もかなり単純だよな。ルシオラといったらここしか思い浮かばないでやんの。…なあ、ルシオラ今日が何の日か知ってるか?」
東京タワーの展望台の上、立ち入り禁止のはずの場所で横島は雪に降られながら立ち尽くしていた。
―二人きりのバレンタイン―
提供 氷砂糖
「本当は何年も前に死んだ聖人の命日らしいけど、今じゃ世にはびこる報われた野郎共がその幸福の度合いを見せ付ける日になってるんだぜ」
いつもなら嫉妬全開で言っているはずの言葉を、今は苦笑しながら口にする。
「俺もなんでか美神さんや、おキヌちゃん。それにシロにタマモからも貰った。だけどさ、どんなに貰たって足んないんだよ」
ルシオラに出会う前なら例え義理だとしても涙を流しながら喜んだと思う。だけど今は違う。違ってしまう。美神さんに貰っても、おキヌちゃんに貰っても、シロに貰っても、タマモに貰っても、たとえ世界中の女全てに貰えても、たった一人、彼女に貰えないというだけでその全てが空しかった。
「夜からさ、パピリオに小竜姫様。それにワルキューレやぺスパまで俺に会いに来るってんだぜ、ここまで来ると皆しておれを担いでるんじゃないかと疑っちまう」
アシュタロス事件以来、それまでもてなかったのが嘘のように女の子が寄ってくるようになった。それこそ朴念仁と言われ続けた横島ですら気付くほどに。
「お前と出会う前の俺と出会った後の俺、いったい何が変わったんだろうな。俺は俺らしくあったつもりなんだけどな」
どうやら俺が俺らしくあるということは、何時までも何時までも変わらないということじゃなかったみたいで、俺が俺らしくというルシオラとの約束は、俺を俺のまま成長させてくれたようだった。
あの事件以来、学校の友人や知人がそろって「横島君どこか変わった?」そう聞いてくるのはきっとそう言うことだろう。
「話は戻るけどさ、バレンタインってのは、女の子が男にチョコを渡す日だ。だけどそれは日本だけの話で外国じゃあ男が女の子に菓子を渡すこともあるんだぜ?」
この話を西条から聞かされた直ぐ後に、財布が薄っぺらいにもかかわらず、衝動的に女の子達がひしめき合っている中に飛び込んで奇異の目に曝されながらもルシオラが好きそうなチョコを買った。
「だから今こうして綺麗な包み紙で包装されたプレゼントなんて持ってるんだが、お前は受け取ってくれるか?」
横島が何を語ろうとも答えはない。
横島が何を言おうとも答えはない。
「声が聞きたいよルシオラぁ…」
涙が浮かび、声が震え、寒さ以外の理由で身と心が冷えようとも、
「ちくしょう」
答えはない。
「もう!分かったからそんな情けない声を出さないでよ!」
「だ、だってさあ朝からずっっっっとルシオラが俺のこと無視するから…」
「うっ!だって仕方ないじゃない!あたしが一番最初にあんたにチョコを渡そうと思ってたんだから、しかもそうこうしている内に横島はどんどんチョコをもらっちゃうし………」
「だから嫉妬して俺の事を無視してたのか」
「うう、どうせあたしは嫉妬深い女よ」
「拗ねるな。ほらこれでも食べて落ち着け」
「うん、ありがと。あっ、甘くて美味しい」
「ところでルシオラ、俺へのチョコは?って聞くまでもないか」
「ごめんなさい腹が立って食べちゃった」
「ルシオラからのチョコはなしかよ」
「そんな悲しそうな顔しないでよ、代わりにこれ上げるから。…ん」
「いや、それ俺が買ったやつだし、しかもルシオラが食べちゃ、…っん」
「………」
「………」
「………どう?」
「…ご馳走様でした」
「どういたしまして」
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